第46話 ベン文具店っ
一晩かけて必死に説得して、何とか湖に潜るのを回避しようとしたが、無駄だった。
がっくりである。
ならば、色々と用意しなければならない。今日朝から湖に向かうのは無理だときっぱりと拒絶した。それにはスヴァもしぶしぶ同意を示した。
ふん。寒い中潜るのはティティだ。身体をあっためるものを屋台で買わなくてはならないし、明日以降の為に、デルコにもぜひともスープ入れを至急試作してもらう必要があるのだ。
その為にまずは、行くところがある。
「ここかあ」
白壁に重厚な感じのする茶色い扉。
やって来たのはベン文具店だ。
ちょっと気軽に中を見ようとは思えない作りだ。
文具などは、商人やお貴族様のほうが需要があるから、ご立派な作りになっているのだろう。マージの紹介がなければ、まず入らない作りだ。
けど、ギルド職員の推薦のお店で今のところはずれはないのだ。
ならば、行かねばなるまい。
ひやかしではないのだ。無下にはすまい。
ティティは扉を押して中へと入った。
いつもなら、元気よく挨拶するが、店内も外と同じようにとてもお上品なので、それもはばかられた。これは長居は無用なお店のようである。
石板を探そうときょろりとしたところで、店員が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ、どのようなものをお探しですか?」
助かった。自分で探すよりも店の人間に聞いたほうが早い。
「はい。石板と石筆、ペンとインクそれとメモ帳みたいなものがありますか? 安いのでいいですが」
最安のものを所望する。
「ございます。お嬢様がお使いになるのですか?」
「ひょ!?」
お嬢様?! 俺か?! なんだかムズかゆいな。上品すぎるぜ。
<お主は動揺しすぎだろう。それにどこから声をだしている>
スヴァめ、心話でいい突っ込みじゃねえか。
それで少し冷静になれた。
「はい。私冒険者になったばかりで、それにこちらの街に来たばかりでもあります。道を尋ねる時などに、石板があったほうが楽かと思って」
「なるほど、羊皮紙やメモ帳なども、お仕事でお使いになるのですね。かしこまりました。少々お待ちください」
おお、ティティのようなちんまいガキにも丁寧な対応してくれる。やはりギルド職員押しの店は間違いなかったようでだ。これで値段も安心だと、なおいい。
今対応してくれたのは、店主だろうか。まだ若そうだ。茶色の髪を後ろになでつけて、清潔感がある男だ。スヴァを連れていても、文句言わないのはなおさらよかった。
「こちらでいかがでしょう?」
そう言って店員が店の真ん中にある小さな四角いテーブルに置いてくれたのは、石板と石筆である。飾りもない、シンプルな石板と石筆である。うん。大きさも背負い鞄にも入る大きさで、丁度いい感じだ。
「はい。とてもよいです。こちらはおいくらでしょうか?」
「合わせて、銀貨4枚でございます」
高いわあ。けど、ずっと使えるものだしな。
「買います」
「ありがとうございます。ペンとインクそれとメモ帳はこちらでいかがですか?」
次に店員がテーブルに並べたのは、本当にシンプルな羽ペンと小さなインク壺、それに黄色みがかった小さなメモ帳である。
「おいくらでしょうか?」
「羽ペンは銀貨3枚、インクとメモ帳はそれぞれ、大銀貨1枚でございます」
ヒョーたっけえなおい!
どうする? 買うか?
必要と言えば必要だが、どうしてもってわけじゃない。
これから亜空間に色々ためておくと忘れそうだから、メモしておきたいだけだしなあ。
うーむ。いや、ここまで来たのだ! 買おう!
先行投資だ!
「買います! 全部で、大銀貨2枚と銀貨7枚でよいですか?」
店員は少し目を見開いた後、にっこり笑って頷いてくれた。
「はい。沢山のお買い上げありがとうございます」
そうだろそうだろ。俺、すごい買い物しちゃったよ。頑張って稼がないといかんよ。
心の中でひーっと悲鳴を上げるティティである。
それを知ってか知らずか、店員は綺麗な薄ピンク色の袋に入れてくれた。
「うわあ。可愛い袋ですね。とても嬉しいです」
リボンまでつけてくれた。すげえラッキーだ。
ティティは可愛いもの、綺麗なものが大好きである。
ここで、買い物してよかったと思える。
「喜んでもらえて光栄です。ぜひ、またお越しください」
うん。当分来ないかな。でもまた文具が欲しくなったら来るよ。そん時はよろしく。
代金と引き換えに渡してくれたピンクの袋を鞄にしまう。
さて、次に向かうはデルのとこだな。
その前に、屋台で朝飯食べるかな。流石に腹が減ったぞ。
文具もいざ買うとなると迷いますよねえ。




