第165話 もう少しかな
店を出た後、ティティとノアそれとスヴァはゆっくりとカレドニアの屋敷まで歩いて帰った。
本当はリッシュの古着屋に寄って、ノアの服を買いたかったが、ノアの疲れ具合を見て断念した。
何も今日買わなくても、服は逃げないからね。
あてがわれた客室に戻ると、ノアがぐったりとソファに身体を預けた。
「疲れちゃった?」
「うん、少しだけ」
強がっているが、かなり疲れたはずだ。
まだまだ栄養失調の4歳児だ。
部屋について来てくれたメイドさんに、果実水を頼む。
ノアはお茶よりも甘い飲み物のほうがいいだろう。
それにしても、ノアと今日一日過ごしてみて思った。
「馬を購入した方がいいかな?」
ノアと2人徒歩での旅は無理そうである。
馬ロバかな。ティティ自体まだまだチビである。
馬を操るのは身体的に難しい。
それとも乗り合い馬車を利用したほうがいいか。
迷いどころである。
メイドさんが持って来てくれた果実水をソファに座って、2人でクピクピと飲んで一息ついていると、ヒースたちが帰宅したようで、先程果実水を持って来てくれたメイドさんが、もうすぐ夕食だと呼びに来てくれた。
食堂に行くと、すでにカレドニア家一同とブリアが席に着いていた。
「遅くなり申し訳ありません」
ティティとノアが慌てて席につく。
スヴァは申し訳ないがティティの部屋での食事である。
「よい。こちらが早めに着いていただけのことだ。さあ、始めようか」
その当主の言葉を皮切りに食事が始まった。
サーフィス=カレドニア。ヒースの父親である彼は、ヒースが本当にこの人の子供かと思うほどに、硬質な感じの御仁である。ヒースは反動で、チャラく、いや、明るくなったのかと思うほどにタイプが違う。
ともあれ、ヒースの家族は皆、ティティたちにとても優しかった。
今日同席しているヒースの家族は当主と奥様だけだが、ヒースの兄たちもすごく気を使ってよくしてくれた。
ティティとノアの家族が、こんな家族だった幸せだったろうなと思うほどだ。
その人たちとも、もうすぐお別れである。
すごいよくしてもらったから、何かお礼をしたいが、思いつかない。
俯いて考え込んでいたティティにヒースが声をかけた。
「どうしたんだい、小さなレディ? 暗い顔をして。何か嫌いなものがあったかな?」
「いえ! 全部美味しいです! 嫌いなものなどないです!」
おっと気を遣わせてしまう。気を付けないと。
「では、どうしたのかな?」
「はい、ここに滞在している間、皆様に大変よくしていただいたので、旅立つ前に何かお礼ができればと思ったのですが、何も思い浮かばなくて」
よいきっかけだ。素直に聞いてしまおう。
ティティは親に捨てられた孤児で、片や子爵家だ。物質的なものなど何でも買える身分である。
ティティなど何も持っていないに等しい。
そんなティティに何を渡せるだろうか。
「おやおや、何を言っているのかな? この小さなレディは。ここには依頼で滞在してもらっているのだから、礼など不要だよ」
ヒースがいつもの軽い口調でおどけたように少し肩をすくめる。
「それはそうですが、それ以上に大変よくしてもらってますから」
「それはこちらの台詞だよ、小さなレディ。私たちはとてもレディに感謝しているんだ。未来を、大いなる希望を貰ったんだからね。こちらこそ、これくらいのもてなしじゃ申し訳ないと思っているよ」
また、ヒースは大げさだ。それにその台詞はご当主に不審がられないと冷や冷やする。ちらりと見たご当主は特に気を止めるでもなく、黙々と食事に集中している。
うん。ヒースの大げさな表現になれてしまって、気にしてないのかもしれない。
「そうだ、それでもまた気にするなら、これから出る旅の事を手紙で教えてくれないか? もしくはまたここに戻って来て、話を聞かせて欲しい。私たちはなかなかこの地を離れる機会がないからね。他の街のことを聞かせてくれたらと思うんだよ。どうかな?」
それくらいなら、ティティにもできる。
「わかりました! 必ずお話します! お手紙も書きますね!」
「私にも書いてくれるかしら?」
ブリアが少し小首を傾げて聞いて来る。
「ええ! 書きます!」
これは楽しい。一つ楽しみが増えた。
「私たちもティティの手紙のご相伴にあずかるとしようか。ティティの冒険談を楽しみにしよう」
最後にサーフィスがそう締めくくった。
「はい!」
ああ、旅立つ日が近いとティティは感じた。
カレドニア家との団欒でした。