4度目の婚約破棄は、御免よ!
最初の婚約破棄は、自国の王子から男爵令嬢と恋に落ちたと告げられた。
「は?」
呆然とする私に、ただ「すまない」と謝る。
そこに誠意は欠片も存在してなかった。
「私は、このシレネを愛してしまったのだ」
「クレマチス様…っ!」
熱く手を取り、見つめあう男女を目前にして私はどうすればよかったのだろうか。
何か言おうにも、令嬢は涙しながら全てはわたしのせいと謝り、王子は慰めるように令嬢を抱き締める。ただ茫然と三文芝居を鑑賞させられ、気が付けば何か言うこともなく自室にいた。
「…はい?」
誰もいない部屋で、ようやく出てきた言葉が溜め息とともにこぼれ落ちた。
2度目の婚約破棄は、年上の王弟殿下と隣国の王女のラブロマンスだった。
父の手腕であっという間に決まった王弟殿下との婚約、婚約破棄から季節も変わる前に整った婚約は終わるのも、あっという間だった。
「…本当にすまない、アマリリス嬢」
「いえ…」
独身を貫くには、それなりに理由がある。
身分ある立場の方が揃って頭を下げるのは、大変に居心地が悪かった。
妾腹の生まれの王弟殿下は大変に人柄良く、悪く言えば気弱だった。宰相を務める押しの強い父に、甥である王子の不始末、出されてしまった王命、上手く断ることができなかったのだろう。
そして、隠し育んでいた愛。
「ごめんない。もっと早く、私がお父様を説得できていれば」
無理だろうな、と天井を見上げながら思う。
王弟殿下の異母兄である王は、王弟殿下をひどく毛嫌いしているのは有名な話だ。
その上、隣国の王女は掌中の珠と言われるほど、愛されている末っ子の王女で私よりひとつ年下だ。上手く断る所か、話をまとめることすら不可能だろう。
そう、彼女が妊娠していなければ…。
明らかに膨らんだ腹は、婚約前からの関係を存分に主張している。
「お幸せに」
王弟殿下に想いを寄せていた訳ではない。
素直にお祝いを言うことができる。
できるが、思うところがない訳ではない。
「やってられるかーーー!!!」
誰が呼んだか悪役令嬢、2度も真実の愛に敗れ去ったと言われる始末。
愛があろうとなかろうと、こんな惨めな経験を2度としたくない。
社交界?出れるわけないでしょう。
賠償金で上機嫌の父は、もう新たな婚約者を見繕おうとしている。
娘のことを駒としか思っていない父を説得するなんて愚の骨頂だ。
「そうよ、こうなったら修道院よ!!」
決めたが早い。自室に戻ったふりをして、身一つで馬に跨る。
すぐに気が付いた父の手を振り払い、国を出た。
よもや、すでに次の婚約者が内定していることなども知らずに。
「と、言うことです。アマリリス嬢、一緒に戻りましょう」
「ぜったい、いやよ!」
即日で纏められたらしい騎士団長との婚約が3度目の婚約破棄。
まあ、なんと責任感の強いことか。そこを逆手に取られたのだろう。
そこにあるのは愛などではなく、ただ責任だけ存在している。
幸いなのは、こちらの意思を無視して連れ戻すような真似をしないことだ。
正直、婚約者だからといって触れることもないのはありがたい。
馬を操れるとはいえ、本気を出せば私を連れ戻すなど容易いことだろう。
「騎士の名に懸けて、貴女を裏切らないと誓いましょう」
「どうかしらね?だれだって裏切る前提で婚約している訳ではないわ」
王子も王弟殿下も、最初は誠実であろうとした。
ただ、恋は人を愚かにさせる。
「アマリリス嬢…私は!」
尚も説得を続けようとする騎士団長を振り払い、馬を走らせる。
海辺にある修道院までは、もう少しだ。
恋だの愛だの、もううんざりよ。
幼いときから両親の冷え切った関係に慣れてしまったせいか、アマリリスは情に薄い傾向にあった。
長年の婚約者であるクレマチスに対してもそうだ。
公爵令嬢で王子の婚約者というのがアマリリスの役割だった。
それ以上でも、それ以下でもない。
定められた日にお茶会を行い、求められた令嬢としての振る舞いをし、必要な知識を蓄える。
クレマチスとの関係は、至って普通だった。
可もなく不可もない。必要以上な接触は断ったし、干渉もしなかった。
だからこそ、クレマチスの姿は衝撃だった。
優れた王子だったはずの彼は、確かに愚かになっていた。
彼の瞳には、お相手の令嬢しか映ってなかった。
謝罪もできないなど論外だった。
人があそこまで愚かになるなんて、見たことがなかった。
小説の一説みたいだった。
それこそ、幸せそうな姿に見当違いな羨ましさを覚えて混乱するくらいには。
王弟殿下だってそうだ。
誠実であろうと抑え込んでいたのに、王女の姿を見た途端に全てが崩壊した。
罪滅ぼしのような優しさは、当然本物の愛に勝るはずもない。
なりふり構わず、王女に駆け寄り、満面の笑みと涙で王女を優しく抱き締めた。反対する王を怒鳴りつけ、王女を侮辱したと殴りかかろうとさえした。
ただ、羨ましかった。
どうやったら、そこまで愛し合えるのが分からなくて、ただ羨ましかった。
責任感の強い彼なら、自分の傍にずっといてくれるだろうか。
血迷った考えがちらつく。
家族として大事にしてくれるだろうか。
浅ましい欲望が小さく渦巻く。
でも、愛情のある行動の定義って何なんだろう?
一目見れば、一目瞭然なのに、深く考えれば考えるほど分からなくなる。
「ごめんない、やっぱり一緒に行けないわ…!」
浜辺で涙声の女性の声が響く。
停船した船の近くで涙する女性と困惑した面持ちの男性。
3度目の婚約破棄は、運命だった。
「クロエ!!」
「ユーウェン?!」
駆け寄る2人を見て、もう無理だと悟った。
さもありなん。
独身、婚約者がいないのは理由がある。
幼少期の初恋の君、事情により疎遠になっていたが再会を果たす。
「婚約破棄しましょう」
「…アマリリス嬢」
深く事情を聞く気も起きなかった。
一刻も早く、修道院へ赴き、さっさと神の御許に嫁ぐのだ。
誓ったから云々もどうでもいい。他人の幸せを2人分も奪ってまで、幸せになれるとも思えない。
それでも食い下がる騎士団長を置いて、修道院を目指した。
「それで、何故ついていらしたのかしら?」
困惑していたはずの男性に問いかける。
「いやあ、僕も振られちゃったし…、一人は淋しいでしょ?」
海上帝国アルメリアの王子を名乗るリンドウは、飄々と答えた。
「彼女はね、命の恩人なんだ。お互い結婚適齢期ということもあって、とんとん拍子で話が進んだものの、クロエ嬢…船にトラウマがあったみたいでね…。どうしようかって所で君たちが来て助かったよ」
「そうですか」
そうだとしても、私についてくる意味はあるのだろうか。
言葉にしようと思っていても、言葉にすることはなかった。
どうしたものか、リンドウが笑うと心臓が高鳴るのだ。
「ねえ、アマリリス嬢、顔が赤いよ?」
そっと伸ばされた手が髪をすくい上げる。
4度目の婚約を飛び越えて、海の向こうの花嫁になった。
恋は人を愚かにさせ、愛は人を強くする。
最後に父親を殴りつけて縁切りしたのは、ここだけの話。
勢いで書きました