8B気狂い(Madness)
残酷有り。注意
◇矢神視点
その襲来は唐突だった。
いつも通り、朝食を作り、なんでこいつはまだ居るんだろうと、優雅にコーヒーなんか飲んでる響歌を朝食を並べながら睨みながら席に着き、さて食べようとしたその時だった。
突如上空から轟音が響いた。
「!?」
席を立ち、俺は玄関に駆け寄った。覇峰、玄狼、双子、アリス、巴手、華葵も玄関に駆け寄る。ちなみに巴手は途中ですっころんだ。
戸を開け、上空を見る。そして俺は凍りついた。
「……ヘリコプター!?」
黒いヘリコプターがプロペラを回しながら朝霧荘の上空に浮かんでたのだ。他の奴らも驚いた表情をしている。
ヘリコプターのドアが開く。そこから二人の人影が飛び出た。
一人は黒いローブを被っていて顔はわからない。もう一人は――
「――ッ!?」
もう一人は左手に光る物を持っていた。太陽の光を浴び、煌めくそれ。もう一人は躊躇いなく、それを俺に振り下ろす。
「――チィッ!」
振り下ろされる瞬間、その煌めく物がナイフだと俺は気づき、素早く横に転がる。その直後、ナイフはコンクリートを豆腐の様に切り裂いた。
コンクリートをナイフで切り裂く事が出来る人間。そんな人間は――俺が知る限りでは一人のみだ。
俺が思考を巡らしている間にそいつは立ち上がり、漆黒のコートと銀髪を風に靡かせ、嗤う。
「――良い避け方だ。どうやらまだまだまともに戦えるようだな! 音無し!」
狂ったように嗤う、そいつの呼び名を俺は呟いた。
「――気狂い」
その名にそいつは嘲笑する。
「ああ、そうだ。オレの名は気狂いだ。覚えてくれて嬉しいなあ、音無し! お礼に八つ裂きに切り裂いてやるよ!」
そう言って、気狂いはナイフを前に構え、走り出した。
ひゅん、と気狂いが右斜めからナイフを一閃する。
「チッ」
舌打ちしながら後退し、それを躱す。今度は左横からの一閃。体制を低くしてそれも躱す。続いて肘打ち。右手で受け止め、掴む。気狂いがナイフを右手に持ち変える。そして右斜め下からの一閃。左手でその手首を掴み、なんとか防ぐ。さらに前蹴りが俺に向かって放たれた。流石に受け止めるのは難しいので、仕方なく掴んでいた肘と手首を放し、後ろに下がる。気狂いが嗤う。
「ハハハッ! 楽しいなあ楽しいなあ楽しいなあ。なあ音無し。お前も楽しいだろ?」
「……全然楽しく無いけどな」
「はあん、そうかァ? ま、テメエが楽しかろうが楽しく無いだろうが関係無え。オレが楽しめればそれで良い。だからもっともっともっとだ! もっともっと楽しませろ!」
そう言って再度迫る気狂い。すくい上げる様に右斜め下から迫るナイフ。俺はそれを避けず、左手で受け止めた。
「――ッ」
ナイフの刃が左手に染みる。俺はその痛みに目を眇めつつ、逃がさないように握りしめた。そして無防備に晒された気狂いの脇腹を思いっきり蹴る。たまらず、後ろに下がる気狂い。続いてもう一撃蹴りを入れようとしたが、後ろに下がられたため、避けられた。
「ケホッ。……やァっぱ、“この程度”の攻撃じゃあ殺せねえか。もう少し楽しみたかったがお前のその左手の傷じゃ長引かせるのも悪い。仕方無い。“本気”で行くぞ」
「……!」
その言葉に俺は痛む左手を右手で抑え、血止めしつつ、素早く気狂いと距離を取る。――気狂いの本気。それはもはや今のように受け止めるはもう出来ないと云う事だ。
気狂いが両手をだらりと下げた。そして、ゆらりと薄のように揺れ――疾風のごとく、二十メートル以上あった距離を一瞬にして詰める。
真正面に立ち、ナイフを振りかざす気狂い。
「――……」
迫り来る殺意。襲いかかる恐怖。ダメ元で右手で受け止めるか?――いや、無理だな。通用しない。そう俺は判断した。
振りかざされたナイフを、気狂いは振り下ろそうとして――ぴたりと停止した。
「――そこまでだ。久世」
横から響歌の声。視線を向けると両手に白い手袋を嵌めた響歌が戸口にもたれかかり、佇んでいた。気狂いもそっちに視線をやる。
「奇術師……か。休暇取ってどこに行ったかと思ったらこんな所に居るとはね」
「……どこに居ようがワタシの勝手だ。で? どうする、久世。お前がこのまま戦闘を続けるのなら、ワタシも加わってやろう」
「……そうだなァ。奇術師と音無し。十指と元十指を相手取るのも悪くは無い。が、……流石に腕一本持ってかれそうだからな。止めとく」
「そう言っておきながらワタシが背を向けた途端、矢神に襲いかかる腹積もりか?」
「そんな事する訳が無ねえよ。ていうかお前の事だ。何らかの手を打ってあるだろ」
「……まあ、な」
「やっぱり。だからしない。なんならいちごミルクにでも誓おうか?」
「なんでいちごミルクなんだ。……まあ良い。信じる事にしよう。だからさっさと帰れ」
そう言って響歌は踵を返し、朝霧荘に入ろうとした。右手で左手を血止めしつつ、俺も続く。
「待て、矢神。頼みがある」
「……? なんだ」
訝しみながら俺は聞いた。気狂いは真剣な眼差しで言う。
「子供を預かって欲しい」
「えっと……これで良いですか?」
「ああ。すまんな巴手」
「い、いえ。いつもお世話になってるですから当然の事ですっ!」
そう言って手をぶんぶん振る巴手。その行動に苦笑する。
「で、どういう事だ」
前方で食卓に腰掛け、コンビニとかで売っているいちごミルクを飲んでいる、気狂いに俺は尋ねた。
「ああ? 何がだ」
いちごミルクのストローをくわえながら気狂いは尋ね返した。
「子供を預かって欲しいって事だよ。あれはどういう意味だ」
「意味も何も無い。そのままの意味だ」
「そのままの意味……って。子供が居ないじゃ無いか」
「そこに居るだろ」
そう言ってくわえたストローを俺の後ろに向けた。
「……そこ? ――!」
示された方向に首を向け――俺は絶句した。
そこには確かに気狂いが言う子供が居た。やや血のように赤い髪の少女。着ているローブからして先程気狂いと一緒に飛び降りた奴だろう。それは良い。問題なのは――今まで俺がその子供を全く認識してなかった事だ。困惑が脳を占める。
「落ち着け音無し。そいつは人間じゃない」
狼狽する俺に気狂いはそんな事を言う。
「……人間――じゃない?」
「……人外計画、って覚えているか」
「人外――計画?」
いきなり飛んだ話に困惑しながらも、俺は精神を落ち着かせた。そして記憶の中から人外計画を検索する。
「……確か、俺が“引退”する数ヶ月前、立てられた計画……だよな。風の噂じゃ俺が“引退”した二年後に中止になったと聞いたが」
「ああ。ま、実際にゃあ中止になったんじゃねえけどな。潰されたんだ」
「……潰された? 誰にだ」
「殲滅屋だよ。依頼したのはどっかのでっかい国――中国やアメリカ辺りだろう」
「……破壊殲滅か。……確かに奴ならうってつけだな」
俺達十指には“特性”がある。俺は目の前に居ても解らないほどに気配を絶つ技術。響歌は様々な道具を使う技量。気狂いは全てを絶つ剣術。そして破壊殲滅は無慈悲に全てを破壊し殲滅する、暴力。
「どうした。もっと喜べ。その人外計画の首謀者は――お前が十指を辞めるきっかけとなったDOLL'Sを創った奴らだ」
「……lost Babelの連中か」
「ああ。あの一匹でも取り逃がすと戸棚の裏やら、台所やらで繁殖するゴキブリみたいな奴らだ。まあ流石に今回ばかりは“一人”を除いて誰も逃げれなかったみたいだがな」
「まああいつから逃げられる奴は……ん? “一人”を除いて?」
「そう。そいつの母親を除いてな」
そう言って再度くわえたストローで俺の後ろを指す。そこにはやはり赤毛の少女。
コートから二パック目のいちごミルクを取り出し、くわえたストローを突き刺す。そして啜りながら気狂いは立ち上がり、俺の後ろ、少女の方に向かって歩き出す。
「殲滅屋から逃れられ、音無しに気配を悟られない存在。そんなものは――人外以外には有り得ない」
気狂いは少女の傍に立ち、少女の髪をかき分け、それを見えるようにした。
少女の前頭部に生えた小さな角を。
◇★ 数日前。山奥にて。
「いやー。まいったまいった」
気狂いは雨に濡れる銀髪を撫でながら呟いた。
「まさか通訳と依頼人が結託して裏切るとはなあ」
そう呟く気狂いの目前には雨によって鎮火されつつある、炎上した真っ二つに割れた車と、その傍でおびただしい程の血を流して倒れている、二つの死体。その手には拳銃が握られている。
「まったく。拳銃があれば殺せるとでも思ったのかね。拳銃で狙われる。その程度の事に、対処出来なかったら十指は名乗れない。……まあ誰かが勝手につけた名前だから愛着も何も無いんだがな」
そう呟きながら気狂いは踵を返す。そして再度、呟いた。
「しかし困ったなあ。通訳が死んだから、ここの言葉は解らないし……それに薄まっているとはいえ、こんな血まみれの格好じゃあ逮捕されるな」
ガリガリと頭を掻き、しばらく佇む気狂い。やがてブルリと肩を震わせる
「……とりあえず雨宿り出来る場所でも探すか」
そう呟き気狂いは山の奥へと足を踏み入れた。
コートに仕込んであるナイフを使い、木の枝を斬る。それを続けていると突然目の前が開けた。前方になんかの建物が見える。なんの建物かは解らんがそのボロさからして人は住んでなさそうだ。
建物の周囲を見渡し、入り口を発見する。ナイフを胸に構え、警戒しながら軋む戸を開け、侵入る。
しばらく進む。どうやらここは研究所のようだ。辺りに用途が解らん機具やその部品が散らばっている。
不意に物音が響いた。
②
いりぐちからちいさなおとがきこえた。いりぐちがひらくおとだ。とじていためをひらき、たちあがり、わたしははいってきたヒトをころすために、へやからでる。
はいってきたヒトのちかくまできたところでちかくにほうちしてあったものをけとばしてしまった。はいってきたひとがこっちをみる。……きづかれてしまった。きづかれたらすることはひとつ。
……ごめんなさい。わたしはあなたをころします。
◇
物音が響いた瞬間、オレは驚愕を心に秘めながら首をそっちに向けた。
オレは自分の強さに自信を持っている。持たないで渡れる程裏の世界は甘くない。
そのオレが――物音がするまで敵の接近に気付かなかった。
心に興奮を浮かべながら物音がした曲がり角の先を睨む。一瞬でも気を抜いたら――死ぬかもしれない。口に笑みを浮かばせオレはナイフを逆手に持った。
数瞬の静寂。ドドン、と外から轟音が響いた。雷でも落ちたらしい。
それを合図に相手は動き出す。傍目から見ても異形の腕を構えて角から飛び出した。
それに倣い、オレも動く。
相手が右腕をこっちに向かって凪ぐ。オレはそれをナイフで一閃した。切断される右腕。
「――?」
何が起きたのか解らない様子の奴の首を返す手で切り裂く。床に首が落ちた。
「ふう」
一息吐き、オレはコートにナイフを仕舞い、替わりにコートのポケットからいちごミルクを取り出し、開けようとした。が、暗闇のためはっきりと見えない。よって開けられない。
「……チッ。何か明かりになる物は……っと」
明かりになる物は無いかとポケットを探り、ジッポーを見つける。確かこの前破壊殲滅から貰った奴だ。オレは煙草を吸わないから全く使わなかったが。
ジッ、とジッポーを擦り、火を点ける。今までおぼろげだった物がはっきりと見えた。
「――……は。どうやらオレは化け物を殺したらしい」
血に沈む、赤毛の頭に山羊の角が生えた女の顔と、赤い毛むくじゃらな裸体。人間にしては明らかに異常だった。屈み、角を引っ張りそれが本当に頭から生えているか確認する。果たして角は頭から生えていた。
「こりゃきな臭くなってきたな。山にひっそりと建てられた研究所。それにこの化け物。……少し探ってみるか」
呟き、いちごミルクをしぶしぶポケットに戻して奥に進んだ。
◇ 矢神 統夜視点
「で、進んだ先で人外計画の資料とこの娘を見つけて今に至る、と」
「ああ。まあオレが見たのは人外計画の資料って言うよりは日記だったな。英語で書いてあったからなんとか読めた。オレには読めなかったが人外計画の資料もあったんだろう。研究所ごと燃やしたから解らんが」
「……よく山火事にならなかったな」
「まあな。で? どうする音無し。預かるのか預からないのか」
「そりゃ無論預かるよ。ただ金は払え」
「……ま、それくらいなら別に良いか。何円だったっけ」
「ひと月に三万円だ」
「あ、そ。じゃあ今持っている手持ちで――」
そう言いながらポケットから財布を取り出す。こいつのポケットは四次元にでも通じてるんだろうか。
「ひいふうみい……ほい、とりあえず一年分だ」
そう言って36万をオレに手渡す気狂い。そして踵を返して朝霧荘を出た。路上に出た所で振り返る。
「頼んだぞ。じゃあな」
「……じゃあな。……と、そう言えば気狂い。この娘の名前は?」
ふと名前を聞いてない事に気づき、気狂いに問う。
「……ああ。名前、ね。日記にはキャロルって書いてあったよ。……皮肉なもんだよな。人外に聖歌と名付けるなんてな」
「さあ……ね」
曖昧に返答する。
気狂いはそんな俺を見て唇の端を歪めた。
そして今度こそ振り返らず、朝霧荘を去った。多分、広い所でヘリに乗るつもりだろう。冬の日差しに溶ける気狂いの姿から視線を切った。
そして朝霧荘に入る。時計を見るとそろそろ昼が近かった。さて、今日の昼食は何にしよう。
ふと食卓を見る。食卓の上にはからっぽのいちごミルクが乗っていた。
~登場人物紹介~
久世 荒鷹
男
十指―気狂い
銀色の髪をした黒衣の青年。噂によると染めてるらしいよ。『断剣』という剣術を使うっぽい。好きな物はいちごミルク。
化け物(女)
女
母
山羊の角を持つ、全身毛むくじゃらな女。キャロルの母らしい。父親は破壊殲滅によって殺されたと思われる。化け物である故、一流の人間でも気配を察知出来ない。武器は爪。
キャロル
女
無し。
真っ赤な髪の少女。母親とは違って頭に角がある事を覗けばほぼ人間。だがやはり気配が無い。
用語解説
断剣
『久世』のみが使える一子相伝の剣術もどき。硬さ関係無く斬る
DOLL'S
正式名称、複製生態兵器DOLL'S。矢神 統夜が脱退する要因となった存在らしい。伏線の一つ。
lost Babel
組織の一つ。失われた叡智。気狂い曰わく、黒き帝王。破壊殲滅により殲滅された。
人外計画
lost Babelが建てた計画。完成させられる事を恐れた大国の依頼により動いた破壊殲滅により消滅。
書き溜めておいたので連続とうこーう。ちなみに気狂いの過去編も今現在書いてますよ? 割とのんびり書いているのでいつになるかは不明だけれども。
さーて、次のお話は~? (サザエさん風)
次回予告。
クリスマス当日。
語リ部は探し物を探し、歩く。
悪魔達は街を楽しむ。
一年四季は風邪を引く。
日向 日向は弟を連れその見舞いに行く。
柊木達はいつも通り。
美端西姫はクリスマスプレゼントを探す。
気狂いは殺人鬼を追いまた日向市へ。
矢神はキャロルの扱いに困る。
百棟弧赤はメリーとのんびりまったり。
cafe nocturneはクリスマスキャンペーン実施中。
仮想倶楽部ズは受験勉強中。
季節外れのクリスマス。とりあえずお楽しみに。
the next title
「9Cクリスマス・カプリチオ(仮)」
何話になるかは未定!
おまけ~狂科学者と楠 風樹~
「あ、ハロルド。……なんかはじめましてって感じね」
「……ム。そうだナ。毎朝顔を合わしているのニ、何故かお前と会うのはじめてな気になル」
「う~ん。なんでだろ?」
「さア。まあいイ。とりあえず今日はやりたい事があるんでナ。テキパキと終わらせたイ」
「そうね。私も弟妹たちが心配だし」
「うム。えっト、『感想、批評、質問、助言、要望なド、待っていル』。これでいいカ?」
「さあ……。ま、とりあえず帰りましょ」
「うム。……風樹。今日の夕飯はなんダ?」
「今日の夕飯? えっと、鍋にしようと思っているんだけど」
「鍋カ。風樹の料理は美味しいからナ。楽しみにしているゾ」
「……ッ! 誉めても何も出ないわよ。バカッ!」
「……ム?」
(楠家のその日の鍋は心なしかいつもより美味しかったそうです、まる)




