第167話 赤い花、来年も見れるといいね
「さて、ここが最大の祭の見せ場です」
「はあ」
「なんですか。その気のない返事は。折角特等席で見せてあげようと呼んだのに」
いえ、それは余計なお世話です。どうぞ放っておいてください。
そう口まで出かかったのを、ティティは何とか堪えた。
なんでこうなった。
ティティのキュッと締めた口元を見て、ルミエールがニヤリと笑う。
これはわざとだ。遠まわしな嫌がらせである。
今、ティティとノア、そしてスヴァは植物スライムを退治した第一の湖、テフラ湖に来ている。
日は暮れ辺りはもう暗闇に包まれている。
そんな中、領民たちは、各々小さな灯籠を持って、湖岸に集まっていた。
豊穣への感謝と来年の豊作になるようにとの祈りを込めて、湖に灯籠を浮かべるのだそうだ。
それをティティは湖から少し離れたところで、領主ブルコワと少し豪華な椅子に並んで腰かけている。
その後ろには美人な息子のルミエールと護衛がずらりと並ぶ。
嫌がらせにもほどがある。
なぜこの地方の一番偉い人と並ばなければならないのか。
気軽にメインイベントを楽しみたい。
ノアはティティが居ればいいのか、特に緊張することなく、目を輝かせて湖に浮かんだ多くの灯篭を見ている。
ティティは慰めを求めるように、膝に座るスヴァを撫でた。
「ティティルナよ」
ブルコワが呼ぶ。
「は、はい!」
前世も今も庶民だ、領主に声を掛けられただけで、緊張すんのよ。その為、どもってしまうのは許して欲しい。
<何をいまさら。堂々としてればよかろう>
スヴァがぼそりと心話で呟く。
それが出来れば苦労しないっての。
「こたびの事、本当に大儀であった。この祭りを、今年見られるとは思わなかった。礼を言う」
なんだよ。もういいよ。お礼は十分してもらったし。
「いえ。私は知ってることをお話しただけですので。その情報を是と判断したブルコワ様と、それを実行したこの地の魔法士や騎士の方々がすごいのです。特にルミエール様が特化していたかと」
そうなのだ。魔法陣に魔力を注入する時など、美人な息子さんはひと際目立っていた。
最後だし、お世辞がてら言ってみる。それで少しはこちらの印象がよくなるといいなあ。
美人さんに嫌われたままなのは、つらいです。
「うむ。ルミエールは親の私が言うのもなんだが、出来がいいのだ」
ごつい顔が微かに緩む。親ばかか。それを心に仕舞い、同意しておく。
「そうですね。ルミエール様は優秀でいらっしゃる。植物スライムの駆除での指揮も、もたつかず、すごいスムーズでした」
「そうだろう、そうだろう」
「そのおかげで、植物スライムも最大限生かせたのではないかと」
「顔だけではないとわかりましたか?」
それまで黙っていたルミエールが口を挟んで来た。
やっぱり、初日のティティの第一声、根に持っていたのか。
挽回のチャンスかもしれない。
「ここでなぜ顔の話が? 今はルミエール様の能力の話をしてたんですよ。私はまだ、1つの任務しか見ていませんが、その手際の良さをみて、それを行う為の日々のたゆまぬ努力、そして机上だけでなく失敗を恐れずに実践しているからこその今があるんだと思います。それは本当文句なしにすごいって思います」
「貴女は私の顔だけを評価していたのではないのですか?」
まだいうか。
「それは最初だけですよ。だって、誰だって最初は顔や姿からでしょ。ルミエール様の容姿は特にすごいですから、しょうがないです。持たないものにとっては、それだけでも、十分得してると思います。けれど、ルミエール様はそれだけでなく、更に内面も磨かれている。すごいですよ。逆に内面が充実しているからこそ、お顔がより輝いてみえるのかもしれないですね」
どうだ。これで少しは評価が変わったか?
お世辞じゃないぞ。本当にそう思ってるからね。
そう思い、後ろを振り返ってみると、ルミエールは少し口を開けたまま、ティティを見ていた。
いつも厳しい顔ばかりしてる彼には珍しい顔である。
何をそんなに驚いているのか。
「いいですよね。それだけの頭脳と美貌があれば、どんな取引でも、思う通りに進められる。ルミエールさまは一杯武器をお持ちです」
家柄、顔、姿、頭脳。全く神は不公平である。
そのうちの1つでもティティに分けてくれれば、もっと楽な人生を歩めるだろう。
いや、この考えがもうすでにだめなのかもしれない。
ティティがうんうんと頷いているのを見て、ルミエールがふっと笑う。
「ありがとうございます。これからも貴女に認められるよう、精進してまいりましょう」
「えっ」
それはどういうことだ。私はもう君に会うつもりはないよ。
問いただそうとしたその時、ブルコワがティティの肩を叩いた。
「始まるぞ」
その声にティティは視線を湖に向ける。
湖には何百という灯籠。それが音もなく、湖の中心に集まっていく。
湖の周りには、城から派遣された魔導士たちが湖に両手を向けている。
1つの灯籠がふわりと浮き上がる。2つ、3つと次々に浮かび、ゆっくりと渦をまく。
それはやがて大きく、早く。
上へ上へと風に乗り、天へと昇る。
湖を囲う高い木々さえも超えて、ティティの首が痛くなるほど上空に上がった時、それらが一気に燃え上がり、五つに別れ散らばった。それはまるで闇夜に開く。赤い花のようで。
「ねえね、きれい!」
「わあ!」
<ほお>
ノア、ティティ、スヴァから思わず感嘆の声が漏れる。
それは儚くも一瞬の花。
辺りをすぐに静寂と暗闇に包まれた。
その中、人々は跪き、祈る。今年、来年の豊作を。
「来年もまた領民とこの花をみれればよいと思う」
「はい」
ブルコワの呟きに、ティティは深く頷いた。
お祭りの最後って少し寂しいですよね。