第166話 見てるか?
「よし、準備は万端」
今日はゴルデバで街を挙げての祭りがある。
ティティはお祭り用にと買った少し大きめのポシェットをポンと叩いた。
この中には、銅貨と大銅貨がぎっしり詰まっている。
お祭りではの小銭を沢山用意する。これ買い食いの基本である。
「いいか。ノアとスヴァ、私たちはこの祭りが済んだら、厳しい旅に出なくてはならない。だから、ここでいっぱい美味しいものを食べるんだ」
「うん!」
<うむ>
今日のティティとノアの服はリッシュの店で買った古着である。
ちびっ子ノアにピッタリ合うサイズはなかった為、少し大きいサイズを購入して、カレドニア家のメイドさんが手直ししてくれた。ティティがやると言ったのだが、あれよあれよと持ちされてしまった。
助かりましたメイドさん。
それはさておき、ティティは真剣に続ける。
「気に入った食べ物があったら、遠慮なく言う事。それを旅のお供にして厳しい道のりを乗り切るんだからね」
<そこまでか?>
「そうとも! 食欲は人間の根源だ! 美味しいものは正義だ! 祭は楽しい!」
<おい>
スヴァ、反論は認めない。
「さあ! ノア! スヴァ! ともに行こう! 大いなる楽しみが我々を待っているのだ!」
ティティはしたなくも鼻息高く片手を突き上げると、祭会場へと歩き出した。
豊穣祭と銘打っての今回の祭、昨年はあまりの不作のため、中止になっていた。今年もほぼ中止だろうと思っていたが、不作解消の目処が経ったので、その祝も兼ねて行われることになった。資金は領主から出され、運営は冒険者ギルドと商業ギルドが主として開催された。メイン会場は下町広場だ。祭りは主に平民主体だそうである。けれど、お貴族様もお忍びで遊びに来るらしい。お祭りは楽しいもんね。
急遽開催という事もあり、いつもよりは小規模のようだが、それでも参加している領民の表情は明るかった。
祭りは無礼講である。皆、思い思いの屋台に立ち寄り、飲んで食べて、歌い踊る。
もちろん、それにティティも率先して参加した。
「ふわああああ! 幸せ!」
ティティの両手には甘辛のタレが付いた団子と、肉汁たっぷりの串焼きの肉。
それを交互に頬張りながら、思う存分味わっていた。
「ねえね、おいち」
ノアの小さな両手に同じものがしっかり握られている。
足もとでは、スヴァが自分専用皿に取り分けた餅と肉を食べている。
今、ティティたちがいるのは、広場の端。スヴァとともに、食べ歩き難しいので、目についたものを買って、シルバーシープに借りた肩掛け収納袋に入れて、ここに落ち着いたのである。
ノアが鞄に容量以上のものを入れているのを不思議そうに見ているが気にしない。
広場では少し日が傾いて来た為、薄暗くなっていたところに、丸い提灯の明かりが揺れる。
そのぼんやりした明かりが、何とも温かく、広場を照らす。
ティティがこの町へ初めて来た時の領民の顔とは雲泥の差である。
皆、原因がわからない不作に、大きな不安を抱えていたのだろう。
祭の始まりに、広場の中心で、領主ブルコワが、この地の不作の原因が判明し、来年は解消されるとの言葉を述べ、開催の宣言を行った。
説明はかなり端折られていたので、訳がわからない領民が多いに違いない。
けれど、領主の言葉だ。領主が解決してくれたのだと喜んだ。
「よかったな。本当よかった」
ティティは広場の中央で音楽に合わせて踊る人々を見ながら呟いた。
ティティ。見てるか? これで口減らしに子供を捨てる親も少なくなるぞ。
ティティのような悲しみを感じる子供を少しは減らせたと思うぞ。
ティティは胸に手をあて語り掛ける。
ティティ。見て見ろ。世の中にはもっと面白いもんがたくさんある。これから俺はお前にそれらを見せてやるからな。だから、もし実際に体感したいと思ったら、いつでも還ってきていいんだからな。
その言葉にスヴァが皿から顔をあげた。
<スヴァ。もしティティが還ってきたら、また俺とティティの中へ眠ることになるかもしれないが、勘弁だぜ>
<かまわん。元に戻るだけだ。我はお主といて不快ではないからな>
<マジか?>
<ああ>
<ありがとな>
そしてまた、自分の中に眠るティティに話しかける。
だからなティティ、還ってこい。還ってこいよ。
いくら呼びかけても返事はない。
紫に染まった空に祈った願いは、叶わなかった。
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