第201話 心の整理
「ノア‥‥‥」
必死にこちらに手を伸ばして、ぼたぼたと涙をこぼす弟の姿にぎゅっと胸が痛む。
必要なことだとわかっていても、胸の痛みは治まらない。
西の辺境伯を訪問するのは、あの少年が気になるから。
あの少年には辛い役目を押し付けてしまったから。
加え置き去りにしてしまったからだ。
だが、あの少年は今や成人しており、立派にやっているだろう。英雄とまで呼ばれているのだから。
ならば、今はか弱い弟の傍にいるべきではないか。
そう思ってしまう。
「ノア。ノア‥‥」
ティティは俯き、両拳を握りしめる。
戻ってやりたい。傍にいてやりたい。
けれどー。
「其方は西の地にいる2つの魂に会いにいけ。そして救ってやれ」
国守さまの最後の言葉。
その言葉で、もうティティの思惑以上に、西の辺境を訪れるのが必要なのだとわかってしまった。
ならば、今更、国守さまの傍で弟を見守りたいと駄々をこねたところで、国守さまは聞き届けてはくれないだろう。
時が許すものならば、ティティとノアを切り離すことはしないであろうから。
決してちょいいじわるが入ってるとかないですよね? 国守さま?
それに。
「其方と小魔王の魂の救済方法も考えておいてやる」
ともおっしゃられていた。
ティティとスヴァの魂の不安定さを知っていての言葉だろう。
国守さまは優しい。
が、優しいだけではない。厳しい面も多々ある。
今回は相応の働きを求めているのだろう。
国守さま、7歳の女児にも厳しいんだから。
ティティは腕でぐいっと目を乱暴にこすると、顔を大きくあげた。
「よし!」
ここに立っていても始まらない。
さっさと行って、あの少年の様子を見て、国守さまの言う2つの魂とやらを助けて、帰ってくればよいのだ。
やるべきことをやって、とっとと帰ってこよう。
とは思いつつも、心のざわめきは治まらない。
このまま、ヒースたちと合流すれば、説明する時に泣いてしまいそうである。
それは避けたい。ティティは女の子だけど、中身は男子だ。
できるだけ弱みを見せたくない。
少し心を落ち着かせる時間が欲しい。
ふとティティは周りを見回す。
ここは、祠のある場所からほんの少し離れた場所のようだ。
この森はジオル時代に何度か訪れたことがあるからわかる。
ティティを直で祠の傍に送らなかったのは、国守さまはティティの気持ちなどお見通しなのかもしれない。
そしてティティの懐具合も。
見渡せば、レアな薬草がたんまりと生えている。
ティティの横、黙って寄り添ってくれていた相棒に声をかける。
「スヴァ」
「なんだ」
「ここで少し薬草採集する。付き合え」
「了解した」
そうしてしばらくは無言で、ティティは採集を始めた。
珍しいのかどうかは関係なく片っ端から、採集していく。
そのうちに頭が心が正常に働き始めたのか、この森でしか採集できないものを選んで採集していく。
アーリデアルトの森でしか採れないもの。
それは軟膏の材料である。
ただの軟膏ではない。ひどいけがで後遺症が残ってしまった場合でも、この森で採れるレアな薬草を使った軟膏を持続的にぬると、後遺症が消えるすぐれものの軟膏だ。
特にマヒによく効くとされているその薬草は、キリリ草という。
身体の欠損さえもたちどころに直してしまう特級ポーションの材料も、この森にある。
タジリヒネの花、マンダリガラ草などなどだ。
これから行く西の辺境領は魔王領と接している領である。
魔物、下手をすれば魔族を相手にしなくてはならないとても危険な場所である。
その為、これらの薬草はきっと高く売れる。
そしてティティの懐も温かくしてくれるだろう。
「そうだよ! 薬草売ってがっぽり稼いで、ノアにお土産を買ってきてやろう!」
くよくよしてここに留まっていたら、いつまで経ってもノアを迎えにいけない。
薬草を採りつつ、心の整理を付ける。
ある程度の範囲の薬草を取りつくしたティティは、そこでやっと踏ん切りがついたのである。
「ノア。頑張って、丈夫になるんだぞ」
ねえねもがんばるからな。
「スヴァ」
いつのまにか足元にちょこりと座っていた相棒に声をかける。
本当に察しがいい。
「うむ」
「ヒースとブリアたちと合流しよう」
そうしてティティは先に進む為に歩き出した。
たとえ一時でも別れは辛いっす。
シリアス回が続いて、ちょっと私も辛いっす。




