第25話『たどり着いた真実』
全てが終わり、俺たちは何もない世界に放り出され、気が付いたら会社の研究室に転がっていた。
そして、ラナ様に誘われるままに、居酒屋へ行き、アーサーと共に今回の世界についての話を聞くことになったのである。
「まずは謝罪をさせて下さい」
「……謝罪ですか?」
「はい。タツヤさんを騙し、あの様な世界へお連れした事。大変申し訳ございませんでした」
「騙しってどういう事ですか? え? 状況がうまく理解できないのですが」
「そうですね。僕も事情が聞きたいです。女神ラナ」
「ふぁ!? 女神!?」
「どうしたんだ? タツヤ」
「どうしたもこうしたも! ラナ様は聖女じゃなかったのか!?」
「どこからそんな話を聞いたんだ。彼女はれっきとした女神。君が今回仕事で向かっていた世界が、崩壊する前に女神としてその地を治めていたんだよ」
いや、どこから聞いたんだ。ってラナ様本人から聞いたんだが。
どういう事だ?
「つまりどういう事なんですか? 正直まったく意味が分からないんですけど」
「そうですね。では今度は本当の事を最初から話しましょうか」
ラナ様は微笑んで、目の前に置かれた水を一口飲んだ。
「先ほどアーサーさんも言っていた通り、かつて私が居た世界は闇によって滅ぼされました」
「……もしかして、今回アンちゃんたちが倒したあの?」
「はい。そうです。当時、デモニックヒーローズからの援助を受けつつ闇を排除する為に行動していたのですが、今回同様、エリスさんが闇に支配され、そしてミティアさんも闇に取り込まれ、アンさんも抵抗むなしく闇に囚われてしまいました」
悲しげに瞳を伏せながら話すラナ様に、俺は意識を集中させながら耳を傾ける。
「何とか会社の方々に協力していただきながら、世界の人々を別の似た世界に移す事は出来たのですが、三人だけは救う事が出来ず、私も何度か闇の世界に潜ってみたのですが、どうする事も出来ませんでした。彼女たちは闇の中で最も思い出したくない思い出をひたすらに繰り返す世界で苦しんでおりました」
「……」
「そんな時、会社に入ってきた新人さんの話を聞きました。その方はアーサーさんが担当する様な厳しい世界ですら、現地の方を奮い立たせて世界を救ったり、現状を変えられないと嘆く方々へ、別の方法を提示し、難しい改善を成功させた方でした。しかも私が求め続けた、誰かの心を震わせるという方法で」
「それでタツヤに声を掛けたのか。なるほどな」
「はい。この方しかいない。そう思いました。タツヤさんなら、あの子たちの中にある闇を光に変えて、一歩踏み出す勇気を与えてくれると、そう信じました」
「いや。いや? おかしくないですか? 俺じゃなくて良いでしょう。アーサーとか! 凄い奴ですよ! アーサーがいるだけで世界が明るくなるし! 最近なんかウィスタリア様という方と一緒に仕事をしましたが、あの方も凄い方ですよ? 一緒にいるだけで安心出来て、やる気が増えるというか!」
「アーサーさん? タツヤさんはご自身の事を……」
「あぁ、気にしなくても。タツヤはいつもこうだから」
「おい! アーサー! なんだその言い方は」
「一度君は産業医に精密検査をしてもらうと良い。ウィスタリアと一緒にいて安心できるとか、落ち着くとか。多分何か異常があるよ」
「いや、お前、それは流石に失礼すぎだろ」
なんなの? 確か前にもウィスタリア様やメリアさんも似たような感じだったけど。
仲悪いの?
『呼びましたか!?』
「呼んでない。帰れ。メリア」
『ちょ酷すぎじゃないですか!? 女神様ですよ! 信仰してください!』
「無茶を言うな」
『えぇ!? 私を信仰するのって無茶な事なんですか? えぇ?』
「……っ! め、女神メリア様」
『んー? お! ラナちゃんじゃないですか! 何? どうしたんですか? こんな所で、アーサー君たちと飲んで……って、まさか! ままま、まさか! 信仰を増やそうとしてるんですか!? そのいやらしい体で!』
「ひゃ、ひゃん!」
突然現れた邪神はラナ様の胸を掴むと暴れ始め、アーサーがため息を吐きながら、邪神の頭を掴んでボックス席の外へと放り出した。
「すまない女神ラナ。ウチの汚物が」
「い、いえ。メリア様は素晴らしい女神様ですから」
「「素晴らしい女神?」」
俺とアーサーは初めて聞いた単語に首を傾げながら見つめ合う。
どうやら互いに知らない言葉であったらしい。
『ちょっとー!? 失礼すぎるんですけど!?』
「普段の言動を考えれば当然の反応だ。悔しかったら少しは女神らしくしろ」
『ふふん。女神らしくですか? 余裕ですよ!』
メリアさんは両手を前に軽く出し、女神の様なポーズをすると光り始めた。
うおっ、まぶしっ!
「やめないか!」
『あでっ!』
そして、アーサーに頭を叩かれ、大人しくラナ様の隣に座るのだった。
「話が逸れてすまない。それで、話の続きを聞かせてもらえるか? 女神ラナ」
「え? えぇ。そ、そうですね」
ラナ様は深呼吸をして、また話の続きを語り始めた。
「タツヤさんの事を知ってから私は、すぐにタツヤさんに接触し、今回の話を持ちかけました。ただし私が女神である事や、すでにあの世界は配信されていないという事を伏せ、スポンサーが彼女たちが悲しむ姿を見たがっていると嘘を伝えました」
「なるほど。そうすればタツヤが反抗し、どうにか彼女たちを傷つけない方法で救おうとすると考えたのか」
『面倒な事しますねぇ。別に無理やり引き離す方法はあったでしょう?』
「それではあの子たちの心に傷が残るかもしれない……!」
『そんなの。パパっと記憶を消して転生でもなんでもさせれば良かったんですよ。いつまでもあんなジメジメした世界残して。無意味な事をしますねぇ。そんなんじゃ女神ランクは上がりませんよ!』
「今は大事な話をしているんだ。黙っていてくれないか? メリア」
『ちょ!? 私が大事な話に付いていけてないみたいな言い方は止めて欲しいんですけどっ!? 私の方が正しい事を言ってますけどね!』
「正しい事が、そのまま人を救うという事では無いだろう? 少なくとも僕には、あの子たちがあの世界で、闇から解放される必要があると感じたよ」
『はいはい。アーサー君は本当に真面目でご立派ですねぇ。そうやって小さな物ばかり拾おうとしていると、大きな物を手に入れられませんよ』
「身の丈に合わない神格を求めて、あらゆる物を取りこぼしているメリアに言われるとはね。感動的だよ」
『はい出ましたイヤミーったらしい言葉! マザーみたいな事言って! もっと人間らしく純粋無垢でいてください!』
「メリア以外の神に対しては真摯に接しているよ」
『私にだけ真摯に接してください! 他はどうでも良いので!』
外野は無視して、俺はラナ様の話を聞きながらあの世界での事を考えていた。
そして、俺の事とラナ様の事を。
「いくつか確認したい事があるのですが、良いですか? ラナ様」
「えぇ。どの様な事でもお答えします」
「まず、三人はどうなったのですか?」
「眠っています。長く闇の中に居たため、魂も傷ついておりますから、転生もまだ出来ませんね」
「そうですか。ライアン殿下や爺さん。それに他の人たちは」
「皆、私の記憶から作り出した精巧な人形ですから、崩壊した世界には残っていませんよ。安心してください」
「そうですか」
とりあえずは一安心か。
まぁ、正直俺を騙した云々はどうでも良いからな。
その方が効率的だったというのであれば、その方が良いだけの話だ。
実際、乙女ゲームみたいな世界だとか、曇らせ好きな連中が見てるとか言われなかったら俺も方向性あやふやだった可能性は高いし。
うーん。
そう考えると、俺があの子たちをくっつけようとしていたイケメン達は皆虚像だったのか。
何という無駄な努力を……あ、いや、結局救えた訳だから無駄では無かったけど。
そもそも失敗しとるしな。三人とも周りに目を向けやしねぇ。
「……一つ、気になる事があります」
「なんでしょうか。タツヤさん」
『はいはーい! 私は反対! 反対でーす!』
「黙ってろ。メリア!」
『いや? アーサー君も絶対に反対した方が良いと思いますよ! 貴女だって心が視えているでしょう!? 女神ラナ!』
「そ、それは……」
「ラナ様も反対ですか?」
「……私は」
「ん? タツヤ。君は何を女神ラナに願うつもりだ」
「決まってるだろ。あの三人をこの世界で人として、復活させてほしい。だ」
「それは……!」
『難しいと思いますよ? 肉体は既に滅んでますし』
「そんなの。研究室にいる連中ならどうとでも出来ますよ」
『食事は? 生活するための場所は? この会社は働かない人間の為に何でも与えてはくれませんよ?』
「そんなもの! 俺が払えばいい! ここまで関わったんだ。このまま見捨てる方が、目覚めが悪い!」
『どうしてそこまで深入りするのですか? 少し関わっただけのキャラクターでしょう?』
「人間ですよ。女神メリア。あの子たちは確かにあの場所に生きていて、悩んで、苦しんで、その果てにようやく一つの答えを出したんだ。その先を願う事の何がおかしいんですか?」
『あの子たちの闇は完全に消えた訳じゃない。共に過ごせば貴方を苦しめる事になるかもしれませんよ』
「子供を三人育てようっていうんだ! 何の苦労もなしに出来ると思う方が間違ってる!」
『ふっ、ふふ、アハハハ。面白い。本当に面白い子ですね。貴方は。ここまでの慈愛を見せつけられて、何もしないというのは女神の名が傷つくと思うのですが、どうでしょうか? マザー』
『そうですね』
俺は女神メリアが不意に通路の方を見ながら放った言葉に、視線をそちらへ向けた。
そこには西の都にある新世界に居そうないつものおばちゃん……ではなく、神々しい光を放った新世界のおばちゃんが居た。
『女神ラナ』
「は、はい!」
『かつて私が貴女に伝えた言葉を覚えていますか?』
「はい。見捨てられぬというのであれば、最期まで関わる覚悟を持て、と」
『その言葉に貴女は頷きました。その心に変わりはありますか?』
「いえ。ありません。あの子たちを救えなかった私です。例えこの先、何があろうとも、あの子たちの果てまで付き添います」
『よろしい。ではタツヤさん。まだまだ未熟な女神ではございますが、ラナを。そして貴方がすくい上げた子供たちをお願いします』
「……はい!」
かくして、一つの物語は終わりを迎えた。
こんな話、居酒屋でする物じゃないのかもしれないが、場所はどうであれ、俺にとってより良い形で終わったのだ。
静かに喜ぶべきだろう。
「……これで、ハッピーエンドって奴かな」
「そうだね。流石はタツヤだよ」
「いや、そこで褒められるのは良く分からんが、まぁ、こういう風に終われたのもラナ様やアーサーが助けてくれたおかげだし。マザーが導いてくれたお陰だよ。俺はその場の流れに乗っただけさ」
「ふふ。君の役に立てたのはうれしい限りだ」
「今回の件は本当に、ありがとうございました」
『あれ? おかしくないですか? 名前が足りなかった気がするんですけど?』
「じゃあ、今日はパーッと飲んで! 明日からまた頑張りましょう!」
『もしもーし!? 聞こえてますかー!?』
「カンパーイ!」
『もし、もーし!!』




