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あいう  作者: かれーめし
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人間とオーロラのハーフ 2

「来ない!」


 午後2時になったが、この時間になってもリウとアナスタシアの兄は来なかった。昼頃には来ると言ったのに何かあったんだろうか。

 清香は普段使いの安いティーパックでなく来客用のフォションの茶葉を缶から出してポットに入れながら俯いた。


「ここ住宅街だから迷ってるんじゃないですか?」


「それか土産を見繕うに時間かかってるのか」


 ジャージ姿のアナスタシアに抱きついて、額を胸に擦り付けながら猫のように甘えるリウのうなじを彼女も愛おしそうに撫でていた。


「だったら電話の一本くらいくれてもいいのに……腹減ったし軽くパスタでも作ろうかしら……アナスタシアちゃんも食べる?」


「…………」


「食べるそうです」


 防寒のために布団やソファで塞いだガラス戸の下にある小さな隙間を煩わしく思って見つめながら、立ち上がって鍋に水を入れた。

 隙間風が寒いから部屋の中でもジャンパーを着ているのだが、2人は平然としている。寒い東北地方やロシアの真ん中にマチリークは位置しているから相当寒い場所なのだろう。お国柄寒さには慣れっこらしい。


「シアって筋肉質だから抱きしめててもあんま柔らかくないな……」


「あのチアキって女のどこがいいのよ」


「着痩せしてるけどちょっとお腹周りだらしないのがいいんだよ」


 そんな話とらいおんの鳴き声を聞きながら清香はリビングから出て階段を上がると、千明の前の部屋の扉をがちゃりと開けた。


「詩音大丈夫?」


「ば、ばい……」


 そこには、冷えピタを貼ってベッドに入って赤い顔で咳き込む詩音がいた。ゴミ箱には鼻を噛んで丸まったティッシュがこんもり積み上げられ、毛布の上にまで散乱していた。

 アナスタシアが襲ってきてから今朝、流琴が起きて朝にシャワーを浴びるまで彼女はずっと風呂に浸かっていた。

 騒ぎが収まってからも怖くて風呂から上がれず、アナスタシアが風呂に入る時に気づけば良かったのだが、彼女は敵地で裸になるのが嫌だったようで、脱衣所で身体を濡れタオルで拭うだけで済ませていた。

 すると真横で知らない女の声が聞こえてきて、何やら物騒な会話をしていたようで尚更出られなくなったという。

 結果、10時間近く風呂から出られず終いには水風呂に浸かって完全に風邪を引いてしまった。

 流琴が発見した時はブルーベリーみたいな肌色に、唇は紫を通り越して緑っぽくなっていたという。彼女だけは水族館に行かせるわけにもいかず家に残っていた。


「ごめんね、とっくに風呂から上がって部屋に戻ってるとばかり。はいこれポカリ。昼は普通のお粥と梅粥のどっちがいい?」


「なにもいらないでず……ぐずり飲んだんであどばもう寝れば治りまず……」


「ババアみたいな声になってるわね……食べないと治り遅くなるから少しでも食べな? ね?」


「ばい……」


 それだけ言って、詩音は鼻を啜って頭まで毛布に包まってしまった。風邪と同時に放ったらかしにされたことでいじけてもしまったようだった。清香は千明の昔を思い出して笑いが込み上げてきた。


「ちょっとこれから私の中学の友達が来るから、何か欲しいものあったら私の携帯にでも電話してね」


 清香はゴミ箱を掴んで部屋を出た。リウの兄が来ること以前にアナスタシアの顔もまだ見てないのだから、詩音を安静にさせておくために何も伝えずにいた。

 台所に戻って大量のティッシュをゴミ袋に押し込んでから、棚からパスタの麺とトマトの水煮缶とレトルトの粥を出してまな板の上に置き、鍋に塩を小さじいっぱい入れた。


「何か、お手伝いできることはありますか?」


 すると、後ろからリウが話しかけてきた。手伝いと言っても隻腕のリウには缶を開けたりするのも一苦労だし、煮えたぎる湯を扱わせるわけにもいかない。かといって無下にしたら詩音と同じでふてくされそうだ。


「じゃあこのお粥のパック、端っこをちょっとだけ開けて袋のままレンジでチンしてくれる? あ、3分って書いてある。お椀に移すのは私がやるから」


「はい」


 リウに背を向けて、力を込めて缶切りで水煮缶を開けていると廊下で電話が鳴った。来客予定のお兄さんだなと清香は思って台所から出て、受話器を取った。


「はい。大葉ですが」


「お忙しいところ失礼致します。突然ですが奥様、今の荒んだ世の中で本当に信じられるものはありますか?」


「私ですね。失礼します」


 そう言って清香は電話をガチャ切りした。久しぶりに宗教の勧誘が来たな。最近は訪問じゃなくて電話で来るのか……。そう思いながら台所に戻る途中で、清香は互いに折り重なって眠るリウとアナスタシアを目にした。

 何か触れてはいけないもののような美しさが滲み出ていたが、それよりも清香は首を傾げた。

 私に何か手伝うことはあるかって聞いたのにもう寝たの? 早くない?

 そう思いながら振り返った時、電子レンジのボタンを忙しなく何回も押す音が鳴った。


「あれ? ウチのと機種が違うからうまくできねーな……」


 リウとよく似ている。でも違うやや低い声、知らない男の声がした。ここからだと死角で姿は見えない。誰か知らない人間が家に上がり込んでいる。

 清香は背筋が凍りついたが、それでも怖気付くより先に身体が動くと、台所で電子レンジの前に立つスーツ姿の男の肩を掴んだ。


「だ、誰!?」


「あ、すみません」


 清香は震え声で男を怒鳴りつけたのに、彼の方は至って穏やかなまま手を乱暴に振り払うのでなくそっと手に取って振り返り、両手で包み込んだ。


「約束の時刻を過ぎてしまい申し訳ありません。リウとアナスタシアの兄のアリーフ・ジェスタフと申します。この度は弟の面倒を見てもらっている中、妹が大変なご迷惑をおかけしてしまいお詫びの言葉もありません。お怪我はありませんでしたか?」


 アリーフという男は清香の手を取ったまま紋切り型のようなありきたりな謝罪を口にした。

 普通なら見ず知らずの他人に手を握られたら不快感が勝りそうなもので、清香も最初に手に触れられた時はそう感じたが、彼の顔を見た瞬間にそんなものは消え失せた。


「は、はひ……」


 び、びなんし……。それ以外言葉が思い浮かばなかった。このアリーフという男。それはもうとてつもない美青年だった。

 左右の伸ばした白みがかった金色のもみあげをヘアゴムでまとめて、髪を後ろで結ってポニーテールにしており、前髪の隙間から鮮やかな丸っこいオリーブ色の瞳が覗いている。

 透き通るような真っ白な肌と扇情的な唇で、かなり顔を近づけられているのに毛穴が見えない。

 その端正な顔立ちは完璧な女性的なフォルムだった。それでいて男の色香も宿っており、それらが矛盾なく同居して例えようのない美しさを放っていた。

 今まで生きてきて様々な美形を見てきたが、どれも彼の前では明らかに劣っていた。流琴でさえもそうだった。真に綺麗なものには性差すら超越するのだということを清香は恍惚の中で理解した。

 さっきリュウがアリーフのことをキス魔と言っていたが、この顔で唇を近づけられて拒む女がいたら精神の異常を疑われるだろう。それくらい美しい。

 一周回ってたった3歳しか歳が変わらない上に野郎なのに私とどうしてここまで違うのかと清香は悲しくなってきて、涙腺が緩んだ。


「ど、どうかされましたか?」


 アリーフは親指でそっと清香の涙を拭うと、あわあわと慌ててハンカチを差し出した。


「だ、大丈夫です。何でもありません。お待ちしてました。きっとドアが開いてたんですね。不用心ですいません。ちょっと小腹が空いていたのでお昼を作ってる最中で気づかず……」


「こちらこそ道に迷ってしまって遅れてしまい失礼しました。パスタを作るんですね? お手伝いします」


 アリーフはそう言ってジャケットを脱いだ。ふわりとバニラの甘やかな香りがして清香の頭がぼうっとした。

 しかし、ペパーミントのシャツの上から装着した革のショルダーホルスターにぶら下がった拳銃と、ベルトにある2つのマグポーチを見て少しだけ現実に戻った。

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