ずるい
「く、くそ……くそが……」
結局リュウはどこの馬の骨とも知らない小娘に取られて彼女と一緒に寝ることにしまった。いや姉か。馬の骨ではない。
今日一日一睡もしてない中授業も寝ずに受けて体育の大嫌いな校外マラソンにも出た。それもリュウと全裸で添い寝して今日こそイチャイチャできると思ったからだ。
それなのにぽっと出の姉にリュウを奪われた。そりゃ積もる話もあるだろうしリュウも家族と過ごしたいのは分かる。でも、私との約束を反故にするのはやめろ。傷つくから。
「あーイライラする!」
「いった……」
足をバタバタさせて少しでも苛つきを紛らわせていたら、うっかり隣にいるカミーリアを膝蹴りしてしまった。
「ご、ごめん」
「イライラしてるなら他人の物に当たるのが一番いいぞ」
「アドバイスありがとう」
それやったら裁判沙汰になる。
最近まで何故だか私を警戒して同じ部屋でも自分は床で寝てたのにこの頃はやっと添い寝してくれるようになった。同時に肉もついてきて抱き心地もいい。それでも体温は低めだから身体は冷たい。
しかしイライラする。何でってさっきまでは風呂入ってなかったから汗臭くて髪ゴワゴワで私同様胸は大きいのを除けば何というか芋くさい見た目してたのに、いざ頭流したらものすごい美少女だったことだ。
毛先が肩に触れるか触れないかの微妙な長さのセミロングで目はキリッとした凛々しいタイプの美形で、リュウと違って日に当たるからか肌は色艶があって体も引き締まっていた。
何で知ってんのかというとさっきリュウと裸でくっついて寝てるのを見たからだ。だからイライラしてる。くっそーあんなグラドルみたいな姉がいたら性癖歪むでしょ。悔しい悔しい。
「千明やっほー」
「あばば!?」
「あばば?」
私が枕の端を噛んでいると、いつのまにかリュウが私の隣で横たわっていたので驚いた。カミーリアは気づいていたのか動じていない。
「シアがやっと寝たから来ちゃった」
こ、この子私との約束を忘れていなかったのか。感動のあまり泣いてしまいそうだった。でも、リュウは今回は服を着ていた。きっとカミーリアがいるからだろう。
「お姉さんと仲良いの?」
「僕ら兄弟は人によっては一年に一回も会わないけど基本的に仲はいいよ。その中でもシアは一緒に暮らしてたこともあるし結構関係深い方かな。逆に一番薄いのは次男のソーヤ兄さん。もう5年くらい会ってない」
リュウが私の腕に抱きついて手を足に挟むと、カミーリアが転がって私の腹の上に被さった。頭の中で旧約聖書の一節を誦じながら私は平常心を装った。
「お前と違って姉貴は俺や千明を憎んでたな」
「アンドレ兄さんシアを可愛がってたからね。娘みたいな年齢差でしょ? だから降りかかる火の粉は全部自分が払うって感じでシアが怪我しようものなら真っ青になって怪我させられたなら真っ赤になってた」
「ふーん」
ちょっとだけ羨ましい。一人っ子だから仮に私に兄がいたとしたら、私のことをどんな風に思っただろうか。
「それだとまるでお前は可愛がられてなかったみたいじゃないか」
「まさか可愛がられてたよ。だって僕が小学生の時にいじめられた話したでしょ? あの後兄さん部下に命じて僕をいじめたヤツの家を燃やしたからね。あ、ソイツの一家を縛りつけて生きたまま。それでも飽き足らなかったのか、校長と教頭と担任を僕の目の前で狙撃してたね」
怖いわ。それってもし私達がリュウを嬲りものとかにしてたら同じかそれ以上の責苦にあって殺されてたってことじゃないか。
あのジェスタフって人も我が子を虐待するような人よりはマシなんだろうけど、やることが限度を知らず過激だ。
あの人が私を薙刀で斬りつけられた時の、払ってもまとわりつく蝿を見るようなうんざりした冷たい顔が脳裏に蘇った。あの冷血漢がリュウを可愛がる様子がイマイチ想像できない。
「の割に俺を恨んだりしてないのか? 悲しくないのか?」
カミーリアはリュウに妙に深堀していた。対人関係が絶望的に少ない中で普通に生きてても稀有な人格の持ち主と出会したもんだから珍しいのだろうか。
「うーん……公務員の世界では殺傷は当然のことだし兄さんも分かっててこの道を選んだんだろうから恨んじゃいないよ。悲しいか……と聞か、れると」
そう言いかけてリュウは口籠った。そして、私の目を覗き込んでいた目が胸を見たり膝を見たりカミーリアを見たりと落ち着きなくぷるぷると震えた。動揺していた。
「あんまり考えないようにしてる。深く考えると死にたくなるし何もできなくなるから」
鼻声でそう言って息を小刻みに忙しなく吐いてから、私のパジャマのボタンをプチプチ外して裾で鼻をかんだ。自分のでやれと言いたかったけど、そんなことも言うわけもなく私はただリュウを抱きしめていた。
今までは性欲で抱きしめてたけど、慰めるために抱きしめるのはこれが初めてという自分の浅はかさに恥を覚えた。
リュウは底抜けに明るい子じゃなかった。ただ感情を押し殺しているのを周りに悟られないために明るく振る舞っているだけでとても傷つきやすい子だったのに、私はその違和感に気づきながらも兄殺しの片棒を担いだ者として見て見ぬふりをしていた。
でも、これでやっとリュウのことを知れた。もちろん全部じゃないけどこれからはもっとリュウと仲良くなれると思う。
私の胸の中で泣きじゃくるリュウの髪を、カミーリアは不慣れな手つきで撫でていた。
風は窓を揺らして唸り声を上げた。私はエアコンで暖房をつけようとしたけどリモコンは机の上だったからリュウを一回離さないといけないから諦めた。その代わりにより強くリュウを抱きしめた。できることならずっとこうしていたかった。
***
朝、花開くように自然と目が覚めた。目覚まし時計よりも早く起きた。こんなに心地よく起きれたのは久々だったけど残念。もうしばらく登校しないから二度寝しよう。私が泣き疲れたリュウの背中をさすってふと上を見た時。
「ゲッ」
いた。
「……どうも」
確か名前はアナスタシア。何故か私の部屋にいて私を冷え切った目でじっと見下ろしている。しかもいくつも武器が詰まった防弾ベストを着た完全武装で。手錠つけてたはずなのにどうして。
「私も訓練されてるから手錠の抜け方くらい心得てる。リュウが公務員でも家族でもない人間にこんな懐いてるのは初めて見た。おかげで殺そうとしたけどリュウに恨まれそうだからできなかった。どんな手を使ったの?」
アナスタシアはそう言って手に持っているアイスピックを私に向けた。ウチにあるものを拝借したらしい。寝起きなのにまずい状況だった。
「いや別に……ただリュウが可愛かったから優しくしてるだけで……」
「ちあきー……」
私がまだ半分寝てる頭でふと思いついたことをそのまま言った時、リュウが船を漕いだまま私に頬擦りして鼻の穴の匂いを嗅いできた。
私は起きあがろうとしたが、パジャマのボタンが全て外れてるから、ここでそれを見せたら何かやってたみたいに思われそうなのでやめにした。
「日本の汚らわしい虫が……ッ!!」
リュウが私に引っ付けば引っ付くほどアナスタシアは怒りが増すようだった。さて、このままではリュウは起床した時に死体の私と会うことになる。嫌だ最後に食べた飯がメンチカツなんて。
私が毛布の中で丸くなっているカミーリアを足で押して起こそうとした時だった。
「ん?」
下で電話が鳴った。こんな早い時間にどこのどいつだ。
一階てスリッパのパタパタという足音がして、朝食のために早く起きている母さんが電話に向かう。父さんは靴下派でスリッパを履かない。もっと言うと朝は早く起きない。
「……誰だろ」
私がもぞもぞとリュウの体を傍にどけた時、母さんが早歩きで階段を駆け上がってきて私の部屋に入ってきた。
「リュウいる? あ、アナスタシアちゃんも」
「アナスタシアちゃん」
昨日会ったばかりの人にちゃん付けで呼ばれて戸惑いながらも、アナスタシアはアイスピックを背後に隠した。
「リュ、リュウなら私の布団の中に……」
私は急いでボタンを止めて起きあがろうとしたが、側から見たら服を着てるように見えたらしく、諦めたような顔で母さんが眉間をぎゅっとつねって、ため息を吐いた。
「もう止めはしないからちゃんと合意の上で避妊はさせなさいよ」
「……」
「いや、ち、違いますよまだ何もしてませんよ」
「まだ?」
アナスタシアの指関節からメキメキという歪な音がした。アイスピックのグリップを握り潰さんばかりの力で握っているからだ。
そんなことはつゆ知らず、慌てた様子で母さんが私を急き立てた
「もう、この話はいいからリュウを起こして」
「何で?」
「リュウのお兄さんがリュウと話をさせろって電話をかけてきた。あとそっちにアナスタシアちゃんはいるかって」
今度は兄貴か。妹であれならいよいよ家が倒壊しそうだな。憂鬱だ。
アナスタシアの顔に不安の色を浮かび、曇る。でも、そこまでの焦燥しているようには見えない。
「どの、兄さんの話?」
「どの?」
複数人いるのすごいな。




