第272話 魂よ。どうか安らかならんことを
「それで、貴女は何をするつもりなんですか?」
ルミエールがティティに尋ねる。
「えーと、踊ります」
「「「「はあ?」」」」
ルミエールも含め大人組全員、間抜けな言葉を発する。
ですよねー。
でも、スヴァが言うんだもの。
「ここに眠る人に向けて鎮魂と葬送の舞を舞います」
くそっ。スヴァの奴、覚えてろよ。後で肉球もみもみの刑にしてやる。
「舞を舞うって、そうすると何が起こるのですか?」
「あ~。この場に超貴重な花が発芽する可能性があります」
「貴重な花が発芽する? 舞を舞う事で?」
ルミエールが思い切り眉を寄せる。
舞だけじゃないけどな。聖力を注ぐことで発芽するんだよな。
でも聖力のことは言えないし。スヴァもっと材料をくれよ。
<我も文献以上のことは知らぬ。文献によるとゴーストになり果てた骸に聖なる光と鎮魂と葬送の舞をおくれ。さすれば、清められ、貴重なる新たな生命が芽吹くだろうとあった。そこから推測してお主に告げたまで>
えっ。なにそれ。超適当じゃね? 私、それで踊らされるの? かわいそうすぎない?
ともあれ、何か答えねば。
「魂鎮めの儀式を、私、えーっと、御使いさまの愛し子である私が舞って、祈りが聞き届けられると、生命の象徴としての植物が芽吹くってことです」
ティティが苦し紛れに答える。
くそ~。自分で愛し子っていうの超恥ずかしいぃぃ。
もう一個、恥かいた。
「愛し子? ティティは御使い様の愛し子なのですか?」
ブライトが驚きに目を見開く。
いや、そこはあまり突っ込まないで欲しい。
<ティティ、あまり時間をおかぬほうがよいと言って話を終わらせろ。論より証拠だ。実物を見た方が納得もしようぞ>
あ、スヴァなんか説明が面倒になってきたな。
だが、私も賛成だ。
いちいち面倒だよ。
「あの、時間が経つと成功率が下がりますので、これ以上は勘弁してください」
「わかりました」
ルミエールが即座に切り替える。
「貴重な植物を採取できるのなら、これ以上は邪魔をしません」
「ありがとうございます」
やれやれやっと前に進めるぞ。
「では始める前にちょっと用意しましょう」
ティティは、大人組にスヴァの指示に従い、今いる部屋だけでなく家の全部の部屋の扉を開け、窓を開け放ち、玄関も全開にする。
風が清めの力を高めてくれるとのことだ。
しかし鎮魂と葬送の舞って何よ。
教会に隣接した孤児院育ちだからってそういった行事は知らないぞ。
死者に手向けるのは祈りのみだ。
<その祈りをより具体的にしたものが鎮魂と葬送の舞らしいぞ>
スヴァもティティの後についてきながら、補足説明する。
<らしいぞって。お前も直接見たことないのか?>
<我は魔王ぞ。知識でしか知らぬ。我が死する時は魔素と呪素を抱え、大いなる深遠たる河の流れに取り込まれ魂までも消滅するはずだったのだ。鎮魂など知らぬ>
<わりい>
<別に気にしておらぬ。我はお主のおかげで、こうして現世にいられるのだからな>
<まあ、俺とスヴァについては結果オーライってところだな。あっ>
<なんだ?>
<ちょっと思い出した>
頭に浮かんだのは、ジオル時代の記憶。
他国の友に教えられたその友の部族に伝わる鎮魂歌、それと踊りとは言えないほどのつたない踊り。
けれど、それで仲間を送った友の姿、そして歌と踊りが今も心に残っている。
やるとすれば、それしかない。
再び人骨が眠る部屋にティティは戻る。
ブライト、ヒース、ブリア、そしてルミエールは部屋の壁際に立っている。
舞の邪魔にならないようにだろう。
スヴァも、部屋の入り口にちょこりと控えている。
ええい。要は、ここで死んだ魂に哀悼の意を表して、踊ればいいのだろう。
きっと、望まぬ死だったろうとは予測がつく。
せめて安らかに大いなる深遠たる河へ。
ティティは大きく息を吸い、呼吸を整える。
そして低く、低く、腹の底から声を出す。
かつての友の歌声と重ねるように、ティティは歌う。
魂は解き放たれた。
苦痛も、苦難も、それはもう過去の話。
今は安らかに健やかに天へと昇れ。
いつか、また会おう。同胞よ。友よ。
どうか。健やかに。
風になって、世界を周れ。
いつか、ともに吹くその日まで。
そう口ずさみながら、ティティは白骨化した遺体の周りを一歩進んで足を揃え、そこで膝を二回まげる。また一歩進んで足を揃え、膝を二回曲げる。その繰り返し。両手は円を描き、天に押し出す。
単純すぎる動きだ。それをゆっくりと3周行った。
短すぎる歌を繰り返し、口ずさみながら。
この骨の持ち主は魔物になり、そして退治されてしまった。
だから大いなる深遠たる河に飲み込まれ、転生は叶わぬ。
けれど。もし叶うなら。願えるなら。
輪廻に還って欲しい。できるならば。
その願いを込めて、踊り、歌う。
それが成就されたなら、その証として花開いて。
その祈りが真実になるか否かはわからない。
ここに残る骨の持ち主は縁も所縁もない人だけれど。
魂までも消えてしまうのはあまりに悲しいから。
偶然にもこの場に立ち会う事になった者からのせめてもの祈りを。
芽吹いて。そして安らかならんことをー。
ティティは両手を天に向けて、故人に万遍なく聖力を降り注ぐ。
一瞬、部屋が清浄な光に包まれる。
終わった。
やり切ったよ。
ふう。くそ。みんなの前で、なんで踊らにゃならんのだと思ったが、これも貴重な薬草の為である。
これで失敗したら、まさに恥かき損だぞ。
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