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第86話 小芝居、苦しいっ

長めです。

「まずは国守さまの用事をすませないとな」

 村のおじいさんに牧場の場所を聞いたティティは早速向かう。

 村から少し離れているが、迷うことはない。

 この辺りには迷うほどに道や建物がないからだ。

 歩いている先に小さくサイロが見えている。

 幸いな事にタリオス湖にも近い。

 馬車の中で、景色を見ながらたっぷりとご飯を食べたティティとスヴァは、今エネルギー満タンである。タリオス湖にも潜らなくてはならないから、やや駆け足で牧場へと向かう。

 ハナエ村は大きな牧場と、麦の生産で成り立っているようだ。

 牧場は、村の貴重なたんぱく源でもある。

 聞いたところによると牧場では牛より圧倒的に(シープ)の割合が多いらしい。

 なるほど、国守さまが気にするのもわかるな。国守さま羊好きだからな。もふもふだからな。

 牧場主は肉や毛などを麦と交換し、麦の生産者は牧場から肉と毛をもらう。

 その他必要なものは、ゴルディバからの商人から仕入れているらしい。

 乳製品が欲しければ村に一軒しかない食料品店、毛織物はこれまた一軒しかない衣料品店に行けとおじいさんに教えられた。

 ちなみに村にはメイン通りは一本しかないので、それぞれ迷わず行けそうである。

 おじいさん、情報ありがとう。

 目を細めて笑った前歯がないおじいさんに走りながら、お礼を言う。

 もちろんそんな村に牧場が何個もある訳でなく、1つきりである。

 国守さま依頼の牧場すぐわかって助かった。

<着いたぞ>

 つらつらと考えているうちに牧場に近づいていたみたいである。

「おお。結構走ったけど、あんま疲れてないぞ」

 毎日歩き回っている成果だろうか。

「どれどれどんな感じかな」

 柵に囲まれた中を、手を額に当て眺めてみる。

「うん。羊がいっぱいだね」

 もふもふがいっぱいである。

「お、牛もいる、豚はいないのか?」

 だが、どちらも少し元気がないようだ。

 国守さま情報だと牧草が不足しているのだろう。

 これも植物スライムの影響かもしれない。

 果たして2つ見えるサイロには、冬に向けてどのくらいの牧草が貯蓄できているのか。

 冬を越せるほどにあるのか。

「と、いかん。そんな感慨に耽っている暇はないぞっと」

 時間がないのだ。ティティはリュックから小道具を取り出して、ささっとつける。髪にれいのものを付け、目にも穴を開けた布を巻く。仮面代わりである。最後にローブを着た。これで準備万端である。

 うーん。怪しさ満載である。だが、それも狙いだ。

 ティティは牧場の入り口から、ずんずんと中へと進んで行く。

<大丈夫か? 勝手に入って>

 スヴァが横を歩いて尋ねる。

「大丈夫だよ。私、子供だし。いきなり切りつけてきたりしないだろ」

 そうして人がいそうな方向にどんどん歩いて行くと、1人の従業員がティティを見つけた。

「どうした? 子供がこんなところで? 母ちゃんはどうした?」

 従業員がティティの前に来て、少し屈んで尋ねる。

「あの牧場主さんに、大事な用があるんです」

 質問はスルーだ。そして顔をあまり見られないよう俯く。

「旦那さんに? お前さんがかい? なんの用だ?」

「それは、牧場主さんにしか言えません。でも、大事な、本当に大事な話なんです。ここで、待っているので、呼んで来てもらえませんか? もしくは牧場主さんのところまで案内してください」

 初対面でいきなり、主人に会わせろと言い張る娘。それに怪しげなローブをかぶっている。

「お願いです。本当に重要なことなんです」

 重ねてお願いする。

「わかった。待ってろ」

 ティティの真剣さが伝わったのか、無下に追い返すのも可哀そうだと思ったのか。

 従業員のおじさんは、ここの主人を呼んできてくれるようだ。

 もしかしたら、ここで何も聞かずに追い返して、本当に重要な事だった時、事は自分の責任になってしまうとでも思ったのかもしれない。

 それでも小さいとは言え、いきなり来て旦那に会わせろと言い張る子供を屋敷の中に入れる訳には行かないと判断したのか、母屋と思われるところへと走って行く。

 ほどなくして、先程のおじさんが、ガタイのいい40代ぐらいの髭の生えたおっさんを連れて来た。

 すっごい不機嫌そうで不景気な顔だ。仰ぎ見て割れた顎に視線がまずいった。髭剃りにくそう。

「何か用か?」

 今の時間であれば、仕事は一段落したところだろうが、見知らぬ子供に呼び出されたのだ、不信感もあるし、やることも沢山あるのだろう。

 そんな顔をするのもわかる。

 不測の事態に備えて、先程のおじさんも、牧場主の後ろに控えている。

 これは早くに用事を済ませてしまうに限る。

「牧場主さん、お名前は?」

「はあ? 俺の名前も知らずに来たのか?」

 益々眉間に皺がよる。ケツ顎と合わせて怖いから。

「お名前を聞かせてください」

 再度尋ねる。

「サムエルだ。なんだ? お前は大事な要件があるからと来てみたが、俺の名前も知らなかったなら、ろくな用事でもなかろう! 帰れ!」

 サムエルさん。間違いないな。国守さまどうして名前まで知ってるんだろうな。リサーチ力すげえ。

 でも確認しやすくて助かる。では、ここから小芝居の時間である。

「サムエルよ! そちは今牧草が不足しているのではないか?」

 ここは少し低めの声で。

「!」

「どうだ?」

「それがどうした?! それがお前に関係があるのか!」

 自分の今の最大の悩みをぶつけられていらだったのか。ケツ顎、もといサムエルは声を荒げる。

「要らぬか?」

「な、なにをだ」

「馬鹿な質問よ。牧草に決まっておろう」

 そこで精一杯のどすの聞いた声を張り上げる。

「もう一度だけ問う! 要るのか? 要らぬのか!」

 このままこちらのペースに巻き込むぞ。

「い、いる。欲しい!」

「そうであろう! だから、私は来たのだ」

 ティティは収納袋から、羊用と牛用の牧草が入った巨大な木製箱を2つ取り出した。

「これをそなたに授ける。この箱からその日必要な分だけ、取り出して家畜へ与えよ。この箱に入っている限り、牧草は枯れん。みずみずしいままぞ。無くなったら、この箱を細かく砕いて、牧草地に撒け。来年には生命力のある牧草が生えるだろう」

 できるだけ低い声で、重々しく伝える。

 小さな袋から巨大な箱を出したからか、サムエルと従業員のおっさんは、あんぐりと口を開けたままだ。よしよし。呆けている間に、このまま押し切る。もう一押しだ。

「それと」

 更に牧草ロールも次々とだしていく。全部で100個以上あるか。豚にも使えるかな?

「これだけあれば、ひと冬はもつだろう。受け取るがよい」

「待ってくれ。これはいったい。代金は?!」

 そこではっと正気に返ったのか、牧場主サムエルは急いで尋ねてくる。

「ありがたいが、これだけの量だ。いっぺんには払えない」

「代金は要らぬ。ただ約束して欲しい。私がここに来た事、そして牧草を与えたことを秘密にすると」

「要らない? タダだと? もらえない! 代金を払わせてくれ!」

 うん。まともなおじさんだね。だからこそ、国守さまも慈悲をかけたのかな。ケツ顎だけど。 

「不要である。私は、ある方の(しもべ)である」

 そこで、一瞬フードを脱ぐ。頭の両脇にはゴールデンシープの角。すぐにフードをかぶり直す。昨日糸で髪に括れるようにしたのだ。ぶらんぶらんするから、よく見られると括ってあるだけとバレるから本当に一瞬しかみせられないのだ。けど、これだけ羊を飼ってるんだから、羊の角とわかった筈だ。

 そしてそれが金色であるとも。

「お、おお!」

 ケツ顎サムエルと従業員のおっさんは、目を見開き、驚きの声を上げる。

 この辺り、獣人も珍しいからなあ。驚くよね。でも牧草を大量に出したのと、ゴールデンシープの角で国守さまの使いだとわかっただろう。

「主さまは、この地の私の眷属が無駄に死するのを憐れに思われて、私を遣わしたのだ。お前たちはその意を汲み、これからも家畜たちを大切にせよ。死するなら、他の生き物の糧に。そしてこの世界は回っていくのだ」

 苦しい。シルバーシープが国守さまがそう思ったかはわからんが、それらしいことを言わんと進まんからな。

 主人と従業員は膝まづいて、ひれ伏した。

「ありがとうございます! ありがとうございます! これで私は牧場を辞めずにすみます!」

「うむ。だが、くれぐれも私の事を口外しないように。それと牧草のこともな」

「はい! この者にも固く口をつぐませます」

「頼むぞ」

 本当頼むよ。目立ちたくないからね。

 はあ、これでお使い完了だね。

 牛や羊も元気になるといいな。豚もね。

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