第十五章 荒神
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第十五章 荒神
フィディラー大陸の東と西には大陸が続く。その片割れである東の大陸の端には大きな国が栄えていたと言う。しかし今はもう腐敗が進み、文明が芽吹くことの無い死の国になってしまった。その国の生き残りがヒュエイ・ミャンでありその国を滅ぼした神がキオウコウジンである。
その神は今死者の世界を金色に彩り、かつての王国の最後を彷彿とさせていた。
「目だ…目を貫きえぐり出してやる」
メテユはエフタに纏う厚い布を必死に握り締め、じりじりとエフタの頭部に身を向かわせた。七人目はエフタの臓物が霧状の血液にまみれ、隠夜に溶けていく様を気の動転を抑えながら見つめていた。
「エフタ様…私はどうすれば」
七人の足無しの狩り小屋と呼ばれるその残骸に取り残された者達もどうすることは出来ない。後はコウジンとアルフィアのどちらかが勝者となるか、それだけであった。
ヒュエイはエフタの臓物を投げ捨てると、エフタの腹を蹴りアルフィアの顔の目前へと自身を飛ばした。アルフィアは軽く結界を作ると五つの巨大な車輪を出現させる。
「神産みの神の御子息であるあなたにお会いし、そして戦いとは言えこのように対話が出来るとは…エフタに感謝せざるを得ない」
「セオの息子だとほざくか、否定はしないがそれは侮辱と捉えるぞ」
ヒュエイを操るコウジンはアルフィアと会話をし終えると、ヒュエイの右足にオドを溜めた。アルフィアは五つの車輪を激しく回転させると一つをヒュエイに向け轟音を響かせひき殺そうとする。コウジンはその車輪を両手で掴むと激しい回転を力づくで止める。
「私は兄の毒となるものを始末し続けました。それは私の特権なのです。それが私の唯一つの楽しみでした。この車輪達は私の心の支えであり、叶うことの無かった常世への探求、その恨みへの象徴なのです」
アルフィアは静かな表情をゆっくりと不気味な笑みへと変貌させる。
「常世の住人よ、何故私を阻んだ。お前達は何者なんだ?教えてくれ、お前らの知識を我が物に」
「セオに狂ったか…滅べ、この大陸ごと」
コウジンは掴む車輪を粉々に砕くと両脇から押しつぶそうとする車輪を両手で抑える。
「それでは潰れてしまいますよ?コウジン様」
アルフィアは笑みを益々強め肩を揺らしそう言葉を放ち、ヒュエイの前後から更に車輪で挟み込む。コウジンはヒュエイの右足に溜め込んだオドを、そのままに両手を軸に胴を回転させ前後の車輪をその足で弾きとばす。そのまま回転が収まった両手の巨大な車輪を握ると、そのままアルフィアの結界に向けそれを叩きつけた。
「小さな人間を操り、細々と…そんなものでは宝の持ち腐れでしょう?」
「何も知らない者、無知が何を助言しても蠅の羽音にしかならん」
その言葉はアルフィアの自尊心を深く抉る。彼は常世の探求に全てを捧げ、いつしかそれは恨みにすら変貌した。その彼にとって常世の者から無知扱いされることは耐え難い侮辱であった。
「こ、コウジン様?今、私めを蠅の羽音と?…は、蠅…コウジン、貴様!」
「蠅であろう?この吹き駄目に囚われ、妬みに塗れいつまでも飛び回っている。卑しい者よ」
「ははは…貴様は何だ?常世より追放を受けたセオ同然の類では無いか、腐れ神風情が気取るのも大概にしろ」
それを聞いたコウジンは低俗な会話に飽きるとアルフィアを無視し戦いに集中する。アルフィアの結界を布を引きちぎるように両手で掴み力を込める。すると先程の攻撃で入ったであろう亀裂から結界は破れ去った。
しばらくしてメテユはエフタの頭部に辿り着く。不安定な足場で立ち上がると剣を両手で握り、エフタの十六ある目の一つに突き立てた。隠夜に人とも蜘蛛のものとも言えない断末魔が響き渡った。その声に七人目は反応するとすかさずメテユを止めまいと側に駆けつけようとする。
「私は何をしている!?何故あいつを放って置いたのだ…」
焦る七人目は呪詛の使用を忘れ、メテユに再度憑りつこうとする。それを狙っていたかのようにエフタの覆う布に身を隠していたエクリが飛び出し、七人目の腹に一撃を喰らわす。
「がっ…!?」
口から胃液を垂らす七人目は驚き目を見開いた。その片目に映るエクリの表情に思わず恐怖すると、短い悲鳴を上げる。
「呪詛を使えよ、使えるならな」
エクリは七人目の体を掴む、それは並の人間が行える技術では無い。七人目は足無しである体を握られたことに理解が及ばず気を動転させた。それもそのはず、足無しの体を肉体を持つ人間が握り掴まえること等ヒプロの書にすら記述は無いのである。秘匿された書以外には。
エクリは七人目の鼻を埋め込む程の拳を見舞う。七人目はあまりの激痛に一瞬意識を失ったがすかさず、呪詛の使用を試みる。しかし刻印を念じる隙も無く次の拳が再び顔面を捕らえる。
「ぐあ!」
「安心しろ、お前の首が捥げるまで殴り続けてやる。呪詛を使用するチャンスはいくらでも有る」
エクリは更に続けざまに七人目を殴り続けた。
「おい、諦めるなよ…この程度の痛みで許しはしねーぞ」
エクリは歯を食いしばると額を七人目の顔面に激しく打ち付ける。その頭突きで七人目の意識は完全に飛び、白目をむいた。
メテユはその攻防に目も向けず次々と目を潰して回る。すると鼠殺しがアスヒダ達との戦いの中、目に激痛を覚えすかさず呪詛大鷲の翼で自身を大きく吹き飛ばし離脱する。
「は…!?何これ?体が消えていく!」
鼠殺しは紅く輝く巨大な光を見る。その光に焦がれる気持ちを抑えつけ悲鳴を上げた。
「嫌だ!死ぬのは嫌!エフタ様助けて!…」
その言葉は虚しく響きやがて体と共にかすれ消え去った。アスヒダとラキエは互いに顔で合図すると隠夜の空にいるエフタ達を眺める。
「まさかこの日が来ようとは」
「ラキエ殿それは薄情と言うものだ、彼らはあなたの血筋であろう。私は信じていましたぞ」
「確かにそうですな。すまない…リントン、彼の犠牲は無駄には出来ない。アスヒダ様、私は加勢に向かいます」
「私はここでキラゴの騎士達を守りましょう、ご武運を」
コウジンは結界を破るとアルフィアの巨大な額にヒェエイの体を寄せる。アルフィアは再度車輪で攻撃を仕掛けると、触れもせずその攻撃をコウジンは弾き飛ばした。
「これ以上は彼女の楽しみを奪う、お前ごときが私を相手をするまでもなかろう?なあヒュエイ」
コウジンはその言葉を最後にヒュエイの体から離れる。意識を取り戻したヒュエイは眉を吊り上げると怒りを口に出す。
「二度と私の体を奪うな!」
ヒュエイは言葉を簡潔に終えると目の前の神にオドが溜め込まれた右足を叩き込む。その攻撃はアルフィアの顔面を見苦しく変貌させた。アルフィアは小さな人間に顔面を抉られ更に気性を荒げる。
「コウジン…これ以上の侮辱があるか!再び姿を現せ!」
「うるせーよっと」
ヒュエイは折りたたんだ右足を打ち込むようにアルフィアの顔面を破壊した。その後アルフィアは実態を保つことなく消えていった。
ラキエがこの戦いの終焉の際に彼等を守る為、エフタのもとへと急ぐが。コウジンとアルフィアの攻防の影響で予想以上にトリロ達から離れていた。
「む、エフタの腹の傷が治りかけている。これはまずいな、奴がこの状況で使う呪詛は…」
ラキエは隠夜での飛翔が上手く行えず慣れるまで時間を要した。
エクリは完全にぐったりする七人目を足蹴にし、その無様な姿を呆然と眺めた。
「くそが…」
その刹那、七人目は目を見開くと呪詛を念じる。
「エフタ様あああ!」
七人目が使用した呪詛はオクトバスの影であった。彼の命は残り僅か。しかし現状をどうにかするものはこれしか無かったのだ。使用出来ても数秒で命は枯渇する。しかし、エフタが呪詛アルフィアの孤高の箱を使用する時間を稼げれば十分であった。
エクリは自身の油断に一瞬で冷や汗が溢れる。
「…!」
エクリは七人目に手を伸ばすがそれはもう七人目の背後に体現されていた。オクトバスは再び現れると喉を鳴らし目を潰すメテユを凝視する。
エクリはメテユを守らんと七人目を諦めエフタのもとに急いだ。しかし、エクリの頭上を鱗の影が通り過ぎる。エクリは間に合わないことを悟った。彼は隠夜を自由には動けないのだ。
「メテユ!逃げろ!頼む逃げてくれ!」
その言葉はメテユに無常にも届くことは無かった。オクトバスの牙は後僅かでメテユを捕らえようとしていた。
エクリはもう全てが遅いのを知りつつも七人目に殴りかかる。その拳は空を切った。
「さらばだ、自殺でもすればセリニ様のもとに還れるであろう。お前に救いがあるのだけが何よりも苦痛でならない」
エクリは眉を垂れ痙攣させると、後悔と絶望の表情を露わにする。しかし、その表情とは真逆の笑顔がそこにはあった。
「グレフト…」
「旦那、見てくだせいあっしの横を」
エクリは視界に七人目の後ろに映る二人の影を捕らえる。一人は七人目の首を短刀で掻き切るグレフト。もう一人はエクリの心を満たす人物であった。
「…リントン、お前」
「いやはや、リオス様に還るまで猶予がある。この足無しは俺達に任せておけ。お前はラキエ様と共に現世に還る手だてをしろ」
「しかし、お前は」
「死んださ、お前もいずれ死ぬ。死んでみたら大したこと無いぞ!そんな悲しい顔するなよ」
相変わらずのリントンに対しエクリは涙を流し、苦笑いをした。
「見守っててくれ、ヴァレリーユは俺が築くぞ」
「ああ、頼んだぞエクリ!エクリ・オスノ・ヴァレリーユ」
僅かな命をグレフトの短刀にて無に帰した七人目は目を見開いたまま霧散する。それと同時にオクトバスもメテユに辿り着く前に姿を消すのであった。
「旦那、あっしもお別れです。いつか生まれ変わったら、今度はお付きの者とさせていただきやす」
「グレフト、お前は…すまなかった、あの時は大盗賊を名乗るお前を馬鹿にしてしまった。俺は語り継ぐ。大盗賊グレフトの名を」
「唯の金庫番ですがね、…まあそれは願っても無いです」
グレフトは自身の短刀を見せる。
「カプノース家の宝刀ですぜ、現世に戻ったら探してくだせい」
「ああ、グレフトと名付けるよ」
エクリの手をラキエが掴む、それにエクリもこの戦いで得た技術を使いラキエの手の平に掴ませる様工夫する。その後メテユを掴みメテユはヒュエイを掴んだ。
メテユの手によって本体の目を潰されたエフタは朽ちるように体を崩れさせた。その体からこぼれ落ちた獅子の剣ダリアはイシスの手元に偶然にも辿り着いた。
「エフタの剣」
イシスはその剣を握ると消えゆく隠夜を輝かせる四つの光を眺めた。
***
エフタ・ヴァレリーユはウラネオスの腹に獅子の剣を刺すと気を狂わせた。彼はオグルに片腕を切られた後も人が変わった様に成り、その後ウラネオスの呪いによりエフタは大きな蜘蛛へと姿を変えたと言う。オグルはその蜘蛛に挑むも最初のエフタの足無しとなる。友を喰らったエフタは強い衝動に駆られる。友を殺す羽目になったノスフェラトゥ・ウラネオス・リオラの完全な抹殺を。その為のエオニオテロスへの変貌への焦がれが更に彼を狂わせたのである。




