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第35話『終わりと始まり』

子供のころからずっと。


何かがおかしいという感覚は俺の中にあった。


何かが纏わりついている様な、気持ちの悪い感覚だ。


結局正体も分からず、放置し続けていたソレであったが、デモニックヒーローズに入社してから完全にその気配が消えていて、俺はすっかりソレの事を忘れていた。


しかし、莉子の言葉に引っ掛かり思い出したのだ。


もしかして、俺の感じていた感覚と、莉子の言う名前も分からない三人目は同じ存在なのではないかという疑念だ。


いや、まぁ。今更こんな事を調べた所で何かが生まれるという事も無いだろうが。


それでも調べずにはいられなかった。


これを調べなくては後悔する。どうしてもそんな気持ちが拭えなかったからだ。


そして、俺はこの会社に来て、一番最初に話をした人……ヒナヤクさんに会うべく人事部まで来ているのだった。


「あのー」


「はい。あら。タツヤさん! どうかされましたか?」


「あ、いえ。ヒナヤクさん。ちょっと今お時間大丈夫ですか?」


「えぇ。いくらでも大丈夫ですよ。では中へお入りください。お茶をお出ししますね」


「あ、いや。そこまでは」


「ふふっ、気にしないで下さい」


「あ、申し訳ございません」


俺はヒナヤクさんに頭を下げながら、部屋の中へと入り、案内されるままにソファーへと座る。


そして、出されたお茶を一口飲んでから、先ほど掴んだ話をしてみる事にした。


「……という訳なんです」


「そうですか。奇妙な感覚。しかも子供の時から」


「はい」


「時にタツヤさん。そのお話は他の方にはされましたか?」


「あ、いえ。まだ誰にも」


「それは良かった」


「え?」


「実はですね。おそらくその感覚の正体はスポンサーの可能性が高いのです」


「スポンサーというと、我々の配信を見て、出資してくれている?」


「そうです」


「いや、でも……」


「何か?」


「俺の感覚になって申し訳ないんですけど、何だろう」


俺は頭を掻きながら、必死に思い出していた。


そして、不意に思い出す。


「そう! スポンサーって、基本的に見ているだけじゃないですか。でも、そのちょっと話しにくい話にはなるのですが、男女の関係で色々もめた時に、その感覚が相手の女性に手を出した様な瞬間があったです。そう、そうだ! あった。間違いない」


俺は自分の記憶を辿りながら、必死にその時の事を口にしていた。


「そう。あの時、声が聞こえて、先輩は……」


そして、自分で言いながら当時の事を思い出し、俺は固まってしまった。そのあまりにも突拍子のない記憶の結びつきに動揺してしまって。


「その方がどうされましたか? 続きを聞かせてください」


「……ヒナヤクさん?」


「どうか、されましたか?」


ヒナヤクさんはいつもと変わらない笑顔のまま俺をジッと見つめていた。


その姿に俺は、何だか酷い恐怖を覚えて、ソファーから立ち上がろうとする……が、動けない。


「……!?」


「どうやらかなり思い出してしまった様ですね」


「ひ、ヒナヤクさん……!? も、申し訳ないのですが、話はまた別の機会に……」


「あら、タツヤ。駄目でしょう? お母さんに隠し事をするだなんて」


「っ、か、かあ……さん?」


いやっ、意味が分からない。


だって母さんはもう……。


「死んだはず。ですか? 森藤達也様」


「っ、どうして」


「一つ面白い話をしましょうか。タツヤさん」


ヒナヤクさんはいつも通りの笑顔でお茶を飲み、俺に語り掛ける。


「ここではないどこか。遥か遠い彼方の世界では、退屈により人が死ぬ世界があるのです」


心臓の鼓動が早くなる。


聞いてはいけないと俺の中の何かが叫んでいた。


「仲間の中に居た幾人かは、ある男に協力し、その男の人生を見る事で娯楽を得ました。そして、その娯楽は仲間内に広がっていったのです。そして、その結果男は一つの会社を作りました」


「……デモニックヒーローズ」


ヒナヤクさんは俺の言葉に、かつて生きていた母親の様に笑う。


よく出来たと言っている様な笑顔だ。


「しかし、そんな娯楽では満足出来なかった女が一人いました。女は、作られたモノではなく、本物が見たいと思いました。しかもより近くで、それに触れてみたいと思いました」


呼吸が自然と荒くなる。


何故だろう。この俺の中に暴れる感覚は。


「そこで、ある世界に行き、観察していた所、冬の寒い外のベランダで震えている一人の子供を見つけました」


「……っ!」


「その子は女が見えているのか、女の方を見て、微笑みました。そして天使様? と問うと、大事に取っておいたというチョコレートを女に渡しました。寒いから、食べてと」


何故だろう。酷く寒い。


「女にとってチョコレートになど価値はありません。ですが、そのチョコレートは女にとって何よりも大事な物になりました。故に。女は子供を自分の物にしようと考えました」


思い出すのは赤い記憶だ。窓の向こう側で行われる凄惨な悪夢。


「無事女の物になった少年を、女は完全に自分の物とするために、再び自らの体で生み出しました。新しい生命として。そして、その世界に家を作り、二人で生活を始めました」


どこまでも広い家と、いつも笑っている母さん。しかし父の姿を見たことはない。


「ただ女にとって何もない子供というのは退屈でした。故に、子供を外の世界へ向かわせ、様々な経験をさせようと考えたのです。子供は素晴らしく社交的な性格ですぐに多くの友達が出来、家で話す話もどんどん面白くなってゆきました」


「……」


「しかし、そんな幸せな生活を邪魔する者が現れました。そう。少年を母である私から奪おうとする存在。女です」


「美倉莉子……!」


「ふふ。そこまで思い出していましたか。嬉しいですよ。タツヤ。こんなにも成長して」


「まさか、本当に、ヒナヤクさんが……俺の母さん? それに、あの時先輩を傷つけたのも」


「えぇ。私ですよ。私の愛で包んでいた貴方を汚そうとしたのですから。当然ですね」


ニッコリと笑うヒナヤクさんはいつもと変わらないからこそ、不気味だ。


「でも思い出した以上は、もう貴女の思い通りには」


「ふふっ、あははは! あぁ、なんて素晴らしい子なのかしら。私の子。私だけの愛しい子。指の一本も動かせないこの状況で、それだけの強がりが言えるなんて」


「何を」


「分かっているんでしょう? ここで話した事。私は貴方の記憶から全て消すわ。私と貴方はただの同僚に戻るの。互いに何となく気になっている同僚にね」


「お、俺が貴女を選ぶとは」


「選ぶわ。だって貴方がそうなる様に、ずっとずっと準備をしてきたのだから。貴方の好みが私になる様に。貴方の好意が私にだけ向いて、別の方には決して向かない様に。ふふ。一番気がかりだった、美倉莉子も今回ハッキリとした。タツヤ。偉い子ね。私以外の女に触れられると、薄っすらと嫌悪感を覚えるんでしょう?」


心を見透かされた様な言葉に体がブルりと震える。


しかし、しかしだ。ヒナヤクさんの想定外は、もう起こっている!


「サ」


「サキュバスのユメさんとは出来たぞ。って? ふふ。ねぇ、タツヤさん。私、とぉーっても嬉しかったんですよ? ユメも好きだけどぉ。ヒナヤクの事もタイプだって、言ってくれて。ふふ。あははは!」


「ぁ……あぁ……」


「ふふ。可愛い子。結局最後は私を選ぶのに、強がって」


「ヒ、ナヤクさん」


「じゃあまた記憶を消しますね。今度は情熱的な告白を、待ってますよ」


「ぅあ!?」


俺は薄れていく意識の中で、何かに手を伸ばしたが、それは届く事なく消えていった。


そして、最後に聞いたヒナヤクさんの言葉も、俺はまた忘れてしまうのだった。




「はっ!?」


「あら。起きられましたか? タツヤさん」


「え? あれ!? 俺、寝てました!? も、申し訳ございません! ヒナヤクさん!!」


「いえいえ。可愛い寝顔でしたよ」


「ぅお!」


クスクスと笑う可愛いヒナヤクさんに、胸の高鳴りを感じながら俺は姿勢を正す。


いやー、参った。


まさかこんな姿を見られてしまうとは。


ヒナヤクさんには良いところを見せておきたいんだがな。


「んっ、んん! あー。えっと。申し訳ございません。俺、何の用で来たんでしたっけ?」


「私にはちょっと分からないですね」


「あー。そうですよね。お時間を取らせてしまい申し訳ございません」


「いえいえ。気にしないで下さい。でも」


ヒナヤクさんが俺の傍に来ると、簡単に俺の体を横にして、ソファーに寝かせてしまった。


そして、俺の頭を自分の太ももに置く。


「ヒッ、ヒナヤクさん!?」


「タツヤさんは少々働き過ぎですね。今日はこのまま休んでください」


「いや、流石にそれは……!」


「さ。おやすみなさい」


ヒナヤクさんの手が俺の目を塞ぎ、俺はさっきまで寝ていたのに、また深い眠りの中に落ちてゆくのだった。


最後に見た、ヒナヤクさんの笑顔に何故か恐怖を覚えたけど、その理由は分からないままだ。

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