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ヨモツヘグイ  作者: うぇど
キラゴ・カシナラ 編
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第十五章 フォティノースの影

ヨモツヘグイ


キラゴ・カシナラ編


第十五章 フォティノースの影




 12隻の軍船は一隻の漁船と対峙していた。その漁船の遥か後方から距離をとり次々とジウラ軍の軍船やカシナラ港の船がブダラ海流を抜けて来ている。

 それは一つの矢から始まった。その放たれた矢はアガスが乗る漁船に突き刺さり、それを境に波の形相が変わり始めた。ジウラ領とカーグ領との戦「第四次カドル島群の戦」の開戦である。


「後ろの連中はリゲリ砦を落とすまで様子見か?」


アガスはジウラ兵に問いかけた。


「そうです、我々が切り込み隊であり捨て石です」

「捨て石と知ってこの作戦に参加しているのか?…そうか、お前らを見くびっていたようだ、今までの無礼を詫びよう」


 アガスの態度にその漁船の全ての兵士は驚いた。フィディラー大陸にて名を残す傭兵、アガス・フィルアが敬意を示したのだ。彼らは何かに救われたそんな気が芽生えた。


「勇士達よ俺に続け、死は糧となり大地を潤す」


 アガスの鼓舞は絶望的な状況の兵士達に熱を帯びさせた。その熱気は痛みを忘れさせる物であり、ロイ・キウスはふとその場に流れる刻印を感じていた。


「すごい、恐怖も何も無い…これも呪詛なのか?」


 ロイはアガスが呪詛を使うのを感じていた。


「これはお前らの為の墓標だ、名を刻む為に戦い抜け」


 アガスは墓標を背中から降ろすとカーグ軍の軍船目掛け葬った。その後間もなくであった。夜目とは、暗闇で得物を捉える獣の目とはこういう物であると実感するような現象にアガス率いるジウラ兵士達は見舞われた。


「暗闇?」


 景色は青くも無く赤くも無い暗闇であった。しかし彼等には敵の軍船も飛び交う矢も波もそして目的であるジアブロス島もはっきりと見えているのである。


「奴らには暗闇だが、我等には見えている、そう長くは無いぞ一気に進め」


 アガスの漁船は帆も張らず、ブダラ海流の勢いを殺すことも無くカーグ軍船の網を抜けジアブロス島の龍の巣へと突き進んだ。



***



「一つ条件がある」


トリロは抱えるドラゴンの子供を撫でながら覚悟を決めている表情を見せた。


「言え、条件を聞こう」

「ヒュエイ、そしてトリロだったか、お前達にプラテイユ・ジウラ殺しを俺と一緒に遂行して貰いたい」


 ヒュエイは先程までの恥じらいの表情を一変させながら、肩を震わした。


「ふふふ、おもしれーな!飲んだ飲んだ!なあ?トリロ!」


 ヒュエイは無邪気な笑顔を振りまきトリロの顔を覗き込んだ。


「馬鹿か、プラテイユは現ジウラ領導きの目だぞ!条件が無謀過ぎる。ロエオスの情報とは駆け引き出来る問題では無いだろう」

「阿保はお前だ!プラテイユを殺しちまえばロエオスが裏切ったの何のもはや関係ねーだろ全て解決だ。それにこいつに着いて行けばいずれロエオスともぶつかるだろう、その時はキラゴの騎士の掟に従い執行するまでだ、なあ?イシス、ロエオスを捉えたら脱走兵として私が殺すそれで問題ないな?」

「ああ、何も問題無い彼もそれは承知の上での作戦なのだろう。しかし、俺は奴の作戦を知らないこれだけは信じてくれ、奴とは敵では無い、しかし、俺はあいつの何も知らないのだ、強いて知りえるのは奴がアダナス・ラビナ卿と言う我が父シュネイシス・ジウラの右手だった男だと言うことだけだ」


 トリロはシュネイシスの名を聞いて龍の子を撫でまわす右手をピクリと止めた。


「お前はシュネイシス・ジウラの息子だと言うのか!?」


 イシスは深く頷く。


「…なるほど、それ故この提案か」

「プラテイユは最早死霊に近い化け物だ、奴からジウラの名を、導きの目を奪う為にはこちらも化け物擬きがいる、そうだ、異国の呪術を使うヒュエイ、ドラゴンを従えられる騎士トリロ、お前らの力が必要だ」


 トリロは少し考え仮説を立てた。


「その化け物擬きと言うのは実に不快だが、一先ずそれは置いておこう。もしかするとロエオスも同じことを考えていたのかもしれない。赤い真珠を孵化させ自身がそのドラゴンの親となり、導きの目転覆を狙っていたのか?」


 イシスはトリロの仮説を聞き何か確信めいたものを感じた。


「違う、俺だ、俺をドラゴンの親に仕立てようとしている、奴は俺に会いに来たその時父の計画と言った。シュネイシス・ジウラの計画…祖父プラテイユが常々語った予言、龍を従え西の王に君臨するジウラ、それを再現しようとしているのではないか?」

「予言?何だいそりゃ、下らない」


 ヒュエイは難しい話は嫌だと言わんばかりに拳を掌に叩きつけた。


「御託よりも風だ、考え踏みとどまれば死ぬぞ、外を見ろ」


 トリロはヒュエイの言葉を聞き巫女の知らせ窓から外を見やると、そこには漆黒が広がっていた。


「何だこれは夜明けが近いはずなのに何も見えんぞ、青くも無い、正に漆黒だ」

「下に降りるまでに体をほぐせ!戦だ戦!」


 ヒュエイは両手に短刀を持つと巫女の間を後にした。


「トリロ、俺の短刀の保管場所を教えてくれ鍵ならある、今すぐだ」

「考え踏みとどまれば死ぬか、良し、ついて来い」


 トリロは小さなドラゴンを肩に伸せるとイシスを連れヒュエイの後に続いた。



***



 龍の巣の防衛線のとある一角に何かが突き刺さるような物音が響いた。暗闇に戸惑う彼等は松明であたりを照らす。


「夜よりも暗い夜なんてあるか?」


 テレスは戸惑う中汗を流した。そんな彼が振り返り松明で照らしたその先には一つの墓標が地面に突き刺さっていた。


「こんな墓標ここには無かったが…まさか、これがアガスの墓標なのか」


 そう呟く間もなく、キラゴの騎士達は目を眩ました。彼等の目に朝日が突き刺さったのだ。


「なんだ、目が眩む!?先程の暗闇はどうなった?いきなり朝か!」


 視界を奪われた彼等に悪寒を通り越した、極寒が身を凍てつかせた。


「慌てるな!落ち着いて目を慣らせ!攻撃を受けた者は消して声を出すな!死を伝播するような真似をするでないぞ!」


 カウ・バン中隊長は部下達にそう言うと、自身の左足が凍り付き酷い痛みを放つのを歯を食いしばりながら耐えしのいだ。目を慣らしたカウ中隊長の目の先には続々と龍の巣へと上陸するジウラ軍一個小隊が見える。先頭には口から冷気を漂わせる墓標の剣士アガス・フィルアが彼等を率いていた。


「間違い無い、奴が墓標の剣士だ」


 カウはもう駄目になった足を引きずり、剣を抜くと自分に出来るのは陣頭指揮のみと腹を括った。そして間もなく終わるであろう役目も知っていた。


「キラゴの騎士として俺がどれ程のものなのか、奴と手合わせしたいものだったな」


 しかし、そんなカウ中隊長の肩を抱える者がいた。


「テレス!私を抱えていては死ぬだけだぞ!」

「ヒュエイ達が合流します。それまで中隊長として仕事はしてもらいますよ、ペヘリ!カウ中隊長を後方に下げろ」

「は、はい了解だ」


 ペヘリはテレスからカウ中隊長を受け取ると医療部隊のもとへと急いだ。


「隊長!さっさと動けるようにして一緒に暴れて下さいよ!」


 テレスは笑顔でそう言うと、右目の古き目に問いかけ集中した。


「二ディア、俺達スコースの意地を見せてやろうぜ」


 遥か遠くカーグ領の牙と翼の城にいる二ディア・ダシスはそれに答え頷くのであった。

 視界を取り戻したキラゴの騎士達はすぐさま戦闘態勢を整えると目の前にいるジウラ軍に対峙した。敵の数は少ない、ジアブロス島中隊の半分にも満たない数である。しかし、彼等に油断は無い。フィディラー大陸最強と謡われる騎士団、キラゴの騎士は状況を良く把握していた。


「あいつら、肝が据わってやがる目が悪い意味で活き活きしてやがるぜ」


 テレスは仲間に陣形を整えさせ、下手な攻撃を避けるよう伝えた。


「アガスは呪詛を使うぞ、出来るだけ多人数で呪詛を受けるような真似はするなよ、まずは俺が先方に立つ間を開けて奴らを囲め」


 テレスは古き目に映る文字を仲間に伝えた。二ディアはテレスの援護に回る、彼の良識を、良識足りえないテレスに注ぐのである。

 その緊張を断ち切るがごとくアガスは口を開く。


「愛する彼女の為、血が俺を生き返らせる、そこの墓標は俺とお前らのものだ」


 アガスは呪詛を使うと斑馬の剣ロゴアが喉を鳴らすように唸り始めた。


「切り裂け雪原の影リュクノース」


 距離を保った状態でアガスはキラゴの騎士達にロゴアを振るった。キラゴの騎士達はその刹那に脳裏を過る刻印を感じ取った。それは二ディアにも感じ取ることが出来た。


「構えろ!」


 筆読を超えた意思の疎通、彼等は死の瀬戸際で契りの法の極意とも呼べる技に辿り着いた。ロゴアから放たれたリュクノースの黒爪はテレスの剣を弾いた。


「やはり違う、キラゴの騎士とはこれ程の者達か」


 アガスは笑うとそれを機にジウラ軍切り込み部隊は交戦に入った。

 ロイ・キウスは槍と盾を構え、こみ上げる興奮を抑えつつ目の前の兵士に突進した。しかし、その攻撃はキラゴの騎士に軽くいなされロイの喉元を目掛けその騎士は剣を流した。その剣を皮一枚でかわし切ると疎かにしていた盾の淵で目の前の敵の顎を砕いた。ロイは笑みがこぼれ笑顔を抑えることが出来なかった。そう、彼自身も気付いていた。おかしいのだ全てが遅く感じ恐怖どころか高揚感で満たされている。アガスが彼等に施した呪詛はリアクの熟した蜜と呼ばれ、人を人格異常者に変えてしまう呪詛であった。それはリュクノースの呪詛同様禁忌とされる物の一つである。

 リアクの熟した蜜に侵されたジウラ兵は戦闘技術で上回るキラゴの騎士を怯むことなく押し続けた。キラゴの騎士と言えど切り伏せた相手が歓喜を上げながら立ち上がり再び戦闘を仕掛けて来る様は精神に異常をもたらす。あってはならない部隊の混乱が芽生え始めていた。


「まずいぞお…二ディアどうにかしてくれ、こいつらイカレてやがる」


 テレスは次第に分が悪くなる戦況に焦りを隠せずにいた。


「誰と話している?そんな余裕でもあるのか?」

「!?テレス!アガスに向かい走り抜け!」


 二ディアはアガスの口元の冷気と呪詛の感覚を捉えテレスに呼びかけた。テレスは不思議なことに無意識と共に体の重心を前方に傾けていた。その勢いのままアガス目掛け走り出す。アガスが吐きだすリュクノースの息吹きをアガスの横を横切ることにより放射状の攻撃を避けることが出来た。


「行け!」


 テレスは二ディアの言葉では無く思考を感じ取り剣をアガスの無防備な背後に振り抜いた。その剣はアガスの太腿を切り裂き体を吹き飛ばした。


「待て!距離を置け!」


 そのままとどめを刺すチャンスを見逃し二ディアはテレスに警戒するよう伝えた。その直後アガスは衝撃で回転する体を利用しリュクノースの息吹きをテレスに向けて放った。テレスはぎりぎりの所で吹雪をまともに受けることなく回避することが出来た。


「二ディア、助かった!感謝するぜい!」

「まだ早いぞ、アガスから生き延びてからにしろ!」


 テレスは二ディアとここまで心が通じ合うことにこの状況でも嬉しく感じていた。いや、この状況だからこそここまで契りの法を利用し命をすり合わせ思考を共に出来たのかもしれない。


「ん?」


 二ディアと共にテレスが背後に悪寒を感じた瞬間大きな傘がテレスを覆いつくした。それは巨大な獣の口内であった。上を見上げたテレスと二ディアの目には怨念が渦巻くような暗闇が底無しに続いていた。呪詛、リュクノースの影、それは神話の月底の戦にてフィディラー王と対峙した雪原の影リュクノースの巨大な幻影を作り出すアガス・フィルアが体に刻む呪詛の中でも使用を躊躇する二つの内の一つであった。

 牙と翼の城に居る二ディアは上を見上げたまま、口から血を吐き体を崩れ落とした。テレスは幻影にかみ砕かれあっと言う間にぼろ雑巾のごとく戦場に取り残された。彼等の意識が薄れる僅かな時間に怒りに震える怒号が響いた。


「遅えぞ、お前ならこいつを倒せる、頼むキラゴ・カシナラの名誉と誇りを守ってくれ、俺達がこのまま負け組で死ぬのは許せねえんだ!!なあそうだろ二ディア!」


 テレスは声には出せないふり絞る思いを死の瞬間に叫び、息絶えた。

 ヒュエイは怒りを抑えること叶わず、涙を振り散らしながら煙を立たせるアガスに渾身の拳を振り抜いた。アガスは笑みをこぼしながら左太腿の完治を感じつつ、顔面の激しい痛みを味わい体を地面に叩きつけるのであった。



***



 雪原の覇者フォティノースの血を分けた弟である、雪原の影リュクノースは底の神【セオ】を見た。その後リュクノースは喰らい力に執着する。鍵の神セリニと門の神リオスの先に住まうであろう者達を打ち倒し喰らえる程の強大な力を手に入れる為。


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