第九章 七人目
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第九章 七人目
鼠殺しは左の頬を痙攣させ歪んだ笑みと怒りを帯びた目でリントンを睨んだ。
「何をした?何故呪詛の刻印が現れないんだい?」
鼠殺しは殴られた頬を片目で確認する、考えを巡らせるが一向に答えは導き出すことは出来なかった。それが彼女の精神に異常をきたす。彼女はかつて学術都市マギアにて他者を寄り付かせない程の呪詛使いとして恐れられた、それは彼女の自尊心の大部分を占めていたのだ。
「どうして!?ありえない!私を殴れるはずが無い!…あってはならない、私の知らないものは要らない。殺す。お前は要らない」
「や、や…やばい!旦那!リントン様!引いて下さい!」
グレフトはリントンの前に立ち体をばたつかせリントンを押しのけようとした。しかし、リントンはグレフトをすり抜けると全速力で鼠殺しに突進した。
「ひっ…!?」
鼠殺しは恐怖の表情を露わにするとリントンの右手から身を守ろうと、両腕で顔面を覆った。
「喧嘩の下手な野郎だなあ!」
リントンの左拳は鼠殺しの腹部を抉る様に貫いた。
「ひぎいい!」
痛みに苦悶の表情を浮かべる鼠殺しは霞む様に姿を消し去ってしまった。エクリはその攻防をじっと観察する。
「呪詛の刻印…か」
「エクリ、すまない大丈夫か」
リントンはエクリのもとに駆け寄るとエクリはリントンの肩に手をやる。
「すまないじゃない、申し訳ございませんだろうが」
リントンは肩の手を払うとエクリの血止めを行う。エクリは肩を揺らし笑いをすると続けてリントンに伝えた。
「足無しへの対抗手段は揃ったな」
「言ったろう、奴らは闘志で退けると。スイダ様に教わった殺気を殺す方法の逆をすれば良い」
「成程、暗部の業がここで役に立つか…あの女はこれを呪詛だと思い混乱していたな」
「あれは滑稽だった。底辺よりも下に落ちた者にしか知りえない技だからな、無理も無い」
グレフトは二人の会話を聞きながら不安な表情を徐々に変え明るい表情へと展望させた。
「エクリとリントンの旦那!行けますねこれは!」
エクリとリントンはグレフトを見やると頷きはしないが目力で応えた。
***
メテユは床の切れ目に短刀を刺しめくれ上がる床を勢いよく持ち上げた。
「やはり!」
七人の足無しの狩り小屋の床に地下を見つけたメテユは、疲れた体を叱咤し階段を降りることを決意する。
「灯りが必要だ流石に進めない」
メテユは暗部の技の一つである夜目を使うがエクリやリントン程の技術は有していなかった。それでも外の青い夜の青さも無い漆黒の地下を睨みその先に何か無いか探る。すると壁にトーチが掲げられている。
「渡りに船だ、まああるだろうとは思ったが使えるか?」
そのトーチに近づくとメテユは手の甲を撫でながら刻印を思い浮かべた。
「マギアの熱火子よ…」
その呪詛は目の前のトーチに火を灯した。メテユはその松明を錆び付いた金具から取り外しさらに奥を照らす。
「深いな、足無しと名がつく程だ…化け物が住んではいないか」
メテユは軽く身震いをすると自身の頬を叩き足を前に出した。その階段は唯暗闇に続くばかり、それは死者の世界へ続くようであった。
「何だ、恐怖を押し込めきれない、くそ、俺はヴァレリーユ家の騎士だぞ」
そう言いつつも彼は足を止めることは無かった。誇りの強さは人一倍持っていた。
階段もその先にはもう無い、平の床に辿り着くとメテユは咄嗟に松明の火を消した。
「何かいる」
メテユは気配を消し辺りに注意を払う。目でのみでなく取り巻く空間の波紋を捉えようと訓練した暗部の技を駆使した。
「視界が邪魔だ」
メテユは完全に目を閉じ波紋を感じることに専念する、すると瞼をすり抜ける程の明かりと共に衝撃と思える波紋を体に受けた。慌てたメテユは目を開き目の前の状況を確認する。そこには広い地下室、その奥に厚い布を纏った巨大な何かと無数に散りばめられた人骨があった。
「はっ!?」
メテユは背後に気配を感じるとそのまま首筋よりその者の侵入を許してしまう。メテユは脳を握り潰される感覚に襲われ気を失ってしまった。
***
「王よやはり奴が目ざめた」
体中に岩の鱗を纏う人形は一角獣の横で空を見上げながらそう伝える。それを聞いた一角獣は身震いをする。
「君のつがいはいずれここに来るだろう、彼こそあの闇を打ち破る勇者だ。その為に我々にはやるべきことがある。覚悟は出来たかいアスプロ」
それを聞いたアスプロと言うユニコーンは口を開く。
「行こう、神岩の剣リトース」
その言葉の後に腐龍の山の上空に刻印が円陣を組む様にいくつも並ぶ。
「僕の手から剣の力を引き出せ、意識を失う前に」
リトースと呼ばれる岩肌の人形は、アスプロの体に自身の手を置き右手に埋め込んだ剣の力を分け与える。
「我が師ヒプロの力だ臆することは何も無い」
アスプロはその言葉に押される様に数十とある呪詛を一度に放った。その歪んだ力場は空を舞う黒い龍に狙いを定める。
「ヤワタリ、我々は対抗する。そのことを身に刻み思い知れ」
遥か遠く離れたアナン湖の水面は荒ぶり、一角獣平野では砂塵が舞う。広範囲にその波動は通り異変に気付く者もいた。
「な、何じゃ!?」
「へえ?」
ヴァトラスは慌てるデュウムに気の抜けた声で聞き返す。
「アツァナか…誰か分からんがとてつもない呪詛を使用しておる、わしが死と引き換えに使用しても足りない程じゃ」
トリロの背中に背負われるメムもそれは感じていた。
その呪詛の刻印は並ぶ円陣を回転させ黒い渦を作り出し、上昇気流が竜巻となり円陣の中心を貫く。
「掠り傷…殺せはしない。それでも恐怖は刻まれる」
リトースと呼ばれる人形は目を瞑りそう呟いた。その言葉の後アスプロを中心に腐龍の山の地はめくれ上がりなぎ倒された木々や岩は宙に浮き大きなくぼみを作る。
「意識が飛びそうだ」
アスプロは目から血を流し体を支える脚を震わせた。
「心配無いこの力を信じるんだ、ヤワタリが間合いに入るぞ」
リトースの声に精神の手綱を引き寄せたアスプロは、その古き目で空を不吉に彩る翼を中心に捕らえた。
***
エクリは傷に手をやり具合を見ると少し頷き口を開いた。
「地下に向かおう」
「大丈夫なのか?」
エクリは再び頷いた。
「一人程の組手なら問題無い、敵対する足無しは四人。アスヒダとラキエ様、俺とお前で何とか押しきれるか…」
グレフトは驚愕の顔を二人に主張する。
「あ、あっしもいやすぜ!」
リントンは軽く無視をするとエクリの考えに賛同するも意見を加える。
「足無しは足無しと攻防することが出来る。我々よりも自然にそれを行えるだろう。しかし、あの鼠殺しとあと一人の存在が気がかりだ、ましてや、本陣のエフタも忘れるわけにはいかんだろう?」
グレフトは胸を叩くと鼻息を荒く声も荒げた。
「全部話しやす!そこに座って!ほらほら!」
グレフトは二人を座らせると腕を組み眉間に皺を寄せた。
「あっしはこの館で三つ程の攻防を見てきやした。どれも無残な結果でさあ。アスヒダ様はそれら全てに協力しエフタ殺しを成し遂げようとした、しかし、地下に辿り着けた者は誰一人おらんです」
エクリは口を開く。
「そこじゃない、鼠殺しの呪詛の種類、まだ見えぬ七人目、エフタの実力が知りたいんだ。お前の昔話はどうでもよい」
「厳しい!分かりやした、まずはあの女のことを…」
グレフトは楽しそうに話しを続けた。彼に出来ることはそれだけだと彼自身も薄々気付いてはいたのだ。
***
メテユは意識はあるものの何者かに体の自由を奪われていた。目の前には黒くおぞましい何かがいくつもの目を怪しく輝かせる。
「畜生、何だこれは」
「暴れるな、静かにしなければ腕をへし折るぞ」
「誰だ…?」
メテユの体の内からメテユに話しかける者の存在に気付く。
「何をしても無駄、私はエフタ様の従者。エフタ様を精霊エオニオテロスに為さんとする者」
「何の話だ」
メテユは状況が理解出来ずさらに混乱した。
「お前に説明したところで何の利にもならん、黙っておけ」
エフタの従者はメテユの右手の感覚を確かめると目の前のエフタに膝を着く。
「この者の体は手に入れました。ドラゴンの女王の卵は必ずエフタ様のもとへ」
その者は頭を垂れると生気を奪われたアスヒダに目を向けた。
「アスヒダ、今回の生贄共は威勢が良いようだな。お前ごときが夢を見るように」
アスヒダは指一つ動かせない程衰弱をしていたが、睨みを利かせ言葉を発した。
「外道のお前の夢を打ち砕く程に彼等は強い。弱者のお前には分からんだろう」
メテユはその彼等が誰か少しずつ理解し始めていた。それは正しく嫌な予感と言うものであった。
***
呪詛、狐の衣憑きは古き時代より足無しが扱う呪いと謡われる。ある昔話にある還らずの一つ目蛙と呼ばれた男の話が良く語られる。その話はこうである。
黒き目のその一つ目はカエルと馬鹿にされ迫害を受け続け死を迎えた、男の死後その村の住人は次々と奇行を繰り返すようになる。最初は笑い話で済ます村人達であったがその奇行は許容を超えついには死人が出る程にまでになる。村人達の中にはこの混乱に乗じ盗みも働く者も現れ疑心暗鬼が村中に立ち籠めた。
「一つ目蛙の仕業だ」
重度の心的重圧に恐怖した村人の一人がそう言うといつしか村人全員がそう言い合うようになり、男の墓を掘り起こし死体を川に流した。その川向かいに一匹の白い狐が現れると嘆くように遠吠えを放ち慄く村人達にこうつげた。
「呪われろ、愚か者共よ」
その一人目は目玉を自身の指で掘り起こし自分の妻の喉に押し込んだ。二人目は四肢をねじ切り虫の様に川岸を歩き川面に消えた。そして次から次へとその場にいた者達は奇怪な死をとげ奇行により他者を殺した。
その村の住人は一夜にして幾人かの子供のみを残し血肉の塊となったと言われる。その子供達は一つ目蛙の本当の名を知っていた。男とその狐が何者かも。彼等は友であったのだ。




