第一章 ライザー・クレイス
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第一章 ライザー・クレイス
かつて西の王の城と呼ばれた黒き鉾の城ここは現在クレイス領とされ、導きの目アルケイスト・クレイスが治めている。その次期領主であるライザー・クレイスは異質な存在として配下の者から慕われ、敬われ、蔑まれていた。
彼は不死者のアツァナであり契りの法をユニコーンと交わす。大陸の歴史でも非常に珍しいアツァナの次期統治者である。
「ライザー、どうする」
ライザーの友セマ・キロウズは汗を拭いライザーに尋ねた。
「我が妹ウラフェスを救えるは今しかない、私がやらねば」
「親父さんを説得出来るのか?」
セマは湯舟につかるとライザーの隣に座った。
「父とてプラテイユには恨みがある、攻め入る好機を狙っているはずだ。導きの目の掟とは言え、現状はプラテイユを誰かが止めなければならん」
「そうだが、お前へたすれば死ぬぞ。つがいは現在ジウラ領だろう」
セマは再び汗を拭う。
「彼は強い彼も私もアツァナだ、そう簡単に死なんさ」
「だがなぁ…アツァナも死ぬぞ」
「アツァナは死なん!」
ライザーはそう発すると勢いよく湯舟から上がり浴場を後にした。
「…なんだかなぁ、俺も巻き込まれるんだよなぁ」
セマは体の力を抜き湯に身を広げた。
***
アツァナの蛇デュウムの呪詛狐の衣憑きにより憑依された者がアルケイストへ謁見し現状と同盟の言伝を伝えていた。
「デュウム様が閃光柱リヴィアを使用までしている、この同盟結ぶべきかと」
導眼の杖兼クレイス領近衛騎士団長ガレル・ぺクスはアルケイストに円卓の目の間で決意を後押しした。
「待て待て、それでは東の者どもはどうする?エクテス・フェガリが何をしでかすか分からんぞ、最悪大陸全土を巻き込む、ただでさえデュウム様の呪詛で我が領にも死者が出ている。領民も黙ってはいまい」
クレイス領華族の裏の長キロウズ家、ポリュテイ・キロウズはガレルの意見に異議を挟む。
「うむ、エクテスと意見を交換したいところではある…が、やるなれば今しか無い。それは民も理解はしているはず…プラテイユを生かしておけば被害は長引く」
アルケイストは顎髭をつかみそう唸る。
「そうだね、エクテスと話したところで奴は現状維持しか言わんでしょう。東の奴らにゃ西のことなど朝飯の献立よりも興味が無い」
道化のディケオス・クレイスが表情の分かりずらい厚化粧で言う。彼は狂言者ディケオスと呼ばれ導きの目アルケイスト・クレイスの弟である。兄を慕いはするが権力に興味を持たず寧ろ嫌悪する。故に城下で見世物をしながら暮らす奇人である。
「申し訳ございません!従者が言伝を忘れていたもので遅れました!ライザー只今惨状致しました!」
「ライザー!元気だったかあ?」
ディケオスはライザーに歩み寄り喜びの舞をした。彼の愛情表現である。
「ライザー、今がどういう時か分かっているのか?遅れたでは済まされんぞ」
ガレルは厳しく叱咤した。
「宗匠!素振り千回でお許しを」
ライザーは深く首を垂れた。この円卓を囲む者達の力関係は実に異質であり故に平行のとれた政が出来ている。
「座れライザー」
アルケイストは腕を組みそう命令する。
「ジウラに仕掛けるか?否か」
「仕掛けます!我が妹、そして我がつがいを取り戻す最高の好機であります父上!」
ライザーは座ると同時に立ち上がり前のめりにそう言い放った。
「しかし閣下!」
ポリュテイが困った表情を露わに言葉を挟む。アルケイストはポリュテイに手をかざすと静かにこう告げた。
「私はサノオーンとスコースへ出向く、ガレルよ城を頼む、デュウム様より直に返答を迫られるであろうその時は頼む。ライザー、お前はディケオスと共にウラフェス奪還を目的に作戦立案遂行の任の指揮を取れ、ポリュテイよ裏に根回しし情報統制を頼む」
「はっ!アラフ・クレイスの勇士を継ぐ為に!」
ライザーとガレルはアラフ・クレイスの誓いの所作をする。ポリュテイは先を思いやる表情をし肩を落とす、ディケオスは目をつむりセリニ神に祈りを捧げた。
「親父い…」
セマは円卓の目の間の外で父ポリュテイの心象を想い、苦笑いをするのであった。
***
意識が朦朧とする中赤い欠片が目の奥底を行進する、謡い踊りながらそれは楽しそうに苦痛を与える。もとより気狂いと知られるプラテイユ・ジウラは身に覚えのない死の苦痛に狂気で対抗する他無かった。
「スコース領へ暗部を向かわせろ、本命は西の王の城にある」
カドル島群の戦に敗れ、暗部の任も失敗に終わった一報はまだ届かず。それでもプラテイユは破滅すら恐れず四方に恐れを撒き散らす。その任を放った後、彼は倒れ意識を失った。
その時天空の宝物庫は巨大な翼により辺りに瓦礫を撒き散らす。その翼は黒い羽毛に覆われていた。クリノはただ唇を震わせ強い風を受け白き蹄の城の城下を見下ろしている。
「何が起きているの?」
ギアの微かな意識がそう呟いた。
***
ライザーはディケオスとセマと共に城下の飲み街に出向いていた。
「私の家に行こう、あそこでなら誰の間者も入り込めはしない」
「それはそうでしょうよ…」
セマは嫌そうな表情を全面に出しそう答えた。ディケオスの隠れ家は城下の下水道にあった。いかにもディケオスの好む華族の暮らしとは真逆の御殿ではあるが、華族の屋敷よりも金がかかる作りをしている。
雨が続けど浸水もせず、湿度、臭い等もそこまで気になる程でもない。伝説の中に没した迷宮作りの奇才建築師ラブイ・ガブアの代物である。難点は迷わず辿り着ける者はディケオスとその妻ぐらいであると言うところである。
「うお!ネズミか?踏んじまった」
視界を奪われた一行はディケオスの指示で灯りも付けず下水を進む。ある扉を開くと雰囲気が変わり下水の流水の音は遠ざかる、いくらか進むと灯りが見え始めた。
「めんどくさい家だなあ」
ディケオスは笑顔でそう言うと我が家の扉に付属する複数あるノッカーを順を追って叩いた。
「開いてるわさ、お入んなさいな」
中から女性の声が返答する、ディケオスの妻オモルフ・クレイスである。
「帰った、面倒事を二人連れて来たよ」
ディケオスは笑顔を絶やさずオモルフに告げる。オモルフも笑顔でとことこと駆け寄ると互いにハグをする。
「お帰りなさいな」
オモルフはとても背が小さくそれでいて実に若若しい妻である。ディケオスとそこまで年は離れていないがはたから見れば親と子とも見間違える風貌である。
「オモルフ様お久しぶりです」
ライザーは跪き挨拶をする。セマはそれを横目にギョッとしつつそれに倣った。
(…お前の方が立場は上だろうに、誰にでも謙虚だなこいつ)
「酒でも用意してもらえると助かるよ」
「ほいさ」
オモルフは奥の部屋にせっせと向かう。
「ささ、今後の計画を練ろうか」
ディケオスは二人を紳士的な素振りで廊下の奥に誘った。ディケオスの隠れ家はとても広く本人達ですら下の階層のことを把握しきれていない。居住スペースはその内のほんの一握りであり、クレイス領、西の王の歴史、それどころでは無い神話の領域の宝物までも地下深くには眠ると言われる。アルケイスト・クレイスは剣の神大蛇オクトバスが作りし牡鹿の剣エルフもここに眠っていると言う。
実に年代物の円卓に腰掛ける三人の目の前には急ぎ足に酒と食べ物が並ぶ。オモルフはせっせと動き続けた。
「すまないね、君も腰かけなよ」
ディケオスはオモルフの椅子を引いてオモルフを座らせた。
「さぁ、まずは乾杯だ」
ディケオスは三戦神の勝鬨の合図を模した。各々もそれに習い乾杯をする。
「して、奪還作戦と言っても目標が二つあります。難易度はかなり高い、ライザーお前は何か案があるのか?」
セマはライザーに眉を曇らせ尋ねた。
「守り人ペトラの岩間に我が妹は幽閉されているのは確かだ、確かなところから実行に移すしか無い」
ライザーはパンと肉を口に運び激しく顎を動かしながら合間にそう答えた。
「お前のつがいは二の次か…動きがばれれば人質としてジウラも躍起になりユニコーンを探すぞ」
「心配いらないさ、何度も躍起になって捜索をしているはず、出なければジウラは馬鹿、そんな玉じゃない。それでも見つけられていない。まず彼のことを聞かせてくれよライザー」
ディケオスは酒で濡れた唇を親指で拭いそう尋ねる。
「彼の名はアツァナの一角獣アスプロ、彼は森の王であり腐龍の山に隠れ住んでいる。彼の知能は私よりも高いでしょう。尊敬に値するユニコーンの王です」
「居場所も特定出来ているのか…驚いたな」
「彼は実に策士です。わざわざ山を下り一定の期間ジウラ軍に自身を認識させます。奴らは未だにアナン湖の南ユニコーンの森を彼の住処として捜索している。森の名前すら変えてしまう程に騙されている」
セマは口を開け驚いた表情を見せた。
「そうだったの?首間の森の言われが変わった理由はお前のつがいか」
「つがいつがい言うな、名前は今伝えたアスプロだ」
ライザーはセマを軽く小突く。
「たんまげた、そのユニコーンの王様は人間並みに頭が良いのかい?」
「これは…彼を味方につければかなり心強いな、筆読は可能かね?」
セマとディケオスは続けざまに質問をする。それにライザーは応えた。
「…試してもあちらが書けないのです。伝わっているのか判断出来てはいません」
「そりゃそうか」
ディケオスは少し唸り考えこむ。
「しかし、お前その名前はどう知りえたのさ。筆読も出来ないのだろう」
「腐龍の山の根城にそう記してある、かつて人間と交流を持っていたのか…それだけだ」
そしてライザーはアスプロの根城の位置は未だ把握出来ていないと言う。彼等の信頼関係はまだその程度であった。
***
三戦神アラフ・クレイスは軍神ストラティ・クレイスと百日紅のコキノ・クレイスの子であり。月底の戦の英雄の一人である。雪原の覇者フォティノースに気にいられ、後に西の王が住まう城をカルディアの森の南方に築いた。アプロディの血の乱以降フィディラー王の子息であるフィディラー二世を育て大陸を繁栄させる立役者でもある。正統な騎士の象徴として信仰される神である。




