第五章 金庫番のグレフト
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第五章 金庫番のグレフト
ライザー一行は迷宮奥底へと歩を進める。
「この地下は一体何処まで続いているのでしょう、底はあるのですか?」
セマはディケオスに尋ねると彼は首を横に振る。
「それは僕も兄も知らない、ヒプロの書には記されているかもしれないが…未だその書物を我々は知りえていいない。気になるねえ」
「それにしても薄っすらと明るいのはどういう原理なのか」
ライザーは首を傾げ辺りを興味深く探って見せた。
「この扉だ、これは兄が記した目印だ」
ディケオスは扉の鍵を開ける。その鍵を大事そうにしまうのである。
「この鍵は黒き鉾の城の宝物だ、今迄兄が厳重に保管してくれていた。僕と兄しか使用を許可されていないのさ」
そう言うと彼はその扉を開いた。
「ここがキネカの動脈、この場所だけはヒプロの書にて確認出来てるよ」
二人はその空間に足を踏み入れ息を飲む、傾斜がついているのであろう、それはなだらかであり下層を目指せば帰りにじわじわと体力を奪われる。天井は圧迫するような植物で覆われその部屋の広大さを隠し、地下であることを進めば進む程忘れさせる作りになっている。
「外に出たのですか?」
ライザーとセマは戸惑い困惑を隠せずにいた。
「落ち着こう、ここは本当に危険なんだ。予測出来ない事態しか起きない、慌てるのが一番危険だ。どうであれ起きたことを受け入れそこから自分の取るべき行動を冷静に判断するんだよ」
ライザーは理解できていない顔をする、セマは取り合えず返事をした。
一行はディケオスを先頭に武器を手に持ち歩を進めた。すると草叢から小さなライザーが憤怒の表情で現れた。
「え?」
「考えては駄目だよ、言ったろう、まずは状況を受け入れること。これを当たり前として関わる必要は無い」
ディケオスは二人の視線をそれから外し先を急がせた。
「ここは人の好奇心で人を殺す、僕と兄は一度それに飲まれ互いに殺し合いになったこともある。今も夢に見るよ」
ディケオスは太い幹を指さし、この上で休息を取ると二人に指示をした。二人は了解し荷物をまとめ両手を開けた。しかしディケオスは二人の行動を嘲笑う様にその幹を地面を歩くが如く垂直に登る。
「手はいらない、歩けば登れるよ」
二人は少し思考が停止したが、ディケオスに指をさされ我に返る。
「考えても無駄、むしろ危険だと言ったよ。何事も慣れだ、君達も今すぐ無心で登りなさい」
益々混乱する二人は言われた通りに幹に足を踏み出した。その瞬間平行感覚は狂い今まで歩いて来た地面が壁の様に聳えて見えた。
「これは…気持ち悪いな」
セマは目を顰めた。二人がある程度進むと木の枝が絡まる小さな空間が現れた。ディケオスは腰を掛けると二人に休むように言う。
「数日ここを拠点に感覚を慣らそう。そうしなければエルフ迄持たないだろう」
***
蜘蛛が巣食うその館にて二人は四方に気を立たせ館を徘徊する。
「エフタについて情報が足らん、お前は華族のぼんぼんだろう。母上に寝る前に聞かされていないのか?」
「貴様もぼんぼんではないか、我が華族の一員だぞ」
リントンは憤慨するようにそう言い放った。その言葉にエクリは深刻な表情で押し黙る。
「目玉盗みだとか、蜘蛛だとか私は聞いたことが無い。この地方特有の御伽噺か…」
リントンは口を押え少し唸る。
「どうであれ、御伽噺では終わらない現実のようだ」
エクリはそう言うとリントンに口笛で合図する。
「陰気な野郎共だな」
エクリの示す方向に薄暗い柱の影から片方の目だけでこちらを覗く者がいる。
「綺麗な、憎たらしい、目玉、寄越せ」
その足無しはカチカチと歯を慣らしこちらを威嚇して見せた。
「何か…」
「ああ、どう思う?こいつの小物臭」
エクリはリントンの肩を叩くとその足無しに二人で睨みを利かせ近寄る。その足無しは二人の目線から逃れる様に柱の影に隠れた。
「おい」
エクリは剣を振りかざしその柱に叩きつけた。
「ひいいい!」
その足無しはその場を離れようとするがその先にはいつの間にかリントンが立ち塞がっていた。
「貴様、助かりたくないか?」
リントンは目じりを柔らかくその影を落ち着かせるように問いかけた。足無しは他の逃げ場所を探すがエクリとリントンに間を詰められ気が消沈してしまっていた。
「お、俺はカドルの森を収めた大盗賊のグレフトだぞ!近づけば取り殺すぞお!」
「何が大盗賊だ、聞いたことも無い。俺達の質問に答えろ、情報をくれれば助けてやると言ったんだ。これは交渉だ」
グレフトは目を白黒し、いかにも足りない頭で状況を把握する。
「グレフト落ち着け、俺達はお前の仲間だ」
リントンは触れることは出来ないがグレフトの肩を叩く素振りをする。それを片目を見開きながら眺めるとグレフトは口を開いた。
「本当か?あの蜘蛛を殺してくれるのか?」
「俺達とお前で殺すんだ、そうだろう?」
リントンはグレフトを指さす。
「そうだ!俺が!俺が殺す!」
グレフトは笑顔になり拳を握り締め大声をあげた。
「…いるもんだ、馬鹿一人ぐらい」
エクリは小さな声で呟いた。
グレフトはその場に腰かけるとエクリとリントンを見上げ語り始めた。
「お、俺はこの森で盗賊稼業をしていたグレフト、金庫番でなそれなりに重役だったんだ。それである日大きな仕事が成功してな、フガロ地方のカプノース家から財宝を分捕ったのさ。奴ら血眼になってそれを奪いに来やがった、案の定仲間は全滅、俺は金庫番さその宝を守るのが仕事、そしてこの狩り小屋の地下にそれを隠したのさ」
「お前の自己紹介など聞いてないが」
エクリが悪態をつくとリントンはそれを手で制止した。
「やめろ、今の情報も貴重だぞ。グレフトいいんだ続きを頼む」
「す、すまねえ。人と話すのも随分と久ぶりなんだ、緊張しちまう。頼むお前らの名前を教えてくれると少しは話しやすいんだ」
リントンは二人の名前を伝える、エクリは素知らぬ顔をしながらグレフトに手で挨拶を軽く行った。
「へへ、リントン様とエクリ様か。ヴァレリーユ家出身とは随分難儀なことです」
エクリはグレフトを睨みつける、それをまたリントンは抑えて見せた。
「何故難儀だと思う?お前はここ数年で足無しになったのか?」
その質問にエクリはリントンの洞察に関心する、しかし言葉にすることは無かった。
「俺は新入りですよ、俺を取り殺した野郎は随分と年季が入っていたみたいですがね、アスヒダさんがそう言ってましたよ」
「アスヒダは今どうしている?先程から姿を見せない」
「蜘蛛も寿命は遠の昔に過ぎた老いぼれです、役にも立たない彼を表には出さんでしょう」
リントンは少し考えこう言う。
「役にたたない?そこの話を詳しく頼む」
「足無しは様は蜘蛛の足です。蜘蛛の為に仕事をするんですよ。その仕事が新しい人間の生気を奪うこと、魂ですわ」
エクリは腰かけグレフトの話に本腰で聞き入る。
「その報酬がエフタからの解放、神のもとに還れる、それがここのカラクリです」
「成程、アスヒダもお前もエフタの命の根源ということか」
「奴はエオニオテロスに憧れた太古の化け物です。自分の足は一つ残し残り七つの命で精霊になろうとしている。何百年も、へたすると何千年かもしれないですぜ」
グレフトは少しへらへらと笑って見せた。
「ところでアスヒダは恐らくその蜘蛛の足に叩き潰されたが、今のお前もその危険は無いのか?」
エクリの質問にグレフトは手を横に振る。
「エフタは滅多に起きない、あの時は随分と偶然が重なっただけですぜ。あんたらの持つ宝物に興奮をしたのでしょう、それは俺も感じました、叩き起こされましたからね」
「今は寝ているのか?」
「はい、それは俺にもアスヒダさんにもわかります、何でアスヒダさんがあの時無理をしたのか…俺には分からんです」
リントンは二階に目を向ける。
「紅い真珠、龍の命を取り込めれば蜘蛛の願いに届くかもしれないということか…エクリ、卵を取りに行くぞ」
エクリは頷くとグレフトを睨む。
「さて、俺はお前を信用してるとは言っていない、ここで俺と会話を続けようじゃないか」
「いやいや、俺にそんな気は」
グレフトは慌てる。
「蜘蛛が寝ているね、ドラゴンの魂が手に入るかもしれない時に?余裕が過ぎるのではないか?」
リントンはエクリのその言葉を聞きその場を後にした。
***
この大陸の命は月の目セリニと太陽の目リオスから授かり、そして彼等に還る。しかしそれは一部であり。一つは行き場を失い隠夜を彷徨う、一つは根源である底へと向かうのである。




