だから玄関から来い 5
「死ねェェェェェェッ!!」
唐突に現れたアナスタシアは犬歯を剥き出しにした獣の表情でカミーリアに斬りかかるが、そう見せかけて彼が顔に腕を回した瞬間にもう片方の手で鳩尾を殴り、首根っこを掴んで外に投げ飛ばした。
「うぐっ」
よりによってさっき彼女が割った箇所ではない無事な方のガラス戸を叩き割り、カミーリアが大地に触れ合より早くアナスタシアは接近してもう一撃顔面に回し蹴りを見舞うと、カミーリアは冊子ごと地面に転がり落ちた。
それを見た飼い犬のらいおんが目を丸くしてカミーリアに近づく。
「だ、大丈夫だ。戻っていろ」
カミーリアはらいおんの頭を撫でると、よろめいて起き上がった。夕飯前で空腹の状態なので力が普段より出ないし、この女自体中々手練れだった。
髪が頬や額に張り付いていて顔はよく見えないが、さっきリウが言っていた千明と同い年の姉とはコイツのことに違いない。
「よくも私の兄を殺し、最愛の弟を辱めてくれたな……この咎は血で贖うより他にない」
サバイバルナイフを片手で振り回しながらアナスタシアはカミーリアを睨みつける。顔は見えないがあのセリフで睨んでないとは思えない。
「ちょ、ちょっとリュウあの人止めてよ。あなたしかいないのよこの場を和ませられるの」
「無理ですぅ。シアは一回頭に血が昇ると中々元に戻らないのです」
リュウは清香に体を拭かれて全裸のままため息を吐いた。千明はリュウの裸か2人の戦いかどっちに目を向けるかを迷った挙句、後で楽しもうとリュウの裸を携帯で撮ろうとしたら清香に無言で手首を掴まれた。
「さっさとかかってきたら?」
「ッ……!」
アナスタシアがガラス片を靴で踏み割って接近した瞬間、カミーリアは体内から空気を放出してガラスの破片を巻き上げると、四方から彼女めがけて破片を向かわせた。
千明と清香が思わず目を伏せた時。
「グラビティーズ・レインボー」
アナスタシアが一言そう呟いた。その瞬間彼女の身体が眩い銀色に輝き、ガラスの破片は全て弾かれた。彼女は服についた破片をいくつか指で弾き落とすと、元の素肌に戻った。
一周幻かとカミーリア達は思ったが、幻覚であんなものが見えるはずもない。
「お前、俺と同じような能力があるのか……」
「ん? お前と一緒にされるなんて心外だね。まぁお前みたいな模造品と違って、私のは変えが効かない本物なんだけどね」
「何?」
カミーリアがならば質量でと近くにあったサボテンの植木鉢を掴んで両手に持ち、掌から空気圧をかけて高速で射出したが、今度は右手だけが白金の光を帯びて、手首を一振りして植木鉢を弾き返して犬小屋の屋根を粉砕した。
らいおんは悲しむかと思ったらこれで新しく犬小屋を作り直してもらえると考えてるのか、どこか嬉しそうに尻尾を振り回していた。
「あの子達、人の家だからって好き勝手暴れてくれるわねーー……」
「冷穏が倒れたとこにテレビあるからテレビも画面割れたよ」
「あ、本当だ。しかし困ったわね警察は私達後ろ暗いから呼びにくいし」
「最悪僕の銃で死なない程度に撃てば大丈夫ですよ」
「姉に対する発言とは思えないな……」
テーブルを倒して後ろに潜んで時折頭を出して状況を伺いながら3人は嘆息した。
アナスタシアは庭に降り立ってナイフを地面に突き立てると、履いているブーツの紐を解いて素足になった。さっきのガラスのかけらを踏んでいるのに気にも止めていない。
「ふん、お兄様も腕が鈍っていたんだね。この程度の技量の人間に負けるなんて……だがそれも今ここで終わりだ。嬲り殺しにしてやる予定だったけどまぁ情けで瞬殺してやるか」
そして、再びナイフを拾い上げて構えるとカミーリアに切っ先を向ける。彼はすぐさま空気弾を出して反撃するも、弾は確かに当たっているはずなのに何故か空気弾が身体をすり抜けているのか当たらない。
不発なのかと思わずカミーリアが掌を見つめた時、顎に膝蹴りが飛んできた。彼の軽い体はすぐさま吹き飛び、隣家と隔てる塀に背中を強打して血の混じった咳を出した。
「なんか今あの子瞬間移動しなかった?」
「う、うん。それにあの体格であのパワー。何か違和感があるわね」
アナスタシアは倒れ込むカミーリアを見下ろして逆手にナイフを持ち変えると、彼の心臓を見つめた。
「終わりよ」
そう呟いてナイフを両手で掴んだその時。
「お前、人殺したことないな?」
「は、は?」
カミーリアが血の混じった唾混じりにアナスタシアにそう吐き捨てた。
「さっきから殴る蹴るばっかでナイフを使うのを躊躇ってる」
「な、何を……! ならお前が記念すべき第1号だァァァッ!!」
図星らしく歯軋りしてアナスタシアは、ヤケを起こしたようにナイフをカミーリアに振り下ろす。
「それにキレやすい方だな」
次の瞬間、カミーリアは掌から空気弾を出した。だが、それを単に射出するのでなくナイフの前にその空気の層をかざして彼女の腕ごとナイフを左に受け流した。
狙いが逸れたナイフはただ空を切っただけだったが、思った以上にアナスタシアを驚かせたらしく数秒硬直した。その隙にカミーリアは掴んだ土を彼女の顔面に投げつけて視界を奪った。
「なッ……何すん……のヴへァァァァァァァァァッッ!?」
アナスタシアが目を擦った瞬間に両手を彼女の腹に突き出すと、一気に空気を放出させて彼女を空へと吹き飛ばした。
「あっ……げあ……」
とはいえ飛行機に衝突というほどではなく、ぶつかったのは大葉家の敷地内から5メートル先の街灯だった。それでも全身を強かに打ち付け、支柱が歪むほどではあったが意識までは失わず、支柱を掴んでするすると下に降りて、駆け足でまた庭へと戻ってきた。
「し、死ぬかと思った……」
「タフな子ねぇ……」
「よかった〜横の牧谷さんの家じゃなくて」
「いやマジでそれね」
「そろそろ頭冷えたかな……」
リウが不安そうに服を着ながらアナスタシアを見つめる。
「な、中々やるじゃないの……お兄様を倒しただけのことはあるんだ」
「さっきお兄様の腕が鈍ってたとか何とか言ってなかったか?」
耳の付け根が裂けてダラダラと血が流れていた。持っていた自分のナイフで誤って斬りつけたらしい。
「クソ……よくもリュウを……お前だけは殺す……」
そう言って血だらけのシャツをナイフで切り裂いて脱ぎ捨てると、下に着ていたのは藍色の競泳水着だった。
「下着代わりにスク水着てるよあの子。しかもスタイルいい」
「フェチ度の高い服装ねぇ。というかあの怪我早く手当しないと危ないわよ。いい加減本当に撃つべきかしら」
清香が真剣に発砲を考え始め、2人の戦いが再始動しかけた時だった。
「あがっ」
バチリと小さな音が聞こえたかと思えばアナスタシアの身体がぶるりと震え、ナイフを持ったまま卒倒した。
彼女が倒れて見えたその先には、奇妙な形の銃らしき物を持ったスーツ姿の流琴が立っていた。3列の銃口からはそれぞれ先端に棘のついた紐が3本並んで伸びている。
「この前よりもっと酷い有様だな。そんでコイツは誰だ?」
「俺を殺しに来た刺客だ」
「そうか。一日で2回もトラブルを起こすとは相変わらず感心なヤツだな」
流琴は銃身についたボタンを押して紐を巻き戻してからスーツの裏ポケットに押し込んだ。
物音が途絶えたのでバリケードから出てきた千明が流琴を発見する。
「父さん?」
「ああただいま。何か家がまた壊されたってのに妙に落ち着いてる自分が怖いな。よし、コイツちゃんと生きてるか。テーザーガンは死亡例も多い護身具だからな。若い女の子じゃないかコイツは?」
「リュウのお姉さんだってさ」
「いやホントすいませんでした」
「ああそう……まぁお前が変わってるだけで普通は兄貴殺されたらブチギレて返しに来るもんか……」
「……」
流琴はアナスタシアの手首を掴んで脈を測ると、清香が持ってきた結束バンドを手首に巻き付けると、足にも同様のことをして、さらに自殺防止にはめている手袋を外して口に詰めた。
その様子を千明はじっと見つめていた。
「なんだ千明。とりあえずコイツを家にあげて止血くらいはするから見てないでお前救急箱持ってこい」
「あ、うん。いやなんか犯罪臭がする光景だなって」
「……言われてみればそうだな」




