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あいう  作者: かれーめし
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最終警告 3

 エルベンストラレは散歩中のようにとことこと歩き出す。それが早歩きになって間もなく走り出し、一気に流琴と距離を詰めると何の予兆もなくドロップキックを繰り出した。


「うおっ……」


 流琴はそれを身を翻して躱すと、エルベンストラレの着地を待たずに彼の後頭部に向けて獲物で殴りかかった。


「フッ」


 しかしエルベンストラレは爪先が着地した瞬間に体を捻って回し蹴る。2人は同時に互いの攻撃を腕で防御すると、これまた同時にシャツの第一ボタンを外して胸元を緩めた。


 軍部保安警察外国人犯罪対策本部主任 サヴァラン・エルベンストラレ。


「よし準備運動終了」


「は?」


 技量は互角かと流琴が考えた瞬間、エルベンストラレがそんなことを呟いた。

 確かな不気味さを覚えた流琴がトンファーをさっと逆に持ち替え、グリップで振りかかった時、エルベンストラレが姿勢を低くしてそれを避け、流琴の股座に頭を突っ込んだ。


「ぐぁぁっ!?」


 そのまま彼の局部に頭突きを見舞い、そのまま流琴の胸倉を左手で掴むと、彼はエルベンストラレの背中の上で一回転して地べたに叩きつけられた。


「……」


 エルベンストラレは無言でナイフを彼の喉に突き立てようと振り下ろす。流琴は頭を傾けてそれを避けるが、避けれたのはナイフだけで腹を革靴で踏みつけられた。


「うっ……」


「ちなみにこれ両刃なんだぜ?」


 エルベンストラレはそう言うと、流琴の首筋からほんの数ミリの場所にある拳に力を込めた。彼が自分からそう言ったので、流琴は咄嗟にエルベンストラレの腕を掴んで既のところで動きを阻止できた。


「死ね!」


 流琴はトンファーを彼の顔面に突き出すが、軽々と避けて離れられた。ジェスタフにこてんぱんにやられてからジム通いを重ね鍛えたつもりだったが、本職はやはり別格ということか。

 しかもコイツはあの男と違って裏の公務員だ。ジェスタフには少しだが弱さがあった。殺人自体もそうだが、特にカミーリアと千明のような子どもは尚更手にかけることを躊躇していた。

 だが、この男にはそれがない。かといって血に飢えているわけでもなく、屠殺場の人間が生きたまま吊るした豚の喉を裂いて放血を行うのと同様、本当に業務として人を殺し拷問をやっている。

 こういう部類の人間は普通だったらマフィアが抱える殺し屋にでもなりそうなものなのに、マチリークでは市井を守る立派な警察官になれるというのだから瞠目する。


「さて……」


 すると、エルベンストラレはカーディガンの裾をたくし上げて牛革のベルトの全容を流琴に見せた。そこには内側に取り付けたホルスターに収まる拳銃があった。

 グロック26だ。オーストラリアが生んだ稀代の名銃グロック17の小型化モデル。9ミリ弾で装弾数は10発。恐らくマチリークのコピー品だろうが性能はオリジナルに比肩するだろう。

 エルベンストラレはマガジンを一度抜いて挿入し直してから、慎重な動作でスライドを引いた。


「オラァッ!!」


「ひっ……うわぁっ!!」


 しかし、流琴が黙って見ているはずもなく足を伸ばしてエルベンストラレの膝を蹴って怯ませると、そのままトンファーのグリップで彼の軸足をすくってすっ転ばせた。 

 不意をつかれたエルベンストラレが少年のような悲鳴を上げて尻餅をつき、彼の手から銃がこぼれ落ちて流琴の元に転がった。


「……あ」


「……」


 エルベンストラレがそれを見て声を漏らした。流琴は咄嗟に銃の元に転がってそれを掴むと、起き上がってエルベンストラレに銃を向けた。


「は?」


 流琴が目を丸くした。ほんの数秒しか経っていないのに視界からエルベンストラレが消えている。


「流琴!」


 流琴が瞳を左右に動かした時、清香が彼の名をほとんど悲鳴のような声で呼び、咄嗟に彼女を見た時、頭上から鉄塊が降ってきて顔面が硬い地面に激突した。


「あぐ……ぁ……」


 エルベンストラレは消えたのでなく流琴の頭上まで跳躍し、勢いをつけて彼を思い切り踏みつけたのだ。銃を落としたのもわざとで流琴がこれを取ると踏んで、彼を踏んだのだ。何から何までエルベンストラレが上手だった。


「ま、うまそーな餌には飛びかかる前に疑うべきだったな」


 エルベンストラレはそう言って彼の手からグロックを奪い返した。流琴は顔こそ憎悪と闘志に歪んでいるが、脳震盪を起こしたのか肘や指先が痙攣するばかりで動けずにいた。鼻が潰れて血が噴き出てくるのが分かった。


「言っておくが卑怯とは思うなよ? 命のやり取りとは品行方正では済まないものなんだからな。しかし弱いな。こんなんに負けたのかジェスタフ君は」


 彼はそう流琴の上に乗って悪罵の言葉と共にハンカチを懐からハンカチを出し、口から嗅ぎ煙草のフィルターを吐き捨てた。彼にとっては一服しながらの片手間程度の戦いだったのだ。


「さて、妻子にしっかり見てもらいましょーか。君が地獄に旅立つ姿を」


 エルベンストラレはそう言ってホルスターに銃を戻すと、屈んで流琴の頭を膝で押さえつけてナイフの先っぽをうなじに刺す。頭が痺れて痛覚が麻痺しているので流琴は痛みは感じなかったが、自分が死に直面していることは分かった。


「や、やめてぇっ!!」


 千明が上擦った悲鳴を上げて椅子ごと倒れてもがいたのを、満足そうにエルベンストラレが眺めた時、彼の背後で重い扉が動いた。彼は流琴の始末を中止すると、すぐさま銃を抜いて壁にぴったり身体を這わせ、扉の入り口に合わせて銃を構えた。


「しゅ、主任!」


 出てきたのは、恐らくさっき彼の名を出して制裁を与えられた部下の1人だろう。首にミミズ腫れが出来ている。それを確認できるのは彼の目出し帽が取れているからだった。


「何だD、お前何故帽子を外してる? いや、何があった」


 エルベンストラレはそれを見咎めたが、今にも泣きそうな不安に怯えた青白く血相を変えた顔で彼を見るので、機動隊でも来たのかと考えた時。


「うごぉっ!?」


 Dと呼ばれた部下が胃液を吐いて吹っ飛び、流琴を飛び越えて更に千明の近くまで転がって気絶した。


「……?」


 エルベンストラレが目を細めた時、扉の先から漆黒のレインコートを着た人間が勢いよく飛び出し、彼と横目が合った。そして、地面とコンバットブーツが擦れ合う金切声のような音を立てて立ち止まると、視認したエルベンストラレに方向変換し、脱兎の如く彼に向かって駆け出した。


「誰だ!?」


 エルベンストラレはそう言ってグロックを投げつけると、レインコートはそれを腕で弾くも、すぐに彼のナイフがその者の首めがけて水平に振られた。


「ん?」


 しかし、レインコートは頭を下げて刃をひらりと鮮やかな所作で避ける。だが、エルベンストラレはナイフに隠れて左手を握り締め、レインコートの人間のフードで隠れた素顔に拳を叩き込んだ。


「うっ……」


 そこで初めてレインコートの人間が声を漏らした。ハスキーな女の声だった。彼女の声を聞いて清香が反応した。


「あ、まさか……」


 しかし、その声は届かずにエルベンストラレはナイフを何度もジャブのように刺突し、彼女はそれを軽やかなバク転を繰り返して避ける。4度目の時に硬いブーツの爪先でエルベンストラレの顎を蹴り上げ、そのまま両脚で彼の首を挟んで投げ飛ばした。初めて彼の顔が素で苦くなった。


「うおっ!?」


 エルベンストラレは自分を刺さないようにしながら受け身を取って前転し、回転する力を利用してバネのように立ち上がると、今度は手刀で追撃に挑む彼女の腹を彼が蹴り上げ、瞬時に左手に移したナイフを彼女の顔面に突き刺した。


「くっ!」


 フードが剥がれて、彼女の耳たぶが切り裂かれて肉片が落下した。女はバックステップで距離を取ると、バックサイドホルスターからベレッタを抜いてエルベンストラレに向けた。


「おっと」


 だが、エルベンストラレの手に持つものを見て引き金から指を離した。


「破片手榴弾だ。ピンは抜いた。後は私の手から離れたら爆発する。コイツは爆発したら鋭利な無数の破片が半径30メートルに飛び散る。そうなりゃこの場にいる人間はみんなネギトロみたいになるぞ」


 そう言って、持っているクリーム色の鶏卵のような見た目の手榴弾のピンを口に入れ、彼女の顔をしげしげと眺めた。それは千明と清香も同じだった。


「コイツは今年に入って一番の驚きだな。まさか今生でまた会うとは思わなかったぞ? トミナ」


「トミナ!? あなたなの?」


 清香が嬉しそうに破顔する。青がかったウェーブの黒髪を後ろで結い、強い意志を感じる鋭い目つきに日焼けした小麦色の肌、殴られた頬は赤く腫れているが、なお凛と整った騎士のような顔立ちの美女。

 トミナ・グリンスキー 33歳。


「こちらこそまさかあなたと日本で会う日が来るとは思いませんでしたエルベンストラレ警部」


「今は警視だよ。道理でマチリーク中を探し回っても足取りが掴めないわけだ。薄々そんな気はしてたがやっぱり日本にいたか。これはアイツにいい土産話ができた」


 そう言って背後の流琴をじろっと見ると、呆れたような顔で俯いてほくそ笑んだ。


「さて、別に旗色は悪くないんだが……お前には特に恨みはないし、今日のところは撤収するか。おいD! とっとと起きろ!!」


 彼が怒鳴ると伸びていた部下が起きて、震えた脚で手をつきながら立ち上がった。


「うぐっ……」


 トミナが咄嗟に彼の脇腹に膝蹴りを入れてよろめかせると、襟首を掴んで後頭部から銃を突きつけた。エルベンストラレは動じずに壁から離れると、背後に扉が来るよう位置を調整して歩き出した。


「よし、それでいい。その銃は射程はせいぜい20mだがこっちは30m。しかし私がこれを投げたら私は撃たれて、しかし君が撃てば相打ちは避けられない。なら円満な解決策は分かるな?」


 そう言われてトミナは数秒考え込むと、Dをあっさりと解放した。


「分別がつくようになったじゃないか。よし、こっちに来い。そう。んで、私はこうやって手榴弾を持つ手でコイツも持ってるから、この体勢じゃ最後っ屁で出る時にお前らにこれを投げつけることもできない」


「いいから消えてください」


 トミナはそう言い捨てると、彼よりもまず千明達の解放を優先して足首に取り付けたポーチから十徳ナイフを取って刃を出した。


「それじゃチアキと奥さん。色良い返事が聞けることを祈ってますよ。あ、上着はあげちゃう。じゃーなークソザコナメクジ君」


 それだけ言うと、エルベンストラレは扉の奥の闇へと消えていった。

 そのままロッカールームに入って埃臭い通路を通ってからドアを開けて外に出た。出る際に腕時計を見ると、時刻は朝の6時だった。


「はぁ……」


 夜明けの寒空の下に出てエルベンストラレの目に最初に飛び込んできたのは、ものの見事に叩きのめされた彼の部下達だった。うち1人の半ケツで乗ってきた車の上で干されている姿は芸術性すら感じた。


「D、仲間達を叩き起こせ。おいお前ら帰るぞ。とっとと起きて車に乗れ」


 そう言って近場の部下の顔を平手打ちして目を覚させ、ほとんど投げ込む形で手早く車に乗せると自分が運転席に座った。


「クッソ……まさかあの雌犬まで関わっていたとなると面倒だな。もう同じ手は使えん」


「主任、あの女知り合いですか?」


「ああ。かつて部下だったがやらかして軍を除名されたアホだ。行方を追っていたが、まさかここらに潜伏してたとはな。こっちは警告に来ただけだってのにキツい一撃をもらったぜ」


 エルベンストラレはシフトレバーをドライブにすると、貸倉庫の敷地内から出て行った。

 その頃、トミナはナイフで清香の縄を切り、続けて千明の方に取り掛かった。


「た、助かった。ありがとうトミナ、どうしてここが?」


「別に。着いたから電話したのに誰も出ないから不審に思っただけです。爪が剥がれてるからしばらくは歩くの苦労するでしょうね」


「久しぶりに会ったのに相変わらずぶっきらぼうねぇ……そんなんで広島で友達できたの?」


「うるさいです」


 そう言いながら千明の縄を断ち切ると、彼女の両肩を持って立たせた。


「あ、ありがとうございます……」


「久しぶりね。大丈夫? どこか怪我した?」


 千明には労りの言葉をかけて怪我の有無について心配していたが、彼女は首を横に振った。


「いや、何もないです。ただ背中に何かがゴツゴツしたのが当たってたからずっとそこが痛かったんだけど、何があったんだろ……ゲッ!?」


「何? ゴツゴツ……? あ゛っ!?」


 2人が目を見開いてだみ声を吐いた。そこにあったのは、紅白のコードがついたタイマーと、その下にマジックテープで束ねた3本のパイプ製爆弾だった。


「でも、あんな強い女が味方についたらあの一家懲りずに歯向かってくるんじゃ……」


「ああ……全く困ったもんだ。んじゃ最後っ屁行っとくか」


 車内でエルベンストラレは煙草を咥えずにオイルライターを取り出すと、顔の前で細い火を出した。


「ぐっ……」


「うおおお」


 直後に真後ろから落雷よりも凄まじい爆音が轟き、当のエルベンストラレ本人もビビってハンドルを持つ手が震えて車体がガードレールに擦りかけた。

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