第二十一章 丑三つの目マティ
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第二十一章 丑三つの目マティ
その暗がりを退けるようにフィアスはマギアの熱火子を使用し薪に火を灯した。その火を中心に姉妹は対になり、月の目セリニに祈りを捧げる。
「くそ…そうは言ったものの、ロゴア無しで足無しにどう対処する…そもそもこんな奴らが本当にいるなんてこの目で見るまで信じもしなかった。これでは何も出来ない」
ロイは焦り、二人の心配をする。祈祷に入った彼女等は無防備である。自分が何とかするしか無いのである。
「そもそも触れえるのか?捨て身で攻撃が可能なら問題は解決だ」
その可能性に賭けるとロイは四肢を地面につけ獣の体制で辺りを威嚇する。その後目の前の足無し目掛け突進を試みた。
「…駄目か」
ロイの体は無数の足無しの体をすり抜ける。体をくるりと翻すとロイは二人のもとに戻った。
「…やはり、ロゴアしか無い」
すると、僅かずつであったが一人、又一人と足無しが消えていく。
「二人の祈祷が効いている?しかし…」
足無し達は亡者の如く、祈祷を続ける二人を取り殺そうと襲い掛かった。ロイは手段が無いことを悟りロゴアを握る。そのロイの目つきはみるみる変貌していった。
「やめなやめな、あんたそんなことしたらそこの二人もお陀仏だよ。あんたらも手出しするんじゃないよ!マティが話をつけてやる」
そう暗がりから声がする。ロイは正気を取り戻すとロゴアから手を離し、その声がする方角に目を凝らした。
「目…?」
ロイが捕らえた闇の中には月明かりを反射する大きな目玉がこちらを覗っていた。
「あらやだ、随分と良い面だねえ。あんたそれカルディアの禁忌かい?始めて見たよ」
その目はこちらに近づくとその正体を露わにする。
「あたいはマティ、この辺じゃ丑三つの目マティで通ってんだ。よろしくう」
その姿は巨大な猫で、その顔は満面の笑みを浮かべていた。
「何なんだ…お前は…」
「あんたに言われたくはないよ、狂獣くん」
その猫はロイ達の目の前に腰を下ろす。フィアスとプシナは異変に気付き祈祷をやめるとその猫の姿に驚愕する。
「マティの友達も何人かセリニ様のもとに還っちまったか、まあ…許してやるさね。マティも同じ立場ならそうするだろうし」
「友達?こいつらはお前の友達なのか?」
「そうさね、皆名前もあるよ。驚かしてすまないね」
「足無しを従える…化け猫」
「何とでも言えばいいさ、別に従えているつもりはない。この子達が現世に留まるにはマティが必要なわけ。要するに面倒を見ているってのが正解」
マティは顔を右手で擦り欠伸をした。その様にプシナは目を輝かせフィアスの裾を何度も引っ張る。
「お前は…アツァナか?」
「おお、正解!何でわかる?」
「そんな気がした…」
それはロイにも分からなかった。狂獣の六感とでも言うものだろうかとしか答えは出ない。
「この子達足無しはアツァナに寄って来るのさ。この世に未練がある者だけだけどね。アツァナは不死と言われる。どこかで月の目か太陽の目に繋がってるのかもしれない。それ故にセリニ様、リオス様に引き寄せられる力を逸らせるものでもあるんだろうさ」
「この足無しはヴァレリーユの兵士か?」
「ああ、そんなことも言ってたかね。今は正気も失ってしゃべれやしないけど」
「…そうか」
ロイはジウラの弔いの所作をする。
「そんなもんは自己満足にすぎないよ。まあ自己満足でするなら自由だけども…」
マティは後ろ脚で耳の後ろを掻く。
「狂獣くん、君達は何しに来たんだ?理由を聞かねばこの子達も安心出来ない。理由次第で先程の続きをしなきゃならんしなあ」
「俺達は彼等に危害を加えるつもりはない…底の塔へ向かう途中のただの旅人だ。この荘園で一泊を考えていたところに足無しが現れたんだ」
「ふうん。ただの旅人ねえ。その剣に北方の教誨師が二人…随分と準備が良いことさね」
「言い訳は無しだ、どう思おうがお前らの勝手だ。やると言うならこちらもただでは殺されんぞ」
マティは大きな口とヒゲをにんまりと広げる。
「マティは狂獣くんを信じよう。とは言え君達の動向はある程度監視していたからね。君達の目的がマティ達じゃ無いことは知ってたよ」
「…何がしたいんだ」
「別に…ここ数年寝るしか無かったからね。暇なんだマティは」
話を聞くとこの大きな猫は、ジウラ領の南部に広がるカーグの森で随分長い年月を過ごしてきたと言う。人の目にあまり触れることも無く、夜にだけ活動する。故に闇夜に現れる目玉と恐れられて来た。
「だから丑三つの目マティなんて呼ばれるのさ」
「確かにその丑三つの目と言うのは聞いたことがある…まさかアツァナだったとは」
「良く今までジウラ領主に見つからずにいましたね、ここは一角獣の王を血眼になって探している領ですよ」
フィアスが会話に加わる。
「一角獣の王?…それもアツァナかい?」
「ええ…姿を見た者はとても少ないと聞くけど、彼は我が同盟領クレイス領の次期領主のつがいですから」
「人間とのつがいかい?あのデュウム様と同じじゃないか!」
マティは喜び驚くように尻尾を立てて見せた。
「デュウム?…カーグ領のアツァナの蛇デュウムか、お前知り合いなのか?」
「マティはデュウム様の一番弟子さね。たまに呪詛でこの森にお出でになられるよ。久しぶりに会いたいねえ…」
「カーグ領のアツァナがジウラ領に出入りしているのか…この領はもう終わりだな」
ロイはジウラ領の者として憂えた。しかし、彼にこの領で再び人として暮らす気など、ここまでの旅路で消え失せていた。彼にはもうどうでも良いのだ。
「狂獣くん達は夜が明けたら出て行くのかい?」
「そのつもりです」
フィアスはきっぱりと応える。
「何さ、もう少しゆっくりして行きなよ!お腹も減ってるんだろう?歓迎するよ、マティの家においでよ」
「行こうよ!行きたあい!」
今まで黙っていたプシナが堰を切ったように大声を上げた。
「だ、駄目よ!…そう易々と信用は…」
「なんだい?そこのおちびちゃんは素直なのにあんたはマティが恐いのかい?」
マティは鼻をプシナに擦り付ける。プシナは大喜びし鼻の頭を撫でた。
「…恐い、こんなでかい猫恐いに決まってる…」
フィアスは鳥肌を立たせ小さな声で呟いた。彼女は猫がとても苦手なのである。
「もう食料も無いだろう、ここは恩恵に授かろう。これもセリニ様の御加護だ」
ロイがそう言うとフィアスは困った表情を見せながら首を縦に振った。
***
湯浴みを終えたエフィアは、今は主の無い妃の間で侍女達に華族の衣装に召し替えをされていた。
「ドレスなど着てどうする?それでは動きにくくて叶わんぞ」
プラテイユがそう言うとエフィアは裾をまくると彼に蹴りを振りかぶる。
「いつもいつもあんたはデリカシーが無さすぎる!今は着替え中、勝手に入って来るな!」
「お、お客人…プラテイユ様になんてこと…を」
侍女達はエフィアの行動に対し驚愕しその場を逃げようとする者すらいた。それもそのはず彼女達はプラテイユを心の底から恐れているのである。
「うむ、どうも慣れんな。お前の様な女性になど出会うことも無かった…女性に気を使う暇すら無かった」
「知るかっ!いいから出てけ!」
エフィアは手でプラテイユを払うと彼は少し頭を掻きながら部屋を後にする。
「…でもそうよね、この後船着きの連中とやりあうのか…」
エフィアも自分の衣装を眺め頭を掻いて見せた。
***
ヒウレスはプラテイユが戻ると膝を着く。
「準備は整っております。市街の船着き共に鉄槌を下しましょう」
「…兵は待機させようと思うのだが」
「は?それでは、任務は中止と言うことですか?」
「私とエフィアのみで奴らに話をつける」
「それは叶いませぬ、それではエフィア様は生きて帰れません」
「…」
プラテイユは自分の手をぼんやりと眺める。
「この領には希望が必要だ、革命に近いものが」
「革命…?何を仰いますか」
「このプラテイユの名ではこの領は守り切れんだろう。南からはカーグ、北からはクレイス領が直に攻めて来る」
「あの龍を使役することは叶わないのでしょうか?あれがいれば…」
「ヤワタリ…奴こそ厄災そのもの。使役など到底叶わん」
ヒウレスは少し考え、プラテイユの考えを汲み取る。
「プラテイユ様は彼女をこの領の領主に置くとそう言うのですか?それは賛同出来ませぬが、彼女を導眼の杖に置くと言うのはどうでしょう?領民もそれなら受け入れやすいかと」
「宰相ならお前が適任では無いか?」
「私めにそのような器は御座いません。閣下の為に剣を振るうそれが最上の喜びです」
プラテイユは少し苦い顔をする。その剣が何かの比喩表現に感じられたのだ。
「それならばヒウレスも同行してくれ。そこまで危険とは言えんだろう。この体、一夜で百人は憑りつき殺せる…」
ヒウレスはその言葉に動揺すらせず真っ直ぐ彼を見る。
「お帰りなさいませ、プラテイユ・ジウラ様。その勇ましさこそ西の王に相応しい」
***
兵団は貧民街のその先、まともな領民なら踏み入れることの無い区画を包囲する。御触令を出し、その知らせを受けた市街の者はその区画へと集まった。
「また狂人が何かするぞ…俺等に被害が無ければ良いが」
その辺りの貧民街は年毎に拡張していた。それ故その区画を覆う人間の数はとても多く感じらる。
兵団はその領民を抑える役割としてだけ配置される。その合間を縫い二人の男女が広間に現れた。
「ヒウレス様だ!ヒウレスさまあああ!」
領民は彼に歓声を上げた。
「ジウラの民よ!聞け!これより我が領の導眼の杖エフィア様の施策を皆に見ていただきたい!」
夕刻に響くその声はこの後何が起こるのかと彼等を湧きたてた。
「エフィア?導眼の杖が選ばれたのか?」
エフィアはタイトな防具に身を包み着なれない仕草でその場の領民に手を振って見せた。
「手など振ってどうする?お前の役目は姫君では無いぞ」
プラテイユは彼女の背後で呆れた声を出す。
「うるさい、恥ずかしんだよ。どうすりゃいいか分かんないの!」
「奴らにこの騒ぎは異様だろう、直出て来る。後は任せてもらうぞ」
「…良いわよ、四肢は満足で返してよね」
「無論承知」
プラテイユは彼女の首筋から体に乗り移ると彼女は目つきを変貌させた。
「ヒウレス、無理はしない。いざとなれば彼女を任せるぞ」
「相変わらず羨ましい女性ですね、プラテイユ様の命であれば死をもってしてもお守り致します」
すると屈強な男が船着きの巣窟から数人現れる。
「な、何だ!?兵士?…ボスに!ボスに伝えろ!」
プラテイユは剣を抜くとその男目掛け低い体勢で切りかかる。それは暗部の技、俊足の地を這う蛇の構えであった。
「頭を呼んでも無駄だ、今迄の関係を暴露するかもしれないのに話し合いなどする訳も無い」
プラテイユがそう言うと。ヒウレスは彼等に補足をする。
「すまぬがお前らは用済みだ、我がジウラの名の下に虐殺を受け入れてもらおう」
二人の剣は標的の急所を一撃で貫く。彼等は何故裏切られたかなど考えることすら叶わなかった。
***
船着き組合とは各港で力を振るう裏稼業を取り仕切る一団である。元締めはアデュラス共和国、フィディラー大陸で唯一の他の大陸との交易を行う国であり、この大陸で唯一の独立を成している国である。
略称を船着きと呼ばれ、アデュラスと直接関わりの無い裏稼業の者もそう呼ばれる節がある。
彼等と密約を交わすは領として常識とも言える。何故ならこの大陸の外の情報、知識、物、稀に人すらも手に入れることが出来る。故に彼等は長い歴史の中毒となり各領を腐らせ続けているのである。




