第十七章 月の目に選ばれし
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第十七章 月の目に選ばれし
フィアスとロイとプシナの三人は霊峰セリニの山頂にある小さな神殿へと辿り着き、一休みをする。
「少し休んでから祈祷を行いましょう。ロイ、大丈夫?」
「ああ、ここまでで三日か、恐らく俺の命は後十日と少しだろう。先日の状況から見てな」
「死んじゃうの?」
「…そう言う呪いなんだ」
ロイはプシナにぎこちない笑顔を向ける。そんな彼を見てフィアスは彼の優しさが、この強い呪詛に抗い残っていることに改めて感心する。
「ロイ、突き合わせてごめんなさい。あなたは本当に優しい人です」
「やめてくれ、俺を絶対に信用はするな。その時は警告するが、必ず逃げるんだぞ」
「…誰から逃げるのさ」
プシナはロイに尋ねた。
「俺からだ」
ロイはそう言うとロゴアを強く握り締めた。
***
ジウラ暗部の楔のゲブはメルナの里に再び訪れると、息絶えたであろうロゴアを奪った狂獣の死骸を探した。
「無い、それにこの死者を弔った後は何だ?」
ゲブは里の様子を覗う。
「奴はカルディアの狂獣。ヒプロの書には十四日程で絶命するとある…斑馬の剣ロゴアの力の対策としてこの里の人間は全て殺したのに、生き延びたと言うのか?くそ、失敗か」
自らの作戦の失敗を悟り、狂獣の嗅覚を恐れ場を離れた為、目標を見失ったことにゲブは苛立つ。しかし、彼は諦めることを知らない。全ての命令を遂行してきた自負があった。
「この辺りに人間が住む集落は無い。残るは霊峰セリニの参拝者か…あり得るな。このきな臭い時期にこの山を登る者はいないと高を括ったが、考えが甘かった」
ゲブは呪詛カルディアの狂獣の特質を理解はしていたが。ロゴアについては勘違いをしていた。その力は人間のみの命を喰い、持つ者に命を与えると思いこんでいたのだ。
ゲブは参道を駆け上る。五感を研ぎ澄まし、ロイに気付かれないことに全力を注いだ。
***
フィアスは祈りを終えると呪詛アルフィアの目を使用した。
「だいぶ馴染んできました。ロイ、護衛を有難うございます」
「今の呪詛を使えるようになったのか?」
「オドが合わない私でも、多少は…」
「そうか、その為の旅だったな。良かった、プシナお前はどうだ?」
「私は最初から見えるよ、寿命が縮むからお姉ちゃんは使っちゃ駄目って」
ロイはフィアスを見る。
「妹はこの巡礼をする必要は無いの、でも家柄の儀式の様なもの。今は領も大変な時期だから私の巡礼と一緒に終わらせようとね」
「そうか、二人とも良く成し遂げたな」
「やったね、お姉ちゃん!」
「…そ、そうね」
フィアスの曇った笑顔にロイは引っかかるものがあった。彼は彼女がその呪詛を完全に体得は出来ていないのではないか?そう思ったのだ。
呪詛は主にフィディラー神話の神々の力を借りるものである。誰もが全ての呪詛を使用出来るわけでは無い。人は産まれながらにオドの相性が存在するのである。繋がりが強ければ少しの生命力で大きな力を使用できるが、その反対では多大な寿命を捧げても望む程の力は得られない。
「フィアス、この巡礼の旅でアルフィアの目を体得出来なければどうなる?もう一度行うのか?」
「…巡礼は一度だけ、アルフィア様に選ばれなければ…スコース家とのアルフィア様の繋がりを強める為の生贄と成ります」
ロイはその言葉を聞き眉間に皺を寄せ、それ以上は聞かなかった。
***
山道を駆け上るゲブはこの霊峰セリニのオドに吐き気を催し物陰に隠れ気配を消した。
「何だと言うのだ、セリニ様は俺を拒絶するとでも言うのか」
携帯食しか食べて来なかった枯れたような胃から、彼は擦れたごみを吐きだした。
「無理も無いか、リゲリ島を足ってから随分と立つその間補給も無し。里では奴を警戒し喰うのすら忘れた。何を焦るのだ俺は…」
ゲブは胸の刻印を衣服の上から撫でる。その刻印からは彼と通じる神の鼓動が聞こえるような気がした。
「カブリ・ジウラ様」
呼吸を整えたゲブは目を開けると立ち上がろうとする。その刹那彼の隠れた木陰のすぐ側を巨体の獣と二人の女性が参道を降りていた。
(!?馬鹿か俺は!オドでの警戒を怠ってどうする…運が良かった、まだ気づかれていない)
ゲブは気配を消しながら、ロイの持つ剣を凝視する。
(斑馬の剣…なんと美しいのだ)
彼は今にも飛びつきたい衝動を抑え、刻印を刻んだ胸を強く握り締めた。
「必ず取り戻して見せます。ジウラ様」
ゲブはその三人を追い、機会を覗うことにした。彼が里で行った作戦の失敗の謎が解けぬままでは狂獣と戦ったところで勝ち目は無いと算段したのである。
「…」
「どうした?後ろに何か居るのか?」
ゲブの暗部の技術は五つの部隊の中でも五本の指に入る程である。オドの扱いは大陸全土の中でも他とは一線を画す。その技術による尾行、当然気付ける者など居ないはずだが、彼女はその違和感に気付いていた。
フィアスはその違和感が何かまでは分からない。彼女は首を軽く振るとロイの問に答えた。
「いいえ、何でもない。先を急ぎましょう。メルナの里を離れたら元ヴァレリーユ家の荘園へ向かいましょう。そこで一息つけるはず」
「あそこはジウラの反逆者の土地として廃墟と化しているぞ?一息とは…」
「ロイ、申し訳無いけどあなたのその姿ではまともな集落には足を踏み込めないわ。それにあの土地からは緩やかな川の流れが続く。上手く行けば底の塔への近道になる」
「底の塔?何の入用か、スコースへ戻るのでは無いのか?」
「私への勅命を成し遂げる。それはあなたの呪いを解くことよ」
ロイはフィアスの真っ直ぐな眼差しに体を動かすことが出来なかった。
「俺のことなど放って置け、俺はお前達をスコースへ無事に届けるそれだけで良い」
フィアスはセリニに祈りを捧げると再びロイを見た。
「私の最後の役目よ、私は必ずあなたの贖罪を教誨師として成して見せる。私のわがままかもしれない。それでもやらせてほしいの」
ロイは彼女に目を逸らし少し頷いた。
「有難う」
***
底の塔と呼ばれる島には呪詛を探求する者達が歴史を紡いでいる。その中心地の学術都市マギアと呼ばれる都には月の聖祖使いマギアの像が天に聳えている。
「数日後に君は玉蟲の大賢者に謁見をするね、もし、ここに戻ることが出来たら君は何を願うんだい?」
「願い?そんなものは無いさ、唯この大陸の呪いを解き明かすだけだ」
「ふむ、その大儀に君は自身を奈落に落とす覚悟があると…成程」
エウクス・アフレフは通りすがりの学徒の質問に答えるとその場を去った。
「他人事だと思い興味本位で下らないことを質問しやがる…俺は生贄そのものだぞ!少しは気を使え屑共が」
エウクスは今年の高成績を収めた学徒の中から選抜され、学術都市の贖罪の塔の最上階に鎮座するエオニオテロスに謁見する命を下されている。
そのエオニオテロスは玉蟲の大賢者スカラベと呼ばれ、呪詛のもととなる藍墨を作り出す偉大な存在である。彼はそれに合うのを酷く恐れていた。
「考えてもしようが無い、俺はこんな所で終わる男じゃねぇぞ。こうなったらスカラベと対峙してこの世の全てを手に入れてやる」
スカラベに謁見し生き延びた者は歴史上二人しかいない、一人は名前も失われ、一人は謁見後の行方を知る者はいない。スカラベと対話を試みた者達は総じて気が狂いその後絶命するのである。それでも最初の名前も失われたその人はこの大陸の呪い「契りの法」を皆に知らしめたとされる。それ故か、この風習は契りの法の謎を解き明かす為に必須と見なされ、今の時代でも続けられていた。
「最悪この呪詛がある、いよいよ駄目なら使うまでだ」
エウクスは右腕を撫で自室へと向かった。
***
白き蹄の城の導きの目の間の壁をその体で通り抜けるその者は、感覚を感じない体で外の風を浴びる。空は青の中に微かに紫が混じる夜空の色をしていた。
「体を手に入れなければ、いつまでも夜にしか外に出られないか」
プラテイユは自身の透ける体をそっと撫でた。あれからしばらくしたせいか、随分と頭の中が片付いている気がした。彼は空に上ると自身の民が住まう城下を眺めた。
「随分とこの領を蔑ろにしてきた。民など誰一人顔も知らない…俺は何がしたかったのだ」
生への執着により、長い間彼は自分を亡くしていた。その間に何があったかなど今の彼には夢を思い出すかの如く薄く消え去る記憶であった。しかし、今の使命だけは強く彼の記憶に刻まれていた。
「そうだ、俺は西の王になるのだ。暗天のヤワタリを従え西の王に…」
彼は落ち着いた頭でその言葉を再び反芻する。
「ヤワタリを従える…だと?」
プラテイユは顔を引きつらせた。
「出来るかそんなこと…そうか、俺は嵌められたのだ。それは間違い無いが…この計画を切り札とした俺はそれでも打開出来ると踏んだのだ。…それは何だ?」
空に浮かぶプラテイユは眉を曇らせる。そのまま地上に落下すると地面すれすれで減速し地上に降り立った。
「だ、誰!?」
自分の部屋にプラテイユが落下したその部屋の主は、身構えながら大きな声を上げた。
「あ、足無し…!?」
「おっと失礼した、叫ばないでくれるか?私はこの領の長プラテイユ・ジウラだ。女性の部屋に落ちてしまうとは考え事をしていたとは言え無礼極まり無いな」
「狂人…プラテイユ…様」
「狂人か…そうだな、俺は狂人だったのか」
薄れた記憶の中に自分がこの領の民の為に何かした記憶など微塵も無い。記憶に彩りがある若かりし頃はそのことを毎日考えていたはずなのに。
「私が怖いか?」
「は、はい」
「正直な娘だな、名前を聞こう。それだけ聞いたら立ち去る」
その娘は寝間着を少し整えると未だその状況に訝しみを抱えながらも、頭を下げ挨拶をする。
「私めは…」
「恐れるな、私はお前の名だけ知りたいだけだ」
「これは夢よね…」
「…うむ、それは誤りだが…そう思いたいなら自由だ」
「…これが夢ならあんたにだけは言っておきたかった、私の名はエフィア・ヴァレリーユ。あんたに滅ばされた一族の末裔だよ」
プラテイユは少し驚くと、彼女から溢れる敵意に納得した。
「夢だとは言え、この私の前でその名を発するとは肝が据わっている。興味が湧いた、又ここに覗うとしよう。次は失礼の無いよう明日の夜に…」
プラテイユはその部屋を後にすると、この領の民に興味が湧く自分に少し笑顔をこぼした。
「問題は山積みだな、どうであれ自身が積み上げて来た道だ、まずは北の進行を止めなくてはならない。サノオーンに向かうアルケイストを食い止めるのは直前の記憶として脳裏に焼き付いている。恐らく暗部は既に命を受け作戦へと移行しているか…護らなければなるまいこの領を、過ちの結果だとしても」
プラテイユは導きの目の間に戻ると玉座に腰かけるふりをする。
「眠らぬ領主か…責任は全て私にある」
***
学術都市マギアに聳える贖罪の塔は、その大地に現れたと言う底の塔の巨人を表現する様に造られた。その塔の最上階にはデュラスの子供であるスカラベが鎮座する。それはブダラと共に存在を確認されているエオニオテロスである。彼等の目的は人類には分からない。精霊もしくは現象として、ただそこに居る。




