第一章 トリロ・フィズラ
ヨモツヘグイ
キラゴ・カシナラ編
第一章 トリロ・フィズラ
フィディラー大陸の南に位置するカーグ領、そこはドラゴンの生息地として知られている。
カーグ家は導きの目の末裔であるレビテラ・カーグを領主とし神話の龍神【火山龍のカドル】の地を代々守り続けて来た。それはドラゴンを守ることでもあり、他領地にドラゴンを渡さないことで強大な軍事力を保持し続ける意味もあった。
ドラゴンを守る彼らは自分たちを神話の神【キラゴ・カシナラ】の意思を継ぐ者であると称し、自分達をキラゴの騎士と呼んだ。
***
学術都市マギアに大きな黒煙が立ち上る年、ジアブロス島中隊に配属されているトリロ・フィズラは小ぶりな灯台にて黒い海を監視していた。海賊は決まって夜に現れるものである。
灯りをつけず忍び寄る盗人共は五感を駆使した程度では侵入を防げることは出来ない。島には100名程度のキラゴの騎士がおり、ジアブロス島中隊はキラゴの騎士団の中でも一番小規模である。しかし今は赤い真珠がジアブロス島にあり巫女も常駐している特別な島となっている。
赤い真珠とはドラゴンの卵、その中の次世代の女王とされるものが眠る。ドラゴンの生態は謎が多いが、蜂のように一匹の雌を中心にコロニーを形成していると考えられている。
巫女とは卵の孵化の際に産婆を許されるカーグ領の神官である。彼女はドラゴンを育て共に暮らしドラゴンの母として一生を終える特別な存在であり、カーグ領領主よりも力を持っている存在と言える。それゆえ巫女となる儀式の際には光を奪われ舌を抜かれる。それによって権力を放棄するのである。それだけドラゴンに慕われる存在は一国を脅かし覇権を握れる存在であるのだ。
***
トリロは青暗い夜空に照らされた海辺を眺め見張りの交代の中、同じく見張りをするヒュエイ・ミャンに視線を向けた。彼女は異国、それもフィディラー大陸の外、遥か東方の国より流れ着いた戦士である。女性のキラゴの騎士は彼女一人であり手練れの傭兵ですら突破出来ない入隊試験を歴史上初めて女性で合格した者である。彼女はとても魅力的であったが手を出す物は墓すら立てられず海を漂流することだろう。実際に一人を決闘にて殺しており、仲間同士でも決闘の儀の形を成せば侮辱を殺害と言う形で晴らすことも可能である。キラゴの騎士はドラゴンを守るキラゴ・カシナラの名誉を重んじるのである。
ヒュエイは黒い海を眺めるのに飽きるとトリロの左目を気にするように何度もを見ると痺れを切らしたように問いかけた。
「最近何か見たか?」
ヒュエイはフィディラー大陸の呪いには掛かっておらず、両目は古き目である黒い瞳をしていた。その目はこの大陸では蔑みの対象で有り。月の目セリニ又は太陽の目リオスの加護を受けていない者とされる。
「盗賊のことか?異変があれば報告しているが…何を言っている?」
「左目のことだ、契りの目で前に何か見えると言っていたではないか」
「あぁ…そうか、俺のつがいは多分放牧の民だろう、いつも見えるのは牧草地と馬ばかりだよ、それ以外何も無いつまらない人生さ」
「他人の人生をそう易々とつまらないと言えるのか、契りの法とは実に罪深い物だな」
「…お前は他の仲間にもそんなことを言っているのか?やめた方がいいぞ、真実は人を怒らせる」
「それは罪深いな」
トリロは苦笑いを浮かべ海へと目を向けた。左目は時折暗闇を見せる、彼なのか彼女なのか彼のつがいの者は今は眠っている。それでいいのだ。
明くる日仮眠を終えたトリロは固いベットから降りると軽く体を伸ばし、丁寧に磨かれた龍の鱗で出来た鎧を身に着けると島の見回りへと出かけた。ジアブロス砦を出ると彼の目に映るものは岩肌を黒く照りつかせる海岸、道は整備されているものの道を外れれば人が歩くのは困難である。少し歩くと二人の影が見え彼は軽く挨拶をする。朝の見回り役は三名でこの日はヒュエイとテレスと一緒であった。
「早く寝たいぜさっさと終わらせよう」
挨拶も無しにそう切り出したのはテレス・アエトと言う男であった。
テレスはヒュエイとトリロよりも後輩で同じジアブロス島中隊の一員である。出身はサノオーンであるようだが定かでは無い。キラゴの騎士はスパイが入り込んだ歴史が多く、疑われることを恐れ出身地をあえて言いふらすことなど誰もしない。トリロ自身も入団試験時以外誰にも教えてはいない、しかし方言や身振りや習慣などからおおよその予想はつく物だ。
あらゆる領地から集まるキラゴの騎士ではあるが、一つだけ入隊を許されていない領民がいる、その領地はカーグ領の北に位置するジウラ領である。この地は過去の歴史を見ても幾度となくスパイを送り込みドラゴンの卵を盗もうとしてきた経緯があり。何百年も前から入隊を許されてはいない。
とは言え入隊志願者が何処の領地の者で何を目的にしているかなどその本人にしか分からない、故に入隊試験はとても厳しい物であり入隊後も厳しい掟に縛られ退役を許されることなく一生を終えるのである。
入隊志願者は特別信心深い名誉を重んじる戦士か、世の中に絶望し行き場を無くした手練れの傭兵か、将又余程の忠誠心の高い密使か…いずれかであろう。
***
彼等三人はジアブロス砦の島の反対側に位置するドラゴンの巣へとやって来た。そこは湯気を立ち上らせる大きな穴を守るように築かれた拠点であり、三島を相称するカドル島群の中でも重要度の高い場所である。何故ならこの大きな穴の底には龍の女王が眠りそれを守る龍達が住まうからである。
島の半周の見回りを終えた彼等はようやく休憩へと入れる。その為の報告の為三人は巫女の塔へと向かいジアブロス島中隊の隊長である、ロエオス・ルターを探した。
「おはよう、夕べはドラゴンの寝言は聞けたか?」
テレスは巣の番のペヘリ・カプシコに肩をぶつけながら訪ねた。
「ドラゴンは寝言なんか言わないよ、鼾はうるさい時もあるけど…」
「伝説だとドラゴンは寝言で予言を唱えるなんて言うけどな、何時か聞いてみたいもんだ」
ヒュエイが会話に割って入る。
「ルター隊長は今何処だ?」
「隊長は巫女の間だよ、昨日から巫女様の様子がおかしいとか、詳しくは聞いてないなぁ」
「ありがとう、おいテレス油売ってないでさっさと行くぞ」
ヒュエイはそう言うとトリロと一緒にテレスを置いて巫女の間へと向かった。テレスはペヘリに手で挨拶をし彼等の後を追う。
彼等が向かう巫女の間、そこに向かう階段から朱色に彩られ、地熱による籠った熱とその色で巫女の間まで向かうまで居心地の悪い空間が繋がっていた。
「蒸すなぁ」
トリロは汗をぬぐいながら階段上を唯見つめて登っていた。
巫女の塔と呼ばれる物は山の内部をくりぬいて造った物で換気もろくに行えない造りとなっていた。
やがて巫女の間の扉が見えると二人の兵が門番として立っている。
「おぉ、トリロどうした巫女様の使いか?」
「あ、いや昨日砦の見張りだったんだ、隊長に異常無しの報告を届けに来た」
「隊長は中だ、お前らは巫女の間には入れんぞ、その報は俺が受け取っておこうわざわざすまんな」
巫女の衛兵を任されているカウ・バンはトリロ達をねぎらい塔を後にするよう促した。すると、巫女の間の扉が開き巫女を抱えたロエオスが現れた。
「カウ、少し巫女様を部屋から離すぞその間巫女の間を守れ、孵化は無いと思うが孵化した際誰か中にいると大問題だ。…トリロとヒュエイか?いいところに来たな、巫女様を下まで運んでくれ」
巫女は眠りについているようで息はしているがぐったりとしていた。
二人は今来た階段を巫女を背負いながら降りて行くと後から来たテレスと合流しトリロはテレスが運ぶように押し付けた。無事下まで運ぶとトリロはロエオスに何があったのかと尋ねた。
「うむ、巫女の間の知らせ窓の火が消えてな、知らせを受けて様子を見に来たのだが巫女様は口もきけない体 故、正確なことを察することは叶わないがこのご様子だ、何か不吉なことやもしれぬ」
「隊長!!ご報告です!」
医務部隊の兵が駆け寄ると続けざまに報告した。
「巫女様は毒を盛られております!現在解毒医療を行っている状況です!」
それを聞いたヒュエイは臨戦態勢を整えると巫女の間に向かった。
トリロは少し唖然とした後隊長に目を向けた。
「テレスは砦に戻り全隊厳戒態勢と数班をこちらに向かわせろ、トリロお前はヒュエイと共に巣周辺の不審者を炙り出せ!…待て、トリロ!上に行ったら副隊長に事情説明と巫女の間絶対守も伝えておけ!!」
「はっ!」
「他の物は私のもとに集合せよ!!」
トリロはテレスの肩を軽く殴るとヒュエイを追い再び巫女の間へと向かった。
「おいぉぃ…俺は見張り後でこれから寝るはずだったのに…トリロ!!必ず見つけ出して八つ裂きにしろよ腹が立ってしょうがない!!」
トリロは腕を上げ答えると巫女の塔へと姿を消し、テレスは軽く肩を鳴らすと全速力で砦へと向かった。
***
ドラゴンが空を羽ばたきはじめ朝食の猟を始める時間、海に飛び込むドラゴンの水しぶきが狼煙の様に見えた。