第二十章 狂獣狩り
ヨモツヘグイ
キラゴ・カシナラ編
第二十章 狂獣狩り
トリロはカルディアの狂獣の先に居るヒュエイを見る、そしてこの戦場の位置関係を頭に起こした。
「アガス・フィルアには関わる必要は無い、ジュウザ隊長が対処するだろう。ロエオスがいるカーグの双肩はキラゴの騎士の生ける伝説だ問題無い。問題なのは謎の狂獣だ、こいつは誰だ?何故ヒュエイは倒れている、普通に考えればあの狂獣の仕業だがヒュエイは普通では無い、あいつは化粧をする戦士だ。あいつの恐ろしさは大陸に名を馳せる程だぞ…まさかあいつを上回る力、それ程のものなのか呪詛カルディアの禁忌は」
イシスは固唾を飲みトリロに答えた。
「間違い無い、死を覚悟し死を傍らに生きて来た俺が恐怖している。何だこれは、奴は狂気その物だ。ヒュエイはあいつに倒されたに違いあるまい」
「…どうする」
トリロは深く考えこんだ、しかしそのような時間の猶予は無い。狂獣ロイ・キウスの標的はメテユ・ヴァレリーユに移っている。答えが出る時にはヒュエイは死んでいるであろう。
「ドラゴンを待っている時間などないぞ、奴の狙いを俺達に向けるしか無いだろう」
イシスは短刀を抜くと臨戦態勢に入った。それを見たトリロは一瞬時が止まるような思考に陥りその刹那に閃きが脳裏を走る。トリロは決意が固まりイシスに作戦を伝えた。
「イシス、お前の短刀が鍵だ。その毒はドラゴンにも効くのだろう?ならば奴にも必ず効く。良く聞け、カルディアの狂獣の体毛は衝撃を受けると鋼を凌ぐ強度に変化する。これが、奴の弱点なんだ」
イシスは眉を顰めると少し首を傾げた。
「意味が分からん、最強の鎧を有することが弱点なのか」
「それだ、その勘違いが奴らを虚像たらしめる。伝説、伝承、過去の記述に最強と謡われるカルディアの狂獣の体毛、それらには衝撃に絶大な強度を誇ると記されている。裏を返せば、衝撃を与えなければ唯の体毛に過ぎ無い、見てみろ奴の体毛は海風に揺れている。海風程度に対して強度を増しはしないんだ」
「静かに押し込むように刺せば良い、そういうことか…」
トリロとイシスはその後会話を済ませると、再び構える。まずは標的をこちらに向けること、トリロは肩のドラゴンに力強く肩を握るように促した。イシスは身をかがめジウラ暗部の俊足の地の蛇の構えに移る、トリロは足を踏み出し勢いよくロイ・キウスに向かい切りかかった。
「狂獣!背後が疎かだぞ!」
その声にロイは振り向き振り下ろされた剣を肩で受けた。
「蠅か虻か?どいつもこいつも蛆の如く湧きやがる」
ロイは少し苛立ちながらも表情は口角を上げていた。笑顔なのか怒りの表情なのか本人にも分かりはしない。そのロイに対峙するトリロは額に冷や汗をかきつつも目の前の巨大な獣の動きを止めることに集中した。足元、トリロはそこを狙う。
「イシス…いない。流石だなこれがジウラ暗部か」
トリロは目線のみで状況を確認すると単純なロイの平手打ちを躱した。トリロとロイの体格差は熊と人間のそれと言える。一つ間違えば一方的に押しこまれ瞬く間に死ぬだろう。肩のドラゴンが強くトリロを握る、トリロは恐怖をその痛みで殺す。我が子を背負う、それはトリロを強くした。
黒く濁る土煙がトリロとロイを突然覆いロイは眼光を曇らせた。トリロは戸惑うロイの足元に潜ると渾身の力でロイの両足をつかみ体幹を大きく崩す。トリロはキラゴの騎士の中でも力も強い、頭脳が長けているだけではキラゴの騎士は務まらない。
「イシス!奴が倒れるぞ!」
地を滑る様に煙幕の中に現れたイシスは倒れるロイの背中に潜り込み左肩でロイの体重を抑えた。倒れる最中に背後の敵に無防備なロイは成すすべが無く、落ち着くイシスは毒を塗布された短刀をロイの背中に押し付けた。その短刀は狂獣の体毛をすり抜けロイの皮膚に到達しようとしていた。
「終わりだカルディアの狂獣」
しかし、その言葉を告げたイシスは目を大きく見開き先程迄の落ち着きを覆し動揺をあらわにした。
「話しが違う!トリロ退避だ!」
トリロはその言葉に眉間に皺を寄せその場を素早く離れた。イシスもロイの背中から離れトリロの脇に戻り左肩を抑える。イシスのその肩からは血が溢れている。狂獣の背から抜け出す為に爪を立てた様に固くなった体毛により肉までも削がれたのである。
「失敗…何故」
「神話は覆らない、奴の体毛は堅牢だ。だがそれだけじゃない皮膚も異常な強度だ、勢い無しに刃など通らない。雪原の覇者フォティノースが禁忌にした神の判断は間違いではなかった」
それを聞いたトリロは歯を食いしばった。
「…すまないイシス、ヒュエイを頼む」
イシスは一瞬思考したがトリロの判断を理解しメテユのもとに走った。
「ドラゴンが来るまで俺が囮になる。来い狂獣」
「餓鬼の組手でもしたかったのか?くそが!くそが!くそ共が!」
目を吊り上げ怒りに狂ったロイは体を起こし全身の毛を逆立てた。
***
カルディアの狂獣と化したアガス・フィルアは胸を貫くジュウザの剣を引き抜き横目でロイ・キウスの状況を確認した。
「ここまで馴染む奴も珍しいものだな、やはりオドが通じていたか」
アガスは口角を上げそう言うと体中から湯気を立たせた。それはアガスを癒すと同時に狂気を補填するのである。
「ジュウザ、言っておくがもうこの戦いの算段は用意していないぞ」
「当たり前だ、目の前の化け物はリュクノースの呪詛使いで斑馬の剣を持ちおまけに狂獣。こんな状況誰が想定する。でもな、それでも俺達が勝つんだよ兄弟」
ロエオスは呆れた表情をすると剣を構えた。
「ここで死んだらカウリオ隊長に永遠にどやされる…裏切った罰程度の騒ぎでは無い」
「ひひひ、それは地獄より地獄だな」
ジュウザは笑うと槍を体に馴染ませる様に振り回した。海風を切り裂くその音は二人の士気を徐々に高ぶらせた。
「奴には最強の盾がある、防御の考慮無しで突っ込んで来るぞ。しかし、ロゴアの力はもう底が見えて来ているはず、むやみに呪詛は使わないだろう」
「根拠も無いこと言うなよ、もう裏をかかれる程余裕なんか無いぞ」
「いや奴は俺達の戦いの最中に死体にロゴアを突き刺し、生命力を充填していた。長期戦を考えているならわかるが俺達二人を相手には違和感がある」
ジュウザは口をへの字に曲げると頷いた。
「ロエオス、了解したぜ」
「来るぞ、受けきれ。その間に算段を立てる」
アガスは慣れない体を馴染ませようと手を力強く握る、その後カーグの双肩を睨むと大きく咆哮して見せた。
「カーグの双肩。力加減が分からんものでどうもこの戦いを楽しめそうに無い。お前らだけでも存分に味わってくれ」
そう告げた刹那にアガスは地面を吹き飛ばす勢いでジュウザに間合いを詰めた。ジュウザは振り抜かれるロゴアを槍で捌くがほんの数撃持たず槍は砕けてしまった。それでもジュウザはアガスの圧極まる攻撃を身一つで華麗に躱す。
「トリバーの湖上の剣舞なんて何年ぶりだ、女々しくて嫌いだったんだがな」
ジュウザは踊るようにアガスの攻撃を躱す、それは東のトリバー領に伝わる古の剣舞であり豊穣の女神リオスの熱情を表現しまるで炎が激しく燃え盛る様であった。その様を見たロエオスはふと考えが浮かびジュウザに叫ぶ。
「ジュウザ、もう少し楽しめそうか!」
「楽しかねーが、まだ舞えるぜ!」
「なら踊っとけ!」
ロエオスはジュウザに自身の剣を投げ、翻るジュウザに渡す。その後大砲の付近に走るとそこで油と火薬袋を手にした。
「トリロ…」
ロエオスは油を革袋に詰めた物をトリロに投げ飛ばした。
「トリロ!狂獣の弱点は炎だ!これを使え!」
そう伝えるとジュウザのもとに戻り背後から油の入った革袋の中身を振りまいた。
「なーるほどねえ!どんなに固かろうが毛は毛だな!」
ジュウザは剣をアガスの口内に突き刺した。アガスはその剣を噛み砕くと背中を覆う黒い油を手で拭った。
「…まずいな」
ロエオスは圧力で押し固めた火薬に熱火子で火を付けるとアガス目掛け投げ飛ばす。それに合わせジュウザはアガスから距離を取った。
「燃えろ墓標の剣士アガス・フィルア」
小さな爆炎であったがそれはアガスの体毛に引火するには十分な火種であった。瞬く間にアガスの体表は炎に覆われ熱に苦しむアガスの咆哮が龍の巣に木霊した。
***
その昔、最北のスコース領に一人の伝説を成す男がいた。その男は狂獣の乱を収めた功績を持つ剣士であり狂獣狩りのダイラとして伝説に謡われる。彼は狂獣から剥いだ毛皮を鎧とし狂獣達を狩り尽くしたと言われたがその方法は付き添う者達の死により謎とされていた。しかし、語り継ぐ者の死は狂獣の仕業であったのであろうか?狂獣の弱点は彼が纏う毛皮の弱点でもあったのだから。




