第十七章 メテユ・ヴァレリーユ
ヨモツヘグイ
キラゴ・カシナラ編
第十七章 メテユ・ヴァレリーユ
ロエオス・ルターとメテユ・ヴァレリーユは龍の巣へと身を隠しつつ足を運ぶ。それはアガス・フィルアの持つ斑馬の剣ロゴアを奪う為である。
「上陸を許したのか…先程の漆黒の夜空では無理も無いな」
ロエオスは落胆の声色を漂わせ一人呟いた。
「アガス・フィルアが標的ではありませんか、好都合と言うものです」
メテユはロエオスの声色に疑問を持ちつつそう答えた。
「…ああ、そうだな」
ロエオスは軽くあしらうと小高い岩から龍の巣の船着き場を見下ろせる場所に腰を据えた。
「ヒュエイ…くそ、酷い惨状だな。アガスめ昔を再現するかの如くだな」
「墓標の剣士と面識がおありなのですか?」
「ああ…」
ロエオスは眉間に皺を寄せながらそれ以上答えることは無かった。
「しかし、あいつは何だ?人間では無い…狼か?」
ロエオスは一人呟くとメテユはそれに答えた。
「獣人…フィディラー神話の雪原の影リュクノースの眷属を思い出させますね、たしか禁忌の呪詛にそのような物もあったような、しかし、刻印は失われたと記憶していますが」
「カルディアの禁忌か、まさかその刻印を受け継ぐ者が今の時代にもいたとは、神話で失われたとされるものだぞ」
ロエオスは表情を引き攣らせる。神話のそれなら目に映る獣は脅威でしか無いのだ。
「しかし…くそ、俺はどうすれば良い…」
メテユは苦悩するロエオスを不思議に思い、助言する。
「まずはアガスとあの獣人を二手に分かれさせる必要があります。神話の伝えがそのままならあの二人を同時に相手にするなどほぼ不可能です。私があの獣人をひきつけます。ラビナ卿はアガスからロゴアを奪って下さい」
「無理だ」
ロエオスは下を向く。
「奴の強さは折り紙付きだ、過去に俺は奴とやりあっている。俺一人でどうにか出来る相手では無い」
ロエオスは首を横に振った。そして再びロエオスはカウリオ・キノスの姿を思い出していた。
「カーグの双肩と呼ばれていた時ですか?」
メテユがそう尋ねると、ロエオスは初めてメテユの目を見た。
「その二つ名は久方ぶりに聞いた。お前程の若い者が知りえる知識では無いが」
「エクリ様とリントン様からお伝え聞いております。勿論カーグの双肩ジュウザ・ネペロポの名も」
「…そうか、そうだ、ジュウザと俺は幾度となくジウラ領との領土戦で肩を並べ墓標の剣士を退けた。まだカウリオ隊長に享受をされていた時代だ」
「武神カウリオ・キノス…ですか」
ロエオスはその呟きに対し沈黙した。
「確かに今の状況でアガスからロゴアを奪うのはあまり上手いとは言えませんね。あの入れ墨の女…奴の動きを見てからの方が良いでしょうね」
メテユは口元に手を置くとそう提案する、それに対してロエオスは再びヒュエイに目を向ける、ヒュエイのいつになく余裕の無い表情、元部下達の惨状、それらを眺めるとどうにも唇が震えてならない。
「キラゴ・カシナラの名誉の為に」
「は?何ですか」
ロエオスはキラゴの騎士の誓いを唱えると剣を抜き身を隠していた岩陰を出て戦場へと降りて行った。
「アダナス・ラビナ卿!何をお考えですか!?」
それに焦り、メテユもその後を慌てて追うのであった。その二人に気付いたアガスとヒュエイは驚きの表情を見せた。
「ロ、ロエオス!?…!!」
ヒュエイは少し混乱するが臨戦態勢は崩すまいとすぐさま目の前の脅威である、ロイ・キウスに目を戻した。
「ほう、久しいな。カーグの双肩か」
アガスはロエオスに目をやりさらにロエオス達が降りて来た崖上を見やった。
「援軍」
ロイは自分の体の変化に対する動揺に勝る程の血への飢えにより牙を剥き出しにした。そのロイが睨みつけ歓喜する方向にはジアブロス砦とリゲリ砦からの援軍が集まっていた。その先頭に立つ男が大声をあげる。
「おいロエオス!てめーは何してくれてんだ!お前が指揮をとっていればこの有様はなかっただろうが!」
その聞き覚えのある声にロエオスは振り向く。そこには元リゲリ島中隊隊長、現キラゴの騎士大隊長のジュウザ・ネペロポの姿があった。
「ジュウザ…」
「まあいいお前も手伝え、話はそのあとだ。墓標の剣士アガス・フィルアをここで殺す。お前とならやれるぜ」
ロエオスはそれを聞くとアガスに視線を戻した。
「メテユ、お前はヒュエイ、そこの女騎士と共にカルディアの狂獣を殺せ。私はジュウザと共にアガスを倒す」
ロエオスの目に闘気が垣間見えた。それを感じ取ったメテユは安心すると大きく返事をした。
「そこの小隊は怪我人を救助しろ、その他は陣形を整えておけ、下手に奴に近づけば面倒が増えるだけだ」
ジュウザは部下に命令をすると剣を抜きロエオスと肩を並べる。そして軽く肩を殴った。
「どうだった?親父は強かったか?」
「手も足も出なかったよ」
「カカカ…だろうな、キラゴの騎士歴代最強だろうなあの人は」
「キラゴの騎士の名誉だった」
「ああそうだ」
ロエオスとジュウザは少し目を閉じ、カウリオ・キノスを心の中で弔った。
「まあ、色々あるんだろーがそれはこれの後だ」
ジュウザは剣をアガスに向けた、それと同じくロエオスも剣を構えた。
***
カーグ軍軍船の何隻かが隊列を抜けカドル島の方向へと舵を切る、その光景を背にアガス・フィルアとロエオス・ルター、ジュウザ・ネペロポ、そしてロイ・キウスとヒュエイ・ミャン、メテユ・ヴァレリーユは対峙していた。慌ただしい戦場において彼等は静かに臨戦態勢を整えている。
「助太刀するぞ、キラゴの騎士よ」
メテユはそう言うと、それに対しヒュエイは眉を顰め答えた。
「何だお前?」
「私はメテユ・ヴァレリーユだ」
「そんなことは聞いてねーんだわ、お前は何処の者だって聞いてんだ。ロエオスと一緒にいただろーが」
メテユは無礼なヒュエイに怪訝を表情に露わにしながらも、お互い様であることを理解しそれに応える。
「私はヴァレリーユ家の者、シュネイシス派の者だ」
「シュネイシス?…あぁ、イシスの友達か?」
「イシス…アリアス・ジウラ様か。そうだ私はあの方に使える者、あの方を導きの目にする為の者だ」
「ほーん…なら、一先ず問題は無いな、一先ずな。私はヒュエイだ」
ヒュエイはロイに目をやるとメテユに告げる。
「来るぞ、死ぬなよ」
ロイは体の毛を逆立てると唾を撒き散らし咆哮した。それは空気を切り裂く程の咆哮であった。
「体が燃えるようだ、血が欲しい血を浴びなければどうかしてしまう」
ロイはロゴアをアガスに投げ返し、自分の槍と仲間のジウラ兵の槍を拾い双槍の構えでヒュエイとの間合いを詰めた。
「奴はカルディアの禁忌という呪詛を使用している、古いヒプロの書ではカルディアの狂獣の体毛は刃を通さない程の強度を保つと記されている。要するに全身が鋼鉄を凌ぐ甲冑そのものだ」
メテユはヒュエイに助言を下す。
「何が鋼鉄を凌ぐだ、真っ向勝負、貫いて見せるさ」
ヒュエイの入れ墨が一瞬光沢を帯びるとヒュエイの姿はメテユの視界から消えていた。気付いた時には衝撃音と共にヒュエイのナイフはロイの体に叩きつけられる。しかし、その刃がロイの体に傷をつけることは叶わなかった。空を舞うヒュエイのナイフの切っ先が音を鳴らし弾き飛んでいた。
「何だこいつ固すぎる!?」
メテユはヒュエイの音速を超える運動神経に目を見張った。
「…デビルフェイス!?」
ヒュエイは身を翻し再びメテユのもとに戻る、ロイとの間合いを確かめ自身の得物を確認した。
「あらら、こりゃ使い物にならんな」
「…だ、だから言っただろう。何故助言を聞かん」
「青二才の戯言だと思ったのさ、すまん、なかなか役にたちそうだなお前」
「…な、何だお前」
メテユは驚きの連続で額に汗をかいていた。
ロイは打撃を胸に受け微かな痛みを感じつつ、ヒュエイを睨みつけ口角を上げた。
「キラゴの騎士、恐れるに足らず」
勝機を確信したロイは走り出しヒュエイとメテユとの間合いを一気に詰め、片方の槍をヒュエイに投げつける。ヒュエイはそれをかわすとメテユに助言を求めた。
「武器が無い!どうすれば良い!?」
「皮膚を貫け無ければ打撃だ!頭を殴り破壊しろ!それしかない!」
メテユは力一杯に剣をロイの頭部目掛け振り抜いた。しかし、その剣は頭部に到達する前にロイに握り潰されていた。
「力も異常に強い、正に神話の化け物だな」
メテユはロイが突く槍をよけ近くの岩を握りしめた。
「はは、これが武器か、こんな鍛錬は積んでいないぞ」
メテユは絶望を感じつつも目をぎらつかせていた。彼は実践経験が少ないなりにも正に戦士であった。それだけの信念がシュネイシス派の血脈には流れているのである。狂い滅びゆくジウラ領を再び名誉ある三戦神カブリ・ジウラに返納する為に。
ヒュエイは打撃と聞き、握りしめるナイフの柄を見る。彼女のナイフは特殊で打撃にも特価している形状である。殴る為のサックが着いているのであった。彼女はカンカンと両拳を叩き合わせ火花を散らした。
「そりゃいーや、私はステゴロが性に合ってるんだよ」
ヒュエイは目を見開き熱を帯びる化粧と共に再び姿を消した。
「ぐっお!」
ロイの顔面は見えない何かに殴られる、それはものすごい衝撃音を放ち、その後地面に着地するヒュエイの姿をメテユは捉えるが再び彼女を見失う。次にはロイの体を再度衝撃が襲う。それは幾度となく続きその間隔は徐々に縮まり轟音と共にロイの頭を中心に火花が溢れ始めた。
「ううううう…」
獣の呻きを上げるロイは両手で頭を防御する、もはやヒュエイの残像しか彼女を捉えることは出来ない凄まじい連撃であった。
「これがキラゴの騎士の化粧をする戦士デビルフェイスか…」
メテユは固唾を飲みこむと岩を握りしめる手を下ろした。
「俺の出番は無いな」
そう油断するメテユの目の前でロイは唯じっと集中していた。
「があっ!!」
ロイは腕を伸ばすとヒュエイの顔面を捉え大きな手で頭を握りしめるとそのまま地面に叩きつけた。地面は捲れ上がりあたりに岩を撒き散らした。
「五月蠅いぞキラゴの騎士!」
ロイは地面にめり込んだヒュエイに怒号を浴びせると黒いかぎ爪が光る大きな足でヒュエイの体を力強く踏みつけた。メテユはそれを見るとあたりを見渡した、その素振りは追い詰められた小動物その物であった。
「な、何か。岩で何とかなるものではないぞ…武器、何かないか!?」
メテユの動転する視界に拠点防衛用の大砲が目に入った。その大砲をキラゴの騎士達は状況を理解し狂獣ロイ・キウスに向けている。
「こいつら出来る!」
メテユはロイのもとに走り出しこう叫んだ!
「あの大砲でお前は死ぬ!見ろ!」
ロイはその声に反応し体を大砲の方に向ける為体制を変えた。ロイの足はヒュエイの体から離れるそれを狙っていたメテユはヒュエイを抱きかかえると再び叫んだ。
「外すなよ!」
大砲の導火線に火が灯る、人間相手には十中八九当たらないであろう。勿論ロイにもそれは理解していた。
大砲で発射までの間に動き回る標的に直撃させるなど不可能である。故にロイは逃げなかった。
「面白い当ててみろ、…俺の体がどうなるか知りたい!」
狂った獣は足に力を入れ身動き一つしなくなった。当然動かない標的に大砲の玉は直撃を許した。
***
薄い煙が漂うその標的は血を口から垂らす。その獣は体を震わすと次第に肩を大きく揺るし始めた。
「ははは…あはははは!」
ロイは口を大きく開けながら笑う、笑いながら間合いを詰め、大砲の周りのキラゴの騎士を引きちぎりながらいつまでも笑い続けた。その肉を口に入れ、滴る血を飲み、笑い続けた。
「ここは地獄か…」
メテユは呟いた。
***
底の塔の巨人、カルディアの狂獣、蘇りし腐龍、底の神の子供達、底の呪詛使いリアクはそれらの軍勢を編成し雪原の影リュクノースの軍とした。リュクノースが見下ろすその軍勢の影はそれこそ底の神セオそのもの、地獄その物であった。