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ヨモツヘグイ  作者: うぇど
キラゴ・カシナラ 編
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第十四章 開戦前

ヨモツヘグイ


キラゴ・カシナラ編 


第十四章 開戦前




「ふざけてんじゃねえぞ!?おやじが死んだ!?そんなことあるわきゃねえだろがあ!」


 リゲリ島中隊隊長ジュウザ・ネペロポは部下の報告に大声を上げた。


「いえしかし報告は事実でありまして、カウ中隊長から大隊長として総指揮を行っていただきたいともご伝達もございます」


 部下はジュウザの大声に対して凛として答えた。彼の名はオミク・ネぺロポ、リゲリ島中隊の副隊長を務める。破天荒なジュウザ中隊長の腹違いの弟であり、彼の性格には慣れていた。彼の側近を務められる者は彼しかいないと言っても過言では無い。


「はあ?カウだと?何であの青ケツがジアブロスの中隊長なんだあ?ロエオスはどうした?奴が次期大隊長だろうが!何で俺なんだよ!ロエオスは何処に居るんだ!」

「兄上、質問は一つずつにして下さい。ロエオスはキラゴの騎士を裏切り逃亡したとのことです。カウリオ大隊長を殺害したのも奴の可能性があるとのことです」


 それを聞いたジュウザは眉間にしわを寄せ、少し訝しんだ。


「ロエオスは殺ってねえ…あいつにおやじは殺せねえさ。おやじの強さは俺とロエオス二人掛かりでも到底倒せねえ、…くそが一度ロエオスと会う必要があるな」

「ロエオスは逃亡中です、奴よりジウラ軍侵攻を食い止めるのが先です」

「うるせえ!分かっとるわ!船を出せ!この島はお前に任せるぞ!」

「はっ!あと大声を出す必要はございません」


 それを聞いたジュウザはオミクの肩を軽く殴り、オミクと一緒に中隊長の間を後にした。



***



 牢で片膝を立て座っているイシスはおもむろに立ち上がり、体を慣らし始めた。それを終えると装備を広げ一つ一つ確認する。牢の入り口を確認すると広げた装備を一つ一つ身に着け始めた。


「皮装備ではあるがドラゴンの鱗を用いた鎧か、これならば大抵の刃を通さない防御力と身軽さも兼ね備えている。皮だけに体に馴染ませればすばらしい装備だな…」


 装備を整えると牢を開け静かに暗い通路を進み始めた。


「俺のナイフは何処にあるのか…あれも調達しておきたいが、薬の貯蔵庫を発見出来れば多少なりとも代用は効く、リスクはあるが開戦前にあたりを探索するか、ヒュエイとはその後合流すればよかろう」


 洞窟を抜けると外は青く暗い夜であった。


「良し」


 イシスは素早い動きでその場を後にした。戦を目前にした慌ただしいドラゴンの巣にて、彼の脱獄に気付く者は誰一人としていなかった。



***



 トリロは巫女の間の小さな知らせ窓から、カウの指示により六隻の軍船がリゲリ島の東へと向かうのを見届けていた。


「…見張りが意識を失っていて、この整った部屋はどういうことだ?」


 龍の女王の卵である赤い真珠は盗まれることなく巫女の間に置かれている。それがトリロには異様さを匂わせていた。


「すり替えか?そうとしか考えられない」


 トリロは卵を手にした。


「くあっ!熱い!?」


 飛びのくトリロは動転した頭をどうにか落ち着かせまいと精神を集中した。火傷を負ったトリロの手にはべっとりと紅がこびりついている。


「落ち着け、まずこの卵は次期に孵化するぞ。非常にまずい。それとこれは赤い真珠では無い雄の卵だ…巫女様をこの部屋に呼ばなくては」


 考えを整理するトリロに対し無常にも目の前の卵に亀裂が入った。


「…嘘だろ」


 卵の割れ目からキーキーと鳴き声がこぼれ、トリロは頭を巡らせた。


「もう間に合わない、俺がこの部屋を出て巫女様を探している内に他の者、最悪敵の目に触れればこのドラゴンは敵に奪われてしまう…やむを得ん!」


 トリロは覚悟を決めると卵から顔を出すドラゴンと目を合わせるのであった。



***



 ヒュエイはイシスが去った後の牢に居た。


「畜生逃げられた!…まぁそこらへんに居るだろう、探すか」


 ヒュエイは牢を抜けると、ペヘリと出会うとペヘリから伝言を受け取った。


「ヒュエイ!トリロが至急巫女の間に来るようにと言ってたよ、相当探してたみたいだけど急いだ方が良いよ」

「えぇ…こっちも忙しいのに何だってんだい?」

「いいからトリロが困ってるんだから行ってやってよ」


 ペヘリは心配そうに巫女の間の方を向いた。


「分かったよ今行ってみるよ」


 ヒュエイが巫女の間に向かうと後ろから素早い影が追いついた。


「何を急ぐ?薬の貯蔵庫を探しているのだが教えている余裕はあるか?」

「お前!?…こっちも聞きたいことが山ほどあるぞ!」


 そう言いながらも足を止めないヒュエイを見て。


「分かった、お前の用事を済ませてからでいい、俺も手伝おう」

「あ?あぁ…まぁ着いて来いや、その方が話が早いわな」


 ヒュエイとイシスは巫女の間の入り口に辿り着くと、守衛の二人が倒れている。


「駄目だ気絶している、中で何か起きているぞ」


 イシスはヒュエイに警告を告げるとヒュエイは扉を蹴り飛ばした。


「トリロ!大丈夫か!」


 トリロはその音に驚き振り向くと、焦るヒュエイの顔を見ると苦い笑顔を見せた。トリロは大事そうにに黒いドラゴンを抱えており、黒いドラゴンは喉を鳴らしながら目を閉じていた。


「あ…はぁ!?ど、どう言うことだトリロ!」

「ドラゴンが孵化をした、こうする他なかったんだ。中隊長、カウ中隊長に報告しなければ、ロエオスに赤い真珠を奪われたと」


 イシスはこの状況からロエオスとはアダナス卿を指すものと瞬時に仮定した。迂闊なことを口走るわけにはいかないとイシスの直感が働いたのだ。


「その幼いドラゴンは何だ?」


 イシスはトリロに尋ねた。


「…?何でお前が牢から出ている?それにその恰好」

「俺はこの戦に加勢するそれ以下でもそれ以上でも無い。話をかき混ぜるのは無しにしてもらおう、無駄な血が流れるだけだ」


 ヒュエイは頭を少し掻くとトリロの抱えるドラゴンの喉を人差し指で撫でた。


「ややこしいことこの上無いな、どれもこれも」

「…食いちぎられるぞ、気負付けろ」


 トリロは少し嫌そうな顔を見せたがそれでもヒュエイのしたいよう続けさせた。


「で、この子はお前の子なんだな?孵化に立ち会ったのだろう?」

「ああそうだ、仕方がなかった」

「まあいいさトリロ、あんたはこれが運命なんだよ。そんでイシス、お前はロエオスを知っているのだろう?アダナスなんちゃらについて全部吐きだしな」


 ヒュエイはいつの間にかイシスの首元にナイフを添えていた。それはトリロも動きを見切ることが出来なかった。


「…!?」


 しかし、イシスはそのナイフに首で圧力を掛け床に血を垂らした。その行動に驚いたヒュエイは反射的にナイフを下げることを余儀なくされた。


「俺に脅しなどと下らないことをするな。いつでも死ねるその覚悟しか俺には無いのだから」


 ヒュエイは少し戸惑う自分にはじめて恥じらいを感じていた。それを横目でトリロは口を開く。


「野暮なことは言わない、協力してくれロエオスの情報を話せる程度で構わない教えてくれないか?」


 イシスは少し考えると、この二人の目を見て何かを賭けてみたい気持ちに押された。この状況を逃げてもこの関係を壊すことにリスクは払えない、一人は凶悪な呪術を使用し一人はドラゴンの親である、彼等と敵対することに利点は一つも無いと頭の中で算段を整えた。


「一つ条件がある」


 イシスはそう言うと首筋の血を拭って見せた。



***



 ロイ・キウスは小さな漁船に乗り軋む甲板で槍を握りしめていた。船倉ではゲオ・カプノース卿が縛られ拷問の末息も僅かであった。


「殺せ…」


 ゲオ・カプノース卿がそう絶え絶えに言い放つと、一人が立ち上がった。


「ふん、お前はお前の命に価値があるとでも思っているようだな」


 アガス・フィルア、墓標の剣士として知られる剣士は上から見下ろしそう告げた。


「もはや価値など…無い、だから、殺してくれ」


 ゲオ卿は自分に声を掛けた者を見上げると、右目に黒い刃が突き刺さる感触を最後に味わった。それは苦痛を超える恐ろしい痛みであった。


「愛する彼女の為、血が俺を生き返らせる。彼女の糧となれ、それでこそお前は価値を得るのだ」


 命と言う曖昧な物が黒い塊に吸い込まれた、そしてゲオ卿はその後、言葉を発することは無かった。それを見たジウラ兵はアガスを止めに入った。


「何をしている!殺してはならんだろう!」


 アガスはそれを肩で振り払うと甲板に無言で上った。残されたジウラ兵は後を追うことも出来ず、口を挟んだことを酷く後悔した。彼の逆鱗に触れれば命は無いことを反芻していたのだ。

 甲板で海を睨みつけるロイはアガスがすぐ側にいることに気付かなかった。故にその男の問いかけに酷く驚くのであった。


「良い目だな、戦人の目だ無数の墓標に囲まれている、そうではないか?」

「アガス・フィルア殿ですか…あなたのような伝説の戦士が私などに声を掛けるなど驚きです」

「ただ話しかけたかった、それだけだ。不都合でもあるか?」

「滅相もございません、墓標ですか、私の後ろには多くありますが、この目の先には私の墓標しか見えませんね。死ぬでしょう私は」


 アガスは空を見上げた。


「足枷が無ければ無理に生きる必要もなかろう、この地獄で」

「はあ」


 ロイは海を睨むのをやめた。彼には守りたい人がいた、足枷とはそういうことなのだろう。ロイは死の揺り籠で休むことを許されてはいないのだとアガスの言葉で理解した。


「良い目だな」


 アガスは腰の入れ物から墨を取り出した。


「戦うなら呪詛を施そう、受け入れるか?」


 ロイは無言で頷いた。それを確認したアガスは揺れる甲板で墨をロイの左手に入れる。


「!?」

「動くな、熱いぞ命の熱だ」


 唯の墨入れとは違う熱を帯びた痛みが、脳に焼き鏝を押し付ける感覚を思い起させた。その刻印は腕に描かれる物と同じ物である、不思議な感覚であった。


「この呪詛は雪原の影リュクノースの物だ。かのフィディラー王と対峙した強き神がお前を守るだろう」


 ロイは始めて施された呪詛を長い間見つめていた。それから思い出したように顔を上げアガスにお礼を告げようとするが彼はもうそこにはいなかった。甲板を降り探そうとも考えたがそれはよすことにした。


「無粋だ」


 そう呟くと槍を力強く握りしめた。もうブダラ海流を抜けすぐにカドル島群に到着するだろう。ロイの心は重く落ち着いていた。



***



 玉蟲の大賢者スカラベは巨石の師父ヒプロが作り出した石堀具を用いて、呪詛と呼ばれる刻印をあみ出した。この二人の精霊エオニオテロスが呪詛の始祖であり彼等は歴史と知識の神として現在も滅びることなくどこかで眠りについていると言う。


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