第二十章 女郎蜘蛛
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第二十章 女郎蜘蛛
ディケオスは小蜘蛛を操る主に気を取られるのもあり、剣を上手く振るうことが出来ずにいた。
「ディケオス卿!セマと共に我々の後ろにお下がり下さい。ここは我々にお任せを」
エクリは現状に動じること無く自分の成すべきことを行う。イシスの安否の不安もあったが、エフタとの戦闘が彼を成長させていた。それはメテユも同様であった。
「あ、ありがとう。もともと戦いは苦手なんだ。私はこの場を切り抜ける方法を探るよ」
ディケオスはそう言うと再び敵対する人形を睨む。
「彼女は…恐らく。ウラネオスだ…」
「ウラネオス?誰ですかそれは」
セマは片腕の止血の為の布を強く締めると、ディケオスに尋ねる。
「恐ろしい神だよ、秘匿された歴史の神だ」
「神?」
「彼等なら君程疑わないだろうね…」
セマは物怖じせず目の前の敵に対峙する四人を見る。
***
トリロはコウジンが降りる刹那に自我を強く持ち直し、その黄金の蛇に語りかけた。
「コウジン様、奴はあなたが現れるのを待っている。故に奴の攻撃は現状私達に殺意を感じられない。でもあなたが現れれば別、ヒュエイの身に危険が及ぶ。一瞬で、一瞬でけりをつけていただきたい」
コウジンは何も言わなかったが翼を大きく広げた。それはトリロの気持ちの中のこと、彼と神との交信であった。
「トリロ…」
「…言って来る」
顔面に異様な入れ墨を施したトリロは、自分達を襲う蜘蛛達を地面を一度だけ踏みつけると一蹴した。その後彼はヒュエイの目の前から姿を消す。
「出たか、常世の者。お前は誰じゃ?」
無言のトリロは勢いのまま拳をその人形に放つ。その拳は無数の蜘蛛が作る壁に阻まれる。しかしその壁は一度の攻撃で弾け飛ぶ、防御が崩れたその隙にトリロは折れた剣を人形に叩きつけた。
「…容赦の無い無慈悲な神じゃな。この体では太刀打ちすら出来ん」
人形は体に剣を食い込ませると蜘蛛達を全身に纏い大きな球体を作り、次の瞬間にはその球体を四方八方へ爆発させたかのように撒き散らした。
「封印が解けたと思えば、見知らぬ神か。何故こうも厄介が続く…フィディラーよこれがお前の執念の力なのか?」
その人形はそう憤るとその蜘蛛に紛れ姿をくらまし、その後彼等の前に現れることは無かった。
その一瞬の攻防を終えたトリロは地面へと落下する。その間際にコウジンが語り掛けてきた気がした。
「あの子を助けられた。礼を言うぞ」
ヒュエイは自分の体に叱咤し、落ちて来るトリロを必死に受け取った。
「トリロ!死んだか!?」
「死ぬか…馬鹿」
安堵したヒュエイは笑顔を見せる。
***
ライザーは小蜘蛛が撤退するのを追いかける。その先に必ずセマ達が居ると信じていたのだ。
「待ってろよ!皆!」
誰も彼を待ってはいなかったが、彼だけは体も心も燃えていた。
「黒い玉…あれか?」
ライザーの目の先には先程トリロの攻撃により退いた人形を守る黒い球体があった。彼はそれが撤退しているなど知る由も無くその燃えた皮膚のまま、握るエルフの剣をその球体の中心目掛け突き立てた。
「誰ぞ!?」
人形は悲痛の声を上げると、怒りのまま蜘蛛をライザーへけしかける。しかし燃えるライザーの体は更に火の勢いを増し蜘蛛達を寄せ付けることは無かった。
「!?何だこの命は…これは人間のものなのか!」
ライザーはエルフから注ぎ込まれる力の違和感に鳥肌を立たせる。悍ましい力が体を満たすのが分かる。
「…どうでも良い!考えても無駄なのだから!」
ライザーは目の前の人形へ突き刺す剣を更に奥へと突き刺した。人形は面を憤怒の表情に変えると、ライザーの顔を両手で包み言葉を伝える。
「私の体にジアブロを叩き込むとは愚かな者よ。その勇士に敬意を示し、呪いの賛美を与えよう」
そう言うと人形は満面の笑顔で笑い続けた。流石に怖気たライザーは腹に刺さるエルフを抜くとその人形から距離を置こうとした。
「うん?」
自分の足音が何重にも聞こえ違和感を感じた。ライザーは自身の下半身を確認すると驚愕し悲鳴を上げる。
「わあああ!体が蜘蛛に!?」
ライザーの体は下半身のみ蜘蛛の体へと変貌していた。それはエルフによりその人形の命を取り込んだ呪いであった。
「ここで殺しておきたいが、これ以上は危険か…セリニの使者よ又相見えん」
戸惑うライザーを残しその人形は姿をくらました。
「わあああ、あ…。まてこれは幻覚だ」
ライザーは正気を取り戻すと自分の足を撫でる。
「かっこいいじゃないか!これなら馬に乗る必要も無いぞ!」
そう言い鼻息を鳴らすとライザーは剣を鞘へとしまう。その後にライザーは落下する。
「あ痛っ!」
落下し尻もちを突くライザーは自身の尻を撫でる。
「あれ?戻ってる」
ライザーの足は人間の足に戻り辺りを見回すも静けさしかそこには無かった。
***
ヴァレリーユの荘園に足を踏み入れたロイ達は荒れた土地を踏み進む。
「肥沃な土地だ、人の手が加えられなければあっと言う間に森へと還る」
ロイは呟くと足元を掛ける蛇にロゴアを突き刺した。
「足しにもならん…」
「ロイ、それは不敬では無くて?この大地の生き物はセリニ様とリオス様が命を注いだもの、どんな小さな生き物にも敬意を示すべきです」
フィアスはそう諭すと素直に反省したロイはセリニへ祈りを捧げた。
「俺は神々に生かされていると言うことか、ならこの蛇は何故生かされなかったのだろう…」
「あなたを生かす為でしょう。セリニ様はあなたを必要としているのです」
「…俺を」
ロイは腑に落ちない表情を浮かべると、辺りを見回す。
「ヴァレリーユは何故滅んだ、これもセリニ様の意向なのか?」
「滅ぼしたのはジウラ領です。セリニ様ではありません」
「確かに、全て神のせいにしてはそれも不敬だな。人間の罪だったなこの殺戮は」
プシナは姉の体にしがみつき怯えたように二人に伝える。
「まだ…居るよ、沢山の兵士さんが月と太陽に帰ろうとしていない…」
「どういうこと?」
「夜に成ればわかるよ、ここに居たら駄目だよ」
ロイはプシナの妙な怯え方に思い当たる節があった。
「ジウラ領はこの肥沃な荘園を他の華族に分けることも無く、ただジウラ領直轄の土地として野ざらしにし続けて来た。それには何か理由があるはずだ…プシナ、何が見えるんだい?」
「怨念、悪い足無し達だよ」
それを聞いた二人は息を飲む。そしてフィアスは決意する。
「御霊を月と太陽へ還しましょう」
ロイは困った顔をすると仕方なく同意する。
「君に何を言っても叶わんことは理解してる。しかし、君達の命が危険に晒されれば俺は手段を選ばないぞ」
「ええ…頼みました。面倒くさくって御免なさい」
「はは…自覚はあるのか」
「ロイ!私も祈祷のお手伝いをする!」
「プシナも必ず護るぞ」
ロイはロゴアを握り直すと、命を吸う剣で足無しに対峙する用意をした。
「あそこが良いでしょう」
フィアスが指さす大きな館は塀に大きな穴を開けていた。
「大筒の跡だな…シュネイシス派狩りの爪跡だ」
苔がむしシダや蔓が生い茂り、湿気が漂うその館は怨霊の住処としては違和感無い場所であった。
***
青紫に染まる夜空の下、朽ち果てた荘園の主の物と思われる館にて火を起こす。
「霊峰セリニの峰を超えただけでこうも寒いものか…ここはもうジウラ領と言う訳だな」
「ロイ、気を付けて。もう周りにいるよ」
プシナは軽くロイの毛を握る。それをそっとロイは優しく引き離した。
「危ないぞ、手を怪我する。俺の毛は針みたいなものだ」
「大丈夫だよ、ロイが寝てる時良く撫でてるもん」
「そんなことをしては駄目だ!?フィアス、プシナに言ってやってくれ!」
「大丈夫よその毛は敵意が無い者には敵意を向けない、はじめに伝えたはずよ」
「…それでも危険だ。それは俺の敵意の問題でもあるだろう」
「確かにそうね、プシナには今後言っておくわ」
プシナはその会話の後呪詛を使う。それは恐怖にかられ咄嗟に行ったものであった。
「きゃああ!」
プシナのアルフィアの目は強力でその場に居たロイとフィアスの目にも影響を与えた。彼等の目には四つの光る球体が現世と薄っすら重なる幻想的な世界を映し出した。
「これが…隠夜」
「ロイ!後ろ!」
フィアスの掛け声に反応したロイはロゴアを手に取ると背後へと振り払った。その切っ先に触れたその足無しは吸い込まれるようにロゴアへと吸収される。
「…!?」
ロイはその美味とも言える感覚に堪えきれず頬を緩め涎を垂らした。その目は獣の瞳孔へと変貌する。
「ロイ!」
その異変に咄嗟に気付いたフィアスはロイの右腕にしがみ付く。彼女の腕から血が溢れ衣服を紅く染めた。
「くっ!」
「はっ!?フィアス!何をしている!?」
「ロイ、気を付けて、あなた…正気を失いかけていたわ」
「…。くそっ!俺は自分自身も抑えられないのか!」
ロイは自分を叱咤すると、覚悟を決める。
「あの感覚から逃げることは叶わない…祈祷を頼む。俺はロゴアを使えない。これを使えばこの足無し達を消し去った後には君達を喰うだろう…」
そうロイが言うと、彼等の周りを囲う様に無数のジウラ兵の足無しが構えていた。もう彼等に逃げ場は無かった。
***
百日紅のコキノ・クレイスは夫ストラティ・クレイスが弟フィディラー王の命にて、命を落としたことに激怒する。その怒りは後のアプロディの血の乱へと続く。神話の神々の因縁は尾を引きこの大陸に呪詛として楔を打ち付けるのであった。その彼女の息子三戦神アラフ・クレイスは今も正義とは何かを問う神でい続ける。それに終わりは無いのであろう。母への裏切りを背負い続けているのであるのだから。




