第二十一章 閃光の花
ヨモツヘグイ
キラゴ・カシナラ編
第二十一章 閃光の花
最初のドラゴンは青黒い鱗を輝かせ大空に翼を広げた。ジアブロス島を優雅に一周すると次々と数を増やし始める。
***
ロエオス・ルターと名乗るジウラ軍の兵士はゲブと共に空を眺めていた。
「どうするんだ、このまま進むのか?もう勝ち目など無いぞ火山龍カドルの血筋が空と海を喰い始めた」
ロエオスは沈みゆく船団を眺めゲブに尋ねると。無表情なゲブは口を開く。
「作戦は完全に破綻している。しかし暗部の掟は絶対だ、我々は三戦神カブリ・ジウラの免罪の為に成す。それが全てだ」
「…まぁいい付き合ってやる、もう帰る船など無いのだから」
ロエオスは岸に近づくのを目に、呪詛を閉じた。風は止み船の速度は緩やかになっていくがその船上で死地に向かう二人は更なる畏怖に包まれた。
「何だあれは!?」
ゲブは戸惑いつつもその恐怖を凝視する。戦場となった龍の巣にそれは君臨していた。
「雪原の影」
その影は龍の巣を瞬く間に白く染め上げる。リュクノースの幻影はこの戦いの終止符としてそこに存在していた。
ゲブ達がそれを見る十数分前キラゴの騎士達は龍の巣にて異形と対峙する。
***
トリロはロエオスから受け取った革袋の中身を瞬時に理解した。そして目の前のロイにそれが何か悟られる僅かな時間に行動を起こす必要に迫られていた。
「炎か…裏切ったとは言え流石はロエオス中隊長だ。くそ、しかし大声で弱点はどーだとか言わないでほしい。奴にこの油をかけるか…上手くいくか」
そう考えるトリロの目の前の狂獣は目の色を変えた。
「アガス様が燃えている…」
ロイが唖然とその光景を眺め立ちすくんだこの好機をトリロは見逃さなかった。トリロは革袋をロイに軽く投げその袋に剣を振り上げる、飛び散る油は宙を舞いロイの体毛に降り注いだ。
「後は火種、呪詛マギアの熱火子は俺は有していない…火か、ある。火を生み出すのは騎士の仕事だったな」
トリロはキラゴの騎士、呪詛を施すことは許されていない。入隊時に呪詛の刻印がある者は皮膚を削がれるのである。それは遥か昔からある掟の一つであった。
ロイは黒く染められた自身の銀の体毛に目をやり、再び怒りの表情をトリロに向けた。
「貴様!何をした?」
トリロはロイと距離を置くとグラシディ領に伝わる東門の構えを取った。この構えはオモダル領の西門の構えと対になる守りに重きを置いた堅牢な構えとして知られている。
「良く臭いを嗅いでみろ。良い臭いがするだろう?お前の獣臭さが酷いからかけてやったのさ」
トリロは額の汗を拭うとロイの目をじっと睨んだ。トリロは恐怖を飲み込みキラゴの騎士として勝機を見出していた。その構えには迷いは一つも無い。
「狂獣狩りのダイラか…御伽噺が急に現実味を帯びた。不思議な気分だ」
トリロの騎士としたその姿にロイは少し躊躇したが、その狼狽を認めることは出来ずロイは大きく咆哮するとトリロに突進した。
ロイの大きな爪がトリロの剣と交わる。二人の間に火花が散った。
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巨大なブダラの口の様に開く龍の巣と呼ばれる大穴から轟音が鳴り響く、その後次々とドラゴンが上空へと姿を現し始めた。それを見たキラゴの騎士達はキラゴ・カシナラに名誉を捧げた。
艶めかしい紅色の鱗を持つ紅い結晶のルァブと呼ばれるドラゴンの女王が姿を現すとその背には龍の巫女メムの姿があった。無表情なメムは下界を見るそぶりをし少し笑みを浮かべた。メムが一匹のドラゴンに手をかざすとそのドラゴンは急降下しジウラ軍の船体にそのまま体当たりをする。それは次から次へと続き瞬く間にジウラ軍は壊滅状態に陥った。沖合のジウラ軍とカーグ軍の戦いにほぼ決着がつくと一匹のドラゴンがルァブに近づく、メムはそのドラゴンにニコリと笑い返す。その後ルァブは狂獣が二体いる海岸へと下降し始めた。
***
戦場が怒涛の変化をする中、メテユのもとに怪我を負ったキラゴの騎士が駆け付けた。
「おいそこの奴!ヒュエイにまだ息はあるか!?」
「あ、ああ」
焦点の合わない目をイシスに向ける。メテユは完全に戦士の魂が向け落ちてしまっていた。
「もうだめだ、俺には救えないこの女を頼む」
「そんなことは分かっている、次期にここはドラゴンに踏み荒らされる!お前も逃げるんだ!とにかくヒュエイをよこせ!」
イシスはメテユの力の無い腕からヒュエイを奪い担ぐと激痛による脱力を唸り声を発し抑え込んだ。
「お前も立て!」
メテユは膝に力が入らず焦り戸惑い、やがて諦めるとイシスに目を向けた。
「キラゴの騎士…あんたの名を教えてくれ。使命を託す者の名を知っておきたい」
「くそっ、駄目か。俺の名はイシス…次期ジウラ領の導きの目になる者だ」
メテユの瞳孔は開き再び聞き返した。
「イ、イシス?まさかあなた様がアリアス・ジウラ様ですか!?」
「その名は捨てた」
「我らが希望…あ、あああ」
メテユは目を力強くつむると無言で歯を食いしばり膝を立て首を垂れた。そして勢いよく立ち上がるとカブリ・ジウラの弔いの所作をする。
「この日の為私は生きて参りました。そしてこの先もあなた様をお守り続ける!カブリ・ジウラの免罪の為に」
イシスは驚いた表情をするとメテユにこう告げた。
「お前はアダナスの部下か…何でもいい、立てるなら最初から立て」
イシスは空を見あげる。
「来るぞ…女王だ」
その言葉と共にイシスはヒュエイを背負いメテユと共に龍の巣を後にした。
***
トリロの振るう剣が放つ火花が激しさを増しロイの体毛に微かな煙が見え隠れし始めた。
(いけるか?凌ぐだけでは駄目か、ならば体毛に直接一撃を…)
ロイが大振りな攻撃を仕掛けたその好機にトリロは後の先を合わせ渾身の一撃を喰らわした。その一撃は火薬を忍ばしたが如く火を弾き出した。
「良し!」
トリロはそのままロイの背を素通りし全力で距離を取る。その瞬間トリロの頭をドラゴンの爪が霞めた。その影にトリロの龍が小さな咆哮を投げ掛けた。
「紅い結晶!?戦いに集中し過ぎたか?もう動いていたのか…く、とどめはドラゴンの手柄か」
少し悔やまれる表情を見せると燃え盛る狂獣を一目見るとトリロは戦線を離脱した。
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その時龍の巣は熱波に覆われそこにいる者全てが目を閉じた。恐ろしい閃光、その火球はこの戦場をえぐり消し炭にする。その呪詛は龍の女王の火球、又の名をリヴァリィサの火球とも呼ばれた。神話の始まり、腐龍の戦からの伝説である。それに対峙するはフィディラー神話最強たる神、雪原の影リュクノースであった。
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リヴァリィサは娘カドルとアナンに火炎の加護を施した。彼女の愛は痛みを伴いそのねじれた愛はやがてカドルとアナンの間をねじり、引き千切る。火山龍のカドル、双頭の龍アナン、彼女達はアプロディの血の乱を加熱させフィディラー王の命を燃やしたのである。リヴァリィサの炎は呪詛、その文言が実に相応しい物であった。




