第十六章 ジウラとクレイスの血
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第十六章 ジウラとクレイスの血
空間ごと激しく振動し、エフタの地下牢は隠夜から現世へと戻って来た。その部屋にはトリロとイシス、ラキエに連れられ戻って来たエクリ達三人の姿があった。揺れも落ち着きしばらく放心状態の一行は各々不安げに辺りを見回し、ここが現世かを確認する。
「戻ってこれたのか?…この周りの壁はいつ元に戻った?」
「トリロ、生きてたか。お前のせいで危うく全滅する所だったぞ」
部屋の壁を眺めるトリロに対しイシスは少しぼやく。
エクリはふらりと立ち上がると、リントンの首の無い亡骸を探すが見つけることは出来なかった。しかしエクリの表情に落胆するものは無い。
「リントン、ヴァレリーユの土地を取り戻したら。石碑を立ててやろう」
そう言うとエクリは天井を見つめた後ゆっくりと頭を下げた。そのエクリの横でメテユも同じくカブリ・ジウラの弔いの所作をする。ふと目を開けたエクリの視界にラキエが映った気がした。
「メテユ、ラキエ様は何処だ?」
「誰ですかそれは」
「そうか、お前は知らんのか…しかし、今そこに」
エクリはラキエが居たであろう場所を探る。するとそこには朽ちた骨や剣が散乱する中に、一つの短刀と隼の紋章のブローチが落ちていた。それを拾うとエクリはブローチを自身の胸に付け親指で少し磨いて見せた。
「ラキエ様、有難う御座います。そしてグレフト、約束通りこの宝刀は使わせて貰おう」
そんな中、ヒュエイは鎧も剥がれかかりボロボロな体でトリロ達に近づく。トリロはそれに気付くとリゲリを抱え、倒れこむヒュエイを受け止めようとした。
「おい、いきなり倒れるな。リゲリが潰れる」
倒れるヒュエイを片手で受け止めようとするもバランスを崩し、ヒュエイは地面に転げ落ちる。それでもトリロはもう片方の手で気絶するリゲリの心配をしていた。
「このドラゴン狂いやろうが、ちったあこっちも心配しろ」
「悪い悪い…誰かリゲリを見ててくれ」
「…」
イシスはその二人を見て、この二人を選んだ自分を今になって疑い始めていた。
***
イシス達は支度を軽く整えるともと来た扉に向かう。そのイシスの腰には獅子の剣が下げられていた。
「とりあえず、休息が必要だ、近くに霊峰セリニの麓のメルナの里が在る。そこに向かおう」
「龍の巫女達はどうした?問題無いのか」
「後続に部隊を用意している、少数ではあるが手練れだ、問題無く回収しているであろう」
「最初から連れてくればよかったろう?」
「イシス、戦は勝ってからが油断出来ない。動ける兵をそう何人も一度には無理だ」
イシスは成程と頷いて見せた。そしてそのまま目の前の扉を開く。そこには土砂降りの雨に濡れた密林が広がっていた。
「は?」
「は?」
イシスとトリロは唖然とする。少しの沈黙の後二人は混乱した頭で状況を確認した。
「まだここは隠夜か!?階段は何処だ?」
「落ち着け!間違いなくここは現世だ。現にあの蜘蛛はもう居ない」
「じゃあここは何処なんだ!」
慌てる二人の後ろでメテユに担がれるヒュエイは眉を顰めて警戒する。
「トリロ!前から何か来るぞ!でかい!」
ヒュエイが大声で警告すると、トリロは剣を抜き前方から来る地響きに身構えた。それは泥と木の幹を弾き飛ばしこちらに向かってきた。
「負傷者は部屋に戻れ!イシス、俺達で対処するぞ!」
トリロはエクリが抱えるリゲリを少し見ると再び前を向いた。その波のように襲い来る土砂を二手に避けるトリロとイシスはその何かを捕らえた。その姿は牛の頭を模した兜を甲殻にめり込ませた巨大な蜘蛛であった。
「エフタ!?くそが!何が間違い無いだ!」
「何でも俺に頼るな!こんな状況理解出来るか!」
トリロとイシスは大声で蜘蛛を挟み口喧嘩をすると、その間を割って入る様に奇声を上げる戦士達が現れた。
「きょおおお!」
「いいぞ!ライザー!それそれ!ライザー!」
「…、あんま調子に乗るなよライザー!」
セマは蜘蛛の足の攻撃を避け懐に剣を突き立てる。腹とは別に固い甲殻に覆われた背をライザーは棍棒をへし折りながら叩き割った。
「何だこいつら!?」
「そんなの後だイシス!エフタを殺すぞ」
トリロは右前足に狙いを定め剣を腰の位置に力を込め、そのまま突進した。イシスはトリロの狙いを察するが自身の腰の剣にはっとする。
「エフタは死んだ…この剣はエフタの得物だ」
どうであれ、目の前の蜘蛛も同じ類のもの。イシスは獅子の剣を抜くとセマが貫いた腹へと潜った。
「トリロ!その一撃で砕け!」
トリロは無心で突進するとその足と切っ先が触れる瞬間に二の腕を大きく膨らませる。
「あああああ!」
剣は砕けトリロの筋肉質の固い体が蜘蛛の足にぶつかる。その衝撃音は凄まじく周囲の雨を衝撃波で吹きとばした。
「良し!」
「これは!?成程!」
イシスは腹に獅子の剣を突き刺す。その状況を理解したディケオスは隙を見てその砕けた足から現れた牡鹿の剣エルフを掴んだ。
「んん!?切っ先はきつい、が、今しかなーい!」
生命を奪われながらディケオスは牡鹿の剣をその蜘蛛から引き抜いた。半ば意識を失いかけるも、その剣をくるりと回すと柄を掴む。
「おおお!」
ディケオスはその柄から注がれるオドによって、奪われた生命力を一瞬の内に取り戻した。イシスが突き刺した剣からその蜘蛛は生命力を奪われ、イシスとセマを押しつぶし完全に動かなくなった。
「イシス!」
「セマ!」
ヒュエイとライザーは互いの友の安否を確かめると、その蜘蛛は煙を上げ姿を人間へと変えていった。その人間の姿は割れた牡牛の兜を被ったミイラ、その腹にセマとイシスは剣を突き刺し横たわる。
***
イシスは先程のエフタの部屋で目を覚ます。
「はっ!?」
トリロは目を覚ましたイシスに雨水の入った器を手渡し、その後獅子の剣を渡す。
「イシス、これは何だ?何処で手に入れた?」
「…これはエフタの得物。奴の右足に仕込まれていたものだ」
「それはまずいだろ、これが何かお前に解るか?どうであれ黙っていては俺達の信用を失うぞ」
「すまない、何故黙っていたのか俺にも分からない。この力が溢れる剣を手にした途端。誰かに奪われるそんな恐怖が押し寄せて来る気がした。…これはお前に預ける」
「いや、お前が持て。これは恐らくブレジオス合金の剣、八振りの剣の一つだろう。ディケオス様、間違いは無いのですね?」
「だね、その形と刻印からして獅子の剣ダリアだろう。あのキラゴ・カシナラの得物だ」
「キラゴ…」
イシスはその剣を眺める。
「お前はプラテイユをその剣で倒し終えたら、その剣を我等のもとに返してくれ」
剣を握るイシスに対し、トリロは肩を叩きそう告げた。
「ああ、キラゴ・カシナラの名誉の為に」
「そうだ、カブリ・ジウラの免罪の為に」
その会話の後、二人に近づく一人の男がいた。
「プラテイユ・ジウラを倒す?今そう言ったのか?」
「ああ、俺は奴の孫だ。奴からジウラ領を開放する、その旅の途中だ」
ライザーはセマとディケオスの顔を驚きの表情で見る。
「イシス、この方はライザー・クレイス。次期クレイス領の導きの目だ」
「アツァナ、ユニコーンの王子か!?」
イシスは驚くとフィディラー王を称える所作をする。その所作は導きの目に対し敬意を払う大陸共通の所作である。それに続きライザーもイシスに対し同じ所作で応えた。
「プラテイユの孫…確か皆殺されたはずでは」
「…」
「名前は?」
ライザーは頭を掻き誰かを思い出そうとする。そこにディケオスが割って入る。
「名か、俺はアリアスと言う名を授けられた。しかし今はイシスと名乗っている」
「まさか、あのシュネイシス・ジウラの息子か!?若くして亡くなったと聞いたが…そうか、シュネイシス様は先を見越してあなたを隠したのか」
ディケオスは腑に落ちた表情を見せると笑顔を見せた。ライザーは未だに頭を掻いていた。
「ライザーどうする?彼等と目的は一緒だぞ」
セマはライザーに尋ねる。
「目的…!?そうだ!イシス!私と同盟を組まないか!」
「おいおい、飛躍し過ぎだろう。仮にも敵の孫だぞ」
「裏切るはずも無い、彼は父をプラテイユに殺されているのだぞ」
「馬鹿野郎、そう言うことを本人の前で言うな!」
セマはライザーの背中を激しく叩く。その後ライザーは失言であったとイシスに謝った。
「構わない。同盟は大げさだが、プラテイユを倒した後あなたはジウラ領をどうする?その答えによっては受け入れ難いが」
「考えていない」
イシスはその答えに唖然とする。
「それでは、受け入れようがないが…」
「すまんすまん、彼はこう言う人間なんだ。確か、カーグ領との同盟にて、利益損益の割譲も一切無し、目的遂行の後導きの目の重二合まで持ち越すとあったはず。我等はこの戦にて領地を奪う気は無いよ」
「カーグ領と同盟?何だそれは、それは導きの目の条約に反するはずだぞ」
「今のプラテイユにそんなことは言ってられんのさ、あなた方は知らないだろう、暗天のヤワタリが復活したことを」
「ヤワタリ?何だそれは」
「秘匿された歴史、その混沌を生み出したエオニオテロスさ。奴はこの大陸を闇に落とす」
イシスはトリロに目線を送るが、トリロにもそのエオニオテロスは分からない。その会話を聞いていたヒュエイは痺れを切らし、会話に入る。
「だああ!うんちゃらかんちゃらめんどくせー!仲間は多い方が良いだろう!めんどくせーんだよどいつもこいつも!」
ヒュエイの言葉にイシスは溜息をつくとライザーに手を差し伸べた。
「分かった、共にプラテイユを倒そう」
「感謝する!イシス!」
ライザーはその手を握ると笑顔を見せた。
***
牡牛の兜の異名を持つアグラウダ・クレイスはクレイス家の隠された家系図に確かに名前があり、彼の伝承はアグラウダの名では無く。牡牛の兜とだけで伝承されている。秘匿された歴史の英雄ではあるが、彼がヤワタリを打ち破り、ウラネオスを再び封印した人物なのである。
彼を歴史の闇に葬るなど正義を重んずるクレイス家には出来なかった。そして彼は我を失いながらもキネカの静脈にて牡鹿の剣エルフと共にノスフェラトゥ・ウラネオス・リオラの封印を守り続けて来た。
しかし、その封印は彼の絶命により今解かれたのである。




