幕間 日向市へと向かうそれぞれの足音
唐突な前振り。
6日前、夜
「そういや矢神」
皿洗いをしていると後ろから覇峰が声をかけてきた。
「なんだ」
「もうすぐ春。春と言えば始まりの季節だ」
「なにが言いたいんだ」
「入居者は増えるのか?」
……ああ、そう言う事か。
「二人増える」
「へえ、二人もか。まさかどちらも女じゃないだろうな、このハーレム野郎」
「安心しろ。一人は男で、その上カップルっぽい」
「あっそ。んで? いつ来るんだ?」
「んーと、……明日の昼だな」
5日前、昼
がたん、ごとん。がたん、ごとん。
――振動に揺られる中、ふと体を揺さぶられた。眼を開け、横を見る。
「……」
じっとこちらを見る彼女。
「……ああ。そろそろ、か」
こくり、と彼女は頷いた。
それを横目に伸びをし、窓の外を見る。
「……さて、どんな日常が待っているかね」
2日前夜
路地裏に一人の女が居た。暗闇に溶けるようなドレスを着た女。
女が足を動かす度にぴちゃりと水音が響く。その音に女は目を細め、淑やかに笑う。
「……ふふ」
かがみ、水音を響かせる地面を指でなぞる。そして指についた液体を口元に運びくわえる。女の顔が笑みに綻ぶ。それはまるで極上のお菓子を食べた子供のような笑顔。
しばらくして女は歩き出した。淑やかな笑い声をその場に置き去りにして。
「ふふ。うふふふふ」
翌日。女が居た場所には原型が解らなくなる程に切り裂かれた遺体が見つかった。
前日、夜
とある異国の山奥。
白い息を吐きながら一人の少年が前方を行く少女に話しかけた。
「そう言えばモア」
「どうしたの森和」
少女は金髪を靡かせ振り向く。赤い目が少年を射抜いた。
「おやつのアイスならまだ我慢よ」
「それを我慢しているのはモアだけです……いえ、ちょっと疑問に思いまして」
「なに? スリーサイズとか好みの男性とかなら言わないわよ」
「全く興味な――痛、なぜ石を投げるんですか」
「……別に」
頬を膨らませながら、モアは言う。
「で、なに」
「いえ、モアの一族にまだ会ってないなあ、って」
「なに? 娘さんを僕にください! とかでも言うの?」
「言いませんよ」
「……そう。まあ会わない方が良いわ。全員偏屈と傲慢と疑心暗鬼の塊だから」
「……確かにそれは会いたくないですね」
返答する森和にモアは頷き、それから思い出したような表情で言う。
「 ――あ。一人だけ例外がいたわ。偏屈じゃなくて傲慢じゃなくて疑心暗鬼でも無い奴」
「……誰ですか?」
「ワタシの弟」
「弟?」
首を傾げる森和にモアは返答する。
「そ。まあ偏屈じゃなくて傲慢じゃなくて疑心暗鬼でも無いには無いけど変わった奴よ」
「……モアに言われたくは無いんじゃ……痛ッ」
「失礼ね。石投げるわよ」
「すでに投げた後に言う台詞じゃないですね、それ……。で、どこら辺が変わってるんですか?」
「ん。ワタシの一族が生まれた理由、覚えてる?」
いきなり出た質問に森和は少し考え、
「えっと、確か死にたくないって理由でしたよね」
「残念。そこは不死になりかったと言って欲しかったわ」
「……まあ、理由は思いだしました。それで、弟さんとなんの関係が?」
「弟はね、その理由に真っ向から反しているの」
「……つまり?」
モアが頷く。
「そう。つまり弟は――」
街の灯りを睥睨するかのように眺め、彼は呟く。
「ここが姉さんが数ヶ月過ごした街――日向市、か」
冷たい風が吹きすさび、彼が羽織っているコートを靡かせた。
「さあてぼくは ――死ねるかな?」
そして、始業式。
大層な前振りをしたけれども思いの他しょぼくなりそう。




