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ヨモツヘグイ  作者: うぇど
キラゴ・カシナラ 編
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第十三章 閃光柱リヴィア

ヨモツヘグイ


キラゴ・カシナラ編


第十三章 閃光柱リヴィア




 リゲリの騎士団フテローマ騎士団長は海岸の向こうの底の塔を見つめていた。底の塔とは、塔と名がつけられてはいるが、一つの島全体を塔と呼び、フィディラー神話の雪原の影リュクノースの拠点とされていた。現在は学術都市マギアが管理する島である。

 リゲリの騎士団が野営を張った場所は底の塔とカーグ領が最も近い海岸であり。海峡が狭い場所である。この場所を選んだのは北からのジウラ軍船団をカドル島群へ向かわせない為である。ジウラ軍はこの海峡を渡らなければカドル島群へ進軍することは難しく、底の塔を迂回すると他領との交戦に発展することが極めて高い。特にクレイス領とは険悪であり、クレイス領の海域を航行することはほぼ不可能と言える。

 アツァナの蛇デュウムは真打のジウラ軍の進軍はこちらからであると踏んでいた。


「ヴァトラスやこの作戦はむごい結末になるかもしれぬ…わしが呪詛を使う時お前は後方に下がりわしがすることを見ない方が良いぞ」

「お蛇様あ?呪詛ってなんだ?」

「悪い人殺しの呪文じゃよ」

「…そんなもんお蛇様が使うだか?」

「…」


 デュウムは黙ってしまった。ヴァトラスは純粋である、そのヴァトラスにこの世の毒を浴びせることがデュウムにとっては苦痛であった。故に彼に今から自分がするであろう大量虐殺の行為を見せたくなかったのだ。

 デュウムはヴァトラスにフテローマ騎士団長を呼ぶように指示して連れて来させた。


「デュウム様、ご命令でしょうか?」

「フテローマ卿よ、悪いが作戦内容に変更点を加えるぞ」

「はっ、お聞かせ願えますか?」

「ジウラ軍が海峡に迫る前に呪詛を使う、奴らに閃光柱リヴィアを見せつけるのじゃ」


 フテローマ騎士団長はそれを聞いて戸惑ってしまった。


「それでは、私達の存在を明かし作戦失敗に繋がります。ほぼ確定でジウラ軍は船での進軍を取りやめ陸路での進軍に変わりかねない…そうなれば我等の被害は甚大です」

「分かっておる…その為にクレイス領への伝令部隊を編成出来ないか」

「答えになっておりませぬ!何故呪詛を見せつけるのですか?」


 フテローマ騎士団長は鬼気迫る勢いで問い詰める。


「おぬしには理解出来んか?この戦の愚かさ、プラテイユの愚行を…この大陸では戦はご法度じゃ、導きの目の役割が薄れて来ている今の時代ではそのことも分からない者も多い、戦で千人死ねばもう千人が死ぬ、肝心なのは罪のない日常を暮らしている他領の人間達が、二つの領の戦で意味も無く命を落とすということなんじゃ…それが何に発展する?」

「…わかりませぬ」


 デュウムは少し落胆するとヴァトラスを眺めこう答えた。


「大陸全土の戦に成りえると言うことじゃ…そうなればこの大陸は死の大陸じゃ、フィディラー大陸が呪われた大陸と呼ばれるのはそう言った意味なんじゃよ」

「…しかし、もう戦は始まっております」

「うむ、故にジウラ軍の撤退を促し時間を稼ぐのじゃ、その間にクレイス領との同盟を組む必要がある。この戦を止めさせる方法はクレイス領が鍵を握っておる」


 フテローマは目を閉じて、怒りを抑えた。


「私にクレイス領との同盟を組む権限など御座いませぬ!何を仰るのですか!」

「レビテラにはわしから伝えておく、そのことは心配するで無い」

「事後報告で済む件ではございませんぞ!?我等カーグ領は他の領と同盟を組まないことで他の導きの目とのバランスを保つ役割があるのですぞ?そんなことをすれば東のフェガリ領が黙っているわけがありません!」


 デュウムは少し間を置き、フテローマ騎士団長に落ち着くように促した。


「エクテスにも伝えておくから全てはわしに任せるのじゃ」

「どの様に?」

「わしの体の刻印の数を見よ。わしは元は白蛇じゃ。それが今ではこれじゃ…これでは斑蛇であろう」

「呪詛で可能だと仰いますか?」


 デュウムは頷いた。それを見たフテローマ騎士団長はしぶしぶ納得して編成部隊の選抜に向かった。


「さて、エクテス・フェガリか…骨が折れるの」


 ヴァトラスは溜息を漏らすデュウムを見つめながら、呆けるしかなかった。



***



 クフリ港を出港した20隻の軍船は最大戦速で南に進路を取っていた。その船団を指揮するのはクレイス領からジウラ領がアラフ島を奪った戦「リブイサの戦」の英雄である。その大隊長の名はキトノス・ラビナ、リブイサ砦の現主である。


「出航してからはや七日、リゲリ島まであと三日程度で着くか、ピルタ・レース卿の船団がジアブロス島に着く頃には間に合うはず」


 キトノス卿は豆をかじりながら呟いた。

 フィディラー大陸ではブダラ海流に乗らなければ当然船の進行速度は遅く、帆船の限界を超えるには呪詛を使うなどしなければならない。しかし、20隻の軍船の移動である、今回呪詛を使うことは出来ない。これ程の船団を動かす呪詛を使うこととなれば一人の命など一日ももたず溶けてしまうであろう。

 キトノス卿率いる船団は間もなくアツァナの蛇デュウム達が待ち構える海峡に到達する。キトノス卿はそのことを知りえていなかった。そして直ぐに船団の先頭を進む船は前方に泡立つ海面を捉えた。


「何だ?海の中に何かいるぞ!?」


 泡は蒸気になり、海面に霧が立ち込み始めた。その後泡立つ海面により船も揺れはじめ船内に異変を感じた者達が甲板に上がり始め、そして大勢のジウラ兵がそれを目にしたのだ。

 デュウムは命を一つ燃やしその呪詛を使った。


「…これが、人が扱える領域呪詛の一つ、閃光柱リヴィア…」


 フテローマ騎士団長はリヴィアの光を眺め唇を震わせそう呟いた。

 海面に微かに光の柱が立ち始め、光が描く円の内側は蒸発し続けた。やがて光の柱は偽りでは無かったと言わんばかりにその存在感を誇示し、目に焼き付くような閃光へと変わっていった。

 ヴァトラスはその光を見て身をかがめた。そして一つしかない目を覆い怯えてこう叫んだ。


「神様だ!神様がおらたち古き目の子供をさらいに来ただあ!」


 デュウムは大げさに範囲を広げ命をまた一つ燃やす。


「さぁ…お前らが死ぬ場所はここでは無いぞ!今すぐ立ち去れい!」


 呪詛閃光柱リヴィアが囲う海域は海底が露呈し海の底の泥すらも赤く燃え滾らせていた。その範囲はいつの間にか目の前の海峡を塞ぐように広がっている。


「お…おおぉ」


 言葉に成らない言葉しか出せないキトノス卿はそれを初めて見たのだ、それは無理もない行動であった。頬を痙攣させその閃光に魅了されている、唯その時間が長く続いた。


「隊長…!!た、隊長!!」


 部下が激しくキトノス卿の体を揺らすと命の火が燃え滾った。彼は戦をする準備が整っていた。それは我に返ると同時に切り替わっていたのだ。


「主舵を取れ!全艦旋回せよ今すぐだ!!」


 しかしその言葉は空しく20隻の軍船に伝わるはずも無く、目の前に現れた閃光の次の脅威に次々と飲み込まれていった。焼け焦げた海底を叩き直す様に海は体を元に戻そうと全ての力を一点に注ぎ込む、それはやがて渦を巻き巨大な水柱を叩き上げた。それは大きな津波を約束する威厳に満ちた水柱であった。その後の津波に荒らされる巨大な軍船は川に浮かべた木の葉の様に翻弄され、ほとぼりが冷める頃には20隻の軍船は半分以下になっていた。海峡の向こうでは光の壁がそそり立ちその被害を防ぐように命が消費される、それは恐らく学術都市の民の呪詛であり、彼等は閃光柱リヴィアを見にこの場に訪れていたのであろう。しかし、彼等にこの戦に干渉する気は無い。デュウムもそれは分かっていた。


「…50年以上ぶりにつかうからのお、…やりすぎた」


 デュウムは気まずそうに顔を伏せた、彼は死者を出さぬように呪詛を使う予定ではあった。しかし結果は甚大な被害がそこには広がっていたのだ。


「しかし奴ら底の塔の民は何を聞きつけてここに居るのじゃ?気に食わんし相変わらず陰湿な連中じゃ、彼奴等呪詛返しをしていたらこちらは手の施しようが無い、迂闊だったわい」


 ジウラ軍に結果として多大な被害を与えた呪詛の後に、フテローマ騎士団長は困惑しつつもこの後の対応に考えを巡らせていた。


「デュウム様…これは、どのような?話が二転三転されていてどうも…考えが纏まりません」

「わしを何だと思っておる?唯の白蛇じゃぞ?わしを攻めるでない!」


 ヴァトラスは震えながら通訳した。


「ジウラ軍は撤退したかの、まぁ…これで成功じゃの」


 デュウムはもう帰りたそうなそぶりを見せた。


「あ、いや、同盟交渉の任を与えた部隊はこのままで良いのでしょうか?」

「いいよ」


 デュウムは勿論そうと頷いた。その後の無言の時間はヴァトラスでさへ口を挟むことは出来なかった。

 生き延びたジウラ軍はクフリ港に戻って行く。そこにキトノス卿の影は無かった。



***



 引きちぎられた肉片の威容な臭いがまだ残る海岸に一隻の小船が停泊していた。それを見張るようにカーグ軍、それも牙と翼の城の直属の軍隊の甲冑をまとった男達が三人待機している。


「まだか、随分と遅い」


 一人の兵士が焦りを漂わせていた。


「おい、キラゴの騎士とカーグ兵は近づいて来ないか?そこを見てこい」


 その男は部下に命令し、落ち着かない心臓のざわつきを必死に抑えようとしていた。


「くだらない…ここまで来てお前は何をどうしたいのだ?お前が不安になった所で俺達はあっさり死ぬ。やめてくれないか?気分が悪い」


 もう一人腰を下ろしている兵士が俯き気味に唾を吐いた。


「…」

「ふん、来られたようだ、ほらさっさと準備するぞ」


 三人の兵士は向こうから来る男にジウラ軍式の敬礼をした。それは三戦神の一人カブリ・ジウラが友である大鷲カラーザを弔う祈りの所作をもとにしている。


「アダナス卿、ご無沙汰振りで御座います。この日を待ち望んでおりました」

「久しいな、エクリとリントン。…あとこいつは誰だ?」

「リントンの甥です。むかつくことに腕は立ちますよ」


 エクリは若い兵士の肩を叩き前に押し出した。


「お初にお目に掛かります!名をメテユ・ヴァレリーユと申します!」

「ヴァレリーユ家の者か、ならば問題はないな、リントンしっかり頼むぞ」

「はっ!こいつには私の祖父の血が流れております。間違いがあれば私が命をもって責任を負います!」


 エクリは鼻で笑うと肩を鳴らした。


「お前の命なんぞ何の役にも立たんだろうが、間違いがあってからではもうどうにもならんさ」

「貴様!侮辱も程々にしろよ!」


 リントンは鼻息を荒げてエクリの肩を押しのけた。エクリはよろけつつも笑みを浮かべながらこう付け加えた。


「安心して下さいアダナス卿。メテユは本当に優れた騎士ですよ、私が育てましたから」


 ロエオスは頷くと、微かに赤く光る袋を取り出しエクリに手渡した。


「…これが」


 三人は袋を見つめ唯呆然と動きを止めた。


「作戦通りお前らはこれを無事にカドルの森の七人の足無しの狩り小屋まで運べ」

「アダナス卿は来られないのですか?」

「あぁ…色々とあってな、結局俺はキラゴの騎士を断ち切ることは出来なかった…」

「断ち切れなかったとはどう言うことでしょうか?」


 リントンは悪気も無く問いかけた。それをエクリは遮る様に止めた。


「そうですか。しかし、それでは後の作戦に支障をきたします。それにアリアス様の姿も見えません。このまま作戦を進めるには無理があるかと」

「アリアス様に心配は無用だ。お前らが思っているような器では無い。あのお方は誰よりも強く、王の器に相応しいお方だ。必ずお前らと合流する安心して待て」


 エクリとリントンはそれを承知し、ロエオスの今後の行動に関して問い掛けた。


「ピルタ卿とは情報を共有する術があってな、彼が墓標の剣士を囲っていると伝えがあったのだ。墓標の剣士アガス・フィルア、ピルタ卿は必ず奴をこのジアブロス島に向かうよう手だてを加えているはずだ。ピルタ卿は奴が斑馬の剣を所有していると、それはお前らも承知の事実であろう?奴の持つ斑馬の剣がプラテイユの手に渡るのは防がなければならない、それと同時にあの剣は三戦神カブリ・ジウラの得物。アリアス様が持つに相応しき剣である。私はそれを狙う」


 エクリはそれを聞くと少し考え、メテユに目をやった。


「メテユ、お前はアダナス卿と共にアガスを討て」

「墓標の剣士…伝説の傭兵ですか、良いでしょうお任せ下さい」


 ロエオスはその提案に驚きはしたが、現状の自身の精神状態では断ることが出来なかった。彼はとてつもなく強い剣士であり、キラゴの騎士の中でも武神と謡われたカウリオ・キノスにも才能を認められた剣士である。しかし、先程の戦いで完膚無きまでに打ちのめされ、決闘において無様な生き残りとして今を生きる、そんな煮え切らない想いを背負っていたからである。


「うむ、メテユと言ったか、死は覚悟しておけ私はお前を守るなど到底出来んぞ」


 それはロエオス自身も情けの無い言葉だと自覚していた。メテユは彼の部下と言うこと、同じ志のもと、共に戦う部下である。その者を守れない、ロエオスはキラゴの騎士を裏切り、あげくはこの若者を見殺しにすると自覚すると心がもろい砂団子のように崩れていくようであった。


「アダナス卿、あなたは英雄です。メテユは死にませんよ、英雄の伝説を伝える役割がありますから」


 エクリはそう言うと、リントンの肩を叩き赤い真珠を大事に抱え小舟を就航させた。

 海岸に残った二人は小舟の行く先にあるセリニ山を少し眺めるのであった。



***



 呪詛龍の女王の火球、フィディラー神話における龍の女王リヴァリィサが放ったその呪詛は腐龍の戦にて現在のアナン湖を作り上げたと言う。それを模して造られた呪詛が閃光柱リヴィアである。その呪詛は人間には手に負える代物では無かった。使用者は必ず命を落としてしまうのである。故に威力は悪意その物であった。


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