第484話 ティティ、ブリアの研究室でお茶をする
「これ、私が気に入っている店の新作クッキー。朝早く行かないと、売り切れてしまうほどの人気のもの」
私はブルコワ様から身元保証の証文を受け取ると、早々に応接室を退出し、休憩もかねてブリアの研究室に来ていた。椅子が足りないので、ヒースがどこからか借りてきて、皆でテーブルを囲んでいる。
そうして差し出されたのは、大変可愛らしい花模様のクッキーである。
「これはまさか、イルネッセの花?」
なんと!最近見たばっかりの花がクッキーに!
「そうよ。よく知ってるわね」
「うん。ここに来る前に魚料理に使われてた。って、お菓子にも合うの?!」
万能かよ。イルネッセよ!
「うふふ。そうよ。イルネッセは熱を加えると甘くなるから、アクセントになるし、何より見た目が可愛いわよね」
うう。騙されないぞ! 私はまだ怒っているのだ。こんなクッキーで懐柔されないぞ。
たとえ美人さんの笑顔つきでもな!
「おいち!」
と思っている横で、ノアがブリアに勧められて、クッキーを頬張る。
<うむ。美味である>
ワイスも昼寝から目覚めて、テーブルの上で、クッキーをかじっている。
うう。2人ともうまそうに食べてるなあ。
「さあ、ティティちゃんもどうぞ」
「ありがとうっ!」
私は不機嫌さを露わにしながらも、クッキーを1つ。
かりっと噛むとじわりと口に広がる甘さ、噛みしめると、もう一段甘さを感じる。
イルネッセの花が口のわずかな温かみに触れて甘さを出しているのか。
なんと繊細な味よ!
「おいしー‥‥!」
私は目を細めて、味に集中する。
怒りがどこかへ消し飛んでしまった。
クッキーよ。恐るべし!
「どうやら、機嫌が直ったみたいね」
ブリアがにっこりと笑う。
うっ。お菓子に美人の笑顔。再び!!
また出されたら、もうお手上げです。
「もう! 許してあげます!」
「ああ、小さなレディ! よかった! 君にずっと不機嫌なままで居られると、私の心は痛むからね!」
ヒースが手に持ったクッキーを胸に当てつつ、首を振っている。
顔がいいから、何しても似合うけど、でもやっぱり少しまぬけか、ヒースよ。
<お手軽なやつめ>
足元にいるスヴァが、すかさず突っ込んでくる。
なんとでも言うがいい。
スヴァ専用の皿にクッキーとってやり、目の前においてやる。
だいたい私、怒りって続かないんだよな。
疲れるし。
場が和んだからか、ブライトも手を伸ばして、クッキーを味わっている。
「イルネッセ入りのクッキーですか。少し目を離すと、新商品が出てくる。油断できませんね」
ブライトらしいコメントである。
ライはクッキーには手を出さず、ブリア特製のハーブティーを静かに飲んでいる。
「ティティ、改めて謝るわ。ごめんなさい。サーフィス様にお願いしたら、あれよあれよと話が進んでしまって」
「私も父上の早急な行動に驚いたんだよ」
ヒースがお手上げポーズを取り、頭を振っている。
「ヒースはまだしも、ブリアは予測出来たんじゃないの? むしろ、そうなるように口添えしたんじゃない?」
ストレートに保証人の証文くださいってお願いすれば、ブルコワ様に上申なんてことにはならなかったのでは?と思う。
「小さいレディ!? 私の評価が厳しすぎないか!?」
「いえ、私は何も言わなかったわよ?」
ヒースは無視だ。にしても、ブリアの笑顔がうさんくさい。そこで気がついた。
「ああ、そうか。ヒースだ。ヒースか」
「私が何かしたかい!? ああ、私は小さなレディの為に、全力で父上に訴えただけだよ! 小さなレディを全力で守りたいってね!」
「それだよ」
私は自分の額をたたいた。
この何でも大げさな表現をするヒースに、話をさせる。そのこと自体が、カレドニア卿の行動を促進させたのか。
「私としたことが、しくった」
ヒースに頼む時、釘を刺しておくべきだった。
「ふふふ」
ブリアが何もかもわかった風に笑っている。
なんか悔しい。
「でもさ、せめてブルコワ様と対面する前に、一言知らせて欲しかったよ」
私は少しの意趣返しに愚痴る。
「それはごめんなさい。今日の今日で呼びだされるとは私も思わなくて。油断したわ。ブルコワ様は行動の人だってこと、忘れていたわ」
「小さなレディ、きっとブルコワ様も、ルミエール様も、君に一刻も早く会いたかったのだよ。男とは、素敵なレディにはいつでも会いたいものさっ」
よく歯の浮くような台詞がポンポン出てくるな、ヒース。
久しぶりのヒース節、感心してしまう。
ライに半分、いや半分は多いか。10分の1でも分けてやって欲しいものだ。
「謝罪は受け入れました。こちらこそ、予定に割り込んでごめんね。ブルコワ様もそうだけど、二人も忙しいのに」
「なんの! レディの為なら、いつでも時間を取るのだよ! それが私という男だ!」
「いいのよ。私もティティと過ごせるのは楽しいし」
そうはいっても、ここは働く場、職場である。
子どもはそろそろお暇しよう。
最後に1つだけ確認。
「ブリア、研究は進んでる?」
「ええ。データを見ながら、進めてるわ。明るい方向に向かいそうよ」
「よかった」
私がヒントをあげた聖力循環の訓練。それが成果をあげれば、魔法士の寿命は少なくとも今よりは伸びる。私はそれを切に願う。
「さあ、クッキーもなくなったことだし、そろそろお暇しようか」
「あい! ごちそうさまでした」
<馳走になった>
うん。ノアも以前ここでお世話になった時より格段に元気である。
ワイス、自らリュックに入って、また寝る気か?
「では、また後で」
城なんて、長居するものではない。
私たちは早々に、城を後にした。
クッキーは怒りを静めますよね。甘い物は癒やしです(笑)
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