第二十三章 雪解けの音
ヨモツヘグイ
キラゴ・カシナラ編
第二十三章 雪解けの音
水蒸気の渦が上昇気流に乗り龍の巣に聳え立つ、海岸は吹雪とむせる程の蒸気が走り視界を遮断する。その中リオスの太陽が照らす光の中には巨大な二匹の影が映し出された。
「こ奴の情念の強さか?自我が鮮明と成している」
リュクノースは深く関心すると自身を召喚する者の死を感じた。
「さらばドュラスの子よキネカに還れ、そしてセオに沈めよ」
ルァブの火球を全身に受けたリュクノースは蒸気の渦を纏い、ものともしなかった。その力は誰にも計ることは叶わない。神の領域である。
「カドルの子孫か…随分と廃れる。これではリゲリの若造にも及ばないではないか。セリニの輪廻の仕業か、面白い」
リュクノースは鼻で笑うとを氷塊が混じる吹雪を放つ。それには加減が見えその後空を見上げた。
「この者の命ではここまでだ、この程度で眠らせてもらう。カドルの子孫もこれではまるで赤子…わしもそこまで落ちてはおらんでな」
そう呟くとリュクノースは目を閉じ蒸気の中に姿を消し去っていった。
***
龍の巫女は潰れた喉で悲鳴を上げた。悲鳴とは言え恐怖の感情を表に出すのは何十年振りか、彼女は二重の驚きを感じる。そのか弱きメムをルァブは庇うように自身の腹をリュクノースの吹雪に向けた。酷い痛みがルァブを襲い龍の女王の咆哮が戦場に響き渡る。その女王を守るように赤黒いドラゴンが何匹もルァブを覆い包んだ。ルァブの悲鳴は籠るように静かに消え去っていく。
***
氷結した龍の巣の海岸に水が滴り流れる音が波の音の間に囁く。満身創痍のキラゴの騎士達は惨状を収集する作業に追われていた。その中岸に辿り着いたゲブとロエオスと名乗るジウラ兵は諦めの心情のもと龍の巣へと足を踏み入れた。
「あんたの目的はアガスと何だったか?」
ロエオスはゲブに尋ねる。
「斑馬の剣ロゴアとアリアス・ジウラの抹殺それが任務だ。聞いてどうする?」
ロエオスは少し笑うとキラゴの騎士に体を抑えられ地面に顔を押し付ける。
「見ろよあの剣じゃないか?お前の探す何とかのロゴアとは」
ロエオスはその言葉の後に顔を勢い良く蹴られ意識を失った。ゲブも取り押さえられロエオスが言う先を見る。
「あれがアガスか?まるで化け物では無いか…」
アガスは狂獣の姿のままロゴアを握りしめていた。そのロゴアには何も感じられない。
***
ロイ・キウスは吹雪により全身に広がる炎を消すことは出来ていたが、リュクノースに近すぎた為吹雪による衝撃を焦げた体毛で受けてしまっていた。その傷は狂獣の生命力を著しく削る程であった。
「…!?」
ロイは意識を取り戻すと体中の骨が折れているのを悟った。しばらく何も出来ず空を見上げるしか出来ずにいた。
「おい、狂獣」
ロイの目に広がる青い空を遮るようにトリロが視界に入る。
「お前の名を聞いておこう」
トリロは剣をロイの胸に突き立てながらそう尋ねる。ロイは喉に溜まる血を吐きだすと静かに答えた。
「アガス様は死んだのか?」
「死んだ」
「そうか、俺はロイ・キウス。お前の名は」
「トリロ・フィズラ、キラゴの騎士だ」
ロイは目を閉じると静かに深呼吸をした。
「キラゴの騎士か、キラゴ・カシナラの名に恥じない奴らだ。この姿にならなければ解りえなかった」
トリロは瞬きをせず剣の柄に力を入れた。しかし剣は心臓を貫かなかった。
「また味合わせてくれトリロ・フィズラ」
ロイは骨のつながったばかりの癒えた右手でトリロの剣を握りしめそのままトリロを振り払った。ぎこちない獣の四足でロイ・キウスはアガスの死体に目掛け走り出した。キラゴの騎士達が何人と立ち塞がりはしたがその突進に太刀打ち出来る者はいなかった。そしてロイはアガスの握る斑馬の剣ロゴアを奪いそのまま海へと身を投げた。
「追え!逃がすな!」
トリロは叫び船を探した。しかし、沖合の防衛に出ている船は一つとして戻っていない。
「その船を出せ!」
ゲブ達が乗り上げた船を指差しトリロが叫ぶ、その声に反射的に動いたゲブ達を捉える者達はゲブの拘束を解いてしまった。
「ロエオス!風だ!」
意識を失っていたと思われたロエオスはたちまち目を見開くと呪詛大鷲の翼を使用した。その風に煽られた船は勢いよく岸を離れそれに飛び乗るゲブはロエオスに振り返る。ロエオスもまたゲブを見る。それに応える様にゲブはカブリ・ジウラの弔いの所作をした。
***
騒々しい程の人の声が行きかう。龍の巣はカーグ兵とキラゴの騎士達で埋め尽くされていた。青暗い夜空を映す海面に浮かぶ軍船にも宴の灯が揺れていた。
龍笛を慣らしドラゴンと戯れる騎士達の手には酒が揺れ辺りにこぼれる。酒の雫に同調するように笑い声が弾けるように飛び交う。三戦神の勝鬨の宴である。
ヒュエイは酒に囲まれながら目覚めた。
「…!?犬う!!」
ヒュエイは状態を起こそうとしたが体に力をいれることが出来なかった。
「あ、あれ?」
ヒュエイは首を動かし辺りを見やる。その様を見てトリロは笑ってしまう。
「起きたか!」
トリロはヒュエイに問いかけるとヒュエイは眉間に皺を寄せて見せた。
「は?何だいこりゃ、三戦神の勝鬨か?勝ったのか?」
「負けてこのバカ騒ぎをしてたらここは天国だ」
イシスが酒を飲みながらぼそりと言う。
「はあ?あいつはどうした、でかい犬」
「…逃げられた」
トリロはそう告げた。
「おお!逃げたか、それなら良し!」
「何も良くはないだろう、俺の失態だ…とどめは刺せたんだ、下らない口車に乗せられた」
「いいね!良くやった!あいつは私が殺る横取りすんなよ!」
ヒュエイはすっかり機嫌が良くなり酒を寄越せと騒いだ。
「すごいな…こいつは馬鹿だ」
イシスはヒュエイに目線を向けず静かに呟いた。
***
キラゴの騎士のロエオスはジウラ兵のロエオスと灯りが陰る薄暗い場所ですれ違う。二人は目を合わせると訝しむ表情をお互い見せあった。しかし、それ以上は無くジウラ兵は牢へと連行される。
「おいロエオス、あいつの尋問が済んだんだがあいつ面白いことを言うぞ」
ジュウザはロエオスを呼ぶとそう告げた。
「何だ?奴はどうも…」
「名前をロエオス・ルターと名乗るんだ、いくら殴っても曲げなかったぞ。あいつ馬鹿だな」
「…?俺の名、…待てよ」
ロエオスは再び振り返るともと来た道を引き返す素振りを見せた。
「おっとお」
ジュウザはロエオスの肩に手を回すとロエオスを引き留めた。
「三戦神の勝鬨だ、逃がしはしねえ」
「逃げはしない、死ぬ覚悟もある」
ジュウザはロエオスの肩を激しく叩くと首をつかみ宴の広場に引っ張るのである。
***
「ところで君は誰だい?」
ペヘリは隣に座るメテユに訝しむ表情を見せた。
「俺も知りたい、唯の役立たずだ…」
メテユは酒を喉に押し込んだ。
***
三戦神アラフ・クレイス、カブリ・ジウラ、キラゴ・カシナラは酒好きと知られている。勝利のあとには敵とも酒を交える。龍の戦士リゲリとも酒を交わした。酒であれば何でもよい、キラゴ・カシナラはいつもそう言って勝鬨を上げたと言う。




