―past―音無し(サイレント)
一向に筆が進まないのでお茶濁しとして番外編を。
12月31日
「なあ矢神ー」
台所で蒲鉾を切っていると覇峰がやって来た。髪の所々に埃がくっついている。
「なんだ。今調理中だからあまり入らないでくれ」
「ほいほい。で、これ矢神のか」
そう言って持っていた物を掲げた。それは黒いノート。
「…………ああ。俺のだ」
「ああ、やっぱりか。にしてもこれやけに古びてるな? 大切にしまわれていたし。もしかして思い出の品とか?」
「……まあ、な。とりあえずそこに置いといてくれ」
「らじゃ」
ポスンとテーブルにノートを置いて覇峰は廊下に出た。それを見送った後、ノートを見る
「そういえば、あれから五年……なんだな」
――五年前。
空港を出て、指定された場所へ歩く。
やがて見えた野原。そこには一人の男が佇んでいた。
「……お前が、依頼人か?」
この国の言葉など知らないので日本語で話しかける。
「……イエ。ワタシハアンナイニン、デス。アナハタ、サイレントサマ、デスカ」
たどたどしい日本語で男はそう言った。「案内人……ね」
「キニ、サワリ、マシタカ?」
「いや、別に」
まあ別に相手が案内人だろうがなかろうがどうでも良い。
「で何を案内するんだ」
「イライナイヨウト、コレカラノ、コウドウ、デス」
案内人の言葉を纏めると、大体こんな風になった。
依頼内容はこの辺りに潜伏している裏世界、三系統が一つ、組織。lost Babelの壊滅とそれが造っている兵器、DOLL'Sの破壊。
雇った人間は俺と最近十指になった気狂い、それに破壊殲滅。気狂いは数日後、破壊殲滅はいつ来るか解らないらしい。
行動はlostBabelが動くまで。それまでは下手に動くな、と言う事か。
「……イジョウデス。シツモンハ、アリマスカ」
「……衣食住は保証されるのか」
「イショクジュー?」
「……ん、ああ……食べ物とか家は補給されるかって事だ」
「ハイ。タベモノ、イエアリマス。フクハ、ジリキデチョウタツ、シテクダサイ」
「……OK、解った。じゃあ早速、その家に案内してくれ」
「ハイ。コチラへ」
そう言って歩き出す、案内人。俺はそれに従った。
案内された家は空き家みたいな有り様だった。案内人曰わく、いきなり家が建ったりするとlost Babelはともかく、村人が訝しむそうだ。……理に叶っているが体よく費用をケチっているように思えるのも確かだ。
「……」
寝そべり天井の染みを数える。本は持ってきて無いし、テレビやパソコンなどはどう見ても無い。
繰り返し染みを数えていると玄関から人の気配がした。
「……?」
案内人が言っていた食べ物でも持ってきたのか、と思った。今は昼だし理には叶っている。――が、どこか俺は違和感を感じた。
警戒しながら起き上がり、声をかける。。
「……誰だ?」
俺の声に気配は慌てた風な気配を見せた。そしてバタバタと立ち去る。
「……なんだったんだ?」
首を傾げる。
ざっ、と靴が土を踏んだ。
「この辺りは……花畑か」
あれから俺はその後来た食べ物を食べた。そして天井の染みを数えるのにも飽きたので、そこら辺をうろうろする事にした。
「……この先は森になっているのか」
家から少し離れた小さな丘。眼前に広がる荘厳で美しい森。もしかしたらあそこにlost Babelとやらが潜んでいるのかもしれないな。そう思ったが行く気は無かった。しばらくぼんやりと森を眺める。
「……あの」
不意に後ろから声がした。
ゆっくりと後ろを見る。そこには一人の女が居た。
「えっと、その……」
目をきょろきょろさせながら女は言う。
「……ここの風景、綺麗ですね」
「……そうだな」
少し考え、俺は答える。
しばしの沈黙後、女は言った。
「あの、お名前、なんですか?」
「……何故そんな事を聞く?」
「え、えっと……。今まであなたを見かけた事なかったから……」
「……そうか」
その答えを聞き、俺は女に背を向けた。
「あ、あの」
「矢神だ」
「……え?」
不思議そうな声を出す女。
「俺の名前だよ。今聞いただろ」
そう言って俺は歩き出す。
「あ、あの!」
その背中に女が強い調子で言葉をかけた。思わず振り返る。
女ははにかむような表情で言った。
「明日も、ここに来ますか?」
「……」
どういう意味なのか咀嚼して、俺は言った。
「……気が向いたらな」
翌日。
「……あ。こんにちわ、矢神さん」
昨日のように暇だったので、もう一度野原に行くとあの女が居た。
「なんでここに居る」
思わずそう言うと女は不思議そうな表情をした。
「え、だって。矢神さん、また来るって言ったじゃないですか」
「今日じゃない。気が向いたらって言ったんだ」
「そうでしたか? まあ良いです。一緒にご飯、食べませんか?」
その言葉に俺は女の格好を眺める。
空色のワンピース。その下には花柄のシートと黒い包み。
「……作ったのか?」
「はい」
にこやかな笑顔で女は言った。
……もう食べてきた、とはとてもじゃないが言い出せない雰囲気だ。何故か俺はそう思った。
なんとか弁当を食べ終え、風景をしばし眺め、丘を去ろうとする間際。ふと思い立ち、俺は女に聞いた。
「そう言えば。お前、名前なんて言うんだ」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「言ってない」
「アイ、ですよ」
「……アイ、か」
くるりと背を向け、歩き出す。丘の端で振り向かずに俺は言った。
「弁当、美味かったよ。よかったらまた作ってくれ」
「……はい!」
朗らかな声。それに昔の自分を重ねた。寝床である空き家に向かう。
「でしてね、今朝は凄い物が見れましたよー」
丘。身振り手振りで今朝見た光景を再現するアイ。それを横目に俺はサンドイッチを頬張った。
「……むー。聞いてるんですか」
「聞いてない」
「聞いてないんですか!?」
何故か驚愕するアイを後目にサンドイッチを食べ終える。
「ごちそうさま。いつもながら美味いな」
おれがそう言うとアイは無い胸を張って自慢げに言った。
「ふふん。伊達に台所を牛耳ってる訳じゃないですからね」
「そうか。今度作り方教えてくれ」
「誰でも出来ると思うんですが……。んー。そうですね。次、会う時までにレシピみたいなの作っときます」
「ああ」
丘の上で話す一時。それが楽しかったとは言わない。
だが、
夜。人の気配で目が覚めた。見ると窓の外に人影。枕元にあった短刀を握り締め、窓を開ける。そこにいたのは銀髪の男だった。
「こんばんは。あんたが音無しか?」
前置きなしに男はそう言った。
「……? 誰だお前は」
「オレは気狂い。聞いた事あるだろ?」
「……ああ。今回の任務に参加する十指か」
「おう。音無し。テメエの噂は聞いてるぜ。稀代の暗殺者さん」
「稀代……ね。過大評価も良い所だ」
「謙遜しやがるね。まあ良い。さて、要件だ。lost Babelが動き出した」
「……動き出したのか」
「ああ。だから依頼主もそろそろ発破かける頃だろうよ」
そう言って、男――気狂いはコートに手を突っ込んだ。引きずり出した手に握られているのはジュースの紙パック。
「……なんだそれは」
「イチゴミルクだよ。お前も飲むか?」
「いや、いい」
「そうか」
ストローで中身を吸い上げつつ、気狂いは背を向け歩き出した。
「じゃあな」
翌日。俺は黒いコートを羽織り、森に入った。懐にはダガーナイフ、ベレッタ、弾丸3ダース。
耳を覆うイヤホンから声が聞こえる。
「準備は出来ましたか」
無機質な、男の声。
「……ああ」
「では当初の予定通り、気狂いさんは山から。音無しさんは森から。lost Babelが拠点としていると思われる屋敷を襲撃してください。破壊殲滅さんはまだ来ていません。なお、道中でDOLL'Sの妨害が有り得ます」
「了解」
「ではご健闘をお祈りします」
ブツリと音が切れる。ザザザと雑音を垂れ流すそれを切り、俺は走り始めた。
走り始めて数十秒後。
不意に両側の木の影から二人の少年が現れた。どちらも手には銃。感情の無い眼でこちらを見るそれに俺は一人ごこちる。
「……なるほど。DOLL'Sとはこいつらのようだな」
呟きながら速度を速める。距離がだいぶ狭まった所で俺は跳んだ。狙い通り俺を見失うDOLL'S。その頭部を素早く狙い、撃つ。まき散らされる脳髄。花のように広がる赤と鉄の匂い。自らが起こしたそれから目を逸らす。もう一人がこっちに気付いた。銃を構えたそれに素早く近付き、その眉間にダガーを突き立てた。腹を蹴り、吹き飛ばす。人形のように地に伏した。
土を浸食する赤。血の臭いが鼻を刺激する。それから逃げるように顔を逸らし、俺は先に進んだ。
銃声が響く。飛び交う銃弾の間を縫って右側にダガーを左側に銃撃を放つ。ドサリと倒れる音が重なった。
「……」
弾を補給する。残り、1ダース丁度。
がさり。右側から音。そちらに視線と銃を向け――。
「……矢神さん」
ここにいてはならない声を聞いた。
「……なん、で」
視線の、先。
「なんで、お前がここにいる……!」
そこには、
「アイ……!」
アイが、居た。
「……それは」
悲しげな表情で、
「私が」
アイは、
「DOLL'Sだからです」
そう言った。
「……!」
脳裏の中に3つの自分。
嘘だ、と絶叫する自分と、なんでこんなに動揺するんだ? などと思っている冷静な自分。そして、
なぜ俺がそれに気付かなかったかと疑問に思っている自分。数瞬、脳内が混沌に満ち、やがて俺は聞いた。
「……DOLL'Sが何故人形と呼ばれているのかと言えばそれは奴らに感情が無いからだ。実際俺がここに至るまでに会ったDOLL'Sは感情の色を現さなかった。銃を突きつけられようが、喉を引き裂かれようが、震えも怯えもしなかった。だが、お前は違う。笑ったり泣いたりしていた。DOLL'Sに感情は無い。……なのになんでお前は笑ったり泣いたり出来る?」
「……うん。確かに私に感情はあるよ。偽りじゃない、本物の、感情が」
「……ならお前は何者だ」
「DOLL'Sだよ。ただし失敗作の、ね」
「失敗、作……?」
「……私たちはね、生まれた時に検査されるの。欠損してないか、具合が悪くないか、そして感情が無いかどうか。……私は、生まれた時に偶然それを知ったの。だから必死で感情がある事を隠してたの。たとえ、同じ失敗作を殺してでも――生きたかったから」
そう言って切なそうにアイは微笑んだ。「自由が欲しかった。想われて欲しかった。なのに……やっぱり駄目、なんだね。……うん、解ってたよ」
「……アイ」
「ねえ、矢神さん。私を、殺して」
「……」
「人間のように生きたかったけど。もう駄目なんだと思う」
その言葉に俺は銃口を下げ、言った。
「……俺はお前を、殺したくない」
「……優しいんですね」
そう言うとアイは寂しげな微笑みを浮かべた。
不意にガサリと草むらが揺れた。視線を向けると感情の無い少年が銃を構えていた。
「……ッ」
アイに気を取られすぎた、と瞬時に思う。接近を許してしまった。
避けようとするがアイの存在が重しになる。少年はアイが見えない位置に居る。俺が避ければアイが攻撃を受けるだろう。
少年が撃鉄を引いた。真後ろから衝撃。響く銃声。降りかかる血。
「――……あ」
それがアイの血だと言う事に数秒の時間がかかった。
「――……ああああああああ!」
絶叫し、再び撃鉄を引こうとした少年に向かってがむしゃらに弾丸を放つ。おびただしい血を吹き出し少年は倒れた。それを視界の外に追いやり、アイを見る。
「……なんで、」
アイは胸元と口から血を流しながら倒れ伏していた。
「なんで俺を庇った!」
「……なんで、でしょうか、ね。気付いた庇ってた、んです」
途切れ途切れに答えるアイ。その体から流れる血は止まる事を知らず、地面を紅く濡らしていた。
「……、近くの村に医者が居た筈だ」
「……無駄、ですよ。どんな名医だろうと私は助かりません」
「あまり喋らない方が良い」
近くに倒れている比較的血に汚れてないDOLL'Sから布を頂戴し、血に滲んだ胸元に巻き付ける
「……矢神さんの、えっち」
顔を赤らめて言うアイ。
「……今はそんな事言ってる場合じゃないだろ。早く医者に――」
ぎゅっ、と服の裾を摘まれる。
「……矢神、さん。医者に行く前にわたしの右ポケットを探ってください」
「? なんでだよ」
「いいから、早く」
言われた通りにポケットを探るとそこには小さなメモ帳。
「見せて、ください」
言われた通り見せる。アイは真剣な眼でそれを見た後、破顔した
「……よかった、どうやら血に濡れてはいないみたいですね」
「じゃあ早く」
「矢神さん」
再び、アイは俺の服の裾を掴んだ。
「一つ、約束してください」
結局アイは死んでしまった。
温もりを失った体を岬に埋める。本当はあの丘に埋めたかったのだがもうあそこには戻れない。否、戻らない。
最後に近くにあった石にアイの名前を刻み、埋めた場所に置いた。
メモ帳を握りしめる。そこにアイの温もりが残っているような気がして。
「……」
白み始めた空を眺めながら俺はアイの言葉を思い出す。
「人を殺すのは、わたしで最後にしてください」
アイの最後の言葉。
「……最後の最後に無茶な事を言う」
人を殺さない。それは裏世界を離脱するのと同義だ。
「無茶な事だが――」
森の中から俺に似た背格好のDOLL'Sとその他のDOLL'Sを運ぶ。そして顔面を銃弾で粉砕し、俺のコートを着せる。ヘッドホンと使用した銃とダガーナイフを近くに落とし、銃を持ったDOLL'Sを何人か寝かせ、準備完了。
偽装と言うにはあまりにお粗末だが、まあ、騙される事を祈るしか無いだろう。踵を返し、アイの墓に戻る。手にはアイの形見のメモ帳。
しばらくアイの墓を眺め、それから先の事を思案する。
「――帰ろうか。日本に」
「……矢神さん?」
呼び声にはっとする。声のした方を見ると心配そうな表情をした巴手。
「大丈夫、ですか? なにか、とても悲しそうな表情でしたけど」
……そうか、俺はそんな表情をしていたのか、と苦笑し、ぽんぽんと巴手の頭を軽く撫でた。何故か顔を赤くする巴手に一言、呟く。
「なんでもない」
「――ただ、昔を思い出していただけだ」
人形戦争
DOLL'Sを壊滅させるための抗争。世間ではもみ消されている。十指の音無し、気狂い、途中から参加した破壊殲滅の三人。その最中に、音無し死亡。途中、現れた破壊殲滅によりDOLL'Sの拠点は殲滅。lost Babelは弱体化した。
矢神統夜のその後。
半年近く日本を渡り歩いて日向市に到達。日向兵蔵と出会う。衣食住の職場を提供すると言う、兵蔵の申し出を受け、朝霧荘の管理者兼教頭に。その最中に奇術師に遭遇。口止め料として、朝霧荘に無料で部屋を借りさせる。その為、朝霧荘には一つだけ開かずの間がある。ちなみに矢神統夜が生きている事を知っているのは、奇術師と気狂いくらい。破壊殲滅あたりは薄々感づいているかもしれない。




