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あいう  作者: かれーめし
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葛藤 

「あ、帰ってきた。どこ行ってたんですか……え? トミナさん!? 帰ってきたんですか!?」


「あー……レオン? ちょっと見ない内に無駄に目つき悪くなったわね。詩音は?」


「昨日から風邪ひいてまだ微熱あるから寝てますよ」


 朝の7時半を過ぎた頃、トミナが流琴の車を運転して4人は帰ってきた。トミナが爪を剥がされた清香をおぶり、流琴は千明の肩を借りて歩いている。


「あー2人とも何ともないの?」


「何がです? つーか朝からいなかったし清香さんは何があったんですか? 千明もパジャマ姿だし」


「話せば丸4日はかかるから後にしましょう。カミーリアやリュウ達は?」


「まだ寝てますよ。叩き起こしますか?」


「やめといた方がいい。とりあえずお前や詩音にも言っとくことがあるから、体調悪くてもいいからカミーリア以外は下に連れてこい」


 ***


「こっから忍びこんだわけか……」


 流琴とトミナと千明はエルベンストラレがどうやって侵入してきたのかを思い当たる場所を探していたら、昨日の夕方に業者が来て取り替えたばかりのガラス戸のロックの近くに、500円玉より少し大きいくらいの穴が空いているのに気づいた。破片はない。恐らく侵入時に片付けたのだろう。


「ハンマーとかで割ったら音するけどなぁ」


「いや、割れたガラスの周りが少し溶けてる。多分バーナーで炙って熱したところに水をかけてヒビを入れた。そうすれば指で弾いただけで割れる」


「この網ガラス。防火対策で火事でガラスが飛び散らないためのものだから、空き巣はむしろ助かるのよね」


「まーた交換ですかここ。いい加減防弾ガラスに替えようかしら!」


 横になってホッカイロを握りしめる清香が憤慨する。車内では怯えて涙すら見せていたが、帰ってきて安全圏に入ったら途端にイキリ始めた。


「それよりも敵ながらすごい奴だな。薬を盛ったのなんて嘘で冷穏達は何が起きたのか全然知らない。リュウもまだ寝たままだ。奴はただ夜中に忍び込み、俺以外は全員寝かせたまま清香と千明を拉致したわけだ」


 流琴が頭を摩りながらエルベンストラレの技術には素直に称賛した。


「あの貸倉庫、入ったことないけど場所は結構近場の竹ノ塚のとこだったね。爆弾っぽいのはただの音だけのコケ脅しで助かった」


「あくまで私達を今回は脅すだけだったってのは本当ってことね。鼓膜破れるかと思ったわ。トミナは知り合いだったの?」


 清香が爪の剥がれた親指に巻かれた包帯を怖々見つめながらトミナに尋ねた。


「昔の上司よ。それ以上でもそれ以下でもない。つーか問題はアンタ達がマチリークのトップシークレットの生体兵器にファンディッケン卿のガキを2人も泊めてることよ。バカなん?」


「正直客観的に見てそうだと思う」


 流琴はそう言った。元よりカミーリアを家に泊め置くことには反対していたし、リュウとアナスタシアは人質として家に置いていたつもりだったが、それも今回大して意味を持たないと知った。


「末っ子だからいらないとか思われてるのかな……」


 千明がぼそりと言った。


「え?」


「いや、昔の武家とか財閥とか長男に全て継がせて下の子は口減らしに奉公や養子に出すとかあるじゃん。まさかそれと同じでリュウも文民大臣からはあんま大切には思われてないのかも……」


「……」


 全員が押し黙った。


「ま、そうかもね」


「うおおビックリした」


 いきなり出現したアナスタシアが千明の発言を背後から肯定した。


「私達は愛人の子。いわゆる非嫡出子だけど、お父様には別にちゃんとした正妻がいて継子もいる。お父様は私達に関してはいてもいなくてもいいけど、どっかで変なことやられるよりは手元に置いた方がマシとしか見てないよ」


「千明おはよーうわ冷た死体かな?」


 アナスタシアが虚な目で出自について語っていたのに、自分も当てはまるリュウは気にも止めずに千明に抱きついたが冷えた身体に震えてすぐに離れ、代わりにアナスタシアの胸に顔を埋めた。


「最悪、俺らが報復でお前らをぶっ殺しても構わないわけか」


 流琴がわざと意地悪そうな顔を作ってアナスタシアにそう言うと、彼女はどこか誇らしげ自慢げに言い返してきた。


「いや体裁としては仇討ちはするだろうし、アリーフ兄様やアンティノ兄様やカーラベルサターナ姉様はブチ切れて襲いに来ると思う」


「また知らない一族の名前出てきた」


「あとおじさんもかな」


 リュウが欠伸混じりにそう言うと、トミナは何か考え込んだ顔で彼のぶらりと揺れるパジャマの片方の袖を見てから、アナスタシアの顔を見た。


「えーと一応、私も元マチリークの人間で流琴と違って公務員でもあったトミナと言うんだけど、知ってる?」


「いや知らないですけど。国を裏切って敵に味方する捕まれば即決裁判即終身刑確定の売国奴という認識でいいですか?」


「いいわよ」


 トミナは適当に答えた。それと同時に上から厚着した詩音を連れて冷穏もやってきた。広いリビングだがこうも人が集まると流石に狭い。


「詩音はこれただの風邪なのよね?」


「はい。もう治ってるのに風邪引くとみんな優しくなるからチヤホヤされたいだけ……いっだ!!」


 詩音が眠そうな顔で冷穏の脚を思いきり踏みつけて発言を遮った。


「で、一体何があったの千明? お腹空いたんだけど」


 リュウがアナスタシアのパーカーを噛みながら千明に尋ねた。


「ああゴメン。朝マック買ってきたから食べながら話そうか」


 千明は買ってきたマクドナルドの紙袋をテーブルの上に置いて、まだあったかいマフィンを出した。考えてみたらファストフードを食べるのは久しぶりだった。

 千明は基本的に学食以外で1人で外食することがあまりない。理由は単純に人混みの中1人で食事することがあまり好きではないからだ。


「単刀直入に言うと、さっきまでマチリークの公務員に拉致されてた」


「え?」


 口周りをべたべたにしながらエッグマフィンを食べていたリュウが驚いた顔をした。冷穏と詩音も同じだったが、轢かれた2人からしたら正直なところやはりかという気持ちもあった。


「今回はあくまでカミーリアを引き渡せって脅しに来ただけだったっぽいけど、流琴はトミナが来なかったら死んでた可能性」


「いや、それも無さそうよ。あの銃トイガンだったし」


 エルベンストラレが持っていたグロックはおもちゃの銃だった。大方本当に奪われた時のために本物は別に持っていた可能性が高い。


「しかし助けに行ったのにあんなこてんぱんにやられるなんて恥ずかしい……」


 流琴がうなだれて、牛乳を入れたマグカップを持つ手に力が入った。苛つきとやるせなさが交互に混じって額には血管が浮かんでいる。


「仕方ないよ。あのおっさん戦い慣れしてたし人殺しを淡々とやれるって豪語してたもん。何だっけ。サボテンみたいなサバンナみたいな名前」


「サ、サヴァラン・エルベンストラレ!?」


 千明の言葉にアナスタシアが身を乗り出して大袈裟に反応した。


「あの人にさらわれて生きて帰ってこれたなんて幸運すぎる。今年の運使い果たしたと思う」


「そんな?」


 トミナが指についたパンの粉を舐めながらホワイトニングしたばかりの歯を覗かせて口を開いた。


「サヴァラン・エルベンストラレ。マチリーク軍における自浄を司る特務機関、地域福祉審議会のトップよ。懲戒免職よりさらに悪質な、例えば武器の横流しや人身売買とか犯罪組織と関係を持つ公務員を始末するために作られた軍警察の下部組織だけど、奴の場合は風紀を乱す公務員を独断で粛正することが許されてるわ。マチリーク成立前からある組織だけど、奴が日本に来てるってことはまだ組織は残ってるようね」


「どういう人間なの?」


「年齢は確か今年で45から47。マチリークの裏の顔を色濃く反映した人間なだけあって、誘拐脅迫暗殺尋問偵察、そしてそれらを隠す偽装工作にも長けたプロ。地域福祉審議会は人数やメンバーは明かしてないけど、構成員はストレスで退職か不審死も珍しくないって聞いたわ。が、奴はそんな組織に20年近くも在籍して更にトップまで張ってる極上のイカレ野郎よ」


「随分と詳しいんだ。何者? マチリークは女性兵を採用しないからかなり前ってのは分かるけど中央で働いてたみたいな口振りだし憲兵とか?」


「ま、そんな感じ」


 リュウが疑わしげな目でアナスタシアに口を拭われながらトミナを見つめるが、彼女は視線を逸らしてはぐらかした。


「ま、十九帥将の四熊(しゆう)のリーダー格とはいえ、エルベンストラレさん僕もあんまり好きじゃない。たまに会うとお小遣いくれるけど、前そんな身体じゃアルバイトできないだろうからとっとけって言われた時はちょっとイラッときた」


「何その、しゆーとかじゅうくすいしょうって?」


「あ」


「リュウ、口軽いよ」


 リウが口を覆うのを、アナスタシアが目で咎める。トミナもこれは知らないようで清香の視線に両手を天秤のように掲げて答えた。


「アナスタシアちゃん、教えてくれない?」


「お断りします」


「教えてくれるんならこれあげる」


 そう言って三角チョコパイをアナスタシアの顔の前に突き出した。マチリークにはカカオの木は当然生えてないし輸入もしてないからチョコレートは名前は知られてるけど上流階級でも口には中々できないらしい。清香は彼女が千明からもらったアルフォートをちびちび齧ってるのを見ていた。


「いらないなら私が食べようかなー」


「うっ……この卑怯者……!」


 結局、アナスタシアは屈して三角チョコパイで買収された。


「300円くらいで買収されてやんの」


「うっさい。マチリーク陸軍は1師団だいたい約1万5000人計60師団90万人いるけど、その中で特に優秀な勤務成績を収めている15人の師団長が通称帥将。そんで、帥将は財政面での軍に貢献してるけど反対に戦力として重宝されてるのが4頭の熊、通称四熊。まぁこれ公務員達が悪ふざけで言ったのが定着したらしいけど」


「確かに、奴のようなマフィアじみた公務員にはいい迷惑だろうな」


「その四熊のメンバーの残り3人を教えてくれない?」


「そこまでのものはもらってないし」


「口硬いのか軽いのか……。まぁ知っても対策練れるかはまた別の話だしいいけど」


 清香は諦めてコーヒーを啜った。リュウがアナスタシアから一口もらって咀嚼しながら言った。


「でも、姉さん以外にはもう会ってるけどなぁ。アリーフ兄さんとミハイルさんに」


「あの人、あの綺麗な顔でそんな強いんだ……でも確かに分かるかもしれない」


 カミーリアがなす術なく彼に弄くり回されていたし、銃を抜く動きも見事だった。


「ソ、ソイツが家に来たの?」


 トミナが清香の無鉄砲さに呆れを通り越して寒気すら覚えたような口振りで尋ねた。


「うん。リュウの顔を見る兼引き渡しに応じるか聞きにね。それを私が蹴ったからこんな様に。千明には申し訳ないと思ってる」


「いや、まぁ勝手に渡されてた方が怒ってたし……」 


「……俺はちょっと会ってみたかったな。ミハイルって確かあの時俺が殺した奴か?」


「いや、普通に生きてると思う。死んでたら多分マチリークはまだ秋田あたりで戦ってると思いますよ」


「まさかな。不死身じゃあるまいし」


 リュウの言葉を流琴は軽く受け止めていたが、アナスタシアはリュウの意見に同意した顔で彼の発言を代わって続けた。


「私も死んでないと思う。というかアンタらがカミーリアと呼んでるアレの送還にマチリークが奮起してるのは強さじゃないし」


「どゆこと?」


 トミナが言葉を続けた。


「クォデネンツという短剣の伝承がマチリークにある。何か強烈な情動を得た人間の前に忽然と現れて忽然と消える剣。それで自害して命を差し出せば新しい命と共に褒賞として特別な力を得られると言われてる。半信半疑だったけどあっちにいた頃私の直属の上司がそれだった。アホみたいに強かったけど死んだわ」


「ああ、その噂なら聞いたことある。俺にはついぞ現れなかったがな」


「え? マジなんですか」


「四熊のメンバーはエルベンストラレと……いや、他は知らないけど彼は確定で多分全員クォデネンツに選ばれた連中よ。いや、帥将とやらにも何人かいるかも。多分単純な強さならあの子より何倍も強い」


「じゃあソイツらだけ戦わせるべきじゃないですか」


「クォデネンツの短剣の力はランダムでどんな力か分からないし、宿主も普通に撃たれたり老いたら死ぬわ。そして死ねばその力は消えるというわ。でも、どうにかしてそれを継承できるかやり方を探し続け、やっと見つけた手がかりがあの子。あの子みたいなんを量産して忠実に従えることができたらあら不思議、子どもの見た目で違和感なく人混みに溶け込めて、気づいたら都市区画ごと消失してるなんて事件が世界中で起きるでしょうね」


 千明はあのホテルから投げ落とされた時、助けてくれたカミーリアが本気で力を出した瞬間を思い出した。もしアレがあくまで現時点での本気で、カミーリアの限界ではなく、何より死ぬ前提でやればどんな規模になるのか想像できない。


「だったら尚更あの子を渡すわけには行かないじゃない!」


 清香がそう叫ぶと、トミナは彼女を睨め付けてそう言った。


「そりゃ立派だけど、引き渡さなかったらアンタ達皆殺しにされるってのはもうよく分かったはずじゃないの?」


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