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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不死者にされた少女が歩む道

作者: Liz

 15才のあの日、私の運命が決まってしまった。

 落雷のように頭に響いた声が、私に「スキル」が目覚めたことを告げてきたから。

 それは≪触れ得ざる者≫と言われる特殊な能力で、私はその日から年を取ることも、死ぬこともできなくなった。

 どんな大けがをしようと、それこそ腕を切り落とされようとすぐに生えてきて、1日もたたないうちに完治してしまうのだ。

 私が希少なスキルを獲得したことは、瞬く間に皇都にまで伝わった。

 この国では能力者は全員、皇国の「所有物」となってしまう。

 次の日には皇都からの使者がやってきて、私と両親を皇帝陛下の前まで引っ立てた。

 だだっぴろい謁見の間、見上げるほど高い場所にある玉座に坐した皇帝陛下は、尊大な態度と声音で私の能力をほめ称え、莫大な褒美と引き換えに娘である私をこの場に置いていくよう父と母に命じた。

 貧民だった両親は褒賞の大きさを聞いて飛び上がるように喜び、何のためらいもなく私を残して皇宮を出ていった。

 私を疎んじていた母は日々暴力を振るっては家事と村の仕事を私に押し付け、働きもしなかった父は私を毎晩いじめては自分の欲望を発散していたから、愛してもいない娘を手放すことには、何の抵抗もなかったのだろう。

 広い謁見の間に残されたのはボロをまとった私と、きらびやかな服に彩られた皇帝陛下だけだった。

 陛下は下品な目つきで私を舐め回し、私の能力が持つ可能性に期待を膨らませているようだった。

 子供だった私には、何も抵抗する術はなく……


 それから、地獄の日々が始まった。


◇ ◇ ◇


 私の身体の秘密を探るべく、皇都郊外の施設で様々な実験が行われた。

 なぜ傷がすぐ治るのか。

 どこまでの傷なら治せるのか。

 なぜ年を取らないのか。

 スキル発動の仕組みを解き明かして不老不死の力を再現し、皇帝陛下へ献上しようとしたのだ。

 方法は単純。

 私の手足を切りつけ、お腹を鋭い槍で貫いて、傷付けてしまえばいい。

 氷のように冷たい水に沈めて窒息させ、燃え盛る炎の中に頭を突っ込ませ、焼き尽くしてしまえばいい。

 そうして身体が傷付き治っていく過程での魔力の反応と空間のずれを記録して、スキル発動の際の変化を分析するのだ。

 死ぬほどの激痛を私に味わわせても、私がのたうち回るほど苦しんでも、施設の職員は眉一つ動かさなかった。

 ここは実験場であり、実験動物である私の感情なんて、彼らは欠片も気にしていなかった。

 彼らが抱いているのは、レアな能力を目の当たりにできる喜びと、そのからくりを暴こうとする好奇心だけだった。

 身体を治す魔力がどこからやって来るのかを調べるため、水と食料を何日も何十日も与えず、私が飢えと渇きに苦しみ抜くのを観察されたりもした。

 皮膚や筋肉、内臓、骨に至るまで、あらゆる部位から大量の細胞を採取して培養し、身体の欠片からでもスキルが働くのかも調べられた。

 様々な実験の結果、スキルが発動するには、私の魂とのつながりが必要だということが判明したらしい。

 切り落とされた手足は時間と共に消滅し、そこから新しい身体が作り上げられることはなかったのだから。

 そうして不老不死を実現する仕組みを解明すべく、さらなる実験が積み重ねられていった……

 実験施設にいる間、陛下自ら私を嬲ることも多かった。

 どんなことをしても死なない私は、嗜虐趣味を持つ彼にとっては最高のおもちゃだったのだろう。

 毎日実験に晒され、高貴なる人に犯され、肉体だけでなく魂さえも傷付けられ、もてあそばれて。

 やがて何も考えられなくなってきて、されるままに苦痛の日々を送り続けた。

 施設に収容されて何年もの歳月がたった、ある日。


 私は、彼と出会った。


◇ ◇ ◇


 彼は、見るからに冒険者という風体をしていた。

 無精ひげを生やし、ぼさぼさの黒髪は何の手入れもされてなかった。

 薄汚れたボディアーマーと手甲、脛当ては相当に使い込まれていて、熟練の傭兵のようにも見えた。

 何かで真っ赤に染まった片手剣を手に、彼は鉄格子の向こう側に立っていた。

「俺と一緒に来るか?」

 ぞんざいに、ぶっきらぼうに、彼は聞いてきた。

 牢の中の私は、何の返事もできなかった。

 度重なる実験で意思をすり潰され、言葉を発することもできなかったから。

「俺は、お前を牢屋から出してやれる。その中から出して欲しいか?」

 意思を確認するように、彼はもう一度聞いてきた。

 私は口を動かしたけれど、上手く言葉にならなかった。

(早く……早くしないとっ)

 今、返事をしなければ、彼はどこかへ行ってしまう。

 彼の声には哀れみも同情もなく、対等な相手として話しかけていた。

 だから私が何も言わなければ、ここにいたいという意思の表れだと受け止められてしまう。

 そんな強迫観念にも似た思いが私を突き動かし、床を這いずるようにして彼に近づき、やっとのことで鉄格子を掴んだ。

「わたっ、わたし、はっ……」

 なけなしの勇気を振り絞って、かすれた声を絞り出し、差し出された彼の手を取った。

 一緒に行きたいという、自分の意志を示すために。

 私は、何としても、彼について行きたかった。

 彼の鳶色の瞳が、とてもきれいに見えた、からだ。

 施設の研究者たちのような、感情の欠片も見えないすりガラスではない。

 陛下のように、穢れた欲望に濁ってもいない。


 とても、とても澄んだ色をしていた。


◇ ◇ ◇


 彼は名を、クライフと言った。

 100人くらいの仲間と共に、私が囚われていた場所――生体実験施設を壊滅させるべく襲撃してきたのだ。

「お前、名前は?」

「……ないの」

 施設から撤収中の馬車の中でクライフに聞かれた私は、小さな声で答えた。

 親が付けた名前はあったけど、施設で付けられた管理用の名前はあったけど、それらで呼ばれるのはすごく嫌だった。

「だから、好きに呼んでいいよ。おじさん」

「……俺はまだ25だぞ。おっさんなんて言うな」

 とても不機嫌になった彼は皇国歴652年生まれで、施設を襲撃したメンバーの中では一番若いらしい。

 私はクライフのその年を聞いて、少しだけ嬉しくなった。

 だって私も、652年生まれ。

 彼と、同い年だった。

「そっか……名前なんて何でもいいから、好きにして。クライフ」

「それじゃ今日からお前はアリスだ。いいな?」

 クライフが付けてくれたのは、とてもありふれた女の子の名前だった。

 でも。

 私はその名が、とても気に入った。

 それは子供の頃に夢中になった、絵物語のヒロインの名前だった。

 囚われのアリスを救い出す勇者の物語で、最後には強大な魔王を倒して彼女と結ばれるというお話だった。

 小さかった私は村のゴミ箱に捨てられていたその本の虜になって、一言一句まで暗唱できるほど繰り返し読んでいた。

 部屋に隠していた本を母に見つけられて燃やされて、とても悲しい思いをしたけれど、生まれて初めて触れた物語に、心から感動した覚えがあった。

 突然呼び覚まされた懐かしい記憶。

 夢の中のお話に思いをはせてから。

(まさかね……)

 私はそれを、あまり深く考えないようにした。

 だって。


 その物語の主人公の名前が、クライフだったのだ。


◇ ◇ ◇


 クライフは、とても人懐っこい人だった。

 初対面だろうと敵対していようと関係なく誰にでも気安く話しかけ、すぐに肩を組めるくらいには仲良くなれる。

 彼と一晩お酒を飲み交わしたら、次の日には親友になれるくらいなのだ。

 それがスキルなんじゃないかと思えるくらい、彼は人と仲良くなるのが上手だった。

 そして、彼の興味は……


 私にも、向けられていた。


「私と一緒にいて、退屈じゃないの?」

 と、私は机を挟んだ向かいに座ったクライフに聞いた。

 彼の村で暮らすようになって半年。

 私はガルフさんという老賢者に、魔法を習うようになっていた。

 傷付けられた身体を治すため、肉体の老化を防ぐため、スキル≪触れ得ざる者≫は常に発動を続けているらしい。

 そのおかげか、私は人より魔力が多く、ガルフさんが教えてくれた初歩的な魔法はその日の内に使えるようになっていた。

 この、大きな魔力を他の事――例えば傷付いた人を治す魔法とか、襲ってくる敵を倒す魔法とかに使えるようになりたかった。

 だって、ここは……

 皇国の敵意が向けられている村だったからだ。

「すっげえ楽しいぜ」

 クライフが満面の笑みで答えるのは、いつものことだった。

 彼は私の傍に来ては、私を眺めて話しかけてくることが多かった。

 そんなことして何が楽しいのか、不思議でならなかった。

 私は大して面白い話なんてできないのに……

「真面目な顔をしてるアリスを見てるだけで、時間が経つのも忘れられるからな」

 そんな恥ずかしすぎることを真顔で言えるのも、きっと才能だろうと思う。

「……バカじゃないの?」

 と、私は言ってしまって、内心で後悔していた。

 心が弾むほど嬉しかったのに、それを表に出すのが恥ずかしくて、真逆のことを言ってしまったからだ。

「クライフだって忙しいんでしょ?」

 心の内の気まずさに耐えられなくて、私は本に視線を落としたまま聞いた。

 彼は若いながらもこの村のリーダーで、いつもみんなから相談を受けていた。

 自警団の編成と訓練から、近隣の村落との交渉とか隊商との交易とかまで、彼じゃなきゃ解決できないことが、この村には多すぎるのだ。

「たまにはいいだろ? 俺にだって休息が必要なんだ」

「休みたいなら家で寝てればいいのに」

「一人で家に引っ込んでたら寂しすぎて死ぬ」

「なにそれ……」

 本気で泣きそうな彼に、私は呆れるしかなかった。 

「誰かと過ごしたいなら、スーラさんがいいんじゃない? ああいう美人さんと一緒にいた方が、きっと楽しいよ?」

 彼女は、絶対クライフに惚れている。

 スーラさんがこの男に向ける熱い視線は、村の誰もが知っていることだった。

 それに私は、15才の頃から一切成長していない。

 背が低く痩せぎすの私を見てたって、ちっとも楽しくないだろうに。

「それじゃダメなんだ」

「なんでよ?」

「俺が、アリスを好きだからだ」

「……はい?」

 彼は笑顔を消して、大真面目な顔をして私を見ていた。

 そんな顔したら、クライフちょっと、カッコ……

「……冗談、でしょ?」

 頭に浮かんだ変な考えを振り払い、私はかろうじてそう聞いた。

「俺は本気も本気だ。邪心なんて欠片もない」

 クライフは身を乗り出して、そう言ってきた。

 笑うこともからかうことも許されないような、真剣な表情で。

「アリスの全てが好きだ。あの時、施設でお前と出会った時、俺は運命を感じたんだ」

「……そんなの、信じられない」

 私は思わず身を引いて、彼を拒絶してしまった。

 そんなこと言われても、どうしたらいいのか分からなかった。

「だいたい、私なんかのどこがいいの?」

 その言葉は本心だった。

 この村に来て以来、本ばかり読んで勉強ばかりしている私は、あまり人とのかかわりを持てていなかった。

 いつも一人で過ごしている私を好きになる理由なんて、ないは……

「いっぱいあるぞ。病気になったガルフのじじいを涙をこらえて看病してたところとか、裏庭に花を植えて世話してるとことか、子供たちに文字を教えるために本を読み聞かせてるとことか、そういうお前が全部好きだ。特に、今みたいに必死で勉強している姿とかはたまらんな。それに、たまに見せるお前の笑顔は俺の心に突き刺さるし、スレンダーな身体のラインだって最高だと思う」

「……小児性愛とか、さいてーだよ?」

 辛うじて、私はそう言い返した。

 言われたことが恥ずかしすぎて、きっと私は、熟れた果実よりも赤くなっているだろう。

 羞恥のあまり視線を逸らした私を、クライフは。

 目を丸くして凝視していた。

 熱のこもった鳶色の双眸が全身に突き刺さり、私が身を縮こませてその視線を避けようとしているのに。

「その照れ顔は最強だ! もっと見せてくれ!」

「大声でこっぱずかしいことを言うな―!」

 もうこれ以上は耐えられなくて、私は本を投げつけて彼を追い払った。


◇ ◇ ◇


 私が村に来てから四年。

 クライフの村は大きくなり続け、もう都市と呼ばれてもいいくらいの規模になっていた。

 彼を慕って人の流入が続き、人口も万を超えるほどになっていたのだ。

「せんせー、さよーなら!」

 手をブンブンと大きく振る子供たちに、私は片手をあげて応えてあげた。

 少し前に新設された初等学校で、私は教師の職に就いていた。

 読み書きや簡単な計算、初歩の魔法など、数十人の生徒に教える仕事。

「はあぁー、疲れた。疲れたよぅ……」

 子供たちを学校から送り出した後、私は盛大なため息をついた。

 こういう、人と話をする仕事なんて私は一番苦手なのに、どういうわけかやることになってしまった。

 ガルフさんに教わった知識をもっと広めて欲しいとクライフから熱心に、とても熱心に頼まれたから。

 その私の魔法は、師匠から太鼓判を押されるほどに上手くなり、彼が扱えなかった大魔法に関する本まで譲ってもらえた。

 私はそういう、本を読んで魔法の研究をしている方が向いているのに……

「……何の用?」

 割り当てられた自分の部屋に戻ると、そこには私をこんな目に遭わせた張本人がいた。

 とてもまじめな顔をして。

「アリスに、知らせたいことがあってな」

「知らせ……?」

「ピストリウス夫妻の所在が、ようやく分かったんだ」

 その名前を聞いた瞬間、私は、身体を強張らせた。

「……どうして、そんなことを調べたの?」

「ここ最近、お前が自分の両親を探してるって聞いたからだ」

「別に、探してたわけじゃないよ。あの二人が、私を売ったお金で何をしているのかを知りたかっただけ」

 返す声が、震えてしまった。

 平静を装うなんて無理だった。

 小さかった私を暴力で支配し続けた挙句、喜んで売り飛ばした奴らのことを口にするのは、途方もない努力が必要だった。

「それで……二人は今、どこにいるの?」

「もう、どこにもいない」

「いない……って?」


「とっくの昔に、死んでいたからだ」


 クライフの言葉に、私は目をパチクリさせた。

 そんなこと、考えもしなかった。

 手に入れた大金を使って外国にでも行って、遊びほうけているのだろうと思っていたのに……

「刺殺体が見つかったのは皇宮を出てすぐの排水路の中だ。お前が売られた日の夜のことだ」

「それって……」

「お前の両親は、お前を売った金を手に入れる前に、皇軍の手にかかって殺されたんだよ」

 クライフの言葉を、聞いた瞬間。


「ふふっ、ふふふっ、ははははっ、あははははははははっ!!」


 発作のような衝動に襲われて、私は大声を上げて笑い始めた。

 その衝動はまったく収まらず、涙を流してお腹を抱え、ひたすら大きな声で笑い続けた。

 これまでの人生で一番笑ったと思えるほど、嬉しくて楽しくて仕方がなかった。

「……私は、狂っているの。歪んでいるの。自分を生んでくれた両親の死を、心から喜んでしまうくらいに」

 ようやく、発作が収まった後で、私は呆然と見ている彼に告げた。

「だからもう、私なんかに構わないで。近寄らないで。その方があなたのためだと思う、から」

 あの日、私の家で告白してきて以来、彼はことあるごとに好きだ、愛してると言ってくる。

 そのたびに胸の奥がドキリと跳ね上がるのを隠して、私はいつも聞き流すようにしていた。

 私は、≪触れ得ざる者≫

 誰も私に、触れてはいけないのだ。

 彼に蔑まされ、嫌われるくらいなら、いっそ……

「俺は、言ったよな?」

 クライフは私の懇願を無視して、両手で包み込むように私の手を取った。

「お前の全部が好きだって。その思いは全く揺らいでない」

「頭のイカれた女と関わると、ロクなことはないよ?」

「狂っていても、歪んでいても構わない。俺には、お前が必要なんだ」

 手をギュッと握り締められ、背中に手が回されて抱き寄せられて、逃げ道を完璧に封じられてしまった。

「だから頼む。俺と一緒にいてくれないか」

 その、彼の真摯な眼差しと言葉を受けても……

 私は何も、返事ができなかった。


 どうしても、やり遂げたいことがあったから。


◇ ◇ ◇


 私がクライフと出会ってから六年。

 ついに、皇国との戦争が勃発した。

 確実に人口を増やし、勢力を伸ばし続ける私達を、皇帝陛下も坐視できなくなったのだ。

 皇都からの派遣部隊はおよそ十万にも達した。

 相対するクライフの軍は一万人強しかなく、正面決戦で勝てるはずもなかった。

 だから、行軍中の軍隊に対するゲリラ戦を展開し、少しでも相手の力を削ごうとした。

 その戦いには、私も兵士として参戦した。

 攻撃魔法が使える者は、一人でも必要だったから。

 スーラさんや仲間と共に、前線部隊に一撃を与えて撤退する最中……

 私は、皇軍に捕まってしまった。


◇ ◇ ◇


 皇宮に連れてこられたのは、十六年ぶりだった。

 あの時は実験体として、今は捕虜として。

 私は手枷と足枷で厳重に拘束され、ご丁寧に魔封じの首輪まではめられ、謁見の間に引きずられてきた。

 数十人の近衛兵が私の周りを固めて、この国の最高権力者を守っていた。

「よもや、彼の者の元にいたとはな」

 はるか頭上の玉座におわす皇帝陛下は、以前と変わらぬ尊大な口調で言った。

「それが分かっていれば、あのような者など即刻処分してくれたものを……無念だ」

 陛下は片手をあげて護衛の騎士に命じ、手足を封じられた私を自らの足元へと引っ立てた。

「そなたを失って幾年、一時もそなたを忘れたことはない」

 陛下は骨ばった手で私の髪を掴み、落ちくぼんだ眼窩で私の顔を舐め回す。

「そなたでなければならぬのだ。他のモノはたやすく壊れてしまう」

 その瞳の奥に燃え盛る欲望の炎は、初めて会った時と変わらない。

 外見は変われど陛下の内面――重度の嗜虐趣味に囚われた欲望の眼差しは、直視できないほどに穢れ切っていた。

「今度こそは、そなたのスキルを我が物としてくれる。そしてその暁には、わしと永遠の時を過ごそうではないか」

 失ったはずのおもちゃを再び手にした男は、輝ける未来を夢想しているようだった。

 何をやっても許される天上人の望みは、不老不死の力を得ること――久遠の時を得ることなのだ。

「陛下……」

 と、私は目の前の醜い男に呼びかけた。

「あなたは、何も手に入れられません」

 はっきりと断言した私を、陛下は頬を引き攣らせて笑ってみせた。

 手足も、魔法も封じられた玩具に、何ができるのか……と思っているのだ。

 でも私だって、六年前とは違う。

 無力な子供とは違う。

 それを証明するため、私は不自由な手を動かし、指先で定められた印を結んだ。

 あらかじめ、仕込んでいた魔法を起動。


「あなたはここで、死ぬのよ」


 その宣告と同時に、体内の魔力が膨れ上がった。

 私の魂を喰らった魔法が、膨大な熱を放ち……

 爆発。

 轟音を伴い瞬時に膨らんだ熱波は手足を封じた枷を溶かし、魔封じの首輪も粉砕。

 さらには目の前の男と周囲の騎士と、皇宮そのものを飲み込んで。


 巨大な火球を、生み出した。


 これは、ガルフさんに断じて使うなと諫められていた魔法。

 自らの魂を贄として、地の底に住まう魔王の力を呼び出す魔法。


 世界最強の破壊力を誇ると謳われる、自爆魔法の究極形。


◇ ◇ ◇


 爆発が収まっても、私の身体は炎に包まれていた。

 捧げたはずの魂がまだ残っているから、魔法の効果が続いているのだ。

 深紅の炎は肌を焼き、吸い込む熱波が肺を焼く。

 でも、私は痛みを感じなかった。

 あの男が私にしたことに比べたら、この程度の業火なんて、痛くもかゆくもなかった。

 瓦礫の山と化した皇宮の真ん中に、焼け爛れた男が倒れていた。

 ほとんど虫の息だったけど、まだ生きていた。

 王の衣に込められた最高峰の防御魔法が、皇帝の即死を防いだのだ。

 でも、それだけだ。

 彼を守る近衛騎士はすべて、爆発に巻き込まれて消えてしまったから。

「よ……よせ……ころさ、ないでくれ……」

 虫が鳴くような声で、陛下は懇願してきた。

「のぞ、みは……なんでも、かなえて……やる……か、ら……」

 その言葉は、真実だった。

 皇帝の言葉は絶対であり、それを実現するためなら、国中の人間が血眼になって動くのだ。

「私、欲しいものがあるの」

 その言葉に甘えて、私は足元に転がる男に言った。

 身動きが取れないほどの火傷を負った人物は、最後の希望を見出したかのように、濁った瞳を輝かせた。

 私は男に向けて片手を振り上げ……


「あなたの命を、私にちょうだい」


 勢いよく、振り下ろした。


◇ ◇ ◇


「思ったより早かったね。クライフ」

 全てが終わった後で、私は皇宮に駆け付けて来た彼に声をかけた。

「敵拠点への強襲は俺達の特技だ。知ってるだろ?」

 何でもないことのように言い放つ彼は、満身創痍といった風情だった。

 戦闘服もボディアーマーもそこかしこが破れて壊れ、身体のあちこちにも傷を負っていた。

「そうだね。でも、もう終わったよ」

 視線を落とした私の足元では、この国の最高権力者だったモノが、床に横たわっていた。

「アリス。報復は……」

「無意味、とでも言いたいの?」

 彼の機先を制して、私は言った。

「知ってるよ、そのくらい。こいつに報復したって何にも得られないって」

 そんな言葉は、欲しくなかった。

 それを理解していてもなお、私は……

「私はどうしても、この男を殺したかった。私を傷付け弄んだこいつは、誰からも何も責められないもの。そりゃあそうよね。こいつの一族は、そのためにこの国を支配しているのだから」

 歴代の皇帝は、どれもこれも最低な人間ばかりだった。

 権力をかさに着て、考えうるあらゆる罪を犯し続けたのだ。

「だから戦争を利用して、私が殺したの。誰も罰せられないこいつを」

 自らの罪を告白しながら、私は一歩ずつ、彼から距離を取った。

 深紅の炎をまとった足が、上手く動かなかった。

 魂が再生されるよりも、火に飲まれていく方が速いのだ。

 このままでは、私の命は長くない。

 だから意識がある間に、クライフからできるだけ離れなければならない。


 私は、皇帝を手にかけた。


 聖なる天上人を排した罪人を、あらゆる王様や権力者は決して許さないだろう。

 私と一緒にいれば、クライフ達は世界の敵として処刑されてしまうのだ。

 それだけは、絶対に防がなきゃいけない。

「さようならクライフ。もう……」

「お別れなんて必要ない。俺はお前を連れて帰る」

「どうやるの? 私は≪触れ得ざる者≫なんだよ?」

 私の身体はいまだに、高熱の炎に包まれていた。

 地獄の業火を身にまとった私は、まさに忌まわしきスキルを体現していた。

「簡単だよ。こうするのさ」

 クライフは、私に手を差し出してきた。

 初めて出会った時のように。

 爪を焼かれ、指を焼かれても、彼はなおも手を伸ばしてきた。

「止めてクライフ! 死んじゃうから!」

 私の叫びを無視して、彼は私に触れようとしていた。

 手が、肘が高温の炎に飲まれて焼け落ち、消えていく。

「心配するな。俺はこの程度じゃ死なないって」

 右腕をほぼ失っても、クライフは私に近づこうとしてきた。

「死ぬに決まってるでしょ! 何言ってるのよ!」

 彼から離れたくても、身体がほとんど動かなかった。

 自爆魔法を止めたくても、その方法が分からなかった。

 これを使った者は、必ず死ぬ。

 だから、魔法を止める必要がなかったのだ。

「アリス。俺のところに帰ってきてくれ。俺はお前と、最期の瞬間まで、一緒にいたい」

 消える。

 消えてしまう。

 私の大切な人が、私のスキルのために。

(お願い! 誰か……!)

 私は、必死になって祈った。

 神様なのか魔王なのか、誰に向けてなのかも分からない。

 ただクライフを、私のかけがえのない人を、救って欲しかった。

 炎が……


 消えていた。


 私の魂を飲み込み続けた力が、身体を焼き続けた紅蓮の業火が、霞のごとく消えていた。

 自分で止められたのか?

 誰かが止めてくれたのか?

 何一つとして分からなかった。

「無茶しないでよ……バカ」

 私はクライフの腕の中に飛び込み、その胸を叩いた。

 彼が生きている。

 私にとっては、その事実だけが大事だった。

「今さらだろ? 天上人に戦いを挑んだ時点で無茶なのさ」

「それじゃ、私もバカだよね」

「ああ、世界一の馬鹿野郎だろうな。自分を犠牲にして俺達を助けようなんて考える奴は」

「……そこまで言わなくてもいいじゃない」

 私は口を尖らせて文句を言ったけど、全然勢いが足りなかった。

 皇帝を討とうと考えたのは、報復だけが理由ではなかった、から。

「別にいいだろ? 俺はそんなお前が大好きなんだ」

「まだ、それを言うの?」

「何度だって言ってやるとも。アリス、お前を愛している。だから、俺と一緒にいて欲しい。俺の隣にずっといて欲しい。死が、俺達を分かつまで」

「……どうせ、すぐ死ぬくせに……」

 私は、そんな憎まれ口を言ってやるのが精いっぱいだった。

「大丈夫だ。俺なら千年は生きられる」

 私を安心させるような笑顔を浮かべて、彼は堂々と言い放った。

 優しく見つめる澄んだ瞳に吸い寄せられ、私はもう、何も言い返せなくて……


 コクリと小さく、頷いてしまった。


◇ ◇ ◇


 長い月日をかけて、私達は主を失った皇国を倒し、新たな国を作った。


 その名は、「触れ得ざる国(リーレンスタット)


 誰も傷けられず侵されず、誰も虐げられない国の名前。

 私はクライフと作ったこの国を守るため、≪触れ得ざる者≫の名にふさわしいよう、自分の全てをかけて戦う。


 この身が朽ち果てるまで、永遠に。

 本作を読んでいただきありがとうございました。

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