第16話『スラム街で出会った少女』
さて、この世界に来てから四年ほど経ち、俺もそれなりに成長して十三歳となった。
まぁまだまだ子供ではあるが、ある程度動きやすくなったのは確かである。
エリスお嬢様との関係は相変わらずであるが、いつかちゃんとした親子関係になりたいものだと考えている。
諦めてはいけない。何事も挑戦し続ける心が重要なのだから。
という訳で、今日も今日とて、エリスお嬢様の護衛をしている訳だが、今日は非常に珍しい客が来た。
実に四年ぶりだろうか。
そう。聖女ラナ様である。
今更何の用だ、この女。などと思ってはいけない。
「お久しぶりです。聖女ラナ様」
「タツヤさん。この世界では占い師とお呼びください。予言者でも構いませんが」
「予言者、ですか」
「はい。様々な予言を行い、準備をしておりました」
「そうですか」
裏方としてずっと動いていたという事か。
俺なんかほぼ何も出来ていないというのに、ありがたい話だ。
いや、でも一応エリスお嬢様に近づくことは出来たし。及第点ではあるのか?
「ただ、ですね。大変申し訳ないのですが、一つタツヤさんにお願いしたい事がありまして」
「はぁ。なんでしょうか?」
「一年ほど、とある方の護衛を行って貰いたいのです」
「それは……構いませんが」
「何か問題が?」
「あー。実はですね」
俺は現在の状態をラナ様に伝え、何か良い案はあるかと相談する事にした。
正直、現状のエリスお嬢様の依存度を考えると、俺が離れて無事とも思えない。
大人しく家で勉強をしてくれていれば良いが、果たして出来るだろうか。
「あぁ。そういう事なら問題ありませんよ。エリスさんのご両親に予言を伝え、タツヤさんを一年間自由に動ける様にいたします」
「おぉ! そんな方法が」
確かにエリスお嬢様のご両親は俺の雇い主だし、俺は雇い主の命令に従うだけだ。
それなら円滑にいくだろう。
なんて。
そんな風に思っていた時代が俺にもありました。
「ふぅん。じゃあタツヤはそれで良いんだ」
「雇い主の命令ですからね。従うしかないという所でして」
「それで良いんだ! 私を護るって言った癖に! ずっと傍に居るって言った癖に!! 結婚して、幸せにしてくれるって言ったくせに!」
「途中までは記憶にありますが、最後は存じ上げませんね。それに、一年したら帰って来ますし。何かあればすぐに飛んできますから」
「……」
「エリスお嬢様?」
「お前だけを愛してる。帰ってきたら結婚しよう。って言って」
「遠くはなれた場所からご無事をお祈りしております」
「言って!!」
「では一年間ご無事でお過ごしください」
「ちょっと! タツヤ! こんな勝手、絶対に許さないからね! 帰ってきたら酷いんだからね!!」
俺はエリスお嬢様の怖い声を振り切って、家を飛び出した。
エリスお嬢様の家を離れ、別の街まで来ていた俺は、ラナ様の指示にあった通り、何やら治安の悪そうな場所を歩いていた。
そして、フードで顔を隠しながら、ラナ様に言われた通り、このスラム街で起こるという事件を探していた。
しかし、そこで出会う人を一年間護衛して欲しいという話だったが、どういう人かも分からないし。どうしたものか。
「きゃぁぁぁああ!!」
腕を組みながら歩いていた俺は、聞こえてきた悲鳴に一瞬で索敵を終わらせて、その場所を目指して走り始めた。
だが、スラム街には多くの物が地面に落ちている為、俺は加速しながら壁を走る事となった。
その勢いのまま空中へ飛び出して、悲鳴の主である少女を追いかけている男を蹴り飛ばした。
「よっと」
「っ!?」
そして、俺の蹴りで吹っ飛ぶ男とは別方向から来た男も倒し、周囲を警戒する。
が、どうやらすぐにどうこうしようという奴は居ない様だった。
見られてはいるけれど。
「あ、あなたは」
「んー。あー。通りすがりの者って感じかな」
「通りすがり……?」
「そ。君の悲鳴が聞こえたからさ」
なんて話をしていたら、建物の陰から飛び道具で俺を狙っている奴が居る事に気づいた、
だが、まぁ気づいていれば避けるのは容易い。
まぁ……自由に体が動くならばという話だが。
「あぶない!」
そう。例えば、俺が助けた女の子が俺に抱き着いてきて、避ける事が出来ないとか。
という訳で、俺の背中にはめでたく矢が突き刺さり、火が噴出した。
あっつ!!!
俺は背中を真っ赤っかっかっかに燃やしながら、女の子を強く抱きしめて、振り返りつつナイフを投げて矢を放った奴を仕留めるのだった。
そして、女の子から離れて背中の矢を引き抜いて、矢を投げ捨てた。
「……しんど」
「あの! 背中を見せてください!」
「いや、多分傷酷いから見ない方が良いよ」
「大丈夫です! 私、傷を治せますから!」
女の子は俺の背中に回り込むと、勢いよく服をめくって、何やら力を使っている様だった。
まるで温泉に入っている様な温かい感覚と共に、背中に感じていた痛みや熱が引いていくのを感じた。
「凄い」
「あっ……」
「君!」
しかし、女の子は不意に俺の背中に倒れ込むと、息を荒くしながら意識を失ってしまったようだった。
なんてこった!!
「君! 君!?」
「……」
俺は女の子を抱きかかえながら、どうするかと周囲を見渡したが、この状況をどうにか出来る奴などいない。
仕方ないと、俺は貰っていた通信機で占い師ラナ様に通信を飛ばす。
(あー。こちら森藤達也です。ラナ様聞こえておりますでしょうか?)
(はい。聞こえております)
(実はですね。スラム街で、何やら襲われている女の子に会ったのですが、これからどうしようかと思いまして、ラナ様にお知恵をお借りしたいと)
(女の子、ですか)
(はい)
(一応確認なのですが、その子はタツヤさんの傷を癒す事が出来ましたか?)
(はい。そうですね)
(分かりました。流石はタツヤさんですね。その女の子が目的の女の子です)
(あぁ、そうなんですね。では、この子の護衛が出来る様に交渉します)
(お願いします)
(あー。でも、今少し困ってまして、その女の子が私の傷を治してから気絶してしまったんですね。流石に野宿という訳にもいきませんし。どこか安全な場所があればと思うのですが)
(分かりました。では、その子の家にご案内しますね)
(ありがとうございます)
俺はラナ様の言葉に従いながら、女の子の家まで行き、女の子をベッドに寝かせてから家を出た。
瞬間、ラナ様から通信が入る。
(何をされているのですか!?)
(え?)
(何故、彼女を一人で放置しているのですか!?)
(いや、別に放置はしませんよ。これから家の外で護衛しますから)
(そうではなくて!! 同じ家で、同じベッドで生活するべきでは!?)
(何を言っているのですか。ラナ様。女の子の目が覚めた時、知らない男が家の中に居たら嫌でしょう?)
(で、でも! 今彼女は体調が悪いんですよね!?)
(あー。確かに。では看病をしてきます)
俺は再び家の中に入り、食料を取り出して、病人食を作り、少女の額に濡れたタオルを置いた。
そして、少女が熱いと熱を訴えていた為、服を脱がせて汗を拭きとる……様な真似はせず、持ってきた道具で少女の服を綺麗にする魔法を使うのだった。
「よし」
(なんで!! 駄目ですよ! タツヤさん! そこは服を脱がせて、汗をふき取る展開では……!)
(通信が悪いので、切れます。申し訳なしー)
(タツヤさん!!?)
俺は頭の中に聞こえてきた声をシャットアウトして、作業を継続するのだった。




