05 体力作りの提案
「お兄様、体力を付けるにはどうしたら良いのかしら」
ルイシャは、夕食のあと部屋を訪れたジェイスを招き入れ尋ねる。ジェイスはカインから預かったというフワフワで可愛らしいウサギのぬいぐるみをルイシャに手渡しながら、首を傾げる。
「体力? 少し前よりは随分付いたと思うけど……前は僕が来る時はいつも眠っていて、あまり話をする時間もなかっただろう?」
このように兄妹で話をするという普通の光景。だけど、ルイシャとジェイスにとっては大切な時間だった。
毎日、寝込むルイシャを、辛そうな表情で見つめていたジェイスには、随分と心配をかけていたと思う。
「すみません」
「ルイシャが元気になってくれて、嬉しいって意味だよ」
ルイシャが謝ると、ジェイスは笑いながら優しく頭を撫でてくれた。
「でも、まだ固形物を少し食べられるようになったばかりだしなぁ。無理をして、また体調を崩しちゃったら、本末転倒だし……うーん」
ルイシャの頭に手を乗せたまま、ジェイスは考え込んでいる。
急に体力をたくさん付けようとするのは難しいのだろうか。確かに無理をして体調を崩してしまっては、もとも子もない話である。
「あ、そうだ」
ジェイスが思い付いたように表情を明るくする。
「ねぇ、ルイシャはいつも部屋で食事しているだろう?そろそろ皆で一緒に食べない?」
「一緒に?いいのですか?」
ベッドから起き上がることが難しかったルイシャはずっと部屋で食事をしている。食事だけではなく、ルイシャは部屋から出たことがなかった。そのため、家族で一緒に食事をするという発想ができなかった。
「勿論だよ!移動はまだ疲れるだろうから車椅子で行こう。部屋の外に出る練習にもなるし、部屋でずっと過ごすよりも体を動かすから体力もつくんじゃないかな?」
普段しない動きをすることで、ルイシャの体力作りにもなり、尚且つ家族皆で食事が出来る良い案である。変に張り切って運動をするよりも、まずは日常生活の中で体力を付けていき、普通の生活が送れるようになることが大切だということだ。
(焦ったらダメよね)
それに、独りで食事をするよりも、絶対に両親や兄と一緒の方が楽しいはずだ。
「私も一緒に、食事したいです!」
ジェイスの提案に、ルイシャは瞳を輝かせて賛同した。
「じゃあ、さっそく明日の朝から行こう。僕が迎えに来るよ」
「良いのですか?ご迷惑では?」
ジェイスは、学園でカインと一緒に役員をしている。ルイシャには分からないが、今学園で何かの行事を企画しており準備で忙しいようだ。わざわざ朝の貴重な時間に迎えにきて貰うのは、ジェイスの迷惑になるのではないかと心配になる。
「可愛い妹が、初めて部屋から出る手伝いが出来るんだ。全く迷惑なんかじゃないよ」
その言葉にルイシャはホッとする。
「そうだ、せっかくだから、お父様やお母様には内緒にしておいて、驚かそうか」
良いことを思い付いたようにジェイスがウィンクする。ジェイスにこんなお茶目な面があることを、ルイシャははじめて知った。
「はい!」
少しでも元気になった姿を見せて両親を驚かせたいという気持ちはルイシャにもあるため、ジェイスの提案に賛成した。
翌朝、ソワソワとした気持ちで早めに目が覚めたルイシャは、侍女にいつもよりも可愛く髪を結って貰った。服装も部屋着ではなく、カインが贈ってくれたワンピースに着替えてみた。ゆったりと着やすいワンピースだが、胸元の大きなリボンや袖や裾にフリルが付いていてとても可愛い。実はワンピースを受け取ったときから、着るのを楽しみにしていたのだ。
迎えに来たジェイスがルイシャの姿を見て「すっごく可愛いよ」と満面の笑顔で言ってくれたので、ルイシャは嬉しさと照れが混じった笑顔を浮かべた。
ジェイスに、車イスに乗せて貰い両親が待つ食堂へ向かう。
思いがけないルイシャの登場に、両親が歓喜感涙したのは言うまでもないだろう。
そして、その日食べた食事はやはり一番美味しかった。