10A草薙樟葉
春。それは漫画、小説、ドラマ、アニメなどで物語が始まった時に一番、使われて、現実にも新しい学校生活が行われる季節だ。
そして今日から日向高校の一生徒となる俺もその例外ではない。
ゆさゆさ。
「……」
ゆさゆさゆさゆさ。
「…………」
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさ、ごん。
「いてっ」
何回かの揺さぶりの後に鈍い音と痛みが走り俺はようやく上半身を起こしかけた。
「……おはよう」
と、顔面約数センチメートルくらいからの挨拶。黒い瞳がじっと俺を見る。
「おはよう。……で、なんで枕元に座っているんだ、群羽」
「ライバルを潰しに」
ライバル?
首を傾げるおれに群羽はびしりと床を指差す。そこには今日からお世話になる筈だった目覚まし時計。……俺が寝ている間にスクラップに転職したようだが。
「樟葉はわたしが起こす。目覚まし時計なんていらない」
「…………あー。解った解った。で群羽、今何時だ」
「……」
青い携帯の画面を見せる群羽。そこには目覚まし時計に設定した時刻よりも5分遅れた時間が表示されていた。
「手短に二つ質問だ、群羽。めざまし時計の音が聞こえなかったのはお前が鳴る前に何かで叩き潰したからか」
「うん」
「じゃあなんでこんな時間なんだよ」
「樟葉の寝顔が可愛いかったから」
「……」
「……?」
「……あー。まあ解った。とりあえず支度するから出てってくれ」
「……? わたしは樟葉の着替えが見たい」
「おれは見られたくない」
「解った」
素直に頷き、群羽は部屋から出て行った。
朝の風景を窓の側で眺め、あたしは部屋に居る男に話しかけた。
「で、あんたいつまであたしを監禁する気」
「換金する気は無いけど?」
「……? なに言ってるの、あんた」
「虚言だよ」
「……で? どうする気」
「どうする気? と言われてもはてさて」
「とぼけないで。この馬鹿げた取引よ」
あたしが言ったのはもう数ヶ月も前の話。あれからかなりたったが未だ取引によってあたしは自由になれない。
「あんた、何考えてるの?」
答えを知りながら聞いてみる。男は案の定答えた。
「嘘をかな。僕は詐欺師だし」
「……なんのつもりよ。大体この取引はなんなのよ」
取引。その内容は、
『君の事を知らんぷりするかわりに、僕の部屋から出ない事』
馬鹿馬鹿しいと思う。この男がその約束を守るかはわからないし、大体あたしを部屋にとどめて何の得があるのだ。目の保養?
「フィクションって素敵だよね」
「……は?」
男はいつも通りの、胡散臭い笑顔でそんなことを語り出す。
「アニメや漫画、ドラマや小説。これらはほとんど最後に『この話はフィクションです。実際の団体に関係はありません』ってあるよね」
「……」
「あれって漫画の中の登場人物や物語を踏みにじってるとぼくは思うんだ」
「……?」
「漫画の話で『それでも俺は負けない!』云々言った直後に『この話はフィクションです』だ。漫画の努力云々がいかにフィクションだかを実感するよ」
「……それは人それぞれじゃない。て言うかそれがあたしとの取引とどう繋がるのよ」
「フィクションを実感すると同時にぼくは考えた。もしかしたらほんとにあるんじゃないか、フィクションじゃ無いんじゃないか――ってね。今考えれば赤恥の赤面物だ。救いがあるとすればその時ぼくはまだ小学生で夢を信じてもおかしくない世代だったってところかな」
「……」
何が言いたいのか解らない。
「人は死ぬ。君のようなモノが居る事から死なないモノはいそうだけど――世界のほとんどは有限だ。ぼく自身もその一人。いつか死ぬ。ならフィクションに死にたいと思ってる」
「……あんたが、なにを言っているか理解出来ない」
「理解しなくてもいいよ。どうせこの言葉も虚言なんだから」
「もういい」
にやにやと笑う奴に背を向けあたしは再び窓の外を見た。
「……今日でボク達は三年生だね、期待に胸が躍るよ!」
「躍る程の大きさもあらへんくせにー」
「な、ななななにを言うんだ!」
「んー? ほなわかりにくかったかいな。じゃあわかりやすく言うとな、きゅっきゅっぼん」
「……そんなにボクのガラスのハートを打ち砕きたいのかな?」
「ガラス? 防弾ガラスの間違いじゃあらへんかいな」
「よし、今すぐ決着をつけようか、絵里!」
「や、やめて喧嘩はやめて、二人共~」
「……ふむ」
ぐるりと周囲を見渡して俺は頷いた。昨日、来たには来たがやはりどこか新鮮な感じだ。
一通り辺りを見回し、さて。そろそろ指定された教室に向かうか。……そう思い俺はさっきから左腕に抱きついている群羽に声をかけた。
「そろそろ離れてくれ。歩きづらい上に周囲の視線が少しきつい」
「やだ」
速攻即答。これからの学校生活がもう真っ暗になってきた。
ため息を吐き、俺は歩き出した。
「さてさて今日から正式に僕らは日向高校の生徒だ! そう思うとこの日は神聖な日と言う事であり晴れて良かったと感慨深く思うよ!」
出会ってそうそう唐崎はそんな言葉を声高らかに吐き出した。
周囲から突き刺さる視線から逃げ出したい気持ちを抑え、俺は溜め息を吐く。
「……いつも通りだな、お前は」
「いやいや、これでも結構緊張しているんだよ。どんな快楽が待っているのか。考えただけで背筋がゾクゾクする!」
「そうか」
適当に相槌を打った後、俺はふと思い出して聞いてみた。
「そういや部活どうするんだ? お前の事だから入るんだろ?」
「ああ、勿論さ!実は一つ心当たりがあるんだ」
「なんだ?」
聞くと唐崎は笑いながら言う。
「それはまたのお楽しみだ」
「……別にいいけどな」
「ヤッホー矢神」
「…………なんでまたお前が居るんだよ」
諸事情で朝霧荘を留守にして、帰ってきたらリビングに響歌が居た。
「……決まっているじゃないか。暇つぶし」
「そんな事している暇があったらさっさと依頼を遂行してこい」
「ワタシは奇術師だからタネの仕込み期間を置かないといけないんだ」
「嘘吐け」
戯れ言を一刀両断し、俺は持っているバッグを置いた。
「ん? なんだこれ」
許可なくバッグを覗き込む響歌。
「書類だ」
「……うええ。吸血鬼が十字架を見た気分を味わった」
「……吸血鬼に謝れ。居るかどうかは知ら……いや、多分いるだろうな」
アリスを思い出し、言葉を止めた。響歌もアリスを連想したのか聞いてくる。
「そういや、アリスちゃんやキャロルちゃんは元気?」
「アリスは悪魔をまだ探している。キャロルは……覇峰と一緒に買い物中だ。もうそろそろ春だから新しい服を買うんだと」
「なら巴手ちゃんの方が適任……ああ。巴手ちゃん仕事があるんだっけ」
「お前みたいにフリーじゃないからな巴手は」
「その点、覇峰は結構融通効くっぽいし」
「……覇峰が聞いたら殴りかかってただろうな」
俺が呆れながら言うと響歌は思い出したように言った。
「あ、話は変わるけど。ワタシの部屋に行った時になにか隣の部屋から生活臭が漂ってきたんけど。入居者増えた?」
「ああ。二人程。学生だ」
「へー。去年は一人も学生の入居者なんていなかったのに」
「運が悪かったんだろ。……ところで響歌。一つ聞きたい」
「んー? なに」
「なにしにきた」
「今言ったじゃん。暇つぶし」
「……そのわりには」
響歌の隣にあるトランクを見る。古ぼけたトランク。これは響歌が仕事に行く時に必ず持っていく、言わば商売道具だ
「えらく気合いが入ってるな」
「あー。……忠告って言うかね」
そう言って懐からマイルドセブンを取り出し、くわえる響歌。すかさずそれをつまみ上げる。
「生憎ここは禁煙だ」
「えー」
「えーじゃない。大体お前、煙草好きじゃないっていってなかったか?」
「男子三日会わねば活目うんたらかんたら……ま、ただ単にハードボイルドに演出したかっただけなんだけど」
「……はあ。お前の無軌道性には呆れるしか無いな。さて、話を進めてくれ」
「ん。端的に言うと、十指がこの付近に居る」
「……気狂いか?」
「いんや。あいつはマレーシアに居るっぽい」
「じゃあ破壊殲滅……は違うな。あいつは無駄な破壊はしない主義だからな……。一体どいつだ」
「殺戮者」
その言葉に俺は眉を顰めた。
「殺戮者……。俺が脱退した後に入った奴か?」
「ああ。ちなみに入ったのは去年の春ぐらいだ」
「ふうん。……で、そいつがどうしたんだ」
「これから夜道に気をつけろって事だよ」
「――? もしかして俺が死んでいない事がばれたのか」
「いや、ほとんどの奴らはお前が生きてるとは微塵も思ってないさ。だが、多分あいつはお前を見た時点で殺しにくるだろう。……なにせ奴が十指になったのは――」
そして響歌は殺戮者が十指になった理由と殺す理由を語った。
「……嘘だろう」
そんな理由で人を殺す人間が居る事は知っている。だが――そんな理由で十指になった奴は居ないだろう。
「安心しろ。私とて奴がこの街に居るのは好ましく無い。ここにはあいつが居る。もしあいつの友人が殺されたらあいつは悲しむだろうな。……そんな様は見たくない」
響歌は表情を崩した。
「さて、シリアスも飽きたし、なんか作ってくれ」
「……何か台無しだな」
日向高校を後にする。昼食は街を見ると言う事で値段がリーズナブルなマクドナルズで済ませる事にした。俺はギガマックとオレンジジュースを、群羽はチーズバーガー二つピクルス抜きとコーヒーを頼んだ。何故ピクルスを抜くのか聞いたところ、「食感の障害」と言う解答が帰ってきた。……解るような解らないような。
二人掛けの席に座る。ギガマックが入った箱を開け、ナプキンを使って取り出す。
ぎゅっぎゅっと食べやすくするために押しつぶす。群羽はチーズバーガーをくるんでいる紙を開きながらそんな俺をじっと見つめる。
「……なあ、食べにくくないのか、それ」
不意に声がかけられた。咀嚼していた物を飲み込み、俺は横を見る。
そこに居た俺と同じ年と思われる少年。というか、俺と同じ学生服だ。
「なにが?」
俺は問う。
「いや、目の前でじっと見つめられて食べにくくないのかと思ってな」
「ああ。いつもの事だからな」
「ふうん」
「ところであんた、俺と同じ制服だな」
「ん、ああ。昨日からだがな」
「俺もだ」
「じゃあ同じクラスかもしれないな」
「さあ。ま、そん時はよろしく」
「その時があれば。俺は御手洗、断悟。お前は?」
「草薙樟葉」
「ふーん。これがじゃんくふーどってやつなんだね! はじめてたべるよ! おいしーね!」
目の前ではしゃぐ雨合羽を見つつ、我はコーヒーを啜った。
「……ケチャップが多いのが難点だがな」
「そお? むしろやすっぽいおにくとみっくすしてイイかんじだよ」
「……今でもかなり目立っているがな、流石にこれ以上目立ったら少々面倒臭い」
そう言って我は周囲を見渡す。何人かが珍しそうにこっちを見ていた。この雨合羽と黒コートでその上方や年端もいかぬ子供、方や子供が居そうに無い年頃の若者、と云う状況は倫理観念的に歓迎されにくいだろう。その上、年端もいかぬ子供の目の前には山が出来る程積まれたハンバーガー。目も疑うだろう。
そんな益体も無い事を考えつつ、周囲を警戒する。いつあの忌々しい払魔師が現れても逃げれるように。
「……む?」
ふと人ごみに視線が行った。行き交う人々を眺め、一人の女と目線があった。
瞬間、背筋に氷嚢を入れたような感覚が襲った。
女はそのまま人ごみに紛れた。
我は思考する。
(今の女。あの女の目つきはまるで――)
目の前でもふもふとハンバーガーを咀嚼する少女に視線を遣る。
(これと同じように……人を人としてない眼差し)
リビングに入ると見知らぬ女とサンダースさんと覇峰さんと矢神さんがテーブルでポーカーをしていた。
「イェーイ! ロイヤルストレートフラッシュ!」
「oh!」
「げ、またかよ」
「……」
見知らぬ女は10、ジャック、クイーン、キング、エースが揃った手札を見せつけた。サンダースさんは叫び、覇峰さんは苦い表情をし、矢神さんは無表情に黙った。
「これで四千円ワタシの物――」
女がテーブルの真ん中に置かれた札束に手を差し出す。瞬間、その斜め右に居た矢神さんが動いた。
女の腕をつかみ、振る。パサパサと何枚かのトランプがテーブルに落ちる。
「……やっぱりか。響歌、お前イカサマしてたな」
「……あははー」
響歌と呼ばれた女は誤魔化すように笑った。矢神さんの隣に座っていた覇峰さんがこめかみに青筋を浮かべた。
「響歌、テメエ……」
「いや、軽いお茶目だよ、許して?」
「勿論」
「勿論?」
「許すかこの阿呆!」
「ですよねー!」
覇峰さんがテーブルに体を乗り上げ、響歌さんに向かって拳を繰り出す。響歌さんは椅子ごと後ろに倒れる事でそれを回避。
「……ああ、お帰り」
リビングを舞台に始まった大乱闘を呆然と眺めていると矢神さんがこちらに気付いた。
「ん? そいつが新しく来た入居者か?」
覇峰さんの攻撃を易々と躱し、響歌さんが聞く。
「ああ。草薙樟葉と稲荷群羽だ」
「へえ。ワタシは八崎響歌。短い間だけどよろしく」
「はあ」
俺は返事をした。ちなみに群羽は俺の左腕に抱きついている。
「あ、矢神、夜食作っておいてくれ」
「なんでだ」
「ほら、アリスちゃん夜中に出歩いているじゃん。下手したらあいつの餌食になるからさ」
「……ああ、解った」
矢神さんが頷いた。
「だああ! いい加減殴られろ!」
自分の拳を避けながら喋る響歌に堪忍袋の緒が切れたのか、覇峰さんが叫ぶ。
「いやだよ。ワタシは麗しい乙女なんだから」
「麗しい乙女はイカサマなんかしないような気がするんだがな!」
「じゃあ妖艶な悪女って事で」
「日頃ゴロゴロ寝転がって漫画読みふけってるテメエに妖艶さなんかどこにもねえよ!」
それから、帰って来た華葵さんと共に、覇峰さんを止め、矢神さんが作った夕飯を食べた。そして風呂に入り、明日の支度をして、眠る準備を整えた。
寝る前に窓の外を見る。
窓の外はこれからの事を暗示するような漆黒。
背を向け、布団に潜り込んだ。
登場人物紹介は次にて。
幕間のあとに出そうとしたら最後の所で時間がかかり、5日以上になってしまったよ。
次の奴は短くなりそうなので早めに出せればいいなあ。




