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あいう  作者: かれーめし
45/56

だから玄関から来い 6

「今度は窓枠ごとやられて食器棚にテレビもかよ……。あ、これ有田焼の高いヤツじゃんもったいない」


「ちりとりと箒買ってきたからこれでまとめてやりましょ」


 靴を履いたまま、父さんが母さんと割れた食器を軍手をはめて慎重に摘んでゴミ袋に入れて、私は冷穏と庭でガラスの掃除をしていた。


「あ、そこの足元のとこあるぞ」


「うん」


 持っている懐中電灯で辺りを照らして、光った場所に破片があるので拾って同じようにゴミ袋に入れていく。すっかり解放的になったガラス戸を見て、


「夏場だったら藪蚊が入り放題だな」


 冷穏はそうぼそりと呟いた。その通りだけど私は漆黒のゴキは普通に触れるし蚊は蚊取り線香を焚けばいいから別に困らない。

 問題はこれがまだマシなことだということだ。

 あるジャーナリスト曰く、マチリークは中東のイスラム教過激派組織や南米の麻薬カルテル、さらにはコーザ・ノストラ、トライアド、ヤクザのような世界各国の犯罪組織が全て手を組んで一本化しても尚勝るほどの資金力と軍事力を持っているという。

 そんなのに今目をつけられている以上、ガラスを何枚か割られた程度は彼らからしたら脅しにも入らないだろう。


「すいません姉が……」


 リュウが母さんの前で片手で深々と土下座をすると、母さんは慌ててリュウの肩を持って頭を上げた。


「だ、大丈夫よ。全然気にしてないから。全然平気だから」


「お前の姉貴はまだ気絶したままか?」


「あ、いや……たった今起きました。カミーリア君が見張ってます」


「そっか……」


 父さんが立ち上がってトンファーを掴むと、母さんがダメダメと言ってそれを引ったくった。


「暴力はダメよ。私達をリュウを監禁した悪人と思い込んでるんだから殴ったらそれが確信に変わっちゃう」


「……分かり合えるほど柔軟な人間だといいがな」


「なんか流琴最近怖くなったよ? 前はもっと穏やかだったのに」


 母さんがトンファーを台所の上に置きながらそう呟くと、父さんが舌打ちして母さんの元へずかずか近づき、胸ぐらを掴んで睨みつけた。


「今の状況分かってるか? 俺達はマチリークの重役を殺してその弟とマチリークの極秘開発の生物兵器を家にあげてんだぞ? ただでさえマチリークじゃなくても警察がいつ来てもおかしい中でまた襲われた。あのアルベルト何とかはまだ穏健な方だからこれで済んでるのかもしれんが、もしヤツが痺れを切らしたら全員仲良く皆殺しにされるんだぞ!?」


「や、やめてよ!! 父さんも落ち着いてって! まずはあの子から何か聞き出すとこから始めよう? もしかしたらこっちに有利な情報を聞き出せるかもよ?」


 私からは父さんの顔は見えなかったが、あの母さんが何も言い返せないあたり相当怖い顔をしているらしい。すっ飛んで2人の間に割って入ると、父さんははっとなって母さんから手を離し、決まりが悪そうに前髪を撫で付けた。


「……ああ、すまん」


「いやごめんこっちも……軽率すぎた」


 2人はそのまま何も持たずに私の横を通ってリビングを出ると、階段を登って2階に上がって行った。


「千明、僕らも行こうよ」


「う、うん。冷穏も行く?」


「いや、俺は後片付けしてるよ」


 ***


 2階の私の部屋の隣、つまり詩音の部屋のさらに隣のまだある空き部屋の客室にアナスタシアという名のリュウの姉はとりあえず閉じ込めていた。

 さっき手首足首に結束バンドは締めたけどそれだけじゃ不安なので縄で更に腕を縛って、その上から毛布で簀巻きにした。

 部屋に私達が入ってくると、アナスタシアは起きてここから出ようと暴れたが、リュウの顔を見るとそれが一層ひどくなった。口をガムテープで塞いでいるから喋れないが、何か私達を罵倒しているのは分かる。

 部屋に入ってきた瞬間に、嗅いだことのある酸っぱい異臭がした。

 どこで嗅いだのか私はそれを思い出そうと記憶を巡らせて、カミーリアの初めて会った時の体臭だと気づいた。この女の子も数日かそれ以上風呂に入っていないと見た。とても汗臭い臭いだ。


「落ち着け。お前を痛めつけたりする気はない。リュウがこの通り怪我一つしてないのが証拠だ」


「口内炎はありますよ」


「口内炎以外は傷一つないだろ。それはリュウが暴れたりしなかったのもある。お前にも可能なら暴力を振るいたくない。だからお前も暴れないでくれよ。今からガムテープを剥がすから」


 父さんはそう言って口のガムテープの端っこに触れると、極力傷まないようそっと優しく剥がしていった。そして半分ほど剥がれた時。


「何気取ったこと言ってんだ紳士ぶってんじゃねーぞバァァァカ!? 拷問するならしなさいよ!! 私はそんなんじゃ屈しないから! そこのダセェブレザーのクソブス何見てんだああ!? お前から先に殺してやろうか!?」


「げ、元気な子ね……」


 ダセェブレザーのクソブスって私か。ブレザーは制服なんだからどうしようもない。


「そんなひどいことを言う唇は僕が塞いでやる」


「え? リュウどうしたの……いっ!?」


 すると、リュウがアナスタシアに近寄って屈み、いきなりエロ漫画みたいなそれはもういやらしいキスをした。お姉さんに。私にはほっぺにしかやらないのに姉さんにはそんな激しくするのか。おかしくないか。私にもしてよ。


「あ……はっ……へぇぇ……」


「くちくっさ……」


 たっぷり30秒濃厚に唇を貪られたアナスタシアは、威勢よく吠えていたさっきまでの姿から一転、蕩けた顔でリュウを熱っぽく見つめていた。

 父さんが冷めた顔でティッシュによだれを吐くリュウを見て鼻を鳴らした。


「お前15なのにませてるな」


「まだ存命の兄さんの真似です」


「クッ……いつのまにそこまでテクが上達していたなんて……いや違う!! まさかリュウが敵に洗脳されていたなんて……お前らバックに誰かいるか知らないけど伝えとけ! 我が国は誰だろうと叩き潰すし命乞いにも耳を貸さないとな!!」


 リュウがアナスタシアの両頬を掴んで説き伏せる。片手だから鷲掴みの形だ。


「だから何もされてないって。この人達はいい人だよ。確かに兄さんを殺したけど兄さんの方から先に仕掛けて正々堂々戦って兄さんは負けたんだ。卑怯な真似はしてない」


 リュウがこの場にいて良かった。事実だけを挙げ連ねたら確かに敵の私達が同じことを言っても開き直ってるとしか感じないだろうけど、肉親が言えば説得力は全然違う。立て籠もりの説得に警察が犯人の親を呼ぶのと同じだ。


「兄さんが前に言ってたろ。若い頃敵の捕虜になった時に兄さんは靴の中敷の裏にカッターの刃を隠してた。でも、看守から足枷を外してもらったり白湯をもらったりした。だから相手に敬意を表するためにそのカッターを差し出した話。敵だろうと施されたら借りは返さなくちゃ」


「……分かった。リュウがそう言うなら……少しは」


 そう言われたアナスタシアは本心では納得していないのが丸見えだったけど、多少は態度を軟化させた。


「ありがとうリュウ。お前俺の劇団にスカウトしたいくらいだ」


「いえいえ。千明褒めて褒めて」


「偉い偉い」


 リュウが腕を広げて私に近づいてきたので、私は合法的にリュウを抱きしめた。いや普段から合法だけど。


「とりあえず、お前の名前はアナスタシア・アンダルセンで合ってるか? 歳は今年で18か?」


「そうだけど……何? 私に気があるの?」


「違う」


 アナスタシア・アンダルセン。17歳。


「まず、お前がカミーリアを襲ってきたのは上からの命令か? そうならやはりアルベルト・ファンディッケンか?」


 アナスタシアが舌打ちした。


「違う。仮に命令されてもあの男からなら断ってる。そもそも私は未成年で女だから陸軍の公務員にはなれない」


 リュウもそうだけどファンディッケン卿って我が子に嫌われてるのか。まぁ方々に愛人がいるようだし理由は察しがつく。


「つまり私怨か。誰からウチの住所を聞いた? まさか自分で調べたのか?」


「違う。住所は兄のメモ帳を盗み見て知った。それでも全く土地勘がない場所だから丸2日道に迷った。どこだよ小山市とか上野毛とか……」


「小山市と上野毛……って栃木と世田谷? だいぶ迷走してたのね? 電車代馬鹿にならないでしょ?」


「いや走った」


 アナスタシアはそう即答した。


「え? ウッソだー無理無理こっから西新井までですら歩きじゃ一晩かかるし、すぐ疲労で倒れるわよ」


「だって日本の金なんて1000円くらいしか持ってなかったし……」


 アナスタシアはそう簀巻きにされたまま項垂れた。この姿でしおらしくなるの面白いな。


「まぁそれに関してはどうでもいい。とりあえずお前の襲撃がマチリークの意思ではなかったというのは良かった。お前の目的はリュウを連れ戻すことだな?」


「そう、でもリュウの言葉を信じてこのことを連れ戻すだけにする。アンタ達を殺すのはやめた」


「人なんか殺さない方がいいしな」


 黙って壁際に座り込んでいたカミーリアがぼそりと呟くと、恥ずかしそうにアナスタシアに俯いた。最近カミーリアも冗談や冷やかしを言えるようになって嬉しい。


「そうか、リュウを連れ戻したいのか。ならばそうすればいいさ……と言いたいとこだがダメだ」


「え?」


「え?」


 アナスタシアはもちろん、母さんも父さんの顔を目を丸くして見つめた。私もだ。


「リュウの立場はあくまで人質なんでな。コイツがいる限りマチリークも俺達にふざけた真似はできない。そして、お前も逃がすわけにはいかない。これでさらに人質の数は増えた」


「し、しまった……」


「な、なるほど……。確かにそうだけど……。つまりこの子はずっとこの部屋に幽閉しとくということ?」


「そうしたいところだがお前が許さんだろ。だったらせめて手枷だけつけて、食事の時は足枷にして風呂の時は見張りをつけるみたいな感じでプチ監禁すればいい。この女は俺と同じで少し齧ってるだけの素人だ」


 素人と言われてアナスタシアはまた舌打ちして、リュウを不安気に見つめた。


「それなら俺が見張ってる」


「ああ、助かる。それでいいか?」


「珍しく譲歩したわね。寸胴鍋買ってきてバラバラにしたら洗剤で煮込んで川に流すとか言い出すと思ってた」


「ヒッ」


 アナスタシアの顔が青ざめる。母さんが好きなスプラッタ映画にそんなシーンがあるのがあったんだろうな。


「お前は俺を何だと思っているんだ」


 とりあえず、我が家にまた1人居候が増えたらしい。ただしこれまでと違って少し反抗的だけど。


「とりあえず拘束解くからリュウ、風呂に入れてやれ。詳しい話はあとだ。もし解いてやった瞬間に暴れたら、その瞬間に譲歩を取り止めてリュウを『半袖』にするからな」


「半袖……」


「半袖?」


「多分、もう片方の腕も切断するって意味かと」

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