夏祭りの思い出
あれはもう十年は前のことでしょうか。まだ私が幼体の頃のことです。
近くの神殿の夏祭り。
私はそこで、兄とはぐれて迷子になってしまったのです。
ポム飴細工が欲しいとわがままを言ったのがいけなかったのでしょう。気づけば、真っ赤な実をいろんな形に細工した屋台の前で、周りは知らない人ばかり。人混みのどこにも兄の姿はありませんでした。
空中に浮かぶたくさんの虹色クラゲの明かりを頼りに、兄に似た尻尾や耳をみつけて追っても、みんな違う人なのです。
私は慌てました。兄がいなければ、私は家に帰ることができません。狐耳族の集落に帰るための転移札は兄しかもっていないのです。
どうしたらいいかわからず、泣いてしまった私に声をかけてくれた男の子がいました。
「君も迷子なの?」
見たことがない服を着て、見たことがない種族で、お面をかぶっていました。耳はとがっていないし、牙もないし、毛も少ないし、爪もないし、とにかく不思議な子でした。
その子の目は真っ赤で、泣きそうな雰囲気だったことを覚えています。
それでも、泣いてる私に声をかけて、一緒に兄を探してくれました。
高いところから探すと、きっとわかるよ。といって神殿の階段を一緒に登ってくれました。
最後の一段を登ると、円柱の向こうに兄がいました。兄も私を見失い、高いところから探そうと考えていたようです。
ありがとうとお礼を言おうと思い、振り返ったらもう男の子はどこにもいませんでした。
きっと、私が兄に会えたことを確認し、安心して立ち去ったのだと思います。
あの時、もし男の子に会えなければ、心細くてどうなっていたか。
男の子も迷子だったようでとても困っていたはずなのに、それでも私に声をかけてくれたこと、本当に感謝しています。
名前も聞けませんでしたが、せめてこの感謝の気持ちが届きますように。
「はい、素敵なお話でしたね!今日の『感謝のきもちよ、届け』のコーナーは、P.N そろそろ奴隷商人に売り飛ばされそうさんからのご投稿『夏祭りの思い出』でした」
ピコンピコン
「おっとここで速報です!なんと三百年ぶりに勇者召喚が成功したようです。種族は、おお、人間ですか、レアですね。こちらの世界にいない種族とは期待がもてます。しかも、今回の勇者ご本人によると『昔、迷子になってここに一度きたことがあるかも』ということで、神隠しご経験者ということですかね!引き続き番組では予定を変更して勇者の情報を⸺」