11 小さな不安
短めですが。
「カイン、そろそろ離さないと、ルイシャが倒れそうだ」
笑っているような呆れているような声でジェイスに指摘され、カインは「あ、ごめんね」とルイシャを解放してくれた。
顔に熱が集中して熱い。絶対に真っ赤になっているに違いない。まだ心臓はドキドキと早鐘を打っている。あのまま抱き締められたままだったら、ジェイスの言うように倒れてしまっていたかもしれない。
(でも、少し残念な気持ちも……ってなにを考えているのかしら)
カインの熱と香りが遠ざかったことを残念に思う気持ちもあった。
「僕もルイシャと一緒に帰りたいから、頑張って仕事を終わらせるね」
ルイシャの気持ちを知ってか知らずか、カインは爽やかな笑顔で奥の役員室に入っていった。
「当然のように僕たちと同じ馬車に乗る気だよね。エイデン家の迎えはどうするのさ」
「コルトン家に迎えに来るように今から連絡しておくから大丈夫」
そんなジェイスとカインの会話が聞こえてきて、ルイシャは小さく笑った。
応接室のソファーで課題の本を読みながらジェイスとカインの仕事が終わるのを、静かに待つ。
しばらくして、コンッコンッコンッと軽くノックをする音がし、扉が開いた。
「失礼致します」
そこにはピンクゴールドの長い髪と、髪と同じ色の利発な瞳の少女がいた。
(ヒロインの……!)
前世で、乙女ゲームの画面越しに見ていたヒロイン、クロエ・ルーキンが、目の前に立っていた。
「あ、いらっしゃい。こっちに来てくれる」
ノックの音に気が付いたのだろう、役員室から顔を覗かせた男子生徒(さっき副会長だと挨拶された)が、クロエに声をかけ役員室に誘導する。
ソファーに座るルイシャとチラッと目が合ったクロエは、にこっと可愛らしい笑顔で軽く会釈してから、奥の部屋に消えていった。
(そういえば、「入学早々、生徒会役員に声をかけられている」って噂だったけれど、本当だったのね。乙女ゲームでもそうだったし)
乙女ゲームでもヒロインは生徒会に入っていた。そこでまず攻略対象であるカインと接点が生まれるのだ。
(私は生きているし、カイン様は私のことを好きでいてくれているけど……)
カインルートに入る切っ掛けである、「婚約者を亡くしたカインを慰める」イベントはルイシャが生きているので絶対に発生しない。それに、カインは分かりやすいくらいの愛情をルイシャに示してくれている。
だから大丈夫だと思っている。
(でも……)
白い紙に灰色の絵の具を載せたような、そんなじわっとした言い様のない不安が、ルイシャの心の中に生まれた。