4B night-time fantasia
少し残酷描写かもしれません。
◇
禍々しく満月が映える夜。
ぼくは一人、帰路に着いていた。
淀みなく、ぼくの足は進む。
その足が止まる。
「――……?」
左手の角の方に、何か居る。
左手の角。それはぼくが行こうとしている方向だ。
……嫌な予感がする。
数秒迷い、ぼくはそのまま行く事にした。他の道からも行けない訳ではないが、今は 一刻も早く家に帰りたい。
少し警戒しながら角を曲がる。
――その時ぼくは知らなかった。これがぼくの運命を変える事を。
「……おや? なぜこんな真夜中に君は出歩いているのかね?」
そこに居たのは柔和な顔立ちに穏やかな声の警察官だった。
「えっと……今、帰る所なんです」
「おお、そうか。なら、気をつけて帰りなさい」
「あ、はい」
警察官だった事に安心し、彼の脇を通り過ぎる。その瞬間、ぼくは、
「……まあ、もっとも――君は二度と家に帰れないんだけどね?」
そう呟く警察官の言葉を聴いた。
「え?」
どういう意味かと思って振り返り、警察官を見て――ゾクリと肌が粟立った。
警察官もこちらを見ていた。金に光る、両目で。
その直後、警察官の服が膨張し――弾けた。露わになった体は人間の肌では無く、毛皮のよう。
「……この姿になるのも久方ぶりだな」
穏やかな声も野太くなり、顔も人間では無く、まるで、犬。
二本足で立つ犬。いや――狼。
そう、それはまるで伝説上の怪物、狼男だった。
ゴキリ、と人外と化した警察官は首を鳴らし、
「そして……人を喰うのも久しぶりだ」
そう言った。
「……? ……っ!」
数瞬かけてぼくはその言葉の意味に気づき、身を翻し、逃げた。
「生きの良い獲物だな」
「ぐぅ……!」
瞬間、腕に激痛が走り、気が付いた時には背中を塀に打ち付けていた。真正面には男。
数秒して手を捕まれ引き戻され、左の塀に叩きつけられたと気付く。逃げようとするが、男に右肩を押さえられて、それも叶わない。
「おっと。このまま戯れても良いんだがな。……ほら、食事は早い方が良いだろ?」
口から涎を垂らしながら男は言い、
「それじゃあ――頂きます」
顎を大きく開き、自分の肩に近づけた。
「……っ!」
ぼくは覚悟を決め、左手の人差し指を、男の右目に向かって躊躇い無く、突き出した。
「グ……!」
迫ってくる指に気付いたのか、呻きながら男は、近づけた顔を体全体を使って、反らした。
露わになる喉。そこに向かってぼくは頭突きをかます。
「グガァ……!」
涎を撒き散らしながら、より体を反らし、呻く男。
右肩を掴んでいる手の力が緩む。全身の筋肉を総動員させ、ぼくはその手から逃れた。
そして身を翻し、逃げる。
「グ……ガ、調子に、乗るなああアアァァァァァァァ!」
後ろから上がる怒声と、凄い速さでぼくに迫る気配。
再度、全身に激痛が走り、地面に転がる。
「ぐう……」
余りの痛みに涙が滲む。
滲む視界。
迫る男。
そして不意に現れた金色。
ズガアァン、と云う音が耳に響く。
「……?」
走る激痛をこらえ、涙を拭いながら、起き上がる。
音がした方、左を見て――僕は絶句した。
塀が崩れ、その中に埋まっている、先程までぼくを襲っていた男。その目の前に居る、目に眩しい金の髪の持ち主。
男が呻く。
「蝙蝠、如きが……!」
「ならあなたは犬如きね」
男の呻き声に答える声は、夜の水のように冷たく、鋭かった。
「そしてワタシは犬畜生に用は無い。手早く――死ね」
そう言って、金の髪の主は無造作に腕を振った。
グシャ、とだるま落としのように男の頭が吹き飛び、塀に当たって、塀と共に砕けた。赤い血が塀を染める。
頭を無くした体は噴水のように血を吹き出しながら、前のめりに倒れる。
手を朱に染めながら、それはこちらを振り向く。
蒼い目の、黒いワンピースを着た少女。……多分、ぼくと同じ年だろう。
何が何なのかまだ完全に理解出来なかったが、取り敢えずぼくは礼を言った。
「……ありがとうございます」
「礼には及ばないわ。ワタシはアナタに用があるからアイツを殺しただけ」
「用って……何の?」
ぼくがそう言うと彼女は身を翻した。
「……着いてきなさい」
ぼくは数秒迷い、着いていく事にした。
着いた所は公園だった。当然の事ながら人影はぼく達以外、見当たらない。
公園の丁度真ん中辺りで彼女は止まった。ぼくも立ち止まる。
「自己紹介がまだだったわね。ワタシの名前はモア・レインレイテイア。モアって呼びなさい」
「……結木森和です」
「ユイキ シンワ……シンワで良いわね?」
「はい、いいですよ、……モア、さん」
「ん、ちょっとぎこちないのが気になるけど、まあ、良いわね。さて……前置きに入りましょうか。まず、ワタシは人じゃない。それは解るわよね?」
「はい」
「で、じゃあ何か解る?」
「吸血鬼……ですか?」
僕がそう言うと彼女は目を細めた。
「……どうしてそう思うのかしら?」
「先程の狼男が蝙蝠如きがとか呟いてたから……。違いましたか?」
「いえ、有ってるわ。強いて言うなら……ワタシ達の一族は普通の吸血鬼じゃない」
「普通じゃない?」
「ええ。質問するわよ。シンワ、吸血鬼の弱点って何が有るか解る?」
「確か……日光、大蒜、十字架、でしたっけ?」
「まあ、花丸ね。他にも色々有るんだけどあんまり関係ないし……。時間も惜しいからさっさと言うわね。ワタシはその弱点が無いの」
「……つまり、日光は浴びれて、大蒜も食べれて、十字架を見ても平気……って事ですか?」
「yes.まあ、ワタシ個人の好みで大蒜は苦手だけど……。基本的に日光は大丈夫だし、十字架も直視出来るわ」
「……どうしてですか? 一族って言ってたから、突然変異でも無いんですよね?」
「ええ。……昔話をしましょう。話は千年近く前にも遡る。千年前のワタシ達の先祖がふと思い付いた事。そこから始めましょう」
◆★
千年前の吸血鬼で、ワタシ達の先祖でもあるグリルド・レインレイテイアは異常だった。いえ、能力は普通の吸血鬼と同じだったわ。異常だったのは――不死への渇望。そう、不死。
何故不老じゃ無いのかって? 説明するわ。基本的に吸血鬼はある一定の外見年齢まで成長するの。
この一定が曲者なのよ。何故かと言うとね、ランダムで決まるのよ、これ。
それこそ老人で止まった人も居れば、子供で止まったままの人も居る。ワタシ? ワタシは十六歳ぐらいで止まったわ。もうこの姿で止まって百年は経つわね。
……話を戻すわ。今言った通り、不老は無理。そればっかしは彼もどうしようも無いと思ったようね。変わりに願ったのが――不死。
吸血鬼は基本的に死ににくい。傷を負ってもすぐ再生する。その代わりとばかりに弱点が多いんだけどね。で、彼は考えた。どうすればこの弱点を消せるか。――そしてたどり着いた。呆気ない程に単純で、誰もが考え付く事を。弱点を一点に集中させれば良いって事を、ね。余りにも単純明快な答え。なんでそれが本当に実行出来たと思う? これも簡単。――誰の追従も許さぬ程の渇望。――それがワタシ達を生み出した。
まあ、もっとも彼は完成を恐れた他の吸血鬼によって殺されたらしいわ。けど、彼の怨念だか執念だかによって、彼の息子の体にそれは確かに顕現したわ。……たった一つの弱点しか持たない吸血鬼を、ね。今ではワタシ達は他の吸血鬼達に畏怖と軽蔑の念を込めてこう呼ばれているのよ。
生命無き王、とね。
◇
「……ちょっと回りくどくなったけど要点は大体こんなモノかしらね。で、シンワ。何か質問は無い?」
「……えっと、一つの弱点って何なんですか?」
「good.良い質問ね。……グリルドは一つの弱点を――制約を設定した。一人の人間、僕に生殺与奪の権限を与えなければならないと云う弱点をね」
「……? ……どういう事ですか」
「具体的に言うと……常に召使いに拳銃を突きつけられてるって感じかしら」
「……いつ殺す事も出来るって事ですか」
「ええ。ワタシ達を生かすも自由。殺すも自由。僕とは名ばかりの関係。……彼らに裏切られればワタシ達は死ぬ。まあ、そうならないように一族の大半は先に相手の精神を壊すけどね」
「……精神を」
「そう。具体的にはトラウマを作ったり、恐怖を植え付けたり、ね。そうする事によって、信頼出来る僕を作り上げるの。……さしずめ奴隷よ」
「……奴隷、ですか」
「言い方は悪いけどね。本当、そう表現するしか無いのよ。アイツらを見ていると」
「アイツら?」
「ワタシが見た僕よ」
彼女は苦苦しい顔で言う。
そして、表情を改めた。
「……さて、本題に入りましょう。薄々感づいてると思うけど。単刀直入に言うわ」
「ワタシの僕にならない?」
◇
階段を降りると、肉の焼ける音と匂いが伝わってきた。
「……おはよう」
「あら、おはよう。早いわね。昨日は遅く帰ってきたのに。そういえば昨日はどうしてあんなに遅かったの?」
「まあ、ね」
母さんの疑問にお茶を濁して、答える。
席に座り、昨日の事を思い出す。
★
「――これは強制じゃないわ。嫌なら嫌と云って良い。……質問はある?」
「……主人を殺した僕はどうなるんですか?」
「……どうにもならないわ。普通の人間に戻るだけ。ただ――百年近く生きていなかったらの話だけど」
「どうしてですか」
「僕から解放される時に僕になっていた期間の分だけ年を取るの。だからワタシ達に選ばれた人間は、幸運であり、不幸なのよ」
「そんな事ばらしていいんですか?」
「いいわよ別に。……ワタシはね、信頼出来る仲間が欲しいの」
「信頼出来る……仲間」
「ええ。他の吸血鬼はワタシ達一族を忌み嫌うから仲間なんて無理だし、家族はもう何十年も会ってないわ。だから……僕でも良いから、隣に人が欲しいの」
「……」
「……まあ、後悔の無いように選んで。期限は……明日の夜12時、この公園にて。良いわね?」
「……はい」
「OK.じゃあね」
そう言って彼女はどこかへと歩き出した。
ぼくもそれに倣う形で帰路に着く。
◇
「……」
「どうしたの? 黙り込んで」
「……母さん。聞きたい事があるんだ」
「あら。何かしら?」
「例えばの話。ぼくがいきなりどっか行ったどうする?」
唐突なぼくの質問に母さんは目をぱちくりさせながら暫し考え、返答した。
「いつか帰ってきますって書き置きがあれば気にしないわね」
「……そう」
確かに母さんならそうするだろう。この人とは十年近くの付き合いだから。
食卓に置かれた朝食を手早く食べ、ぼくは立ち上がった。
「あら? どこか行くの?」
「うん」
「食器洗いは私がするから堪能してきていいわよ?」
「うん。あ、母さん」
食器を持って立ち上がり、台所へと向かおうとした母さんを呼び止める。
「? 何かしら?」
「……今までありがとう」
ぼくは万感の思いを口にする。母さんはぽかんとした表情になっていたが、数秒後、口を綻ばせ、
「これからもこの恩恵に感謝しなさい」
ウインクして、そう言った。
ふと空を見ると、林檎のように真っ赤だった。
少しの間赤い空を見上げ、それから目の前を見た。
「……ここに来るのも――久しぶりですね」
目の前に有るのは瑞舟と書かれた墓石。
この下に――父と母は眠っている。
悠久に永久に永遠に。眠っている。
お盆の時に神主さんがやってくれたのか、雑草は無く、墓石もそんなに汚れてはいない。
柄杓に汲んだ水をかけ、線香を添え、花を置き、黙祷する。
暫し黙祷した後、墓石に背を向けた。
「それじゃあ――行ってきます」
歩き出したぼくの耳に烏の声が響いた。
○◆
暗闇を照らす街灯の下。そこに彼女は佇んでいた。
街灯に背を預け、彼女はちらりと時計を見た。
「……」
ため息を吐き、視線を戻す。
やがて時計は12時を差した。
「……来ない、か」
再度のため息と共に言葉を吐き出し彼女は街灯から背を離し、歩き出そうとした。
「――誰が来ないんですか?」
「……っ!」
立ち去ろうとした彼女の耳にそんな声が響き――彼女は振り返った。
「……シンワ」
そこに居たのは彼だった。
「来ましたよ。約束通り」
「……なんで」
「なんで? あなたが言ったじゃないですか。僕になりたいならここに来いって」
「なって、くれるの……?」
「その前に質問があります」
「……質問?」
「自殺できますか?」
「……」
「答えてください」
「……出来ないわ」
「ですよね。そうでなければ辻褄があいません」
自殺できると云う事は、崖から落としたり、首を絞めたりして殺せると云う事だ。それでは弱点が一つじゃ無くなってしまう。不死身でもなんでもなくなってしまうじゃないか。そう森和は考えたのだ。
「でもそれがどうしたの。アナタには関係の無い事でしょう?」
「関係ありますよ。そんな人がこの世界に居る事を知ってしまったら、ぼくは一生罪の意識に苛まれる」
「お人好しなのね」
「唯の自己満足です」
「ワタシは素手で人の首を吹き飛ばしたんだけど?」
「可愛らしいじゃ無いですか。家を吹き飛ばす狼やマッチョな男よりは」
「……変わってるわね」
「変態なだけですよ」
「それでも良いわ。……アナタをワタシの僕にしましょう」
「喜んで。我が主人」
彼女の手と彼の手が触れる。
その夜、結木森和は姿を消した。
彼の家の食卓には「いつか帰ります」と云った書き置きが置いて有ったそうである。
同日朝6時。日向市南のとあるビルの屋上。そこに二人は居た。
「……行かないんですか?」
「うん。まだこの町は十分に見てないしね。寒くなり始めたら出発しようと思ってる」
「そうですか。あれ? じゃあ昨日は何してたんです?」
「……あの犬畜生の死骸を片付けたりしたり、どこか寝られる場所を探したりしてたわ」
「それは大変でしたね。寝られる場所ですか。……ぼくも寝れますよね?」
「無論よ。ワタシは僕を無いがしろにはしないわ」
「流石、我が主人」
「……からかわないで。……さ、いくわよ」
「了解」
ビルの屋上から飛び降りる影。
目覚め始める町に、2人は姿を溶かした。
「あ、モアってアイスクリームが好きだって言ってましたよね。ぼく、美味しいアイスクリーム屋知ってますよ。行きますか?」
「……後で行きましょう」
「声が震えてますよ。我慢してるんですか?」
「そうよ。だってまだこんな時間よ!? やってる訳ないじゃない!」
「あ、そうですね」
~登場人物紹介~
結木森和
男
日向高校一年生もしくは家出少年。
作中で普通の高校生から人外もどきにクラスチェンジ。
モア・レインレイテイア
女
吸血鬼。悪く言うとニート。
大好物はアイスクリーム。不死身さに置いては死神ですら殺せない為最強。が、どうやら彼女を滅する事が出来る存在が2つあるらしい……?
結木林奈
女
専業主婦
この人誰?と思った人。森和の現母です。森和が居なくなった為、毎夜、彼の自慢話を親友にしているらしい。
瑞舟将門&瑞舟真由
男&女
工事長&専業主婦
森和の両親。故人。
少々遅れた上に今回は説明ばかりです。……はぁ。
気を取り直して次回は十話記念&少し遅れましたが作者デビュー1ヶ月を兼ねて、取り敢えず文化祭の話を日常、非日常の登場人物を交えて書こうと思います。……主役は柊木で良いか。何人がこの駄作を読んでいるかは知りませんが楽しみにしていてください! じゃ、次の話までさようなら!
……あ。たぬきつのやつもそろそろ最新、したいなあ。
次回タイトル「5C パーティー~準備編~」




