8.5B ―past―気狂いへと至る手順(madness bring process)
残酷有り。苦手な方は見なくてもいいらしいよ。
赤々と炎が村を染めていく。
「おかあ――さん」
生きているものはほとんど居ないその状況下、一人の少年が恐怖に彩られた表情で炎の中、ゆらゆらと歩いている。
「――どこ」
突然だった。突然、槍や青竜刀を持った男達が襲撃してきたのは。
抵抗する者はほとんど殺され、逃げようとした者は斬られたり、焼かれたりした。
生き残ったのは奇跡的に見つからなかった少年のみ。
男達が去った後、少年は母親を探した。それ以外に精神の拠り所は無かった。
「お母さん。どこ?」
少年は探す。母親が生きていると信じて。
「!」
不意に少年の目が倒された壺の後ろのラベンダー色を捕らえる。確か、少年の母親が着ていたのはラベンダー色のスカート。
「お母さん!」
顔輝かせながら、少年は走る。
少年が倒された壺に近づく事によって、ラベンダー色のスカートの持ち主がはっきりと見える。それは確かに少年の母親だった。
……生き残ったのは奇跡的に見つからなかった少年のみ。
「お母、さん……?」
少年の母親は顔や手足をぐちゃぐちゃに斬られていた。少年の目が絶望に染まり始める。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! これはお母さんじゃない別の人、そう、隣に住んでいるお姉さんだ! お母さんは無事に村を出ているんだ! 死んでなんかいない! 早く早く早く早く早く、お母さんを――。
そこで少年の意識は停止した。ぐちゃぐちゃにされた死体の左手。そこには四つ葉のペンダントが握られていた。
――はい! お母さん、誕生日おめでとう!
それは紛れもなく、数週間前、少年が母親にくれた物だった。
悲鳴が、誰も居ない村に響いた。
「……これは酷いな」
雨がしとしとと降る中、灰と化した村を前に剃髪の男は顔をしかめながら呟いた。
「この一切の容赦もないやり方。大方軍人崩れの山賊辺りかね。……まったく。嫌な時代になったもんだ」
そう呟きつつ、男は雨によって鎮火されつつある村の残骸に、足を踏み入れる。
「おおい。誰か、生きている奴は居るか?」
口元に手を添え、男は問う。しばらく待ったが返事は無い。
「……こりゃあ全滅かね。……いや、そうでも無いか。気配がする」
そう呟きながら頭を撫で、さらに進む。
「……居た居た」
しばらく進んで、男は足を止める。視線の先には、ぼう、っと空を見上げる少年。
「やれやれ。男か。女だったら喜ぶんだが男じゃねえ……。ま、良いか」
そう呟き、少年に向かって歩む。
「おい。ボウズ。何があった」
男が問ったが少年は答えない。
不思議に思って顔を覗く。
少年の目はゾッとする程に虚ろだった。
「……なるほどね。その虚ろな目、肉親を殺された時の目だ。――つまり」
少年の目の前にあるかつて人だった物を一瞥する。
「そこにある顔面やら手足やらをぐちゃぐちゃにされた女はこいつの母親か姉……って事か」
そう呟きながら男は首を回し、少年の目の前にしゃがんだ。そして問う。
「……で、どうする? 死ぬか生きるか。さっさと決めろ」
少年は答えない。ただ、人形のように虚ろな目で灰色の空を見るのみ。
「……死にたいのならばそれでいい。だが殺された村の奴らはどうする? せっかく生き残ったのに死ぬたあ、さぞ悲しむだろうな」
「……」
殺された、と言う単語に少し反応する少年。男はそれを意に介さず、言葉を紡ぎ続ける。
「生きればお前はこの村を殺した奴らに復讐出来る。だが死んだら終いだ。もう一度言う。さっさと決めろ」
「――復讐出来るって、本当?」
ようやく言葉を返す少年。だがその声色はどこか虚ろだった。
「……本当だ。オレは殺し屋なんでな。腰抜けのハナタレ小僧に殺し方を教えるのは、赤子の首を切り裂くほど簡単だ」
その言葉に少年はどこか狂った笑みを浮かべ、言う。
「じゃあ、教えて」
それから数年後。とある寒冷地の山奥
「はあっ、はあっ……!」
一人の男が息を切らしながら山中を走っていた。やがて周囲を見渡して、誰も居ない事を確認し、近くの木の根元に座り込む。
「くそっ……! なんで俺が狙われるんだ……!?」
「――わからないのか」
「――!?」
男の呟きに答える声。それと同時に男の首筋に冷たい物が触れた。
「な、なんで――。い、今まで居なかったのに」
冷たい双眸が男の顔を見る。
「……お前。最後に言い残したい言葉はなんだ」
「し、死にたくな――」
ブシュリ。少年はナイフで男の頸動脈を断った。人形のように横に倒れる男。大量の血が辺りに飛び散る。その血に顔を斑に濡らしながら少年は白い息を吐いた。
「……これでようやく、一人目、だ」
そう呟き、少年は脇目も振らず山を下った。
「よう。人を殺した感想はどうだ? 荒鷹」
とある山奥。崖の上に座る少年の隣で、杯と酒を携えながら男は言った。目を細めながら夕日を見つつ少年――荒鷹は、ぼそりと答える。
「……さっぱりしたよ」
その言葉に男は嘲笑する。
「はっ。くだらねえ嘘吐いてんじゃねえよ、糞ガキ。さっぱりした? んじゃあその今にも衰弱死しそうな面はなんだ? それがさっぱりした奴の面か、おい? 嘘吐いてねえでさっさと答えろ久世 荒鷹。人を殺した感想はどうだ?」
「……気持ち悪い」
そう言って、荒鷹は男を見た。
「なあ、ハゲオヤジ。なんでこんなに気持ち悪いんだ?」
その言葉に男は酒を開けながら答えた。
「お前がまだ人だからだよ」
「……?」
訝しげに男を見る荒鷹。男は杯に酒を注ぎながら言葉を続ける。
「人を殺すって事は人を捨てて鬼になる事が必要だ。捨てなきゃ人は殺せねえ。まあ中には人のままで人を殺す奴も居るがな……。だがそれは少数だ。殺人鬼、復讐鬼、殺人犯――大半はそう呼ばれる事になる。……荒鷹。復讐を成し遂げたいなら人を捨てなければならねえ。今ならまだ止められるがな」
ぐいっと杯を傾け、男は酒を飲み干す。口元を拭いながら荒鷹を見た。
「……どうする? 人を捨てて復讐の鬼になるか。復讐心を捨てて人のままで居るか」
よっこらせ、と呟き立ち上がる男。荒鷹に背を向け、住処である小屋がある林へと歩き始める。
「――ま、じっくり考えて決めてくれよ」
そう言い残して。
男が去ってしばらくした後、荒鷹は一人呟いた。
「……人を捨てて復讐の鬼になるか、復讐心を捨てて人になるか――か」
服の袖からナイフを取り出す。そして抜き身の銀に自らの目を映した。鮮明に見える濁った眼。
「……解りきった事じゃないか。オレはあの日、決めたんだ。――どんな手を使ってでも、あいつらに復讐する、と。そのためなら何だって捨ててやる。人も、ためらいも、優しさも、弱さも。必要となれば理性すら、捨ててやる」
――静かに夕日は沈む。
「腹は決まったか?」
夜、小屋にて。蝋燭に火を点けながら男は荒鷹に言った。
「ああ」
ためらいなく、頷く荒鷹。
「――オレは人を捨てる。捨てて、あいつらに復讐する」
確認する様に男は言う。
「……本当に良いのか? 繰り返すが今ならまだやり直せるぞ」
「別に。オレはあの日決めたんだ。あいつらだけは徹底的に殺すと」
その言葉に男は深く嘆息した。そして、壁に体を預け、胡座を掻く。
「……なら仕方ねえ。荒鷹。テメエに断剣を教える」
「断剣を?」
断剣。最強と呼ばれる剣術であり、荒鷹の目の前に居る男しか使えない剣術。
「ああ。まずは断剣について、教える」
そう言って男は姿勢を正す。
「断剣、ていうのはオレの師匠のそのまた師匠の御先祖サマが編み出した剣術だ。まあ剣術っても居合いも何もねえ。構えて斬る。それだけ」
「それだけか」
「ああ。……ただ、構えに一癖あってな。長刀にゃあ長刀の型。短剣にゃあ短剣の型って風に決まってるんだ。そして長刀の型を覚えたら最後、短剣の型は覚えられず、短剣の型を覚えたら最後、長刀の型は覚えられねえ。ちなみに居合いなどの剣術も……な。ちなみに全ての構え方や鍛え方は巻物に書いてあるから長刀の型だけしか教えられないって訳じゃないぞ。……理解したか?」
「……ああ。理解した。つまり、オレが短剣の型を覚えれば、長刀の型はおろか、居合い、二刀流はおぼえられねえ、って事だろう?」
「ああ。無理に使うと体がおかしくなる。注意する点はこれともう一つ。……断剣は一子相伝……って事だ」
ゆらりと炎が揺れた。
それから一年の月日が経った。
山頂付近、切り立った崖の上にて。
「……さて、荒鷹。最後の試練だ」
その真ん中で日本刀を携え、男は言う。
「オレを、殺せ」
相対する荒鷹はその言葉に目を見開いた。
「行くぞ」
その言葉と共に、男は一瞬で間合いを詰めた。
「……ッ!」
振り下ろされた斬撃。後ろに飛ぶ事で荒鷹はそれをなんとか躱す。数歩、距離を取り、叫ぶ。
「なんでだよ……! なんであんたを殺さなきゃならないッ!」
「それが決まりだからだ」
荒鷹の叫びとは対極の物静かな声を出す男。そして、日本刀を横に振るい、荒鷹に向かって歩き出す。
「師を殺す……それが断剣を継ぐ最後の試練。これを乗り越えるにゃあ――オレを殺す。それしかない」
「――なんでだよ !なんでそんな決まり事を守る必要がある!」
「……荒鷹、オレを殺せ。殺さないならオレはお前を殺す」
「――クッ」
ナイフを構える荒鷹。だがその腕は小刻みに揺れていた。
荒鷹の動揺を余所に男は日本刀を振るう。荒鷹はそれをナイフで受けずに躱した。
一太刀でも喰らってはいけない。一太刀でも受け止めてはいけない。躱して躱して躱して躱す。一太刀受け止めた時点で死となる斬り合い。
隙無く連続で放たれる斬撃。荒鷹はそれを後ろに下がって躱すしか無い。
――やがて踵が崖の縁を捉えた。
男は言う。
「もう逃げる事は出来ねえぞ、荒鷹。助かる道は一つ。オレを殺す事だ」
「……もし、オレが殺さないであんたに勝った場合は?」
「自害する。一年前に言っただろう。断剣を継ぐ人間は一人だってな」
「……」
荒鷹はその言葉に目を瞑る。素早く近づき、攻撃すればあっさりと殺せるほど、明らかな隙。しかし男はそれをしなかった。日本刀を上段に構え、荒鷹をじっと見る。
やがて荒鷹は目を開いた。そして左手に持ったナイフを前に構える。先程とは違ってその手は、震えてない。
「やっと殺る気になったか」
「……まあ、な」
短く返答する荒鷹。
「じゃ。行くぜ」
そう言って男は上段から斬撃を放った。荒鷹もそれに続き、左腕を振るった。
走る白銀、瞬間の交差。
数秒の沈黙。やがて、
「……オレの、勝ちだ」
男の背後で荒鷹は言った。
「……ああ。そうだなお前の勝ちだ」
著しく真っ二つに斬られた日本刀を眺め、男は答える。その足元には夥しい朱。
「……一つ、問う」
血を吐き出しながら男は言う。
「……なんだ」
「人を殺して、楽しいか?」
その問いに荒鷹は嗤って答えた。
「……楽しくねえよ。ただ、ひたすら気持ち悪いだけだ」
「……そうか」
呟き、荒鷹の横を通り、崖の端に向かう男。たどり着き、くるりと荒鷹の方を向いた。交差する一対の双眸。
「……とりあえず、荒鷹。お前に断剣はくれてやる。これからは堂々と名乗っていいぞ」
「……あんたはどうするんだ?」
ゲホッと、再度足元に血を吐いた後、男は答えた。
「オレは一足先に引退だ。……じゃあな」
そういってニヤリと笑みを浮かべ――男は後ろ向きに崖から落ちた。
「――――…………ああ。あばよ。――クソオヤジ」
やや悲しそうにそう呟き、荒鷹は崖から背を向けた。
そしてその場には血と折れた刃だけが残された。
久世 荒鷹が復讐を成し遂げたのはそれから数ヶ月後で、
気狂いと呼ばれるのはそれから数年後の話だ。
登場人物紹介
久世新
男
殺し屋兼元断剣使用者。
気狂いの師。気狂いが断剣を継承した際、自ら崖から飛び降りる。その後の行方は不明。頭は禿げているのでなく剃ってるらしい。




