第十一章 呪われた御伽噺に挑む者達
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第十一章 呪われた御伽噺に挑む者達
鼠殺しは怒りに身を任せ横たわるアスヒダを何度も蹴りつける。アスヒダはそれにじっと耐え力が戻るのを待っていた。
「何とか言え!このカビの生えた老いぼれが!」
その光景に神経を障られたメテユの体を手に入れた七人目は立ち上がり、鼠殺しを睨みつける。
「そこまでにしろ、お前のその甲高い声はどうも気分を害する。エフタ様に吸わせるぞ?」
七人目のその言葉を聞くと、鼠殺しは頬を引きつらせすぐさまアスヒダから身を離した。
「す、すまない。許しておくれ」
鼠殺しは腕に掘られた刻印を撫でると、俯きそれ以上何も言わなかった。
「そうだ、それでいい。アスヒダとそこのヴァレリーユがエフタ様の食糧になってくれているおかげで、あの苦しみから逃れられるのだ、少しは感謝しないとな」
七人目は笑顔を見せると再び腰を下ろした。
「ところでグレフトは上手くやれていたか?」
鼠殺しはその問に喉の調子を整えるように唾を飲み込み答える。
「ああ、私とあいつが敵であることは奴らに信じさせられたと思う。それでも片方は私との交戦中グレフトの動きを警戒していたわ…グレフトを完全に信用しているわけでは無いみたいね」
「ふむ、なあアスヒダよ。お前の言うように今回の餌はやりてのようだ。そこのヴァレリーユの時のように腰が折れるかもな」
「言ったろう、貴様の夢を打ち砕くと。この呪いも今夜限りだ」
アスヒダは静かに重い布に覆われた異形を睨んだ。その異形は八本の足を布にしまい漆黒に怪しく光る八つの目を滾らせていた。その横でラキエは意識を失ったまま倒れている。
ふと七人目が扉に顔を向ける。
「来たか」
その扉は埃を撒き散らし押し開けられた。
***
イシスは緑装束の侍女を降ろすと、酷い汗を地面に垂らし呼吸を整えた。
「こ、ここか?もう夜だぞ…」
イシスの言葉にトリロは首を縦に振ると間違いないと答えた。しかし喉がつぶれ声が上手く出ない。
「…が、があ!ここだ、ここが七人の足無しの…狩り小屋、ペヘリ…水は無いか?」
「…ちょっと待って、ぼ、僕が先だ」
ペヘリは筒を取り出すと水分補給をするとそれをトリロに手渡した。
「おい、小屋があるぞあれだろう?」
ヒュエイは歩みを早めその言葉を置き去りにその小屋へと向かった。イシスもそれに続く。
「待てヒュエイ、人影、気配が無い。罠に気負付けろ」
イシスの言葉に少し反応するヒュエイだが、お構いなしに彼女は小屋の扉を開いた。
「誰もいないな?あいつは何処行ったんだ?」
「先方のヴァレリーユ家の奴のことか?たしかに…あいつがいないのは妙だな」
「あら、床が開いてる。この下か?」
ヒュエイは後ろを振り向き暗闇に佇む龍の巫女が自分の真後ろにいるのに驚いた。しかし、声も出さずすぐさまイシスを見る。
「…松明が必要だな、イシスは待ってくれ。お前はこの暗さでも進めるだろうが俺達には無理だ、キラゴの騎士にその技術は無い」
「ああ、わかっている。火種なら俺の熱火子を使え、キラゴの騎士には呪詛は扱えないだろう」
「巫女様、どちらへ?お待ち下さい」
橙装束の侍女が龍の巫女の腕を掴み彼女の歩みを止めた。
「…」
龍の巫女であるメムはその腕を撫で、そっと離すと暗闇が続く地下への入り口へと歩を進めた。
「おいおい、誰か巫女様を止めてくれよ」
そう言いペヘリは慌ててメムの後ろに着きメムを護衛した。
「何なんだこの連中は、人の話を聞けと言うのに」
「イシス、いいから火を用意しろ私も巫女様に着いて行くぞ」
「…頼むイシス」
トリロの頼みにすぐさまイシスは松明を用意し四人の後を着いて行く。その後に巫女の侍女達も続いた。
途中のトーチを手に取るとイシスの持つ松明から灯りを貰いトリロはメムの横に着いた。
「ペヘリ、何があっても巫女様はお守りしろ」
「分かってるよ、キラゴの騎士は役割を全うする、それがキラゴ・カシナラの名誉」
トリロは真剣な表情になると暗闇を凝視する。なにか不吉な者がその先に待ち構えていることだけがトリロの眉間に皺を寄せた。
「これは、何だ。イシス、お前なら見えるか?」
「その先は扉だ、開けるのか?」
イシスは暗部にて鍛えた目を使いその扉の異質さに対峙した。
「待て開けるな、私を先頭に戦闘態勢に入りな」
ヒュエイは左手を額に当て皆を制した。するとメムが呪詛を使用する。その刻印が皆の脳裏に鮮明に表れた。
「な、何をした!?」
「これは、アルフィアの孤高の箱?」
理解の追いつかないイシスに対しトリロは冷静にその刻印を解き言葉にした。その後、暗闇は微かに取り払われ薄暗い階段へと変貌を遂げた。驚きを隠せないその場のヒュエイ達は背後の人影に反応し臨戦態勢に入る。いの一番に動いたのはヒュエイであり、化粧は施すことなく短刀をその二人の内の一人の喉元に押し付け、その男を押し倒した。
「ま、待ていきなり何だ!?」
慌てるリントンに対し、エクリは剣をヒュエイの首に突き立てる。
「何処から現れた?貴様は足無しでは無いな…キラゴの騎士か!?」
エクリは剣を静かに降ろし、ヒュエイもその動作に合わして短刀を降ろしエクリに睨みを効かせた。
「二人、お前らかロエオスの部下と言うのは」
ヒュエイの言葉に驚くエクリはヒュエイの後ろにいる人影に対し目を細めた。リントンは立ち上がると紅い真珠が無傷であることを確認する。
「あなた様は…アリアス様!」
エクリは驚きの声を上げるとカブリ・ジウラの弔いの所作をする。リントンもそれに反応し状況を理解する間も無くエクリの所作に続く。それを眺めるグレフトは唯状況を理解出来ずに戸惑うばかりであった。
***
一同は一先ず拷問室と思われる部屋に戻るとお互いの状況を確認することにした。ペヘリはメムを部屋の隅にて休ませると侍女達に確認する。
「これは巫女様の呪詛なのかな?」
「呆れる、あたりまえでしょう。あなたも刻印を感じたはず」
橙装束の侍女は呪詛の使用者の判別も出来ないのかとペヘリに冷たい目線を向けた。基本呪詛の刻印を感じた場合、使用者が視界にいればそれは分かるものである。
「それよりもいち早く紅い真珠を取り戻しなさい、もう時間は無いのですよ」
緑装束の侍女はそう言うと部屋の中央にある紅い真珠を心配した。その紅い真珠を取り巻くようにヒュエイ達はエクリ一行と対峙している。
「んでだ、この卵は返してもらうよ」
「状況が掴めん説明をしてくれ」
ヒュエイの言葉に説明を求めるエクリは、腕を組むとイシスに目を向けた。その視線にイシスは応える。
「アダナスはキラゴの騎士に捕らえられた。故に作戦は変更だ。どうであれ、俺の命令と言えばお前らは逆らう道理は無いのであろう?」
「もちろんでございます」
エクリはそう言うとそれに続きリントンは緊張するように赤い真珠をイシスに手渡す。
「ア、アリアス様…お会いできて至極光栄で御座います。この者はエクリ、私めはリントン・ヴァレリーユと申します以後お見知りおきを」
「ヴァレリーユ…成程、あの苦難を生き抜いた者達か。難儀だったな」
イシスはカブリ・ジウラの弔いの所作をする。二人はそれに感銘を受け、リントンは膝を崩し涙を流し、エクリは奥歯を噛みしめ目の焦点を天井に向け涙を堪えた。
トリロはその光景をしばらく眺め口を開いた。
「メテユと言う斥候を向かわせたはずだが、奴はどうした?」
その言葉にエクリは少し溢れた涙を拭い応える。
「メテユをこちらに向かわせたのか?だとしてもこの館に辿り着けるとは思えんが。どうであれ、我々のもとには辿り着いてはいない」
「そうか…ここは何処なんだ?」
「ここはエフタと言う化け物が呪詛で作り出した館、厳密にいえばここは隠夜。死者の世界だ」
「そのエフタと言う者がアルフィアの孤高の箱を使用したと言う訳か、先程の足無しなどと言っていたのもそれのことか」
その会話を終えたトリロはぶつぶつと一人言を言い状況を整理する。ヒュエイは少し苛立ちはじめイシスに言う。
「何だよアルフィアだのエフタだの、なあんにも分からんわ。さっさと出ようぜこんなとこ気味が悪い」
「ペヘリだったか、この卵を返す。受け取れ」
「ああ」
ペヘリは紅い真珠を受け取るとそれをメムに手渡した。メムは笑顔でその卵を抱くように抱えると静かに撫でる。
「アリアス様、どのようにこちらに来られたのでしょうか?入れるのであれば出ることも可能かと」
エクリはイシスに問いかけた。
「龍の巫女の呪詛だ、お前の言う通りだこの場を離れるとするか」
「じょ、冗談じゃ無いですぜ!何なんだあんたらは、それにエクリ様達もあんまりだ。あっしらとの約束は反故にするってんですか!?」
イシスとエクリの会話を聞いていたグレフトは痺れを切らし、二人の間に飛び込むと怒りを解き放つ。それにイシスは目を丸くするとグレフトを指刺す。
「何だこいつは?」
「こ奴はこの館に捕らわれた足無しの一人、グレフトと申します。グレフト、お前の言い分は弁えているよ、だからまず落ち着いてくれ」
「ならどうするんですか?」
グレフトの唾を撒き散らす言い分に押されたエクリは仕草でもグレフトを落ち着かせるよう促す。
「アリアス様一行はこの館を私達を置いて脱出願います。この館は非常に危険で御座います。先程お話した化け物、それは目玉盗みの蜘蛛エフタと申します。奴はこの館に捕らわれた者の目を盗みこのグレフト同様足無しとして生気を奪い続ける。今この瞬間も命を狙われるやもしれません」
「ならば何故お前達は残るのだ?」
「我が祖先との誓い、そしてこ奴との約束で御座います。勝手をお許し下さい。しかし、これはヴァレリーユ家の者としての定めなのであります」
「アリアス様、私めも同じ想いであります」
グレフトの肩に手を置くとリントンもイシスに願い出る。すると、横で聞いていたヒュエイが少し目を輝かせその会話に乗り出す。
「おい、その化け物を詳しく教えてくれよ?蜘蛛だって?」
「…始まった。ヒュエイお前は出て来るな話がややこしくなる」
ヒュエイの子供の様な表情を見ると眉を曇らせイシスはヒュエイを押し戻すような素振りを見せる。
「失礼だが、キラゴの騎士よお前らはアリアス様とどう言う関係か?アダナス・ラビナ卿を捕らえたと聞いたが…敵では無いのか」
「こいつはヒュエイ、肩にドラゴンを乗せている者がトリロ、巫女の護衛のペヘリだ。彼等は敵では無い」
「おうよ、私達はプラテイユをぶっ殺す手伝いをするのさ」
「キラゴの騎士を味方に付けたと!?」
エクリとリントンは驚きの表情を互いに見合わせる。そこにトリロも会話に割って入る。
「リゲリが珍しく怯えている、妙に気になる。その蜘蛛について詳しく教えてくれないか?」
「何だよリゲリって?お前の子供の名前か?」
「悪いか?龍の騎士リゲリの様に育ってほしいのだ」
トリロは肩のリゲリの喉元を撫でながら笑顔を見せた。
「あ、ああ…好きなように名付ければいいさ」
その親馬鹿っぷりにヒュエイは少し身を引く。
***
手枷を外された侍女は薄暗い洞窟にて一人取り残された。
「後は好きなようにしろ、命令はお前をここに運べとしか言われていない。ここの護衛兵から後のことは聞くんだな」
「はい…」
その侍女は俯きながら返事をする。
「不吉だ、あの黒い翼が現れた場所にいた人間に関わるなど」
「馬鹿、余計なことを口にするのでは無い。あのドラゴンは西の王の象徴と言う神官もいるのだぞ」
二人の兵が松明の灯りを遠ざけながらその侍女から遠のく。それを侍女は虚ろな目で見送った。
「あなたは誰?」
暗闇から女性の声が微かに響く。侍女は振り向くと声の聞こえる方へと歩みを進めた。その洞窟は一本道ではあるもののところどころ部屋らしきものがある。その中に灯りが灯る部屋があった。
「どなた様でしょう?」
「大丈夫、取って食ったりはしないわ。中に入って」
「し、失礼します」
侍女が扉を開けるとそこには美しい女性が灯りに照らされていた。彼女の紅い太陽の目が煌めく。
「うれしい、話し相手が来てくれたのね」
「あなた様は?」
「私は、ウラフェス・クレイス。クレイス家の者です」
「…お姫様」
「あなたの名は?是非教えて下さいます?」
侍女は戸惑い自分の数奇な人生に動揺したが、受け入れるしか他無かった。侍女は跪くとウラフェスに自己紹介する。
「私の名は、クリノと申します」
***
黒き鉾の城に現れた暗天のヤワタリ討伐に駆り出された騎士達は、伝説の剣を腰に暗き時代に光を取り戻した。その一人の獅子の剣ダリアを振るった騎士の名をエフタ・ヴァレリーユと言う。彼の行く末を知る者は誰もいない。




