第十二章 目玉盗みの蜘蛛エフタ
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第十二章 目玉盗みの蜘蛛エフタ
リントンはヒュエイに助言をする。
「それでは大声を上げているだけだ、感情だけで扱えるものでは無い。殺気はキラゴの騎士なら日常茶飯事に扱うだろう、闘気とはそれを言うんだ」
「だああ!これじゃねえのかよ!」
「馬鹿あぶない!俺を殴るな!」
リントンは気苦労を顔に出しながら暗部の技術のオドの扱いをヒュエイに教えこむ。それとは違いエクリに教えられたトリロはオドとは何かを掴みつつあった。
「成程、これでイシス達は暗闇でも状況を把握することが出来るのか」
「そうそれがオドの波紋。その波紋で敵の動きを掴むんだ。視覚とは別の感覚故にかなり役に立つぞ。それにしても流石だなトリロ、キラゴの騎士とはこうで無くては」
「はい驚きです。この短時間でここまでこつを掴める人間はそうはいませんよ」
イシスとエクリは関心する。トリロは目を閉じ再びオドの波紋に集中した。
「何か来る」
オドの揺らぎを感知したトリロは呟いた。
「アリアス様、ここは私達にお任せ下さい。足無しとの戦い方をお見せします。リントン!その女は放っておけ、まるで見込みが無い、来るぞ!」
「今なんつった!おい!」
「律儀に階段から降りて来るぞ」
ヒュエイがペヘリに抑えられ暴れる姿を後ろに、エクリとリントンは二体の正気を失った足無しの攻撃を躱す。
「…本調子とは言えんが充分戦える」
エクリは傷の具合を確かめると、足無しとの間合いを詰め軽やかに足蹴りを足無しの顔面に振り払った。それは美しい弧を描き足無しの頭を綺麗に吹き飛ばした。リントンは音が鳴る程に拳を握るとその正拳をもう一人の足無しの腹に見舞う。それを喰らった足無しは声にならない悲鳴を上げ姿を霞めてしまった。
「うし、エクリどうだ。今ので感覚は掴めたか」
「うむ、これなら足無しなど恐れるに足らないな」
イシスはその攻防を眺めオドの流れ、波紋の動きを観察していた。
「成程、波紋をぶつけ合うのか」
「はい、足無し共は我々よりもオドの波紋が激しい。恐らく肉体と言う器を失っているせいでしょう。殻で守られることなくオドの揺れを抑えられない。その波紋に相反する波紋をぶつければ足無しに衝撃を加えられます」
「その技は、スイダ隊長に教わったのか」
「はい」
「スイダ隊長も暇なもんだ…」
イシスは少し笑う。そしてヒュエイと一度目を合わせるとエクリにこう伝えた。
「ヴァレリーユ家のお前らは俺の盟兄だ。俺もエフタ殺しに参戦させてくれ。ヒュエイ、お前も来るだろう?」
「いいね!暴れさせろ!」
「トリロ、一仕事終えるまで龍の巫女を護衛出来るか?敵はドラゴンの目を狙っているらしい。それ以上の生命力を持つ龍の巫女の存在が知れれば確実に危険になる」
「そこまで分かっているなら…出来ない願いだぞそれは、今すぐ巫女様を安全な所に移さねば、ここを出るんだ」
「ならば俺達を置いて行け、必ず現世に戻る蜘蛛殺しを成して」
トリロは少し悩む、そして巫女の侍女達の側に向かうと侍女達に伝えた。
「巫女様に呪詛にてこの場をお離れ下さいと伝えろ。ペヘリ、お前もお供しろ」
「トリロは?どうするのさ」
「俺も残る」
「いやいや、ならそのドラゴンを預かるよ。まさかその子と一緒に残るとか言わないだろ?」
「なりません!ただでさえ巫女様からの願いで例外を認めたと言うのに、そのドラゴンを他者に奪われる危険など侵せるものですか!」
「リゲリはこの場に残れる鍵なんだ、リゲリと紅い真珠、そして巫女様がこの館を離れればその蜘蛛の目的は失われるだろう。もし我々が善戦すれば蜘蛛は我々を現世に移す。とどめ等刺す機会は激減するだろう」
「…どうであれ結果は同じなんじゃないか?」
「ああそうだな、あくまで確率を上げるだけの話し。だからこそ重要なんだ」
「トリロがそこまで言うなら勝算があるってこと?」
「間違いなく殺せる」
トリロは肩のリゲリを腕に抱えるとそのリゲリの目を見つめた。
***
その扉が開かれると七人目は口を開いた。
「来たか」
エクリとリントンは部屋に入ると目の前の光景に驚愕する。部屋の奥にはエフタと思われる厚い布を羽織った巨大な異形、その前にこちらに対峙する鼠殺しとメテユが立っていた。
「メテユ!?お前何してる?」
リントンはそう尋ねると、エクリがリントンの体を制した。
「不用意に近づくな、メテユは恐らく憑りつかれている。グレフト、間違いは無いか?」
「へい、あれは七人目のレオ・スインヴです。奴が直接手を下すのは始めて見やした」
「…くそ、メテユが囮ではどうすれば」
「馬鹿野郎!しゃべるな」
リントンが告げた言葉は敵にメテユが囮に成りえることを知らせる。それをエクリは叱咤した。しかし、時は既に遅かった。
「何だ知り合いか、因果なことだな。安心しろ、この坊やはまだ生きているぞ。…ふむ、どうだろう取引だ、ドラゴンの卵とこの体を交換とはどうだ?」
「おい?卵はどうしたんだい?何故持っていない。グレフト!ここに運ぶように言いつけただろうが!」
「…鼠殺し、俺はあんたらを倒す。もう小間使いはごめんだ」
先方にグレフトが飛び出す。鼠殺しに間合いを詰めると体当たりをする、すると意識を失っていたと思われたラキエが起き上がり鼠殺しの背後に回ると首を軽く折る。
「トリロ!ドラゴンを放て!」
エクリが咄嗟にそう叫ぶと、イシスが俊足の地の蛇の構えにて部屋の奥の標的に向かい音も無く忍びよる。それに気を取られた七人目は目の前の拳に対処出来なかった。
「リゲリ!飛び続けろ、けして降り立つなよ」
七人目を殴ったトリロは微かにメテユの体から足無しの本体がずれ出すの見た。アスヒダは立ち上がると状況を確認する。
「キラゴの騎士…それにドラゴン、これは一体?」
***
数分前トリロは皆を集め作戦を伝える。
「まず、エクリとリントンが部屋に入る。その後にイシスと俺で場を混乱させる。この時点で奴らにこちらの戦力を見せつけるのがいいだろう。そして奴らの目的であるドラゴンであるリゲリをこちらの手札とする」
腕を組み頷くヒュエイがはっとして尋ねる。
「私は!?」
「静かにしててもらう」
「はあ!?」
ヒュエイは憤慨するとイシスに止められる。そして、トリロはグレフトに尋ねた。
「グレフト、もう一度エフタが目玉を盗む方法を教えてくれないか?」
「へい、あくまで目を盗めるのはエフタになりやす。足無しに殺されたからと言って目は盗まれることはありやせん。だから、標的は必ずエフタの目の前に連れて来る必要がある、そのあとエフタの八本目の足に刺されて呪詛を掛けられれば七人の足無しの一員ですぜ」
「目は古き目を奪われるのだろう?お前の目は青い」
「…ああ、そういえばそうですね気付かなかった」
それを確認するとトリロはリゲリの片目を隠す様に布を巻きつける。それを横目にエクリが尋ねる。
「グレフト、お前の役目は俺達を地下に誘導することだったか。だから、紅い真珠を置き去りにしたところで問題無いものを言わなかったんだな」
「あっしも自分の身が可愛い、エクリ様達が失敗した時の保険は必要ですぜ…」
グレフトはそう言うと俯き誰とも目を合わせなくなった。それを見たリントンはグレフトの目の前に立つとグレフトを思いっきり殴る。グレフトは片目を何度も瞬きし驚くとリントンを見上げる。
「これで許す。お前の立場も分かる、故に覚悟は互いに決めるぞ。失敗は無い。必ずエフタ討伐を成すんだいいな?」
「…はい、リントンの旦那」
トリロは彼等の会話を聞き終えると続きを話し始めた。
「リゲリに古き目は無い。故に目玉を盗まれることは無いし、エフタにとっても価値の無いドラゴンだ。それを知られないようリゲリの目は隠す」
「あらら、それじゃ私達全員がお払い箱じゃないか。紅い真珠は巫女様と一緒に帰っちまったぜ」
ヒュエイは少し落ち着きトリロに言う。
「そうなんだ、恐らくリゲリが祝福された子ブレジオスであることがばれるのも時間の問題だ。短時間で勝負を決める必要がある」
イシスはトリロの言葉に顎を摘み考えた。
「短時間か、敵の二人の足無しは呪詛使いなのだろう?グレフトと言ったか。七人目とやらはどのぐらいの使い手だ」
「へい、七人目も学術都市の出だとか。しかし、遥か昔の話。掠れる程昔の話ですぜ。嘘か本当かもわかりやせん。あっしは正直見たことが無いんです。奴が呪詛など使うところは」
「…トリロ、もし呪詛の使い手だとしたら短時間で攻めるのは危ういぞ、何が出て来るか対処出来ない」
トリロはその言葉を受け話を続けた。
「こちらも何が出て来るか対処出来ない手を使う」
それを聞きイシスとその他の皆が訝しむ。
「悪いがトリロ、俺もこの二人も呪詛は多少かじってはいるが。呪詛返しは扱えないぞ。あれを使える者は極僅かだ」
「そんなことに期待するわけが無いだろう、呪詛返しか、あれば楽だったろうがな」
「ならどうする?早く言え」
トリロは指を指す。
「お前だよ」
***
七人目はメテユの体を起こすと呪詛の刻印を念じた。その刻印は神話のワームの呪詛であった。
「オクトバスの呪詛か、まずは俺に的をしぼったな」
トリロは呪詛の知識を誰よりも熟知しているキラゴの騎士である。対処方法も網羅していると言っても過言では無い。その呪詛はワームの簪と言い、大地より無数の突起を繰り出すものである。それを避ける術は敵との間合いを詰めるか大地に向け盾などでの防御を行う必要があった。しかし、トリロは剣を抜き大地に突き刺すとそれを軸に体を翻した。
「さてやろうか」
トリロはそう言うと目の前の無数の針を薙ぎ払う。その後ろからエクリとリントンがオドを荒げ七人目へ体術を仕掛ける。
「ぐう!…こいつら」
七人目は圧され苦し紛れに新たな呪詛を使用した。
「大蛇の山の鋼皮だ!素手ではこちらが負傷するぞ」
大蛇の山の鋼皮とは剣の神オクトバスの呪詛の一つである。ワームの鱗の様に大地奥底に眠る鉱石を体に纏い一時的に防御態勢を取るものである。
「何だこいつら、何故呪詛を回避出来る?」
「キラゴの騎士と戦ったことが無いらしいな。聞け、お前は俺達の敵では無い」
七人目の真後ろから声がする。イシスが静かに表れると大蛇の山の鋼皮の呪詛が剥がれるタイミングに合わして掌底を放つ。メテユの体が激しく吹き飛ばされるのを横目にアスヒダは剣を抜くと鼠殺しの腹を切り裂いた。悲鳴と同時に首をぶら下げた鼠殺しは周囲に呪詛隼の弓を乱れ打ちした。
「きゃああ!」
耳を貫く甲高い叫びが垂れ下がる頭から響き渡る。放たれた矢にグレフトは体中を負傷し姿を霞める。ラキエとアスヒダは剣で矢を叩き落としていた。
「アスヒダ殿、こ奴は我々で防ぐぞ」
「うむラキエ、此度は必ず蜘蛛殺しを成す良いな」
二人の伝承される騎士は共にフィディラー王に加護を求める祈りを捧げた。
***
失われた暗黒の時代にエフタ・ヴァレリーユは獅子の剣ダリアを得物とし、友とした赤猪の異名を持つオグル・トリバーと足無し狩りを数多くこなしたと言われる。オグルの闘志は凄まじく覇気を混じた咆哮で足無しを掻き消した。それに負けずエフタもダリアを振るい敵を剣の餌とした。オグルは剣技はあまり得意としない気質であった為授けられた太陽の剣リオラを振るうことは少なく、やがて二人に差が生じる。それはオグルが太陽の剣でエフタの片腕を切り落とすことになる異変であった。




