第六章 隼の紋章の華族ヴァレリーユ
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第六章 隼の紋章の華族ヴァレリーユ
エクリが慌てて忘れて行った紅い真珠、薄暗いランプの光に照らされ、それはその部屋に無事に眠っていた。
「たく、私も言えた口では無いがこれが如何に大事か…ここに置き去りにするなど」
リントンは安心するとその卵を持ち上げる、先程同様それは安定状態にあった。リントンは背筋に悪寒を感じ気を強く持つために剣に右手を添える。
「グレフト、アスヒダ…あと五人。食堂とロビーで退けた二人は別人の様だった、恐らく一度退ければ続けざまには襲えないのだろう、あの感覚は人の命を奪う時に似ていた、確実に傷のようなものを負わせている」
そんな自分にも体の奥底に妙な違和感を拭えずにいた。
「そして、私の魂にも傷はつけられている…時間を掛ければ確実に奪われる」
「お主、その目玉は太陽の目か…私と一緒ではないか」
振り向くリントンの目に映るはヴァレリーユ家の紋章を象ったブローチをつける初老の騎士であった。
「我が家の紋章…その胸の物は」
「…なるほど、そう来るか」
その騎士のブローチはヴァレリーユ家に伝わる騎士の称号、華族の長が代々受け継ぐはずだった伝承の宝物である。しかしそれは失われ今は所在も分からなくなっていた。
***
エクリはグレフトを目で追い込む。
「俺の目を見ろ、これが欲しいのだろう?」
グレフトは戸惑い目を泳がせ、終いには目を握るように閉じてしまった。
「本当だ、俺はあんた達の仲間だ、たしかに蜘蛛は恐い、奴は俺らを苦しめる、だけど信じてくれ俺だってやられっぱなしは嫌なんだ」
「…」
エクリはそう言うグレフトの目線を捉え何度か目線が合う瞬間にグレフトの心を探った。
「まあ、良いだろう」
「何が!?」
「お前が蜘蛛の手下でもお前の頭と度胸では俺達を謀ることは出来まい、それにお前の蜘蛛に対する憎しみも相当な物だと感じる」
「あ、当たり前だ!お前に何が分かる!…あ、え、エクリ様にこの苦しみは分かるわけが」
エクリは頷く。
「奴に目玉を盗まれると苦しみを与えられるのか?」
「昔、マギアの呪詛使いが言っていたんだ、足無しはエオニオテロスとの盟約を結ぶ者だけがなれる。エオニオテロスの足無しなら苦しみも何もない生命力を吸われないからな。一つあるとすれば俺達と同じ不死であること、永遠と言う糞みたいなものを生きることだけだ…それだけでも十分ですが」
「お前らは生命力を吸われるのか?」
「生命力というのは適当な言葉が思い浮かばないから言ってるだけですぜ、何かそういうものです。それを吸われるのがきつい、蜘蛛がでかい虫を捕食する音を聞いたことはありやすか?ちゅうちゅう吸うんです、体の中をヘドロにされ細い管で吸われる感覚です」
エクリは想像するも首を傾げた。
「分からないですよ、生身で理解は出来ない。とにかく、それで俺らは頭がやられていく。食堂とロビーでエクリ様達を襲った二人はもう自我が無い…一人は良い人だったんですよ、俺を可愛がってくれたんだ」
グレフトは唇を噛みしめそう最後に付け加えた。
「なるほど、それは良い」
「はあ?何も良くねーですぜ!」
「…仲間を増やせるだろう?」
エクリは不適な笑みを浮かべグレフトに合図を送った。
***
メテユ・ヴァレリーユはセリニ川の上流に足を踏み入れていた。彼はトリロ一行の先発としてエクリとリントンに作戦の変更内容を伝達する為に先を急いでいた。
「アダナス卿に不甲斐ない姿を見せて終わりではあんまりではないか、ここで挽回せねばならない」
メテユは龍の巣にて役に立てなかった自分に納得出来るわけがなく、自信の喪失と共に唯々焦る。
カドルの森は溶岩が固まって出来た土地の上に広がる大きな森である。足場はとても悪く油断をすれば大地の割れ目に落下することもある。そんな悪路を馬で移動することは出来ない。鍛え抜いた兵士の足腰でのみ走り抜けることが出来るのである。そしてこの森は肥沃であり濃い緑に覆われ昼間でも薄暗い。
「集中を掻いては転んでしまう、顔面から倒れれば岩が頭蓋にめり込むだろう」
メテユは何度か浮石を踏み掛け冷や汗をかく。エクリに鍛えられた体幹を駆使しそれでも走り続けた。すると目の前に朽ちかけつつある小屋が目に入った。
「あの小屋がおそらく七人の足無しの狩り小屋、お二人の姿は見えないな」
小屋の前で吐くように嗚咽と共に呼吸を整える。一先ず目標に辿り着いたメテユは体を休めた。
「…流石に無理をし過ぎたか、5日程休まずだったからな」
革袋の水筒の水を浴びるように喉に流し込むと、震える足に鞭を打ちその小屋の扉を開く。中はわりと雨風は防げる程にはしっかりとしている。ぐるりと部屋に人の痕跡を探るが誰もいない。メテユはそれが分かると糸が切れたように床に倒れ込んでしまった。
「くそ、ここではないのか?これ以上は走れん」
彼はそのまま気絶し、そのまま夜まで目覚めることは無かった。
***
リントンは目の前の騎士が誰なのか理解していた。
「あ、あなたはラキエ様」
「兄上の末裔か、そうか我がヴァレリーユは今も絶えることなく…うむ、しかしこの場にいるのはまずいな」
ラキエ・ヴァレリーユは古きヴァレリーユ家の勇士であった。彼は兄を差し置き次期当主として伝承にある紋章を受け継いだ最後の人物である。
「ラキエ様はカーグ領との戦で戦死なされたと、その時の功績にてヴァレリーユ家はジウラ屈指の華族に発展したとそうお伝え聞いております、その英雄がまさかエフタに囚われておられたとは」
「心臓を貫く言葉だな、不甲斐ない始末だ」
「も。申し訳ございません!そのような意図は微塵もありません」
「良いのだ、しかし、言い訳にはなるがその伝承には誤りがあるぞ、私は兄に家督を託しエフタに挑んだのだ、あの戦いにてヴァレリーユ家を発展させたのは兄であり私では無い、私は兄の力を信じていた。父は見誤っておられたのだ」
「何故エフタに挑まれたのですか?」
「それを聞くか?騎士の本分であろう、英雄を目指したのだよ。戦にて指揮を取る人生では無く、神話に謡え聞く英雄の様に強者に立ち向かうそんな自分でありたかったのだ」
「…」
リントンは複雑な想いを抱き少し混乱したが、結局のところ怒りが込み上げてしまった。
「それは大層な夢ですね、まるで子供の戯言」
リントンの目つきにラキエは笑みを浮かべた。
「そうであろう、お主のその目、その理由が聞きたい。ヴァレリーユ家に何があった?」
「ならば下に、あなたが飽きた傀儡のようにお捨てになられたヴァレリーユ、その復興をなさんとする我が兄弟をお見せ致します」
リントンは静かに怒りを抑えエクリの待つロビーへと歩を進めるのであった。
***
メテユは目を覚ますと飛び起きる様に立ち上がる。動悸を抑えつつ暗がりを見回した。
「寝ていたのか、本当に自分が嫌になる」
メテユはその人気の無い小屋を諦め外に出ようとする。
「待て、何だこの違和感は」
落ち着いた空気の流れに微かな違和感を感じる、それは床の方向からであった。
「地下がある、何処が入り口だ」
その直感を信じ、メテユは暗がりを這いつくばり手探りで地下への入り口を探すのであった。
***
月底の戦にてフォティノースのカルディアの戦士達の中に大鷲のカラーザが率いる隼達がいた。彼等はカラーザが命を落とした後もカブリ・ジウラに従い底の呪詛使いリアクを打ち倒した。その神話はヴァレリーユ家の家紋として今も彼等の信仰の礎となっている。




