第四章 蜘蛛の巣
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第四章 蜘蛛の巣
死者の食事が並ぶその間に二人は複数の視線に晒されていた。そのエクリとリントンの目の前に薄く揺らめく一人の影が現れた。その男は剣を地面に刺し敵意の無い所作を示した。
「今は警戒を解いても良い、我の名はアスヒダ・クスフォル、この館の七人衆の一人」
リントンはその名に思い当たる節があったが、目の前の朧気な幽体に怖気ていた。
「足無し…、しかしその名、昔話で幼き頃聞かされた覚えがある」
リントンはエクリを覗いて見せた。
「俺は知らん」
アスヒダ、彼は東部の領フェガリの古き騎士として名を馳せ。歴史上唯一キラゴの騎士の大将を決闘で打ち負かした程の、東の王家の構えの使い手と知られる。
「そうだ、キラゴの騎士の大将との決闘で勝利したフェガリ領の騎士だったか」
「マフェリとの決闘か、それは懐かしい思い出を…そうかそんなこともあったな」
アスヒダは笑顔を見せると、目を閉じ節を作りその後にこう伝えた。
「お主達はあの蜘蛛に魅入られた。それと同時に死ねぬ者共にも。今は私が押さえつけてはいるがもう持つことも叶わない、次期に狩りが始まる」
「狩り?」
エクリは剣を手元に引き寄せ問い返した。
「我等は七人の足無し、エフタに挑み敗れた者達だ。その者達は総じて目玉盗みのエフタに目玉を盗まれている。それは即ち命の還る先を奪われたということ、我等はこの先この館に縛られ続ける」
リントンは装備を確認しエクリの側によりエクリの肩を叩いた。
「その後ろの奴も我等の一人、いや、彼等はお前らを憑りつき殺す。それが狩り、お主達を殺せば彼等は目を手に入れセリニ、もしくはリオスのもとに還れるであろう。しかし、お主達はこの館に縛られる。七人の足無しとして」
エクリとリントンは得体としがたいその足無しの背後からの攻めに応じた。リントンは体をテーブルに乗せその幽体から身を避けたがエクリは剣で応えてしまった。
「剣は効かぬぞ」
アスヒダのその言葉は助けに成らず、エクリは脳を両手で握り締められる感覚に襲われた。
「ぐっ…うぅ」
エクリは死など連想せず、自分に殺意を向けるその者を力強く睨みつけた。
「殺してみろ、俺はプラテイユを殺すまで死ぬわけにはいかない父上に誓ったのだ」
エクリのその言葉にリントンは闘志を剥き出しにし、エクリに憑りつこうとする足無しを引きはがそうとやみくもに手を振り回した。
「離せ!離しやがれ!」
エクリに襲い掛かる足無しは酷くやつれた顔に変わり、エクリから離れると二階へと揺らめきながら消えて行った。
「うむ、やはり退けたかお主達の決意は強いようだ。…蜘蛛殺しを共に」
アスヒダはエクリ達に願いを託す間も無く、何処から現れたか分からない巨大な杭に叩き潰され姿を搔き消されてしまった。それを見たリントンは息を切らしながらエクリに伝える。
「…、足無しが俺達を狙って来る。早くここから逃げる他無いぞ」
「あ、あぁ」
エクリは頭を押さえながらふらつきつつもロビーへの扉を開いた。予想以上に疲労をしているエクリにリントンは肩を貸しつつ二人で館の入り口に向かう。
「お前がそこまで傷を負うのは久しぶりだな」
「傷?…これは傷なのか、酷く疲れた」
二人は館の入り口に辿り着くと後ろから又新な気配が近づくのを感じ、構うのも後に扉を開く。
「!?」
リントンはエクリを突き飛ばし、自身の体も投げ飛ばした。そのわけも、背後から襲われると思っていたその幽体に前面から突撃を受けたからであった。
「あ、あれ?何だどうなってる」
リントンは扉の先を見て気の動転を抑えられずにいた。しかし、エクリはその状況を冷静に分析するのであった。
「入り口の先もこのロビーに繋がっている…恐らくこの館の出口全てがこの館に繋がっている」
「はあ!?」
リントンはそれを理解出来ずにいたが、襲い掛かる足無しにエクリを狙わせるわけには行かないと大声を出し、あえてその足無しに突進する。
「リントン!蜘蛛を殺すしか無いぞ!」
リントンの気迫のこもった突進に足無しは成すすべがなく、定かでは無い実態を掻き消された。
「闘志、闘志で退ける、何処まで持つか…で、何と言ったエクリ?もう一度頼む」
エクリはリントンの捨て身の一撃に唖然とはしたが、決して褒めはしなかった。
「この館からはアスヒダの言う蜘蛛を倒さなければ出られん、ちゃんと聞いておけ」
***
黒き翼の城から飛び立った暗天のヤワタリの影を見送り終えると彼は自身の体を今一度眺めた。
「あぁ、そうかこの体では風も感じられないのか」
プラテイユは少し寂しげな表情をすると目の前の抜け殻に目を向ける。
「この無様を晒して生きて来た。それだけの代償を手に入れなければならない」
そう呟くとプラテイユはその死体に手をかざした。その手を受け入れた老いた死体はぎしりと関節を鳴らすと、人形の如くぎこちなく立ち上がる。
その屍の導きの目は領主の間に赴くと、椅子に腰かけ濁った眼で配下の者達を遠い眼差しで見渡す。
「へ、陛下…お体は大丈夫でしょうか?それと今の騒ぎをどのように対処致しますか?」
「アロゴよ、私の近くに来い」
ジウラ領近衛騎士団隊長のアロゴはプラテイユの命令に従い歩み寄る。自分の目の前に座る者が屍であることを悟った。彼は戦場で幾人も人間を殺し、そうで有り、そうで無い者を区別出来た。この大陸の騎士なら誰でもそうであろう。
「死人…」
プラテイユは口を開く。
「若い体が欲しい。朽ちぬ体を手に入れろ。理解出来るか?この体ではいずれ腐り果ててしまい偽りの人を演じられぬ」
アロゴは剣を抜いた。
「プラテイユ様、あなた様は既に死んでおられる、死者が我がジウラ領の領主であってはならない。どうか月の目セリニ様のもとにお還り下さい」
そのアロゴの謀反に他の者達は状況が掴めずどよめくが、それを止める者はいなかった。部下達はプラテイユよりもアロゴに従う。もはや狂人に人徳は欠片も無い。
「何だ?その剣で引導を渡すか、ならば良かろうこの体を屠って見せよ」
プラテイユは宝石の類で彩られた腰の得物を抜く。若かりし頃以来剣など握りもしてこなかった者の構えは実に滑稽であった。
「駄目だな、この体では剣もまともににぎれ、」
プラテイユは自身に振り下ろされるアロゴの剣に興味も無い素振りで体を崩す。骨を砕くだけの感触、アロゴの手には生身の人間を切り伏せた感覚は残らなかった。
「うむ、お前の覚悟は理解した。ならばお前もその覚悟も理解するものだ、そうであろう?」
朽ちた屍から離れそこに佇むプラテイユの揺らめく影は消えるようにアロゴの体に重なる。
「この感覚は書物でしか知らん、どんな痛みが走る?」
アロゴは剣を振り回し狂った様に領主の間でもがき苦しむ、アロゴの体に憑依したプラテイユはその体を傀儡を壊すように四方八方に引き千切ろうとする。
「や、止めろ」
目玉が飛び、指は曲がり折れ、膝から下は捩じり切れる。その解体は酷い音を領主の間に響かせた。
「死んだか、楽しくも無い、口だけ借りてやろう」
そのアロゴだった肉片は顎をがたがたと動かし背後の騎士達に告げた。
「我はプラテイユ・ジウラ、暗天のヤワタリと盟約を結びし王、これよりここを王都ジウラとし全ての導きの目共に宣戦布告をする」
***
「急ぐぞ、紅い真珠が孵化してもおかしくない頃合いだ」
トリロは龍の巫女を背負いセリニ川の上流へと急ぐ。
「お前が急げ、私ならもう着いてるぞ!」
ヒュエイはそう言うとトリロの尻を叩く、意図はしていないもののその内何回かは龍の巫女の尻も叩いていた。少し龍の巫女は戸惑う素振りをする。
「貴様無礼だぞ!」
声を揃え負ぶわれる巫女の侍女二人が声を揃え叱咤する。
「この二人連れて来る意味あるう?」
緑装束の侍女を背負うペヘリははっきりと文句を言う、そのペヘリに対し侍女は耳を抓る。
「何故俺が女を背負わなければならないんだ…ドラゴンに背負わせればよかろうに」
イシスは何とも言えない表情で静かに呟いた。深い森の木々の上空にはドラゴンの羽音が聞こえる。
「この森は深い、上空からではこのセリニ川は隠れてしまっているからな、上流になれば猶更だ」
トリロはイシスになだめる様に伝えると、皆で七人の足無しの狩り小屋へと急ぐのであった。
***
斑馬の剣ロゴアの力に狂ったカブリ・ジウラはアラフ・クレイスと対峙した。その強さはアラフを上回り、アラフの命を奪う寸前まで熾烈を極めた戦いになったと言う。その戦いの中キラゴ・カシナラは手を出さなかった。二人の決闘に水は刺せない。その後戦線を離脱したアラフの代わりにキラゴはカブリを退ける。その時キラゴは二本の剣を有していた。一つを大蛇オクトバスより授かりし獅子の剣ダリア、一つを龍の騎士リゲリから授かりし龍殺しの剣ジアブロスであった。




