第163話 要るよねー、こういう店員
そうしてやって来たのはお貴族様がご用達の果物店である。
ちなみに下町市場に折角行ったので、鞄に入れてもおかしく程度の食料は確保してある。
ティティとスヴァはとにかく燃費が悪いので、食べ物の確保は他の人より死活問題なのである。
「さてと、ここだ」
以前、ネクタールがあまりに美味しかったので、是非にまた食べたいと思って、ヒースに聞いたら紹介してくれた店だ。
貴族街にほど近い店。リスタール青果店。貴族街ではないから、少し入りやすいだろうとヒースが言っていた。
そういうからやってきてみたが、立派な扉である。今日は一張羅の服ではなく、リッシュの店で買った古着だ。もろ平民冒険者である。果たして売ってくれるだろうか。
門前払いされたら、やだな。
<ぐずぐずするな。時間がもったいなかろう。早く扉をあけろ>
スヴァが前足でべしりとティティの足を叩く。
<わかったよ>
流石元魔王。まったくものおじなしだ。
「ノア、着いたぞ。目を覚ませ」
「んー」
「おろすぞ。ちゃんと立つんだぞ」
「あい」
目をこすりつつも、ノアは立って、ティティの手を握る。
よし。準備完了だ。
扉を開けると、来客を告げる軽やかなベルの音が店に響いた。
それにともなって、店員が出て来る。
白いブラウスに黒のスカート。茶色い髪を後ろでひっつめている。
年は20代だろうか。入ってきたティティとノアを瞬時に見定めた。
「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」
うーん。第一印象は残念。
「ネクタールはありますか? 後、少し店内を見せてもらって買うものを決めたいのですが、いいですか?」
「ええ、構いませんとも。ただ、そちらのペットは出入り口のところまでで、お願いできないでしょうか」
ペットじゃないよ。従魔だけど。どっちでもいいか。
食べ物を扱ってるから、店の中へは難しいか。
「スヴァ、ドアのところで待機してくれるか」
<うむ。かまわぬ>
スヴァは指定された場所にちょこりと座った。
心の広い元魔王様でよかったよ。
「さあ、こちらでございます」
そう言って、店員が意識して導こうとしたのは、弟のノアだ。
なるほど、ノアは今日ヒースのおさがりを着ているので、いいとこの坊ちゃんに見られているのか。
となると、今までちぐはぐな組み合わせてで歩いていたのか。
しくった。ノアが誘拐の的にされなくてよかった。
でも、ノアの服も買うからな。これから気を付ければ問題あるまい。
うお。リッシュの店に先に寄ればよかった。つい、お土産買わん!と勢い込んでしまった。
さて、どうするか。このまま、ノアの付き人として振舞った方が、スムーズに買い物できる気がする。
「ねえね、この実、いい匂いがする!」
ネクタールの前で、ノアが叫んだ。
「ねえね?」
店員が訝し気にノアとティティを見やる。
あー、これはもうだめだな。
「はい、姉弟です。何か問題がありますか」
「いえ、ただこちらの店は高級な果物なので、非常にお値段が張りますが」
ガラっと店員の雰囲気が変わった。小奇麗な格好をしているが、冒険者の弟であると見定めたのだろう。店員がおまえに払えるのかっていう目で、ティティを見る。
「ねえね、この実食べてみたいな」
その店員の態度に気づかないノアが、ネクタールに手を伸ばした。
刹那
「触らないで!」
店員がノアの手を叩いた。
「いたっ!」
「高いものなのよ! むやみに触らないで!」
「ごめんさい」
ノアは赤くなった右手に左手を添えて、謝る。
その目には涙がぷくりと浮かんでいる。
「ノア! 大丈夫か!?」
「う、うん。ごめんさい」
「いいんだ。手、見せて」
屈みこんで、ノアの手を見る。幸い少し赤くなってるくらいだ。
傷にはなってないみたいだ。
ふざけんなよ! くそ! 子供を叩くなよ!
ティティは切れた。
すっくと立ちあがると、店員の胸に指を突き付けた。
「なんだよ! 何も叩くことないだろ! 売りもんにならなくなったら、俺が買えばいいだろうが!!」
可愛い弟に手を上げやがって! ゆるさん!!
ティティ怒り爆発!