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あいう  作者: かれーめし
51/56

綺麗な花には棘がある

「やぁサーシャ」


「あらアリーフ」


 午後20時を過ぎた辺りでファンディッケンの部屋を訪ねたアリーフは、欅か何かの木を研磨して出来た長く巨大なテーブル上で、彼のスーツをアイロンがけする女性にアリーフは話しかけた。

 素肌の上に直にワイシャツを着て、上のボタンを3つも外して豊かな胸を惜しげもなくさらけ出している。柔らかなカールがかかった亜麻色髪のかなりの美女だ。

 父上好みの女だからか、歴代の愛人に比べたら結構長持ちだなとアリーフは彼女を抱きしめながら思った。

 父は輪をかけた女好きだが商売女は恥じらいがないとか抜かして好まない。この女は恐らく部下の誰かが出世のために差し出した娘か、あるいは父上がたまに教鞭を取ってる大学の生徒のどちらかだろう。


「これ、君に頼まれたものだけど合ってるかい? それとこれは僕から」


 アリーフはそう言い、紙袋の中から彼女が指定したグァバジュースとコロンと口紅、あとは借りてきた韓国の恋愛映画と劇場版ドラえもんのビデオ。そして軽い気配りのつもりで見繕ったカステラの小箱を出して並べた。

 下手したら義理の妹になる可能性もあるし、どんな人にも冷たくするより優しくするに越したことはない。


「あ、これちょっとCMで見て興味あったの。ありがとうアリーフ。悪いねあなたもお仕事があるのにお遣いなんか頼んじゃって。お茶淹れるから一緒にカステラ食べましょ?」


「ありがとう。そうしたいのは山々だけどまだ送迎の仕事が残ってるからすぐに出なくちゃならないんだ。父上は?」


「バスルームにいらっしゃるよ。そう残念」


 2人は互いに頬にキスをすると、アリーフはバスルームの前の扉をノックした。


「お疲れ様です父上。大葉家に行きましたがやはり大人しく差し出す気も、あの子を説得する気も無いようでした」


「……」


「一応あの子とも接触はして体にも触れましたが、幾分か力は増しているようですがそこまでの脅威ではないですね」


「……」


「アナスタシアもやはりいました。リュウはよほどあそこの家が水に合ったのかもうしばらくいたいようです」


「……」


「父上?」


 一言も返事がない。バスルームを再びノックしたがそれでも返事はない。歳だしまさか愛人に搾り取られたショックで倒れたかなとアリーフがドアを開ける。


「あ……」


 そこには、バスローブ姿で洗浄剤から取り出した入れ歯を蛇口を捻って念入りに洗うファンディッケンがいた。


「父上、入れ歯だったんですか」


 少しばかり驚いて、同時にアリーフは暑くて外していたシャツの第一ボタンのことを思い出して何食わぬ顔で留めた。

 ファンディッケンは入れ歯を上顎にはめて、下の歯と噛み合わせて不具合がないのを確認してからやっと口を開いた。


「何だ知らなかったのか? この世界ストレスもそうだが歯を食い縛る時が多いからな。お前も自分のことだと思った方がいいぞ。いやお前には無縁かな」


 そう言ってバスルームから出ると、愛人が切ったカステラを珍しそうに見てから手に取って口に入れた。


「おお旨いな。ところでそうか。やはり引き渡しには応じないか。分かっていたことだ。稀にいるのだああいう意味で救いようがない人間が。平たく言えば馬鹿だ。勝ち馬に乗らず義理人情で負け犬の方に付くとはおめでたい」 


 ファンディッケンは侮蔑的にも敬服したようにも聞こえる口振りで吐き捨てた。


「それで、殺すのですか?」


 アリーフがスーツのポケットに入ったレシートやらちり紙をゴミ箱に入れながらファンディッケンに尋ねると、彼はカステラをかじりながらカーテンを僅かに捲り、夜景に目をやりつつ答えた。


「普通ならそうするんだが、リウも良くしてもらっているようだし情けで最終警告をしてやる。サーシャ。エルベンストラレ君を至急呼んでくれますか」


「かしこまりました」


 愛人は恭しくファンディッケンに頭を下げてから踵を返し、警護の兵士によって扉を開けられて部屋を後にした。

 文民大臣の愛人を怒らせれば出世に関わる。だから兵士はみんな彼女を上官と思って接する。ああいう擬似的な権力を与えると、人は自分が急に偉くなったと勘違いして尊大に振る舞うようになるもので、彼女にもその兆候があった。


「エルベンストラレ主任にやらせるのですか?」


「ああ、彼なら適任だ。ところで私が頼んだものも買ってきたか?」


 頷いてアリーフが紙袋にまた手を突っ込む。


「ええ。しかし、結構安かったですよ。同じブランデーならナポレオン級のとかルイ13世みたいな恐ろしく高いのもありましたよ」


 アリーフがそう言いながらテーブルに置いたのは、サントリーのVOブランデーだった。だいたい700mlで2000円程度である。

 瓶を手に取ったファンディッケンは満足そうに琥珀色の酒に映る自分のニヤケ面を眺めて、アリーフに駄賃の万札を渡した。


「ブランデーに詳しいな。好きなのか?」


「いや、本で読んだ知識です」


「そうか。いやこれでいい。30年以上前に野暮用で日本に行かされた時に飲んだ思い出の味なんだ。お前も一杯やれ」


 ***


「ゲホッ……うげぇぇぇぇっ」


 それから1時間後、アリーフは新宿歌舞伎町の繁華街でガードレールから身を出して側溝のグレーチングに胃の中の食物を吐き出していた。

 アリーフは父が入れ歯なことを知らなかったが、彼もまた息子が下戸で酒を飲めないということを知らなかった。いや、知ってて悪意で飲ませた可能性もある。


「あのエロジジイ……車運転するヤツに酒飲ませるなよ。あー気持ち悪っ」


 そう恨み言を漏らして一通り吐くと、やっと少しばかり気分が落ち着いて自販機で水を買った。買った後で近くに公衆便所があることに気づいた。

 彼はいわゆる妾の子である。アルベルトはマチリークですら呆れて2度更迭されたほどの絶倫した性欲の持ち主で、行く先々で好みの女性を見つけてはたぶらかしている。

 彼の母親もその1人で、ブティックでアルバイトしていた時に彼にナンパされてその日の内に彼から子種をもらった。ファンディッケンは今でも同じだが相手の感情を操作する話術に長け、そして甘いマスクの持ち主で身なりも良かった。

 それに絆されて多くの女性が人生を狂わされた。彼は自分の子どもに取り立てて関心がなかった。養育費は送っていたので疎ましく思ってないだけいいのかもしれないが。

 というわけでマチリークにはアリーフの他にもファンディッケンの息子が何人もいる。彼は三男だがリウが末っ子で六男。アナスタシアが五女だ。ジェスタフが享年39でリウが今15なので年齢差は24歳だ。

 一応兄弟姉妹によってはほとんど会わない関係もあるが、全員半年に一度は集まって食事をするなど仲はいい。しかし父親は総じて嫌っている。リウですら彼への敵意を隠そうともせず、アリーフもアリーフで出世のために敬意を払っている振りをしているだけだ。

 傑物なのは見てくれからも分かるが尊敬できるかとはまた別の話なのだ。


「あのー……」


 アリーフが口を濯いでから邪魔にならないようシャッター前でポケットからコンパクトミラーを出し、前髪やもみあげを弄っていると、前から2人の女の子が話しかけてきた。

 未成年にしか見えないがやたら濃い化粧をしているので老けて見える。服装も丈が合わずピンクのレディースコートは大人びているあまり服に着られている状態だ。


「お兄さん、どこのお店の方なんですか?」


 アリーフの方が背が高いのに膝を曲げて上目遣いになり、小鳥みたいな無垢っぽい眼差しで彼を見つめた。どうやら自分をホストだと勘違いしてるなとアリーフはぼんやり自分の顔を熱っぽく見る2人を回し見た。


「ア、アイム……ツアーリスト……」


 アリーフは辿々しい中途半端な英語でそう2人に言った。白人顔で日本語を訛りなく流暢に喋るとマチリーク人だとバレる。日本語を話す日本人にはわざと片言で話しても勘づかれるから、出来るなら英語を話せと死んだ兄から言われていたのだった。

 しかし、彼は英語など全く喋れない。ロシア語ですら園児の初歩的な会話が精々だ。


「な、何だ……外国人の人か……すいませんでした。日本の観光楽しんでください!」


 無事にアリーフを観光客と思った2人は彼に手を振って人混みに消えていった。

 アリーフは腕時計で時刻を見ると右に足を進めた。彼の容姿には美しさだけでなく覇気のようなものすらあり、道行く人々はみんな彼を見て目を丸くし、ある者はうっとりと白い息を吐いた。

 彼にとってそれは当たり前のことだったのでうんざりしながら足を進めて、やがて止めて上を向いた。


「……兄貴」


 そこはまだ警察の規制線が張られたままの闇金融の佐々木ローンの店舗だった。本当ならここを荒らすのはアリーフの予定だったが、突然本国に呼び戻されてジェスタフが直々に行くことになった。

 ジェスタフの護衛として日本に来て、あの記者会見の場にもいて質問もした。子どもの頃からあらゆる心配事から自分を守ってくれて、高認の試験費や歯列矯正器具の金まで出してくれた兄との最後の会話は、彼が電話でここに向かっている時だった。

 あの時に帰投命令が無ければ全てが丸く収まっていたのに。だが、悔やんでも仕方がないことだった。この世で一番信頼していた兄はリウを守って死んだ。

 きっと僕を自分のこと以上に心配していた兄なら、復讐よりも僕が所帯を持って幸せになることを望むに違いない。そう思ってカミーリアを殺したい気持ちを抑えていた。


「……」


 アリーフは階段の前で手を合わせて、コンビニで買った煙草のエコーをそこに置いてまた手を合わせ、兄の冥福を祈った。


「お」


 彼が立ち上がって尻や膝を叩いてると、髪を黄緑色に染めた女がいつのまにか真横で蹲って泣いていた。いや、佐々木ローンの看板を探してずっと上を向いていたからもっと前からいたのかもしれない。


「君、どうしたの」


 アリーフは心配になって彼女に話しかけた。

 掌で涙を拭ってその女はアリーフを見上げた。変な髪色だから若いかと思えば想像していたよりずっと年上だった。痛んでシミの多い荒れた肌、恐らく整形した一重の瞼の周りには大きな隈ができていた。

 少しだけ驚いたが顔に出さず、彼は持っていたチュッパチャプスを彼女に差し出した。最初から顔を見ていても彼は同じことをした。


「か、彼氏に振られて……ご、ごめんなさい心配させちゃって」


「いえ……僕も何度か経験があります。辛いですよね。自分が否定されたような気になる」


「その顔で?」


 女は眩しさに顔を背けるようにアリーフの顔を見た。そして、ひび割れた唇を舐めた。


「良かったら一杯だけ付き合ってくれない? 奢るから。あなたみたいなかわいい子と一緒に飲めるなんて最高の気分転換になるよ」


「それであなたの気が紛れるなら。でも僕酒飲めないですよ。吐くんで」


「あ、そう。ならウーロン茶やコーラとかでいいわよ」


 なんか面倒なことになったなと思いながらもアリーフは腕時計を見て、まぁ30分くらいならいいかなと彼女の後をついていこうとしたら、女はアリーフの手を握って彼をぐいぐい先導していった。


 ***


 5分ほど歩いて、彼は勝手にどっかのファミレスかバーに連れて行かれるのかなと思ったが、そういう店をさっきからいくつも素通りするので次第に怪しさを覚え始めた。


「ここ」


「これ……」


 ついた先は、入り口の前に宿泊だの休憩だの入浴だの細かく料金表が貼られた老朽化を誤魔化すように大量のけばけばしい色合いのネオン管で彩られたラブホテルだった。

 アリーフは内心でえぇ……という声が出た。


「いやあの、僕恋人今いるんで……勘違いさせたら謝るんですが」


 女はコロコロと黄ばんだ歯を見せて笑った。


「違うよ。この中にあるカフェだって。心配しなくていいから入ろ?」


 アリーフの有無を言わさず女は彼の手を引っ張ってホテルへ連れて行こうとした。まぁカフェが本当にあるならそれでよし、ないならさっさと逃げて車に戻ろうという気で仕方なく足を進めてホテルの自動ドアをくぐった時。


「お兄さん何してんすか?」


「へ?」


 背後から彼の肩をフライトジャケットを着た見知らぬ屈強な男が掴んで無理矢理自分に向けた。


「アンタ何俺の女の豆弄ろうとしてんだ? つーかコイツまだ18なんだが? アンタこれ立派な自動売春なんだけどどう責任取るのか聞いていい?」


 もう1人いたスウェットの首筋からタトゥーを覗かせる男が携帯で撮影したアリーフと女を彼に見せた。見方によってはアリーフが彼女をホテルに入れようとしている風にも見えた。


「は!? 未成年? 冗談キツイなどう見ても30代でしょ」


「危なかったー危うく犯されるとこだったー」


 アリーフが彼女から手を離してそそくさとこの場から離れようとして後ずさると、その退路を女がニヤニヤと塞いでいた。美人局に彼は引っかかったのだった。


「何? 言い訳しちゃう? つーかアンタ見たことないくらいのイケメンだな。こりゃ金の他にも誠意見せてもらいたいかな。ちょっと人目つかないとこ行こうか?」


 タトゥーの男がアリーフの肩に腕を回して路地裏の方に連れて行った。どっちか分からないが酒臭いし酷いわきがで、アリーフは再び吐き気が込み上げてきた。女の方はと言うと、楽しげに自販機でファンタを買ってからついてきた。


「で、どうするお兄さん? お兄さんいいスーツ着てるし顔も綺麗だからどっかいいとこのボンボンでしょ? とりあえず100万くらいくれたら今日のところは帰してやるよ。とりあえず財布見せてよ」


 タトゥーの男が乱雑にアリーフのモッズ・スーツのボタンを外して胸ぐらを弄って長財布を出した。すると、財布と一緒に黒い手帳も出てきた。


「あっ」


 アリーフが声を出して拾おうとしたら、フライトジャケットの方が彼の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。女はそれをファンタを飲みながら自分の携帯で愉快そうに撮影している。


「手帳なんかいいからお兄さんはATM行くか親に電話するか決めろよ。何? そんなこれ大事か?」


 男はアリーフを押さえつけながら地面に落ちた手帳を拾い上げ、そして表紙の金メッキで縁取られた字を見た。


「何だこれパスポートじゃねぇな。薄暗くて読めねー……」


 男はそう言って目を凝らして手帳に顔を近づけた。

 アリーフは息苦しそうに絞り出した声で、タトゥーのチンピラの目を見て質問した。


「とこ、ところで、さっきの写真、ほ、本当にあれ僕ですか? べ別の人に見、えたんですがね?」


「あ、えーっと……軍隊、手帳?」


「あ? 寝ぼけてんじゃねぇぞクソボケが!! よく見ろこんな派手なポニテのヤツがそうそういるわけねぇだろアホが……」


 アリーフの胸ぐらを掴む男がやっと書かれている文字を読み上げ、話しかけられた方がアリーフを怒鳴りつけ、例の写真の画面を彼の鼻先で見せつけた時、男の手が1人でに動いて壁を殴り、携帯ごと己の手首を叩き潰した。


「あ……な、み、お、れの手……てて手が……が?」


 壁にめり込んでへばりついた手首は微かな皮膚の切れ端を残し、爪や携帯の破片と混ざり合ってただの肉塊と成り果て、そこだけ見たらどこの部位の肉片だかよく分からなくなっていた。


「し、重松お前何やってんだ!?」


「ヒッ……ヒィッ……」


 男はアリーフから手を離すと、ショックと激痛の前に気絶した重松に駆け寄ったが、彼が流血する腕をどうにかして止血しようとした時、重松の眉間を銃弾が撃ち抜いた。


「な……」


 男が混乱に慄きつつも振り向くと、そこにはトカレフを構えて財布と軍隊手帳をスーツに戻すアリーフがいた。


「お姉さん。僕は本当にあなたを心配して声をかけたのにひどいな。だいたいこういうのってアレが済んでホテルから出てきたとこにやるんじゃないの?」


「お、お前まさかマチリークの……」


「僕は今日嫌なことがたくさんあって心底機嫌が悪いんだ。僕が機嫌悪いって滅多にないよ。例えるなら卵から孵ったウミガメの赤ちゃん達がカモメに食われずにみんな海にたどり着けるくらい滅多にない」


 そう言いながら、生きている方のチンピラに銃口を向けた。


「そんな日にまぁ今日はとことん運がないね。いやお互いに」


「うっ……うわあああぁああああぁああっ!!」


 アリーフが彼をさっさと射殺しようとすると、男は尻から自分の財布を出してアリーフの顔に投げつけた。


「おっと」


 一瞬だが視界が塞がれ、それにより引き金にかかる人差し指が止まった。それを待たずに男はポケットからバタフライナイフを出すと、雄叫びを上げてアリーフに襲いかかった。


「おっと危ない」


 だが、アリーフはその腕を掴むと本来なら腹に刺さるはずだったナイフをあろうことか自分の喉笛まで運んで自らの手で突き刺した。


「ちょっとやめてくれよ。上着はまだしもワイシャツは縫っても穴が目立つから捨てなくちゃならないじゃないか。やるなら首にしてね。そんでバイナラ」


「すっすいませ」


 切り裂かれたアリーフの喉からバジルソースパスタような抹茶色の細い何かが琥珀色の体液と共に何本も這い出て蠢き出した。

 男はそれに気づかずに泣きそうな顔で命乞いをしたが、虚しく下顎に突きつけられたトカレフによって頭を吹っ飛ばされた。


「ギャッ……ギャアアアア……」


「繁華街は消音器がいらなくていいね。さて……」


 アリーフはトカレフをホルスターに戻すと、死体を跨いで腰を抜かして立てない女に近づいた。


「で、君本当は幾つよ」


「に、にじゅっきゅっ」


 嗚咽混じりに泣く様子はさっき見た時と同じで、あれが演技だとしたら相当美人局をやり慣れているのは自明だった。


「29か。一応年下だったか。本当に未成年なら見逃してもいいけどこの歳じゃ更生はもう無理だな」


 アリーフはそう呟いてトカレフを再び抜くと、女のつむじに銃口を擦り付けた。


「すいませんすいません!! 本当はやりたくなかったんですがアイツらにやらなきゃ殺すって言われて」


「の割に楽しそうだったじゃん。小学生みたいな嘘やめた方がいいよ」


 そう言ってアリーフは彼女もまた殺そうとしたが、何か思うことがあったのか銃を戻した。


「ま、いいや。次顔見たら問答無用で消すけど今日のところは許してあげるよ」


「えっ?」


 涙でぐしょぐしょの彼女の瞳に歓喜の色が浮かんだ。アリーフが彼女の手を取って立たせた。


「行きな。まさかとは思うけど通報なんかしないし携帯も置いてくよね」


「は、はい無論です!」


 女は携帯を投げ捨てて一目散に来た道を戻って途中の角を曲がり、光り輝く雑踏、安全な正常な世界に戻ろうして血走った目で泣きながら駆け出した。

 彼女の身体が路地裏の小道から出た時、彼女の首から上は消えていて、足元から力なく崩れて地面に伏した。

 最初に彼女の死体に気づいたのはコーヒーを持って通りを歩く若いカップルだった。


「うわぁっ!! 死体だ首がない!!」


「ひっ……」


 当然2人は怯えて悲鳴を上げ、それにより興味を惹かれた野次馬がよせばいいのに群がってきた。が、すぐに群衆は一瞥して去っていった。切断された彼女の首の断面は皮膚で塞がれていて、そこには血どころか傷一つなかったからだ。


「これって……」


「アレでしょ。空気のお嫁さんでしょ」


「ンだよビビらせやがって!! ちゃんとゴミ捨て場に捨てろや!!」


 彼氏がそう言って女の死体の脇腹を蹴り上げ、カップルは不快な顔で死体を踏みつけて去っていった。


「何だよ2人まとめても1万円もないじゃんかよ。ゴミが」


 アリーフはチンピラ達の死体から財布を抜いて現金を抜き取り、どういうわけか持っている脇に挟んでいた女の生首を地面に捨てた。

 しかし、地面に落ちる前に生首は何処かへ消えた。


「全く嫌な国だな。早くマチリークに帰りたいぜ。リュウはどこを気に入ったんだ。確かにあのチアキって子はかわいかったけどさぁ……」


 アリーフがそう恨み言を漏らして路地裏を出て行こうとした時、彼の携帯が鳴った。


「もしもし。ああはいはい。ただ今迎えに行きますよ〜全く人使い荒いね。眠いし事故っても自己責任だからな! 違う今のはダジャレじゃないから! あーもう待ってて!」


 そう早口で電話を切ると、コンパクトミラーを出して返り血の有無を確かめた。チンピラの死体も財布ももうどこにも無かった。

 彼は優しい人ではあるのだが、自らの善意を弄ばれるのを何よりも嫌うのだ。


「あーかわいい子と遊びたい……」

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